転倒注意
オレは右手のこぶしを突き出し、マミー・オブ・マミーの左の上体に打撃を加える。
左手首の包帯を失ったマミー・オブ・マミーの全身のうちでもっとも攻撃しやすいのは、その左上半身をおいてほかにない。
当然のようにマミー・オブ・マミーは体をひねり、オレの攻撃を受け流すが……。
オレのねらいは彼女の意識を左の上半身に集中させること。
(結果としてモムの右の下半身への警戒がおろそかになる)
このタイミングで――。
マミー・オブ・マミーの右足首の包帯をねらい、暗闇にまぎれていたテティとネフェルが奇襲をかける。今や暗闇は部屋の半分以上を満たしている。マミー・オブ・マミーの背後に広がる闇の空間をテティとネフェルは利用したのだ。
テティは包帯のにおいをたどることができるので暗所でも充分に移動できる。
ネフェルも、見えない鞭を自在にあやつる女だ。視覚だけに頼って動いているわけじゃない。暗闇くらいで行動が制限されたりしないだろう。
(ネフェルはオレと戦ったとき、煙のなかでも攻撃をよけてたしな)
闇から現れた二人の手が、音を殺しつつマミー・オブ・マミーの背後にせまる。
白い雲の湧く右足首の包帯をつかもうとする――。
ところがあと少しのところでマミー・オブ・マミーがつま先の向きを変え、勢いよく振り向いた。
おかげでテティとネフェルは包帯を取り損ねた。マミー・オブ・マミーのひるがえった黒いドレスのすそを代わりにつかんでいた。
「読めていましたわよ」
マミー・オブ・マミーが二人を見下ろす。
「水をはじくシートをミイラ取りから渡されていましたか? だから雲を発生させる右足首の包帯をねらったのですよね!」
間髪をいれず左手でネフェルをなぐり飛ばす。左足でテティを蹴り上げる。
彼女たち二人は闇のなかへと一気にはじき飛ばされた。
その際、テティとネフェルのつかんでいたマミー・オブ・マミーのドレスがちぎれた。
当然この隙にオレも動く。背中を見せたマミー・オブ・マミーにかぎ縄を投げる。
だがマミー・オブ・マミーは後ろを向いたまま右手首の炎を縄に近づけた。
(バレてたか……!)
とっさにオレはかぎ縄を引き戻す。
ついで突進する。こちら側に向きなおるマミー・オブ・マミーのふところに飛び込む。
彼女の左腕を正面から両手で握り、力を込めた。
「骨を折ってやる」
「ふふ、干からびたミイラにも骨はありますものね。有効な戦い方ですわ」
余裕の表情を見せ、マミー・オブ・マミーがオレの額に顔を近づける。
そして彼女は口をあけ、オレの額の包帯をくわえた。
(まずい。テティに巻かれた包帯を失えばオレは自分の死体に魂をとどめられなくなる)
さらにマミー・オブ・マミーの上下の歯が包帯をかむ。
(引きちぎられる)
いくらなんでも接近しすぎた。もはやオレ一人では打開不可能――。
そう思ったときマミー・オブ・マミーの背後の暗闇から足音が響いた。
テティとネフェルが再度の奇襲を試みているようだ。
予想していたのかマミー・オブ・マミーが振り返りもせず左足を真後ろに蹴り上げる。左足首の包帯からは黒い炎が噴出している。
暗闇から姿を見せて奇襲を仕掛けたもののテティもネフェルもマミー・オブ・マミーの攻撃を防ぐことができず、また吹き飛ばされる――。
――と思われた次の刹那。
マミー・オブ・マミーの蹴り上げた左足が停止した。
「ふむう……?」
困惑を含む彼女の吐息がオレの額に当たった。
続いて、その停止した左足が後ろへと――闇の奥へと引っ張られる。
「へ……? え……わああ!」
ビターン!
爽快な激突音と妙にかわいらしい悲鳴を響かせ、マミー・オブ・マミーがうつ伏せに倒れた。
このとき彼女の口がオレの包帯から離れた。
(文字どおり足をすくわれたってわけだ。ゆかが坂のようになっているから転びやすかっただろ。おまえが用意した球状の部屋は全体が湾曲しているからな)
マミー・オブ・マミーは倒れたまま後ろに目を向ける。
言葉にすると違和感も覚えるが……黒い炎が闇を照らしている。
よって先ほど引っ張られた左足首の近くでなにが起こっているのか一目瞭然だった。
黒いロングヘアの女――テティがしゃがみ、その両手でマミー・オブ・マミーの左足首をつかんでいたのだ。
「どういうことです、テティ! なぜ炎にさわることができて……」
ここでマミー・オブ・マミーが、テティにつかまれた足首を凝視する。
よく見ると、テティは素手で炎にふれているのではない。
黒い布の切れ端を左右の手の平に添えたうえで、足首を持っている。
「――まさか、その黒い布。わたくしのドレスから!」
先ほどマミー・オブ・マミーにはじき飛ばされたときテティとネフェルは相手のドレスのすそをちぎり取っていた。この切れ端を使ったのである。なお切れ端は、手の平よりもやや大きめのようだ。
(手首や足首の包帯から発生する黒い炎と水分を含んだ白い雲はマミー・オブ・マミー本人を害するものじゃない。これは彼女の衣装に対しても言えること。事実、足首に近い場所にあるのに靴は燃えていないし、彼女が腕組みをした際もドレスは無事だった)
つまりマミー・オブ・マミーのドレスや靴は包帯によって生じる炎や雲に対して耐性を持っているも同然なのだ。
であればその一部を取り、利用してやるのは当然のこと。
マミー・オブ・マミーのドレスの布越しならば、炎や雲を生じさせる包帯の巻かれた部位を直接つかむことが可能になる。
さらに、マミー・オブ・マミーが心配すべきは左足首だけではない。
すでに右足首を、しゃがんだ姿勢のネフェルに握られている。
もう説明するまでもないが、ネフェルもテティと同様マミー・オブ・マミーのドレスからちぎり取った布越しに足首をつかんでいる。右足首の包帯から漏れる白い雲が輝き、その光景を照らし出している。
マミー・オブ・マミーは腕を使ってすばやく立ち上がろうとする。
が、その都度オレは彼女の腕を足で払い、行動を妨害した。
ついにはテティとネフェルが、マミー・オブ・マミーの足首に巻かれた包帯を同時にちぎり取る……!
直後、室内の闇が後退するようにその量を減らした。
逆に光の領域が少し回復し、這いつくばるマミー・オブ・マミーの全身をあらわにする。
ミディアムヘアでおおわれた後頭部がよく見える。しかし顔が伏せられているため、その表情は分からない。
(光が戻ったということは、オレたちが優勢であるということ。テティとネフェルがモムの両足首の包帯を取ってくれたおかげで、いよいよ勝機が見えてきた。魂をとどめる包帯をすべて取れば、マミー・オブ・マミーも停止するはずだからな)
くまなく視線を走らせ、オレはマミー・オブ・マミーの状態を確認する。
(あとは首と右手首の包帯だけ……いや待て!)
オレは気づき、さけんだ。
「マミー・オブ・マミーの右足首に、わずかに包帯が残っている!」
右足首をつかんでいたネフェルの握力がテティやスコルピオンに比べて足りなかったせいだろう。少しちぎり損ねてしまったようだ。
マミー・オブ・マミーの右足首に包帯が細くひっかかっている。そこから白い雲がたなびいている。
テティとネフェルは包帯をちぎり取る瞬間、勢いに任せてマミー・オブ・マミーの足首から手を離してしまっていた。
この隙をマミー・オブ・マミーは見のがさなかった。
次回「粉砕するビジョン」に続く!(更新は十二月六日(土)午後七時ごろです)
※いつもお読みいただき、ありがとうございます。ブックマークや評価も大変励みになっております。現在連載している「ミイラVSミイラ取り!」はもうすぐ最終回を迎える予定です。改めてここまで読んでくださった読者の皆様に感謝を申し上げます。




