雲の上のピラミッド
オレ・ミイラ取りのジェドは、テティという墓守のミイラによってミイラにされてしまっている。
当面のオレたちの目的は、このごろ町を騒がせている「動くミイラ事件」を解決することだ。
テティが墓守を務めるピラミッドの近くには六つの町があるが、そのうちの一つで聞き込みを終えたオレとテティは、残り五つの町にも足を運んだ。
町を順に回り、動くミイラの目撃情報を集めた。
テティのピラミッドと町のあいだに広がる砂漠に立ち、オレは情報をまとめる。
「これで情報収集は完了だが……やはり町外れを歩くミイラは、最近になって急増しているようだな。それぞれの町の自警団も、慌ただしい様子を見せている。ただしミイラによる殺人は、新たに確認されなかったか……」
「ええ。ジェドとわたしが調査できるのは、ここまでです」
オレの隣でテティが、右手でひさしを作っている。
「ではジェドさんや、前に言ったミイラの母……マミー・オブ・マミーに会いに行きましょう。事件について新しい情報が得られるかもしれませんので」
「じゃあ、さっさと向かおう。そいつは、どこにいるんだ」
オレはラクダのネビイをそばに待機させていた。
しかし、その手綱を引こうとしたオレをテティが制止する。
「今回、ネビイさんはお留守番です」
「なんでだよ」
「マミー・オブ・マミーが、空にいるからです」
砂漠の上で、テティは左の太ももの包帯を一部だけほどき、白い蛇のミイラ――アムウを出現させた。
「よって、この子に飛んでもらいましょう」
「……え? さすがに冗談だよな」
反射的にオレは、雲の散らばる空をあおいだ。
「いまいち理解できないんだが。鳥なのか、そのマミーなんたらは」
「れっきとした、人のミイラです。彼女は空中に浮かぶピラミッドで暮らしています」
もはや驚く気にもなれない。
(世界ってのはオレが思っていたよりも、ずっと広かったんだな)
なかば思考停止になったオレを尻目に、アムウがその身を膨張させる。
巨木の幹のようになったアムウに、テティがまたがる。
「ジェドも、わたしの後ろに乗ってください」
「悪い、ちょっと待ってくれ」
オレはネビイのほうを向き、カバンからエサの袋を取り出した。
なかに入っているアカシアの葉を与える。
「町に寄った際に水を飲ませたりはしたが……移動のときはおまえの世話にもなったからな」
鼻先をこすりつけてくるネビイの頭をなでておく。
「あんまり、くっつくなって。しばらく、テティのピラミッドの近くで休んでろ」
そうネビイに指示したあとで、オレはアムウに乗った。
そんなオレを、テティがじっと見ている。気味が悪いので、オレは聞き返す。
「なんだよ」
「いえ……わたしとネビイさんとでは、ずいぶん態度が違うなと思いまして」
「当たり前だろ」
吐き捨てるように、断言する。
「オレはおまえに殺された挙げ句、コマにされてんだ。一方でネビイはずっとオレの悪事に協力してくれた。どっちがオレにとって大切かなんて明白だろうが」
「……なるほど。ジェドの精神も、すべてが腐っていたわけではなかったようですね」
テティが首を縦に揺らす。
「ともあれアムウ。浮上しますよ」
* *
テティとオレをまたがらせたアムウは宙に浮き、少しずつ高度を上げていく。
頭上の雲にだんだん近づく。それをよける。さらに上昇する。
ついには雲の上を飛ぶ。
(なんか耳がキーンとしてきた)
しばらく同じ高度で進む。
すると、前方に大きな建造物が見えてきた。
「は……? まさか、あれが?」
雲の上にたたずんでいたのは、三角形の外観を持つ超巨大ピラミッド。
テティの守るピラミッドよりも、数倍大きい。ただしテティのピラミッドが四角すいだったのに対し、こちらは正四面体の三角すいである。
「どうです、マミー・オブ・マミーの力を感じるでしょう? ちなみに、このピラミッド……地上からは見えないんですよねー」
勝ち誇ったように、テティが胸を張る。
オレは言葉を返せないまま、視界のなかで拡大していく建造物を見つめていた。
そしてアムウはスピードを上げ、三角すいのてっぺんに到達する。
出入り口が、そこにあった。
頂点に穴があいており、オレたちはアムウに乗った状態で下降していく。
ゆかに着いたところで、アムウが縮む。テティの太ももに再びからまる。
深呼吸をはさみ、ようやくオレは声を漏らす。
「ここがマミー・オブ・マミーのピラミッド内部……」
ピラミッドの素材は、見慣れない石。
周囲の空間が鏡面のように輝いている。
金と銀の交じり合った独特のカラーリングが、一種の蠱惑的な空気をまとい、こちらに襲いかかってくる。
これまでのミイラ取り人生では絶対に出会えなかったピラミッド。
身が震える。心拍数が上がらない代わりに、呼吸が激増する。
(……取りたい。このピラミッドに暮らす、マミー・オブ・マミーを手に入れたい)
だが目をぎらつかせるオレを観察していたテティが、首を左右に振る。
「身の丈に合わないことを考えていますね、ジェド。マミー・オブ・マミーにふれたいのなら、わたしを屈服させるくらいでないと無理ですよ」
「なに言ってんだ」
オレは平静をよそおって答える。
「ちょっと感動しただけだっての」
「あっそ。ともかく進みましょう。マミー・オブ・マミーのいる奥へ」
歩を進めるごとに空間がせばまり、あたりが一般的な回廊ほどの広さに収束する。
なにも出てこないし、なんのトラップもない。どこか物足りない。
オレはかぎ縄を投げて罠の有無を確認しながら前進していたのだが……どこまで歩いても安全な道が続く。
鏡面に似た石壁が、火もないのに回廊全体をともし続ける。
そんな光景が延々と連続する。
思わずあくびも出てくる。
「存外、つまらないな。感動したのは最初だけ。慣れれば退屈になる。これならテティのピラミッドのほうが歯ごたえがあったよ」
「マミー・オブ・マミーは強いので、小細工を弄する必要がないんです」
呆れ顔でテティが言う。
「よって、彼女がこのピラミッドでおこなうのは撃退ではありません。『選別』です」
ついでテティは、オレに前を見るよう促す。
すると前方のゆかに、なにかが映った。
その姿は、包帯を巻いた典型的なミイラだった。
(これもマミー・オブ・マミーの仕業か)
映像のなかでミイラは目を見ひらき、口を動かす。
「――君たちの正体はなんだ」
「ミイラの墓守」
「ミイラのミイラ取り」
テティもオレも、まったく動じずに答えた。
それに対して映像のミイラはうなずき、すっと消えた。
(なんだったんだ……?)
オレたちはさらに回廊を進む。そして一定距離を歩くごとに、ミイラがゆかに映写される。
実体のない映像のみのミイラが、その都度質問を投げかける。
――君たちにとって一番大事なものは?
「ミイラたち」
「オレ」
――君たちは、なぜ動いている。
「罪のないミイラの尊厳のため」
「おもしろいから」
――君たちの夢を教えろ。
「ミイラの安眠」
「ないね」
こういった質問に何度も答える。
オレも……おそらくテティも、すべて正直に回答した。
そして夢についてオレが「ないね」と言った瞬間、ゆかに穴があいた。
穴に吸い込まれたオレたちは、とある部屋に落ちた。
奥に玉座が見える。誰かが座っている。
「おめでとうございます」
玉座から、透きとおるような女の声がした。
「君たちは見事、わたくしの『選別』をクリアしたのです」




