ドライ
マミー・オブ・マミーとの戦いが終わったあとも、オレ・テティ・ネフェル・スコルピオンはしばらく球状の室内でじっとしていた。
全員が回復するまでに、オレの体内砂時計が二回ひっくり返った。
黒い炎を生じさせるマミー・オブ・マミーの手首をじかにつかんでいたテティは、とくに回復に時間を要した。
雲を食らって腐りつつあったネフェルには、水分を奪う例の灰をオレがすり込んでおいた。ミイラの乾燥を保つための灰である。
現在のオレに灰の持ち合わせはなかったものの、壁面に映ったマミー・オブ・マミーが指を振ると共に灰の入った袋が室内に落ちてきたのだ。
そのときマミー・オブ・マミーはこんなことをつぶやいた。
「もう決着はつきましたので、これ以上わたくしがミイラたちを追い詰める理由はありません」
おかげでネフェルの腐敗は食いとめられた。
一応オレは、スコルピオンの左足にも灰をかけておく。
(スコルピオンは戦いの最中に左足をマミー・オブ・マミーの雲にくぐらせていたからな)
「おい、ジェド」
左足に灰をすり込みながらスコルピオンが問う。
「なぜ俺を助けやがる。ミイラのテティとネフェルに関してはその価値を下げないようにケアするのは当然だが、俺はミイラ取り。てめえの商売敵だろうが」
「そうだな」
苦笑しつつオレは答える。
「だがすでにおまえも、ミイラに落ちているじゃないか。スコルピオン」
「……ははっ! そうだったな、俺もてめえと同じでミイラ取りのミイラってこった!」
スコルピオンは豪快に笑った。
その際、舌に巻かれた肌色の包帯が彼の口内からのぞいた。
* *
四人全員が動けるようになってからオレたちは、室内の壁面にあいた正方形の穴に入った。
穴の奥の通路は、玉座の間に続いていた。
元々のマミー・オブ・マミーの玉座の間とは異なり、こぢんまりとしている。それでいて相変わらず金と銀の交ざった鏡面のような内装である。
オレたちは玉座に近づき、立ったままそれをじっと見る。
鏡面のような玉座の背もたれと座面に「彼女」の全身が映り込んでいる。
立体ではなくなったマミー・オブ・マミーの姿がそこにあった。やはり黒いドレスを身にまとっており、かつ平面になった今でも圧倒的な美を持ち合わせている。なお首と左右の手首と足首に巻かれていた包帯はすでにない。
彼女がオレたち一人一人と目を合わせる。
「あらためて明言します。わたくしは君たちに敗れました」
その透きとおるような声も、かえって蠱惑的な魅力を増したように思える。
「そういうわけでわたくしは『弱いミイラ』と判定され、ピラミッドそのものに取り込まれたのです。これでは、世界の人間すべてをミイラにするという野望も果たしようがありませんわね」
わざとらしくため息をついたのち、マミー・オブ・マミーが両腕を広げる。
「さあ子どもたちよ、勝利を喜びなさいな。両手を挙げて『わーい』とさけんでもいいのですよ!」
だが……。
この場にいる四人のうちの三人は、露骨にうれしがったりしなかった。
スコルピオンが自身の顔面を手の平でたたく。
「なんか勝ったって達成感よりも、疲労感のほうが上のような気がするぜ。オレが目をつけているミイラどもが無事だったんで、よしとするがよ」
そう言って大きな息をはく。
一方ネフェルは、焦点の定まらない目で虚空を見た。
「あたしを腐敗させたのはマミー・オブ・マミーで、その腐敗から救ってくれる灰をくれたのもマミー・オブ・マミーなんだよね……?」
そのあとハッとして「でも灰をすり込んでくれたのはジェドお兄さんなんだよね、ありがと」とオレに伝える。
「そしてエフラだったときのあたしに雷を当てたのもマミー・オブ・マミー。焦げたあたしに魂をとどめる包帯を巻いたのもマミー・オブ・マミー。ホント混乱しちゃうなあ。マッチポンプとはいえ、なんか複雑。マミー・オブ・マミーに勝てたのは確かにうれしいんだけどね」
言葉をにごしたあと、オレに目の焦点を合わせる。
「……お兄さんは、そんなことなさそうだけど。案外、勝利に浮かれてたりして?」
「モムには勝ったかもしれないが」
オレは自嘲気味に表情を崩す。
「最後の勝負でテティに負けたから、ミイラ取りとして素直に喜べないな」
ただし、うれしがっている者が一人……。
テティが左右の手を大きく挙げ、バンザイしている。
「わーい、わーい」
棒読みにも聞こえる。
マミー・オブ・マミーは額に右手を当てた。
「みんな、ドライですわね……ミイラだけに。まあ、それはそうとテティ。あれを渡しておきます」
玉座に映ったマミー・オブ・マミーが、黒い粘土板を取り出す。
板の表面に指をすべらせたあと上に視線を向ける。
すると天井の一部に穴があき、そこから板が落ちてきた。
テティがそれをキャッチする。
「……あ」
裏表を確認し、驚きながらテティが言う。
「これ、新しい粘土板ですか」
「はい」
マミー・オブ・マミーが優しくほほえむ。
「あなたのピラミッドを操作する板は、割れていたのですわよね。だから新しいものをあげます。使い方はこれまでの粘土板と同じです」
「ありがとうございます」
左足を出し、右手を左胸に当ててテティが礼をする。
ついで遠慮がちに付け加える。
「ただ、できれば同じものをもう一枚いただけないでしょうか」
「いいですよ」
理由をたずねることもなくマミー・オブ・マミーはうなずいた。
新しい粘土板が、またテティの手元に落ちる。
そしてテティは二枚目の粘土板を、すぐ近くに立つネフェルに渡した。
「あなたとわたしのピラミッドは砂時計のように上下一対ですけれど、黒いほうのピラミッドはあなたの管轄です。これからも一緒に、ミイラの墓守として精進しましょう」
「え……?」
ネフェルが目をパチクリさせる。
「……ミイラに生者を襲わせたあたしをテティお姉さんが許してないのは分かるよ。これが罰というのも理解してる」
ビクリと上体を震わせ、目を細める。
「でもうわべだけの反省しかしてないあたしに、ピラミッドをあやつれる道具を渡すなんて無用心すぎない? あたし、世界を死者のものにするっていう計画……まだ捨ててないよ。その計画のためにマミー・オブ・マミーとの戦いにも加わったっていうのにさあ」
「もちろんわたしもネフェルを完全に信用するほど、おめでたくはありません」
あくまで冷たい視線を送りつつ、テティが言葉を継ぐ。
「ただ、あなたが今後ミイラのために頑張るのであればそれを見届けたいし、まだ悪事にミイラを利用するなら次こそ包帯をすべて奪います」
「あちゃー、これは裏切れないなー」
少しだけ挑発的な口調でネフェルは返した。
直後、真剣な声音を作る。
「だけど感謝します。お姉さんにも、マミー・オブ・マミーにも」
粘土板を両手に持ち、頭を下げる。
マミー・オブ・マミーにも感謝を伝えたのは……彼女がこの展開を予想して二枚目の粘土板をテティに預けたのだとネフェルが気づいたからだろう。
「さて、これでわたくしのやるべきことは終わりました」
玉座に映ったマミー・オブ・マミーが両腕を真上に伸ばす。
「ピラミッドに取り込まれた今のわたくしにできることは、天空に浮かぶこのピラミッドの管理くらいです。しばらくは空を浮遊しながら、のんびりしますかね」
「……モム」
腕を下ろすマミー・オブ・マミーをオレは凝視した。
「まだ隠していることがあるんじゃないか」
次回「ただのミイラとミイラ取り」に続く!(次の次が最終話になります)




