表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/45

粉砕するビジョン

 ()いつくばっていたマミー・オブ・マミーは正面のオレの両足に左右から()きを()れ、オレを(ころ)ばせた。


 続いて彼女(かのじょ)から見て左に転がり、あお向けへと体勢を変える。

 同時に、右足首に残された包帯から白い雲が際限なく発生する。


 水分(すいぶん)(ふく)んだ雲が重なり、灰色の分厚(ぶあつ)(かたまり)となった。

 今や雲は人一人(ひとり)悠々(ゆうゆう)と飲み()める大きさにまで膨張(ぼうちょう)している。


 マミー・オブ・マミーは右足をいったん曲げたあと、その靴裏(くつうら)をテティに向かって()き出した。


(くさ)りなさいな」


 ()るようにして、分厚い雲をテティに飛ばす。


 しかし届かなかった。

 テティの前にネフェルが立ちふさがったからだ。


 とはいえネフェルはテティよりも小さい。いつまでも雲を防ぐことはできない。

 大量の水分を受けながらもネフェルはひるまず、マミー・オブ・マミーの右足首に再び取りつく。やはりマミー・オブ・マミーのドレスの切れ(はし)を使って足首をつかむ。


 そうして、右足首にわずかに残っていた包帯を今度こそちぎり取った。

 瞬間(しゅんかん)、雲は霧散(むさん)した。


 マミー・オブ・マミーはそれを見てすぐに立ち()がり、いったんオレたちから(はな)れた。


 一方(いっぽう)、テティはネフェルに()け寄る。

 当のネフェルは(からだ)を丸め、(たお)れている。動けないようだ。

 大量の水分を受けたことで(はだ)腐敗(ふはい)を始めているのだろうが、ネフェル自身が肌色(はだいろ)の包帯を全身に巻いているためその進行が分かりにくい。


 オレもネフェルに近づく。


(ちょっと失敬(しっけい)


 いったんマミー・オブ・マミーに()を向ける。

 しゃがんでネフェルの包帯を手に取り、その()げた素肌(すはだ)を確かめる。腐敗臭(ふはいしゅう)がするし、ふやけているが……今のところ腐り落ちる気配(けはい)はない。


 テティもネフェルの包帯の(した)を確認し、半分安心したような声を出す。


「腐りきって()いないようです。全身の包帯がガードしてくれたんでしょうね。ですが、しばらく絶対安静ですよ」


 ついでテティが、ネフェルの包帯を(しぼ)りつつ(ゆる)める。これ以上ネフェルの素肌に水分を吸わせないためだろう。


 オレも手伝おうと思ったが(てき)(すき)を見せるわけにはいかない。

 再び立ってかぎ縄を構え、マミー・オブ・マミーをけん(せい)しておく。


 テティがぽつりと言うのが聞こえる。


「それとネフェル。先ほどは、かばってくれてありがとうございました」

「あれー……お姉さん、気にしてくれるんだー」


 ネフェルが(ちから)なく笑う。


「気にしなくていいよ……。なんか、あたしさ……罪のない人をミイラに殺させたりしておいて、ちゃんと(ばつ)を受けてなかったじゃん。スコさんとは(ちが)ってお姉さんに殺されたわけでもない」


 文脈から察するに、スコさんとはスコルピオンのことのようだ。

 かすれた声でネフェルが続ける。


「あたし……それだけはモヤモヤしてて。だから腐って終わるのも、別にいいかなって」


 直後、首を左右に弱々しく()る。


「……ってなに改心した気になってんの、あたし。やっぱ、やだ……。あたしはやっぱり世界を死者のものにするんだ……マミー・オブ・マミーとは違うやり方で……」

「そうですか」


 淡白(たんぱく)な調子でテティが応じる。


「野望のほうは唾棄(だき)すべきですが、あなたの純粋(じゅんすい)(たましい)だけはわたしも(きら)いではありません」


 テティがネフェルをかかえ、歩く。まだ動けずにいるあお向けのスコルピオンのそばに横たえる。

 続いて自分の(からだ)の向きを変え、マミー・オブ・マミーと目を合わせる。


 そのテティの眼光は(するど)かった。

 マミー・オブ・マミーは挑発的(ちょうはつてき)に、右手首をぶらぶらと()らした。


「なんでしょうね、その目は。『よくも大切な仲間を!』とか言っておこったりするのですか」

「いいえ」


 静かにテティは否定した。


「最初からみんな、マミー・オブ・マミーと敵対する覚悟(かくご)でここに来ているはずです。結果として傷つこうが当然の流れ。わたしがおこる理由()()なりません」


 口角(こうかく)(ゆる)やかに上げ、テティが淡々(たんたん)と言う。


「したがって今のわたしの目には、あなたの野望を粉砕(ふんさい)するビジョンのみが映っています」


 黒いドレスの切れ(はし)を右手に(にぎ)()んだまま、テティがマミー・オブ・マミーに接近する。


 ねらうのは、黒い炎を()らす右手首の包帯。

 とはいえ先ほどと同じ手が通用するはずもなかった。つかみかかろうとするテティをマミー・オブ・マミーが(かろ)やかによける。逆にテティの太ももの包帯に両手を()ばしてくる。


 だがここでテティの右腕(みぎうで)軌道(きどう)が変わった。

 マミー・オブ・マミーの右手首ではなく、頭をささえる首そのものをつかもうとしたのだ。

 一度(いちど)テティは首の包帯を取ろうとして失敗している。しかしマミー・オブ・マミーのドレスの切れ(はし)を持っている今なら、あるいは――。


「――成功する、とでも思いましたか」


 せせら笑うような言葉がマミー・オブ・マミーの(くち)からこぼれる。

 首から発する黒と白のガスの渦巻(うずまき)がギュルンギュルンと回転を強める。


 (ほのお)と水の性質を持つガスがテティの右手に当たり、ドレスの切れ端ごと手をはじいた。


「右手首をねらうと見せかけて、(しん)の標的は首の包帯だったのですわね。しかしながら何度やっても首まわりのガードは破れません。たとえ小細工を(ろう)そうとも」


 ()()()()()き出されるテティの右手を再び回避(かいひ)しながら、マミー・オブ・マミーがまばたきする。


(……だがそいつばかりに注意を向けていると痛い目に()うかもな、モム)


 オレはテティが交戦しているあいだに、ひそかにマミー・オブ・マミーの背後に移動していた。

 カバンから取り出したナイフを右手に持って、うなじに()()す――。


(手をはじくことはできても、武器はどうか!)


 渾身(こんしん)(ちから)()めたナイフは……。

 結局()さることなく黒と白の渦巻に()ね返された。


「浅いですわよ、ジェド!」


 半端(はんぱ)()り向いたマミー・オブ・マミーの横顔が、接近したオレを見据(みす)える。


得物(えもの)を使ったところで(うず)のガードは鉄壁(てっぺき)です! しょせんミイラ取りの浅知恵(あさぢえ)では……う!」


 瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)の表情が(くず)れる。

 背中の上部に()()()()()()()()()()()()……ということに気づいたらしい。


 炎の性質をも持つ黒と白の渦にあぶられたため、すぐに()()は正体を見せた。


 マミー・オブ・マミーの背中に()()まれているものは、()(また)()()だ。

 オレは左手でその根元(ねもと)を持ち、マミー・オブ・マミーの一対(いっつい)肩甲骨(けんこうこつ)のあいだに()()先端(せんたん)()している。


 そもそもオレの持つ(ふた)つのかぎ縄の片方は戦闘序盤(せんとうじょばん)で黒い炎に焼かれ、かぎと縄の連結を失っていた。


(このあとオレはかぎ単体を回収してカバンに()れておいた。そして、そのかぎにネフェルの包帯を巻いた。さっき彼女の近くでしゃがんだときに一部(いちぶ)だけ()()()()()()()()()()()()。ネフェルの包帯を巻いておけば武器も視界から消せるからな。オレがそのときモムに背を向けてしゃがんだのも、包帯を巻く瞬間をオレ自身の体で(かく)すため。そして包帯の巻かれたかぎは周囲の景色に溶け込み、見えなくなっていたってわけだ)


 テティおよびナイフにマミー・オブ・マミーの注意を向けさせている(すき)に、オレはその見えない()()を背中の上部に突っ込んだ。


 確かに渦巻により、首のガードは完璧(かんぺき)だ。しかし渦巻は()()()()()守っているにすぎない。首のすぐ(した)――背中の上部にまでは防御(ぼうぎょ)範囲(はんい)(およ)ばない。


 であれば、たとえば肩甲骨のあいだにかぎを刺すことは可能。

 かぎは物体にひっかけられるように先端が曲がっている。

 現在のかぎは、マミー・オブ・マミーの首に近い体内で上向(うわむ)きに湾曲(わんきょく)している状態。


 この先端をさらに持ち上げて手前(てまえ)に寄せるように回し、()()()()()()包帯を引きちぎる……!


(渦巻は(そと)に向かって、はじき飛ばすような(ちから)を働かせている。ただし内側に対しては圧力をかけていないと思われる。もしそうならモムの首が圧迫(あっぱく)され、戦いどころじゃないはずだからな)


 根元を持ったまま肩甲骨のあいだに刺した()()充分(じゅうぶん)に持ち上げ、そのまま手前に思いきり引き寄せた。


 ベリベリッ……!

 マミー・オブ・マミーが抵抗(ていこう)するひまもなく皮膚(ひふ)ごと首の包帯はちぎれ飛んだ。

 どうやら渦による守りが強固だったぶん、包帯自体はきつく巻かれていなかったようだ。


 彼女の首から発生していた黒と白の渦が消え去る。


「ぐっ! 内側から破くとは! やってくれましたわね、ミイラ取り」


 首を破損させられてもミイラなので血が出ることはないし致命傷(ちめいしょう)にもならない。

 だがマミー・オブ・マミーの首の包帯を取ったことで俄然(がぜん)勝利はこちらに近づく。


 その証拠(しょうこ)として、室内の光の領域が一気(いっき)に広がった。

 球状の部屋の半分以上を支配していた(やみ)が後退し、オレたちの優勢を示す光が前進する。もはや光と闇の割合は八対二といったところか。


 残るマミー・オブ・マミーの包帯は、右手首にある(ひと)つだけ。

 彼女は、小さくなった闇の領域の近くまで一足(いっそく)飛びにしりぞく。

 闇を背にして、右手首の包帯から黒い炎をさらに噴出(ふんしゅつ)させる。


「すごいですわね、君たちは。わたくしの包帯を(よっ)つも(うば)うとは。とはいえわたくしもミイラの母。……勝ちますよ。威厳(いげん)(たも)つためにもね」


 炎が激しく()らめき、限りなく膨張(ぼうちょう)していく。


「ここまでやるとわたくしにも悪影響(あくえいきょう)が出るので使わないつもりでしたが……もうリスクを考えている場合ではありませんよね」


 まるで背後の闇を守るかのように黒い炎を広げるマミー・オブ・マミー。


 黒い光に照らされて、彼女の黒いドレスが(おど)る。

 炎の()れと同化するようにミディアムヘアがなびく。つぼみのような(くちびる)と高い鼻が(つや)めく。慈愛(じあい)に満ちた(ひとみ)爛々(らんらん)(かがや)く。


 すでに彼女の美は完成されていた。そのはずなのに。

 今のマミー・オブ・マミーの姿は、今までで一番(いちばん)美しい。

次回「勝負」に続く!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ