乾いた魂(最終話)
白蛇のアムウはオレたちを乗せたまま宙をすべるように高度を下げ、地上の黒いピラミッドのそばに着陸した。
その後アムウはテティの左の太ももに戻らず、「ありがとう」と言う彼女の左肩に二つ折りになってひっかかった。
砂漠に下りたオレに近寄ってくる影もあった。
ラクダのネビイである。
「よく待っていてくれたな、ネビイ……」
オレは肩にかけたカバンのなかの袋からアカシアの葉を取り出し、与える。
ネビイはその細い緑の葉っぱを静かに口に含んだあと、小さく一回だけ鳴いた。そしてオレに鼻先をこすりつけてきた。オレはネビイがおとなしくなるまで、その頭と背中のコブをなでた。
* *
続いてオレたちは砂漠にあいた例の穴に入る。
トンネルを抜ける。地中に沈んだピラミッドのなかに戻る。
なお砂漠の穴についてはネフェルのミイラたちが黒いピラミッドから出て砂をかぶせて隠していた。
ともあれ自分のピラミッドに帰ったテティは、ミイラたちの無事を確かめた。自分の部下の動くミイラたちと安置室で眠っているミイラたち全員の安否を確認したのである。
マミー・オブ・マミーに渡された新しい粘土板で内部の様子を把握するのみならず、自分の目で直接一人一人と対面した。
次に、留守のあいだピラミッドを守っていた動くミイラたちを大部屋に集めた。地上の黒いピラミッドにいたネフェルのミイラたちも一緒である。
「みなさん、ありがとうございました!」
大部屋に設けられた壇に立ち、テティが声を張り上げる。
「墓守のわたしが不在であるなかで、よくミイラの安寧を守ってくれました。わたしはみなさんを誇りに思います。そしてしばらく不在にして申し訳ありませんでした」
ついで、いったん頭を下げた。
「今後はわたしも、よりいっそう墓守の自覚をもって使命を果たしていく所存です!」
このあともテティは彼らに感謝を伝え、ねぎらった。その際黒いサソリのミイラの群れがテティの前に現れ、わちゃわちゃ動いていた。彼女はサソリにも、やわらかい視線を送っていた。
今までのテティの態度とは、どこか違った。その物腰には優しさがにじみ出ていた。
* *
ミイラたちを大部屋から帰らせたあと、テティは粘土板を操作した。
常に重力のほうを向く丸みのある部屋をいくつか作成してそこにすべてのミイラを集めたうえで、上下一対のピラミッドを砂時計のように再び逆転させたのだ。
黒いピラミッドは逆三角形となり、地中に帰った。
テティの砂色のピラミッドが地上にもう一度顔を見せた。
「……これで、いいでしょう」
砂漠に立ってピラミッドを見上げながら、納得したようにテティがうなずく。
そしてそばに立つネフェルとスコルピオンに視線を向ける。
「では地下のほうはネフェルに任せます。スコルピオンも彼女を助けてあげてくださいね」
「まあ俺はネフェルに包帯を巻かれていることだし、しばらく付き合ってやるとするぜ」
スコルピオンがにやりとし、テティの右隣にいるオレの肩をたたく。
「ジェド。てめえとはいずれ白黒つける。せいぜいミイラ取りとして腕を磨けよ」
「……ああ」
オレは乾いた声で答えた。
「そっちもな」
「へっ、言われるまでもねえわ。それからテティ」
ついでスコルピオンがテティに鋭い視線を送る。ただし今の彼に、サソリのような威圧感はない。
「すでにジェドから聞いたが、てめえは俺より先にジェド自身を殺していたらしいな」
「はい」
つんとした表情でテティが返す。
「わたしの前に現れたミイラ取りには例外なく死を与えることにしていますので」
「怖いな、そこにほれぼれする」
半目でにらむテティに、スコルピオンが両手を軽く振ってみせる。
「まあともかく、そういう意味では俺はジェドの後輩――いわば『殺され兄弟』の弟分ってわけだ。だから俺はジェドからてめえを横取りしたりしねえ。安心しろよ」
「それは助かります」
テティは目をあけ、少しほほえむ。
「ジェドとわたしは仲間ですから」
「やけるねえ」
スコルピオンが相好を崩す。
そんな彼の太い二の腕をネフェルがつつく。
「おや、スコさん。あたしもいるのに、ジェドお兄さんとテティお姉さんに浮気なのかなー」
ネフェルが、からからと声を上げて笑う。続いてテティと目を合わせる。
「……さてお姉さん、あたしはネフェルとして立派な墓守を目指してみます。正直それで心が変わるかは分からないけど、試してみたくなったからね……あたしの魂自体をさ」
「では見届けます」
テティは目をそらさずに返答した。
対するネフェルは、しんみりとした口調で続ける。
「ところで思ったんだけどお姉さんは……仲間のエフラさんが死んで彼が全然違うあたしみたいな人格になってしまったことに関して、悲しんだりしてないの?」
「悲しんでいますよ」
感情を乗せずにテティは言う。
「だけどミイラは、涙を流さず悲しむものです」
「分かった……」
ネフェルが数回まばたきをした。
「それがお姉さんの気持ちなんだね……」
「そのことに関しては気にしなくていいですよ。発端はマミー・オブ・マミーですし。だから出会ったときみたいに生意気に振る舞ってくれても構わないんですよ、ネフェル」
「うん……ありがとう、お姉さん。じゃあ早速」
ついで無造作に、オレの右の脇腹をさする。
挑発的に声を高くする。
「お兄さーん。これからはお姉さんとのイチャつき、存分に見せてくれるよねっ!」
それに対してオレは、心の底から「バカか」と返した。
「あははー、ごめんなさーい」
右手で口元を押さえながらネフェルは、左手でスコルピオンの右腕を引っ張った。
「じゃ、行こうか。スコさん」
「裏切ることを宣言しているやつにそんな態度じゃ世話ねえぜ、ネフェル。ま、てめえもミイラとして大物ってことだろうがな」
「おもしろいこと言うねー」
「てめえもてめえで、おもしれえわ」
そんな会話を交わしながらネフェルとスコルピオンは階段状になったピラミッドの斜面を上り、そこにある入り口のなかに消えていった。
ちなみに上下一対のピラミッドのあいだには新たに通路が設けられ、容易に行き来できるようになっている。テティが粘土板によって階段付きの通路を追加したのだ。
ネフェルとスコルピオンもそこを通り、地中の黒いピラミッドに帰ることができる……。
* *
沈まない太陽の光を浴びながら、オレとテティもピラミッド内部に戻る。
火で照らされた通路を歩く。テティがオレの左隣を歩きながら、ぽつりと言う。
「ようやく、ひと区切りといったところですかね」
オレの頭に右手を伸ばし、包帯越しに額をなでる。
「あなたもお疲れさまでした。お礼を言いますよ、仲間として」
「オレのほうこそ」
ネフェルとスコルピオンのさっきのやりとりを思い出しつつ、オレは答えた。
「おまえがいたから、おもしろかった」
「なによりです」
そっとテティはオレの額から手を離した。
「ときにジェドさんや、ちょっと、わたしについてきてくださいな」
そう言ってテティはピラミッドの通路をさらに進んでいく。
そしてミイラの安置室に入った。
棺の一つをあけ、なかのミイラに話しかける。
「……動くミイラ事件は、今度こそ完全に解決しました」
しゃがんで、ささやく。
「ネフェル、マミー・オブ・マミー。元凶のすべてを討ち果たし、その野望をくじきました。もちろん今後も、生者やミイラの安全がおびやかされないようわたしは墓守として全力を尽くします。町のかたがたや仲間とも協力し、死者も生者も……みんなを守りぬきます」
棺のなかでは、家族ともどもミイラに殺された例の壮年の女が自身もミイラになってあお向けに横たわっている。
女の手を握り、テティが祈るように言う。
「わたし――ミイラの墓守のテティは腐ることなく頑張ります。あなたがたが安らかに眠れるよう」
ついでテティは立ち上がり、オレを見る。
オレは、全身にただの包帯を巻かれた壮年の女を見下ろしつつ質問する。
「どうしてオレをここに連れてきたんだ」
「わたしの決意を、あなたに聞いてほしかったから」
テティは、きっぱり答えた。
それからオレたちは安置室のミイラに灰をかけたり、その包帯を取り替えたりした。
ところが作業の途中にて。
粘土板を取り出してピラミッド近くの様子を確認したテティがオレの左腕をつまむ。
「ジェド。作業を中断してくださいな。来客がやってきました」
見ると……黒い板に載った灰が模様を作り、複数の男の姿を映写していた。
男たちは砂漠に立っている。ネビイを取り囲んで笑っている。
「……こいつら。オレのラクダに」
「落ち着いてください、ジェド。彼らが悪人と決まったわけではありません。例によってわたしが直接会って確かめます」
「もしミイラ取りだったら?」
なぜかオレはそのとき、答えの分かりきっている質問をしてしまった。
果たしてテティが予想どおりの返答をする。
「教えてあげるだけですよ。ミイラ取りはミイラになるという真理をね」
「いや」
オレは小さく肩をすくめた。
「ミイラ取りは死んでもミイラ取りのままかもしれないだろ?」
「心配ありません」
ぱちーん!
左右の太ももの包帯をたたき、テティが自信満々に言う。
「ミイラになったからには、わたしが腐らせませんから」
テティはオレに粘土板を渡し、安置室から出ていった。
なんとなくオレはまだ蓋を閉めていない棺のそばに寄り、なかのミイラに声をかけた。
「――太陽の落ちないこの世界では、誰もが等しくミイラになる」
相手はなにも答えない。オレは気にせず続ける。そもそも、これはひとりごとのようなものだ。
「だからミイラ取りは生まれ続け、それを許さないミイラも現れる。あるいは暴走するミイラが偶発的に発生し、正義のミイラ取りとやらが求められるのかもしれない」
腰を下ろし、棺の側面に指をすべらせる。
「きっとミイラとミイラ取りの戦いは、この世界が続く限り終わらないんだろうさ」
返事を待たずにオレは言葉を継ぐ。
「ただ、どんなやつの体も魂もいつかは干からびる。たとえ一度腐り果てても。人と人が立場の違いから争おうが、そこだけは平等だ。――オレはそういう世界を、おもしろいと思う」
立ち上がり、ハチマキのようになっている額の包帯を結びなおした。
「だから死んでも干からびても、オレたちはこの世界に在り続けるんだ。人は自分のかたちを忘れないために腐敗と戦う。そんなミイラの姿は、オレたちの乾いた魂そのものなのかもしれないな」
棺の蓋を閉め、オレはミイラたちに背を向けた。
* *
今のオレは、ミイラの墓守テティの仲間。
いずれテティを取るミイラ取りのミイラ。
乾いた魂に包帯のようにその事実をからませて――。
血も涙もなく腐ることなく。
オレはオレの時間を、これからも楽しんでいくのだろう。
* *
〈ミイラVSミイラ取り! 完〉
これで本作は完結です。
最後まで「ミイラVSミイラ取り!」を読んでくださり、ありがとうございました!
本作を率直に評価していただけると今後の執筆の参考になりますので大変助かります。
では機会がありましたら別の作品で。




