ただのミイラとミイラ取り
オレは右のつま先で玉座の間のゆかをたたいた。
「隠していることっていうのは、マミー・オブ・マミーの本体についてだ。確かにモム――おまえの体はピラミッドに吸い込まれたが、どこか変な感じがするんだよ」
玉座の背もたれに映り込むマミー・オブ・マミーの顔面を軽くにらむ。
「実は、その気になればいつでも立体的な体に戻れるってことはないよな?」
「なにが言いたいのです、ジェド」
「おまえの本体、ミイラじゃないだろ。天空に浮かぶこのピラミッドそのものだろ」
そうオレが口にした瞬間、場の空気が少し凍りついた。
目を丸くするネフェルとスコルピオン、そしてなにか言いたげにこちらに横目を向けるテティをちらりと見返してからオレは続ける。
「球状の部屋を光がうめつくしたとき、マミー・オブ・マミーという確かな物体が丸いゆかに吸い込まれて消えるのをオレは見た。一瞬にして立体感を失い、その白い表面に映った。あまりにもあっさりとした光景だった。だから思ったんだよ。ピラミッドがモムを吸収したというよりも、元からモムはピラミッドの一部でその本体に彼女が戻っただけなんじゃないかと」
「……相変わらず憶測が好きなことですわね、ジェド」
映像のマミー・オブ・マミーが目を細め、微妙に首をかたむける。
「しかしそれだけの根拠でわたくしの正体を断言できますかね?」
「当然ほかにも違和感はあった。球状の室内にオレたちを閉じ込めたあと、おまえはしばらく姿を消していた。そしてどこからともなくオレたちの正面に現れた。元からおまえがピラミッドそのものであり、モムの体を自在に立体にしたり壁などに映り込む平面にしたりできるなら、そのカラクリにも説明がつく」
「仮にわたくしが最初からピラミッドと同化していたとしても、なぜわたくしがミイラではなく、このピラミッドそのものということになるのです」
「映像の状態とはいえ包帯をすべて取られてもおまえは会話できている。それは本来、モムがミイラじゃない証拠だろ?」
包帯を失ったマミー・オブ・マミーの首と手首と足首にオレは順に視線をやった。
「だからモムの本体はこのピラミッド以外にありえない」
「前から君は」
首に両手をふれさせ、マミー・オブ・マミーが静かに返す。
「わたくしの正体について見当をつけていたのですか」
「……テティをさらったとき、おまえは地上のピラミッド内でまともに戦おうとしなかった。空中に浮かぶピラミッドのほうにオレたちを誘導し、決着をつけようとした。それはモムが、自分のピラミッド内でなければ存分に力を発揮できないからだろう?」
「なるほど。そう推測したうえで、ピラミッドとわたくしのあいだには特別なつながりがあると読んだのですわね」
「まあな。おまえは自分が女王だったと言うが……」
オレは一瞬だけまぶたを閉じた。
「正確には、女王のミイラを安置していたピラミッドだったんだろう? 国母としてあがめられなくなった女王ミイラのさびしさをピラミッド自体が感じ取り、そのさびしさをいやすためにピラミッドが『動くミイラとしての彼女』を女王本人に代わって顕現させたわけだ」
すぐに目をあけ、まばたきする。
「ピラミッドの魂とも言える思いがこの世にこぼれ落ちた。みんなの母としてあがめられたい女王ミイラを慰撫しようとした。だから女王の似姿を作ってその願いの実現を図った。女王の遺体をそのまま用いることは不敬だろうから、素材は一緒に安置されていた別のミイラか……? そのミイラの包帯にピラミッドの思いがしみ込み、ピラミッド本体の魂が死体に固定された。そうして完成した擬似的なミイラが、マミー・オブ・マミーだったわけだ。どうかな、当たっているか、モム?」
「明言はさけますわ。君の言葉は真実かもしれないし、まったくの見当外れかもしれない」
まあ当然の返答だ。マミー・オブ・マミーが徹底してミイラの母を演じている以上、オレに指摘されたくらいで「実は自分の正体はピラミッドだった」と素直にみとめるわけがない。
「ともあれ本体のピラミッドの一部かもしれないわたくしは、いつでも元の立体に戻ることができ……したがって近いうちに再び野望のために動く可能性がある――そう言いたいのですわね、ジェド」
不敵な笑みを顔に貼りつけ、マミー・オブ・マミーがつぶやく。
「ただ、君の話が本当だとしてもわたくしはしばらく活動を自粛しますよ。すべての人間をミイラにするという夢が消え去ったわけではありませんがね。とはいえ生者やミイラのために頑張るテティたちを見ているうちに、今の世界のことも少しだけ応援したくなってきたのです。母としてね」
ついでオレから視線を外し、テティに話しかける。
「ところで君は『またマミー・オブ・マミーの化けの皮がはがれた』と思っていますかしら」
「いいえ」
テティは自分の胸に手を当て、静かに言う。
「何者であろうと、あなたがマミー・オブ・マミーである事実に変わりはないんです。かつ、再び野望のためにあなたが動いたら、わたしはこのピラミッドを容赦なく落とします」
「予想外の答えですわ。いえ、予想どおりかもしれません」
マミー・オブ・マミーが、さびしさを含んだ声音を漏らす。
「やっぱり君は、わたくしの人形にはなりえないのですね……」
それから彼女は粘土板を取り出し、表面を指でなぞる。
すると、天井にあいていた穴が大きく広がった。
「あの穴に入ってそのまま上昇すれば、ピラミッドの外に出られますわ。そういう構造に変更しました。あ、それとジェド。忘れ物です」
天井から、靴一足が落ちてきた。
それは水責めを受けた際に失ったオレの靴だった。
オレは「礼は言わない」と返してから、それをはいた。
そしてテティが深々と頭を下げる。
「では、さようなら。マミー・オブ・マミー」
テティは太ももの包帯の一部をほどき、投げる。それが白蛇のミイラ――アムウとなって宙を泳ぐ。
丸太のようなサイズに膨張したアムウの背中にテティ・オレ・ネフェル・スコルピオンが順に乗る。
アムウが天井の穴に向かって高度を上げる。
瞬間、マミー・オブ・マミーが下の玉座からさけんだ。
「ネフェル! スコルピオン! わたくしが言えた義理ではありませんが、君たちは君たちが考えているよりも、すごい人間です! 今後は過去に捕らわれず、新しい自己を探してみてください!」
それに対してネフェルは「そんなこと、あたしにできるのかな……? でも、できる限りやってみてもいいかも」と答えた。
スコルピオンは「てめえの指図は受けねえよ。俺は俺のために動くだけだ。最初から誰にも捕らわれちゃいねえのよ」と返した。
マミー・オブ・マミーはネフェルとスコルピオンの返答を聞いて満足げに笑った。
「……そして、ジェド! テティ!」
しゃがれた声で、オレたちにも呼びかける。
「あらためて教えてください! 君たちの正体と夢を……! 君たち二人の関係を!」
オレとテティの正体や夢――それは前にオレたちが天空のピラミッドを訪ねた際にマミー・オブ・マミーがふれていた話題でもある。
「確かに無意味な質問ですわ! でもこれは『選別』ではありません! わたくしは君たちの魂の在り方を知りたいだけなのです!」
「――わたしたちの正体は、やはりミイラとミイラ取り」
テティがマミー・オブ・マミーを眼下に捉え、静かに答える。
続いてオレが口をひらく。
「オレたちの夢は、相変わらず別々だ」
「わたしの夢はミイラの安眠です」
アムウをいったん停止させ、テティが言葉を継ぐ。
「前に回答したとおりです」
「そしてオレには夢ができた」
以前「君たちの夢を教えろ」と質問されたときは「ないね」と答えたが、今は――。
「こいつを……テティを取って手に入れる。本当のことを言えばマミー・オブ・マミーも捕らえて売りさばきたかったが……それよりよほど大きな夢さ」
「あと、わたしたちの関係は――」
「オレたちの今の関係は――」
このあと、最後の答えがオレたち二人の口から同時にこぼれる。
「――ただの仲間。ただのミイラとミイラ取り」
「いい答えです」
マミー・オブ・マミーが、小さく優しくほほえんだ。
「ならば、いってらっしゃいな。仲間と二人でどこまでも」
……もうそれ以上マミー・オブ・マミーはしゃべらなかった。
停止していたアムウが再び上昇する。オレたちを乗せて天井の穴に入る。
そのときマミー・オブ・マミーの玉座の間のゆかに、彼女の従えるミイラたちの姿が映った。どれも全身に白い包帯を巻いた典型的なミイラだ。よく見ると、大きな砂色のトカゲのミイラも映り込んでいる。
手を振って見送ったりはしない。ただオレたちを興味深そうに見上げている――。
しかし彼らはすぐに視界から消えた。
煙突内部のような垂直の空間をオレたちは上昇し続け、じきにそこを抜ける。
金と銀の交ざった鏡面のような屋内をあとにする。
太陽に照らされた空があたりに広がる。あたたかい空気が体内にしみ込んでくる。
天空に浮かぶ正四面体の超巨大ピラミッドの斜面の一つに新しい穴があいており、そこから外に出ることができたらしい。
ピラミッドの下には白い雲が控えめに散らばっている。
灰色の分厚い雲も雨も、すでに去ったようだ。
泳ぐようにアムウは身をくねらせ、斜めに地上へと下降する。
オレは振り向いて、マミー・オブ・マミーのピラミッドを仰いだ。
ピラミッドが雲の上を漂い、空の向こうに消えていく……。
(じゃあな、モム。おまえとの時間も……おもしろかったよ)
次回・最終話「乾いた魂」に続く!




