ミイラの凶行
オレは充分に体を休めたあとで、ピラミッド内部を見てまわっていた。
落とし穴を正規ルートとする構造……矢のトラップが待つせまい通路……崩壊によってできた行き止まり……。
実際に自分の目で見ることで、粘土板の操作が現実とリンクしていたのだと実感する。
行き止まりの前で思わずため息を漏らしたとき、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、テティが立っていた。
「ジェド、よくやってくれました」
微笑しつつ、彼女がオレに一歩だけ近づく。
「ミイラ取りたちを撃退できたのは、あなたのおかげです」
「最後は一方的にやられたけどな」
「それでも、勝利したのはジェドですよ。この防衛戦において重要なのは、ミイラ取りにミイラを取られないこと――それをあなたは、申し分なく果たしたんです」
今回侵入した三人のうち、二人は死んでミイラになった。
どうやらスコルピオン一人だけが、ピラミッドから脱出できたようだ。
(テティが別の男を追っている隙に、やつは逃げおおせたんだろう)
なお、スコルピオンになぐられたテティの体に傷やアザは残っていない。
オレは目を細め、額の包帯をなでた。
「テティ。おまえ、オレを試したな」
ほほえむ彼女をオレは見つめる。
「おまえはピラミッドの内部構造を変更する粘土板をオレに預けた。しかし、そんな重要なものを託せるほど、オレたちのあいだに信頼関係はないはずだ」
半歩後退し、言葉を続ける。
「つまりおまえはあえて粘土板を渡し、オレの反応を見た。もしオレが粘土板を悪用した場合、これから協力するに値しないと見なし、即座に始末する腹づもりだった……違うか?」
「違わないですよ」
テティは、笑顔を貼りつけたまま即答した。
「あなたは仲間ではなく、コマにすぎません。使えるなら使うし、不要になったらポイですよ」
……そうだろうな。とはいえ、その態度はむしろ大歓迎だ。
オレだって、おまえの包帯を取るために一緒にいるにすぎない。
* *
それからテティはきびすを返し、ミイラの安置室に向かった。
ついで今回ミイラにしたミイラ取り二人に包帯を巻き、棺に納めた。
オレもその作業を手伝った。
「こいつらはオレみたいに動くミイラにしないのか」
「しません。彼らはリーダーの男に、よく考えもせず従っていただけのようです。根っからの悪人ではありません。問答無用で使役したら、わたしの良心が痛みます」
「でも一人は、おまえが直接殺したんだろ?」
「どんな事情があろうと、ミイラ取りの末路は死です」
冷たく、テティが言い放った。
「……ともあれジェドさんや、そろそろ、動くミイラ事件の本格的な調査に乗り出しましょうかね。あらためて、町に聞き込みに行きますよ」
「オレが前に住民に聞いたときから多少は経過したし、今なら新たな情報が得られるかもな。だけどピラミッドの守りはどうする。オレはおまえから離れたら動けなくなる。留守番は無理ってわけだ。例の粘土板を外で使うのか」
「いいえ、あれは内部からしか使用することができません。留守は、わたしのあやつるミイラたちに任せます。侵入者に姿を見られないよう注意して、警戒にあたらせます。通路および各部屋の火をすべて消しておけば、だいじょうぶでしょう」
少なくとも中堅やザコのミイラ取りは、それで撃退できそうだ。
問題はスコルピオンのような実力あるミイラ取りだが……あのレベルのミイラ取りは、そんなに多くない。彼本人も、攻略できなかったピラミッドにすぐ再挑戦するほどバカではないはずだ。
「ところで疑問なんだが、オレ以外のミイラたちはおまえから離れてもだいじょうぶなのか」
「魂をとどめるレベルが違うので、問題ありません。ジェドの場合はとくに強く魂が体にひっかかっているために……その状態を保つべく、かえってわたしから遠ざかれないようになっているんです」
* *
消灯とミイラの配置を終え、オレとテティはピラミッドから出る。
ピラミッドのすぐ外では、砂漠に放置していたオレのラクダ――ネビイが四つ足を折り曲げて、くつろいでいた。
「こいつ……スコルピオンたちが来たときは、ちゃんと逃げていたんだな。偉いぞ」
オレは背中のコブをなでる。
するとネビイが立ち上がり、オレたち二人を乗せてくれた。
* *
とりあえず、一番近い町に着いた。
人工の井戸の周辺に石造りの住居が建ち並ぶ、普通の町だ。
なおオレはこのあたりの出身ではない。元々、ミイラ取りとして各地を放浪している。よって、知り合いと呼べる存在は皆無である。
「ではジェド。さっそく二手に分かれて聞き込みを始めましょう。この町の規模なら、わたしと離れてもあなたが動けなくなる心配はありません。ある程度情報を集めたら、砂時計のもとに集合です。最低でも、砂が半分落ちるまでには戻ってきてくださいね」
そう言ってテティが、巨大な砂時計を指差す。
この町の砂時計は中心付近の高台にあり、町のどこからでも見える。一種のランドマークとも言える。
太陽が上空で静止し続けるこの世界において、時間はとても曖昧な概念だ。「一日」や「きょう」といった感覚も、ほとんど主観的に捉えられる。
とはいえ待ち合わせなどをする場合は、共通の時間がないと不便。
だから通常、それぞれの町には「砂時計」が設置される。その砂の落ち具合を見ることで、他人と時間感覚を共有する。
いったんオレはテティから離れる。ネビイを引きながら歩く。
目が合った大人や子どもたちに、かたっぱしから質問してまわる。
「最近うわさになっていますが、あなたは動くミイラを見ませんでしたか?」
――と問うだけでなくスコルピオンの人相も伝え、心当たりがないかを聞いた。
商売敵として、やつの行方も気になったからだ。
果たして、彼を見たという人間は現れなかった。
しかし町外れを歩くミイラの目撃情報は以前よりも多かった。なかには、二度や三度見たと証言する者もいる。
もちろん彼らの言うことが全部本当というわけではないだろうが、動くミイラ事件がますます厄介なものになっていることだけは事実のようだ。
(まあ言ってしまえば、オレとテティも動くミイラなんだが……おおやけには、ミイラが動くなんてありえないって認識がある。ミイラらしいミイラが歩いていたら、そりゃ混乱するよな)
聞き込みを重ねたところで、オレはランドマークの砂時計を見上げた。
(あと少しで、全体の砂の半分が落ちきる)
オレは砂時計の設置されている高台の近くに、ネビイと共に駆けていった。
* *
テティは、すでに高台のそばにいた。
聞き込みの結果を伝え合う。
町の外れを歩くミイラの目撃証言が、思ったよりも多い……と彼女は報告した。オレと、ほぼ同じ結果だったようだ。
そのとき、オレたちに話しかけてくる者があった。
「もしもし、墓守さま」
オレではなく、テティに用があるらしい。
知り合いのようだ。とはいえ考えてみれば、テティはピラミッドという共同墓地の墓守。
近辺でミイラになった者を預かることも多いだろう。その際、町の住民と顔見知りになっていても、おかしくない。
相手は壮年の女だった。
涙を浮かべ、訴えるようにテティに言う。
「ミイラを二体、引き取ってください」
「分かりました、お預かりします」
ついで遺体のある場所への案内を頼むテティだったが――まだなにかあるのか、女は唇を震わせる。
「墓守さま、これからわたしが言うことを信じてくださいますか」
「荒唐無稽でなければ」
「死んだのはわたしの夫と息子です。きのう二人は町の外れで殺されました。……ミイラに絞め殺されたんです」
「……あなたはそれを目撃したんですか」
「はい、わたしたちはこの町の出身ですが、最近は、遠くの都市で商売していて……きのう久しぶりに帰ってきたんです。そのとき、砂のなかから突如として現れる者がありました。それは干からびていました。包帯を全身に巻いたミイラでした」
女はそのときの状況を説明する。
話は要領を得なかったが、かいつまんで言うと次のようになる。
そのミイラはまず子どもを襲った。おそらく即死。茫然自失となった妻を逃がすべく夫がミイラに立ち向かったものの、結果として返り討ち。
残された女も死を覚悟した。しかしミイラは女を無視し、砂にもぐって消えた。
「ああ……あのミイラを殺してやりたいと思っても、それを果たせないのが憎らしい……だって死者を、どう殺すって言うんです……町の自警団にも話しましたが、みなさん困惑するばかりで……」
――今にも消え入りそうな調子で話す女の様子から、それらは本当にあったことだと分かる。
テティが熱を込めて、女の手を取る。
「わたしが責任をもって、お子様と旦那様を安眠させます。そして人死まで出したミイラの正体を突きとめ、あなたの無念を晴らします」
「そう言っていただけるだけで、ありがたいことです。墓守さま……」
このやりとりのあとオレたちは女から遺体を預かり、町を出た。
女は殺人ミイラが現れた場所にも案内してくれたが、そこを調べても異常はなかった。
* *
新しい遺体をピラミッドに運んでから、包帯を巻き、棺に入れる。
父親と息子の棺は、隣同士に並べた。
棺の蓋を閉め、オレは聞く。
「しかしテティ。これから、どう詰めていく。ほかの町でも、動くミイラについて聞き込みをおこなうのは当然として……そのあとは」
「殺しまで発生した以上、問題解決を急がなければなりません」
テティは小さく腕を組んで、まばたきする。
「ひょっとするとあの人なら、なにか知っているかもしれませんね」
「あの人?」
「ミイラの魂を体にとどめる包帯――」
左右の太ももに巻かれた包帯を、テティの両手がバスッとたたく。
「――これらを、わたしに巻いてくれた人。自称は『マミー・オブ・マミー』……つまり『ミイラの母』です」
「ややこしい名前だな。ともかく、そいつがテティ以外のミイラに包帯を分け与えた結果、今回の事件が起こっている可能性があるってことか」




