侵入者たち
オレは、テティに渡された粘土板を小さく揺らした。
粘土板に載った灰が、ピラミッドを映し出している。
これを使えば、今オレのいるピラミッド内部の様子を視覚的に把握することも、その構造を作り替えることも可能。
ただし、最低限のルールもあるらしい。
おおもとのピラミッドの形状や大きさ、出入り口の位置を変えることはできない。
脱出や侵入が絶対的に不可能の空間を作ることもできない。
一度構造を変換した場合、その箇所を再び変更するには相応の時間を置く必要がある。
また、粘土板に映った侵入者を指で切ってみても意味がないようで、すぐ元に戻る。
(ならトラップを設置してやる)
別の通路を拡大する。崩壊した通路から引き返した男たちが、次に通過するであろうルートだ。
板の上の灰を操作し、オレは通路をせまくした。
腹這いになって、ようやく通れるくらいである。
さらに、奥の壁に隙間なく弓矢をえがく。せまい通路に入った者たちに、攻撃を浴びせる仕組みだ。
これなら、よけることもできず、彼らは全滅するだろう。
と思っていたのだが……相手もそこまで間抜けではなかった。
せまい通路に差しかかっても男たちは一斉に入ろうとはせず――。
まず、一人だけを先行させた。
当然そいつは矢に射られて死ぬことになったが、その死体の後ろに残りの二人が隠れ、矢を防ぎつつ前進。
結果、彼らは一人の犠牲を出しつつも無事に通路を突破した。
オレは気持ちを切り替え、先の空間に目を移す。
落とし穴が隠されている。だが、今回のミイラ取りたちが引っかかるとは思えない。
(たとえば落とし穴を越えた先にさらなるトラップを設置する……という方法をとっても、歴戦のミイラ取りがその程度でやられるわけがない。少し意地の悪いことをしてみるか)
彼らミイラ取りのねらいは、言うまでもなくミイラ。
売れば、相当の金になる。
だからミイラの眠る部屋を目指し、ピラミッド内を突き進んでいる。
現在、落とし穴を越えた奥がミイラに続くルート。
これを書き換えることにした。奥の道の――その先を行き止まりにする。何回も道を折れた先で、袋小路に突き当たる構造だ。
それだけでは侵入不可のエリアができてしまうので、別のルートも用意する。
下が見えないほど深い落とし穴に落ちた先に、新しく道をえがき、ミイラの安置室につなげる。
相手がそれなりのミイラ取りであれば、落とし穴を見破り……そこを越えて進むだろう。
加えて――。
粘土板のピラミッドの出入り口から彼ら二人を追うように、灰の一粒が移動している。
テティであることは明白だ。
(侵入者どもがまんまと行き止まりに入れば、テティに追いつかれて詰みだ)
三人相手だと分からないが、相手が二人に減った今なら……蛇のアムウもいるので、彼女のほうが勝つはずだ。
そんな展開を予想して粘土板をじっと見つめていると――。
また奇妙なことが起こった。
二人のミイラ取りは落とし穴を見抜いたあと、それぞれ別のルートを選択したのだ。
すなわち、一人は落とし穴を飛び越え、もう一人が……。
落とし穴に、そのまま落下した。
うっかりではない。明らかに意図的なものだ。
どうやら落とし穴にみずから入ったほうのミイラ取りは、抜群の勘を持っている。一筋縄ではいかなそうだ。
……これは、おもしろい!
(理解した。こいつに小細工は通用しない。だったら……)
粘土板の灰を、即座にオレは操作した。
* *
一方、落とし穴から底に到達した男は走り、ミイラの眠る部屋へと一直線に向かう。
しかし足をとめる。
そこに、立ちはだかる者がいたからだ。
まあ、それは、まごうことなく――。
オレなんだが。
粘土板に映ったオレの部屋をこの近くに移動させ、ついさっき、扉をあけて出てきたところだ。
「――オレはミイラ取りのジェド。そっちの名前も教えろ、商売敵」
目の前の男は、粘土板で見ていたとおりの人相だった。
テティをなぐったやつである。
顔に多くの傷が刻まれ、視線は鋭い。サソリを思わせる威圧感の塊のような表情を貼りつけ、返答する。
「あん? てめえ、俺らより先にピラミッドに潜入していたのか? じゃ、手を組もうぜ。もうけは山分けでいい」
その後、ちょっと考えるそぶりを見せ、男が付け加える。
「ちなみに俺の名はスコルピオンだ!」
「……ちゃんと名乗るのかよ」
やや笑いそうになりながら、オレはきっぱり言う。
「ともあれ、スコルピオン。せっかくだが手を組む話は受けないさ。そしてオレはおまえを撃退する。ここのミイラはオレのものだ。山分けなんて、みみっちいことできるか。オレのひとりじめ――総取り以外に選択肢はない」
「いい心意気だ」
スコルピオンが豪快に手をうち鳴らす。
「ミイラ取りは、そうでなくっちゃなあ!」
瞬間、彼が突進してきた。
オレよりも体格がある。まともにぶつかるのは得策じゃない。
いったん斜め後ろに下がって、かぎ縄をカバンから出す。
それを回し、遠心力を加えたあと、スコルピオンの横顔に投げつける。
彼は、かぎの威力を手の平だけで跳ね返した。
その隙にオレは煙玉を使用する。
煙の充満した通路のなか、ナイフを抜いてスコルピオンに近づく。胸部に刃先を当てる。
しかし……かなり胸板が厚いらしく、刃が通らなかった。
直後、オレの腹に巨大なこぶしが直撃する。
「ぐほっ!」
「なんだ、あんまり強くねえな」
オレのナイフを奪った彼が、すかさず刃を振り下ろす。
オレは左胸をつらぬかれ、あお向けに倒れた。
スコルピオンは、倒れたオレの脈をとってその停止を確認したあと、先に進もうとした。
そんな彼の丸太のような足首に、オレは両腕を回す。
つかまれていないほうの足を使って、スコルピオンがオレを蹴る。
「どうなってやがる。確かに死んだと思ったが――」
ついで毒々しい形相を作り、オレを見下ろす。
「……いいぜ、てめえの生命力に免じて、きょうのところは引き返そう。その顔は、援軍を信じている顔だな。さらに、今は深入りすべきじゃないと俺の勘が告げている。ジェドっつったか? 次にミイラ取りとして争うときは、容赦なくミイラに落とす。楽しみにしてろ」
そう言い、スコルピオンはオレの腕を蹴り飛ばした。
オレはすぐに立ち上がり、ミイラの安置室につながる方向に移動し、仁王立ちになる。
スコルピオンは背を向け、道を引き返していった。
ひざをつき、オレは笑う。
「悪いね、スコルピオン。オレが、すでにミイラでさ……」
勢いよく、左胸のナイフを抜いた。
案の定、血の一滴さえこぼれない。




