リビルド・ピラミッド
ミイラになってからオレはテティの言うとおりに、棺のミイラを確認してまわる仕事を続けていた。
包帯を替えたり灰をかけたり――くりかえすうちに、そのスピードは速まった。
「やっぱり消えているミイラは、ないな」
町の住民が目撃したというミイラは、テティのピラミッドから出てきたものではない……と考えてよさそうだ。
作業が一段落したところで、オレは自分の部屋に入り、ベッドに横になる。
テティが用意してくれた個室だ。
動くミイラとなったオレは眠らなくてよくなった。とはいえ定期的な休息は必要らしい。
汗をかかないため、長時間動いていると体温が限りなく上昇してしまう。だからその都度、体の熱を冷まさなければならない。
目をつぶり、考える。
(眠らないのはテティも同じ……。とすれば、寝込みを襲うこともできない。もっと決定的な状況が必要か……うーん)
そうやって集中していると。
コンコン……。
部屋の扉がノックされた。
オレはベッドから起き上がり、扉をあけた。
案の定、黒いロングヘアのテティが、そこに立っていた。
「ジェドさんや、ちょっと協力してくださいな」
彼女の声は落ち着きはらっているが、奥には妙な真剣さが感じられた。
うなずいたオレに笑顔を返し、テティが部屋に入る。
ついで、そのままベッドに座った。
「今、このピラミッドに三名の不審人物が接近しつつあります。彼らはミイラ取りかもしれません。あなたには、撃退を手伝ってほしいんです」
「……おまえ一人でどうにかできるんじゃないのか。だてに墓守やってないだろ」
ここであっさり承諾すれば、かえってオレが本心を隠しているのではと疑われる。ひとまず、もっともな質問をぶつけ、テティの様子をうかがうことにする。
オレから目をそらし、彼女がゆっくり口をひらく。
「実は元々、ここの墓守はわたしを含めて二人だったんです。複数のミイラ取りに対しては、もう一人と力を合わせて対処していました。でも最近、その仲間がいきなり失踪してしまいまして。あなたには、その穴埋めをしてもらえればと……」
「ほかのミイラをあやつればよくないか」
「動くミイラ事件と結びつけられると困るので、なるべく……生者に見た目が近いミイラに頼みたいんですよ」
「なるほどね、オレをコマにした理由には、そういう事情もあったわけか。――いいよ、力を貸す。ミイラ側に立ってミイラ取りを撃退するなんて……なかなかおもしろそうだ」
「わたしからさそっておいてなんですが、同業者を攻撃することにためらいは、ないんですか」
「まったくない。オレ以外のミイラ取りは同業者である以前に、商売敵さ」
「あなたの考えがどうであれ、協力してくださることにはお礼を言います。では、始めましょう」
ここでテティはオレをちらりと見たあと――。
ベッドの下に手を突っ込んだ。
そこから袋と、黒い粘土板を取り出す。
「ジェドが使っているこの個室は、さっき言った仲間が使用していた部屋です。これらは『彼』の持ち物でもあるんですよ」
テティが、粘土板をひざに置く。
袋のほうには灰が入っており、それを粘土板にふりかける。
板に灰を満遍なく広げたのち、テティは袋を元の場所に戻した。
続いて、粘土板を軽く揺する。
すると灰全体が動き、とある図形をかたどった。
正三角形である。
この三角形の底辺から延びた直線の上に、灰が三粒だけ見える。わずかだが、粒は動いているようだ。
「いいですか、ジェド。板に描画された三角形が、わたしとあなたのいるピラミッドの全体図です。また、そこから外れた粒は、不審人物たちを示しています」
便利なものだ。そうやって、オレがここに来ることも事前に察知していたわけか。
「もちろんミイラ取りでない可能性もあるので、いったん出入り口でわたしが正体を見極めます。あなたはこの室内で待機し、様子を見守ってください。彼らがミイラ取りであれば、わたしが手を挙げます」
そして粘土板の説明をして、彼女は部屋から出ていった。
オレは板をかたむける。しかし、灰は貼りついたまま落ちない。
「えーっと……こうすれば、いいのか?」
ピラミッドの出入り口付近に親指と人差し指をふれさせ、外側にひらくように動かす。
動作にともない、灰の模様が変化する。
出入り口が、拡大された状態で映し出される――。
外の石段を上ってくる三人の男の顔や服装も鮮明に分かる。
(ターバンに全身をおおう布……。ここまでは普通だが、とくに際立った面構えのやつがいるな。眼光が鋭く、傷も多い。おまけに、その身は筋骨隆々。相当の修羅場をくぐってきた、なかなかのミイラ取りと見た)
ピラミッドを襲う理由も、オレと同じなのだろう。
町外れを歩くミイラの目撃情報が多数ある今ならば、ミイラを取りやすい――そう踏んだのだと思われる。
(それにしても、離れた場所の情景がここまで分かるとはね。ペテンじゃないかと疑いたくなるほどだ)
指を板にふれさせたままスライドさせると、視界が横にずれる。
ちょうどピラミッドの出入り口から、テティが顔を見せたところだった。
男たちに、テティが話しかける。同時に、男の一人が周囲を見回し、仲間の二人に耳打ちする。直後、傷の多い例の男がテティの体をなぐりつけた。
テティが転がり、石段から落ちていった。その際、彼女は片手を大きく挙げた。
(ミイラ取り確定か。こいつら、近くに目撃者がいないことを確かめたうえで早々に動いたな)
三人はテティに見向きもせず、さっと出入り口に突入する。
彼女は見た目だけなら、ただのかれんな少女……先ほどの殴打で再起不能になったと彼らが思い込んでも無理はない。
オレは粘土板に載せた親指と人差し指を、内側に閉じるように動かす。
灰が模様を変える。
再び、三角形のピラミッドの全体図が粘土板によみがえる。
それは断面図になっており、内部の構造が一目瞭然。
男たちをあらわす三つの粒も移動を続けている。
彼らの走る通路……灰で示されたその部分を――。
――指で切る。
ついで拡大してみると、ミイラ取りの困惑する顔が並んでいた。
目の前には、崩壊した通路がある。崩れた石にはばまれ、いったん後退せざるを得ない。
「……マジでピラミッド内部を作り替えたのか」
そう、テティによると、この粘土板と灰はピラミッドの様子を映写するだけのものではない。
ピラミッドの構造を変更する機能も有している……!
指先一本で、通路や部屋の配置を自在にできるということだ。




