脅威の一つ
左脚部をつかまれたスコルピオンは上半身を大きく右に向かって回し、その勢いのままマミー・オブ・マミーの左脇腹に横から頭突きを食らわせた。
よろめくマミー・オブ・マミー。
その隙にオレは立ち上がり、先ほど焼かれなかったほうのかぎ縄を彼女の頭めがけてぶつけた。
「四対一を許容したのはそっちだ、モム。卑怯とか思うなよ。第一こっちは協力しないとおまえには勝てないんだ。おまえはそれほどのミイラなんだ」
彼女への追撃はこれで終わりではない。
マミー・オブ・マミーの背中から、バチンという高音が響く。
高熱から立ち直ったネフェルが背後に回り込み、見えない鞭を飛ばしたのだ。
(確かにモムの手首と足首の包帯から生じる黒い炎と白い雲は厄介。だったら包帯の巻かれていない胴体をねらえばいいだけなんだよ)
三方向から攻撃を受けたマミー・オブ・マミーは体勢を崩す。
そこにテティが接近し、マミー・オブ・マミーの右腕をつかんだ。
その腕をねじり、スコルピオンの脚部からマミー・オブ・マミーの右手を外させた。
まだまだテティの行動は続く。
すかさず両手をマミー・オブ・マミーの首へと伸ばす。
もちろんミイラであるマミー・オブ・マミーを絞め殺すことはできない。ねらいは首の包帯である。
が、首にふれようとする直前テティの両手がはじかれた。
首から発する黒と白のガスの渦巻がまるで敵に反応したかのようにギュルギュルと高速で回転を始めたのだ。
「どうです、テティ? この渦……右回りにも左回りにも見えるでしょう?」
マミー・オブ・マミーがほほえみかける。
「首を取り巻くガスは、水と炎の性質を両方とも持っていますのよ。したがってわたくし以外のミイラがこの首に手をかけるなど不可能なのですわ」
「くっ……」
テティがひるんだ声を出す。
慈愛を含んだまなざしで、マミー・オブ・マミーがテティを捉える。
「さて腐るのと、もう一度停止するのと――どっちがいいですか」
そう言ってテティににじり寄る。
だがその途中で――。
「……あれ?」
――という抜けた声を出す。
それは驚きによってこぼれた言葉だった。
無理もない。
自分の左手が突如として動かなくなったのだから。
斜め後ろからマミー・オブ・マミーの左手首を両手でつかんでいる者がいる。
スコルピオンだ。
「ここの包帯は俺がもらうぜ!」
「なぜです? どうしてそんな力を込めながら、さわれるのですか!」
スコルピオンのつかんだマミー・オブ・マミーの左手首の包帯からは、絶えず白い雲が輝きながら噴き出している。その雲は水分を含んでいる。
普通は、ミイラがまともにさわることなどできない。腐敗するからだ。
マミー・オブ・マミーはとっさに、黒い炎をまとった右手を動かしてスコルピオンへの攻撃を試みる。
しかしテティがその二の腕にしがみつき、マミー・オブ・マミーの動きをとめる。
ここでマミー・オブ・マミーは足を使おうとした。が――。
失敗した。
オレとネフェルがそれぞれかぎ縄と鞭を飛ばし、マミー・オブ・マミーの左右の太ももに衝撃を与えたためだ。
続いてスコルピオンが大音声を上げる。
白い雲の発生するマミー・オブ・マミーの左手首を、彼は透明なシート越しにつかんでいた。
(ミイラ取り必携の、水をはじくシートか。もうオレには持ち合わせはないが……スコルピオンのやつ、手持ちのものをポケットから出してマミー・オブ・マミーの左手首をおおったようだな。これなら腐敗させられることなく包帯を奪える)
そうしてスコルピオンはついに両手を上空に突き上げ、マミー・オブ・マミーの左手首の包帯をちぎり取った。
包帯はテティやネフェルのものと比べてそこまで長くなかったようで、意外にもあっけなく外れた。
同時に、マミー・オブ・マミーの左手首から生じていた白い輝きの雲が消失する。
スコルピオンがおたけびを上げる。
「よっしゃ! これで脅威の一つは去った!」
だが次の瞬間。
急にマミー・オブ・マミーがしゃがんだ。
そしてすぐに立ち上がり、真下からスコルピオンに頭突きを食らわせた。
「お返しですわ」
「あ……がっ!」
スコルピオンの体が斜めにスピンし、宙を舞う。
立ち上がった勢いを利用してマミー・オブ・マミーはテティの拘束を振りほどき、スコルピオンのそばまで跳躍する。
すかさず黒い炎をまとった右手で顔面をわしづかみにし、丸いゆかにたたきつける。
その状態を十数秒維持したあと右手を離し、やりきったとでも言うかのようにマミー・オブ・マミーが息をつく。
「……ふう。これで脅威の一つは去りましたわね。たいした切り札でした」
高熱を流し込まれたらしく、スコルピオンはあお向けのまま動かない。
マミー・オブ・マミーがスコルピオンの両手から、奪われた包帯を取り返す。
しかしため息をつき、首を横に振った。
「すっかりビリビリですね。もう巻けません」
包帯の残骸をあたりにまき散らすように捨てる。
さらにスコルピオンの近くに落ちているシートを左足で蹴り、燃やす。
……なおここまでの一連の攻防により室内の闇は少しだけ前進し、領域を増やしている。
これはマミー・オブ・マミーが仕掛けたゲーム。闇が拡大したということは、マミー・オブ・マミーがオレたちを劣勢に追い込んでいるということだ。部屋が闇で満たされればオレたちの敗北となる。
逆にマミー・オブ・マミーに反撃を加えて室内の光の領域を拡大させ、部屋を光でうめつくさなければオレたちに勝利はない。
(スコルピオンと左手首の包帯の交換。ほぼ痛み分けみたいなかたちになった。それでも、まだマミー・オブ・マミーが有利というわけか)
オレ・テティ・ネフェルは光の当たるゆかを移動し、後退する。
とはいえ部屋は球形。つまり中央から離れるほど勾配が急になる。
足場は内側に湾曲する坂のようで、やや立ちづらい。
(すでにマミー・オブ・マミーの左手首の包帯は取られた。ただし右手首と左足首の黒い炎……右足首の白い雲……そして首の渦巻は健在。おまけに、こっちはスコルピオンを失った)
距離を詰めてくるマミー・オブ・マミーをオレは見据える。
ここでネフェルとテティが左右に散り、マミー・オブ・マミーの後ろに広がる闇のなかに入った。
マミー・オブ・マミーは彼女たちを無視し、オレの前に立つ。
「あらら、ジェド。見捨てられてしまいましたわね。わたくしが慰めてあげましょうか」
「必要ないさ」
オレは左手にかぎ縄を構え、軽く回す。
「ミイラ取りがミイラに慰められたら、世話がないってもんだ」
次回「転倒注意」に続く!




