マミー・オブ・マミー
玉座に腰を下ろしたミディアムヘアの女が、手をたたいている。
奇妙な格好だ。きらびやかな黒いドレスをまとうだけでなく、手首と足首、さらに通常の首……都合五つの部分に白い包帯を巻いている。
慈愛に満ちた目。高いが主張しすぎない鼻。つぼみのように、つつましやかな唇。
その顔立ちは、「美しい」と表現する以外にない。
「久しぶりですわね、テティ」
「はい、マミー・オブ・マミーも変わらずお元気そうで」
うやうやしく、テティが身を低くした。
マミー・オブ・マミーは微笑し、突っ立っているオレを見る。
「初めまして。わたくしはマミー・オブ・マミー。略してモムと呼んでも構いません」
「遠慮するさ。なんか合ってないような気がするんで。……あと、オレはミイラ取りのジェド。言っとくが、オレはおまえに敬意を払わない」
「そういう生意気な子も、わたくしは好きですよ」
「さすがミイラの母」
オレは平静をよそおっていたが、心中ではマミー・オブ・マミーを捕らえたくてたまらなかった。
これほどに完成された美を持つミイラは、ほかにない。しかるべき取引相手を探せば、どれほどの高値で売れるか……。考えるだけで気分が高揚する。
(しかしマミー・オブ・マミーに危害を加えようとすれば、彼女を慕うテティの反発を引き出すことになる。結果、テティを油断させて包帯を盗むという計画も失敗に終わるだろう)
マミー・オブ・マミーはテティに顔を上げるよう言い、オレたち二人に視線を向ける。
「……さて、わたくしは部下のミイラたちを君たちのもとに向かわせ、質問を重ねました。それが『選別』でした。回答次第によってはテティもジェドも、空に放り出すつもりだったのですが……」
「まあ、たいしたことも、なかったからな」
オレは、小さなあくびをしてから受け答えする。
「分かってたよ。質問には、なにを答えたかよりも、正直に答えたか――それが重要だったんだろ? 昔話でありそうなやつだ」
「確かにそのとおりですわ。とはいえ、ちょっと甘めの選別だったことも事実です」
「どういうことです、マミー・オブ・マミー」
動揺しつつテティがたずねる。
かたやマミー・オブ・マミーは左右の手の平をひらき、こちらに向ける。
「わたくしは、ジェドとテティ――それぞれの正体や夢を聞きたかったのではありません。『君たち二人の』正体や夢を求めていたのです」
言われてみれば回廊に出現したミイラたちはいずれも、「君」ではなく「君たち」という複数形を使っていた。
「今すぐ答えを出すことはありませんわ。……ただ、自分たちがどんな関係であるのか、向き合うときは必ず来るでしょう」
「……はい」
テティが、うなだれる。
オレはそんなテティに代わって、ここに来た用件を切り出す。
「ところでマミー・オブ・マミー。おまえに、とある事件について質問がしたい」
そしてオレは、地上で起こった「動くミイラ事件」の話をした。
町外れでミイラが歩いていたという目撃証言が多数あること。ついには殺人を犯したミイラさえ出てきたこと。それらを説明したうえで、心当たりがないか聞く。
「おまえがテティ以外の誰かに、魂をとどめる包帯を渡したんじゃないのか」
「……ええ、最近ネフェルに」
「そいつもミイラだな」
「わたくしはネフェルの全身に、かの包帯を巻きました。ほとんど魂をとどめるのが不可能なほど遺体の損傷がひどかったので、大量に包帯を使う必要があったのですわ」
「どうして普通の包帯で葬らなかった」
「未練がましそうに、うめいていましたので。ちょうど、あの日のテティのように」
マミー・オブ・マミーは澄まし顔で、テティをちらりと目に入れた。
当のテティは「彼には話さないでください」とでも言いたげに、首を横に振る。
「ともあれ、マミー・オブ・マミー。そのネフェルというかたは、どこにいますか。その人に話を聞かなければなりません」
「ごめんなさいね、わたくしもネフェルを地上に帰して以来、行方を知らないのです。ただ、テティはネフェルを……彼女を追うことも可能なはずです」
「わたしは相手の顔も知りません」
「においですよ」
ゆっくり吐息を出しながら、マミー・オブ・マミーが妖艶に言う。
「君はミイラの香りを感じ取る優れた嗅覚を持っています。君自身の巻く包帯と同じにおいをたどっていけばいいのですよ。ネフェルは全身に包帯を巻いていますので、遠くからでも追えるはずです」
「はい、ご助言、感謝いたします。わたしはこれから、そのように行動し、動くミイラ事件を解決してみせます」
「頼みますよ。わたくしとしても、ミイラが罪のない人を攻撃するという状況は看過できません」
ついでマミー・オブ・マミーはオレに目配せする。
「ジェドもミイラ取りとして、テティに力を貸してあげてくださいね」
「……本来オレは、困っているみんなのために働くような善人じゃないんだが」
「では君は、『正義のミイラ取り』になりましょう」
「冗談だろ」
オレは自嘲気味に表情を崩した。
かたやテティが再び身を低くし、マミー・オブ・マミーに別れのあいさつを伝える。
マミー・オブ・マミーは歯を見せず、柔らかく笑ってあいさつを返した。
そして太もものアムウをまた大きくしたテティは、巨木のようになったその背中に乗る。
続いてオレもまたがったところでアムウが上昇し、天井にあいた穴に入る。
金と銀を交ぜたような石壁を見つめながら、オレたちはその場をあとにした。
回廊を移動して帰る際、マミー・オブ・マミーのミイラは一体も現れなかった。




