白く輝く黒く揺らめく
声に続いてオレたちの正面に、どこからともなくマミー・オブ・マミーが現れた。
「室内に隠し扉はありませんわ。しかし鍵は存在します」
彼女の言葉を耳に入れ、オレもテティもネフェルもスコルピオンも球状の室内を探るのをやめた。
(確かピラミッド内に脱出不可能な部屋を作ることはできないはず。とはいえ「鍵」による擬似的な密室は作成可能か……。そういえばオレがテティに殺されたときもテティは部屋に鍵をかけていたっけな。くしくも、あのときと状況が似ているわけだ)
マミー・オブ・マミーが首を動かし、周囲を見回す。
「見てのとおり部屋は明るい白で満たされています。それは、この太陽の沈まない世界しか知らない……君たちの光です」
両手を斜め下に向かって広げる。
「ここに、太陽の存在しない世界を知る……わたくしの闇を加えましょう」
その言葉と共にマミー・オブ・マミーの背後に暗黒の闇が発生した。
すぐに闇は勢力を拡大し、室内の半分をおおった。
オレたちは闇に入らないよう後退する。
対するマミー・オブ・マミーは薄く笑う。
「丸い部屋を縦に二分割した格好ですわ。今のところ全体の半分が闇におおわれ、もう半分が光に満たされています」
彼女は、光と闇の境界線に立っている。
「さて……この部屋から脱出する『鍵』は、自分の属する領域を室内全体に広げることで獲得できます。室内すべてを闇で満たせばわたくしの勝ち。逆に光でうめつくした場合は君たちの勝利」
ここで両腕を持ち上げ、その左右の手それぞれで自身のもう一方の手首をつかむ。
「敵を劣勢に追い込むごとに自分の所属領域は拡大します。たとえばわたくしが君たちのなかの誰かをなぐれば闇が広がるし、逆に君たちがわたくしにダメージを与えると光が戻りますわ。そのダメージ量に応じてね……。また、自分たちに有利な状況を作ることでも領域の拡大は可能です。なかなか分かりやすい戦争でしょう?」
「はあ? そんな提案乗れるかっての」
手の指を小刻みに動かしつつ、スコルピオンが舌打ちする。
「この丸い部屋を用意したのも、その戦争のルールを考えたのもてめえだろ。フェアなゲームのようにも聞こえるが、実際のところモム側は不正し放題じゃねえかよ」
「もっともな心配ですわね」
マミー・オブ・マミーが、小さく口角を上げる。
「もちろん、わたくしの言うことを信じるかはそちらの自由です。どちらにせよ、このマミー・オブ・マミーと戦えばいいのですよ」
「なぜこんな勝負を仕掛ける」
二つのかぎ縄を左右の手に持ち、オレが問う。
「出入り口がどこにあるかも分からない空間に、おまえはオレたちを閉じ込めたわけだろ? だったら安全な場所から火責めをするなり水をそそいで部屋を満たすなり……もっと賢い方法があったんじゃないか」
「ここまで果敢に立ち向かってきた君たちへの、ごほうびですよ」
真面目な調子でマミー・オブ・マミーが答えた。
「わたくしは、もう粘土板も部下のミイラも使いませんわ。したがって敵はマミー・オブ・マミーただ一人」
さらに、自分の手首をつかむのをやめる。
「四人まとめて相手してあげます。どうぞお手やわらかに」
ついでマミー・オブ・マミーが、光と闇の境界線からオレたちのほうに一歩を踏み出す。
瞬間、彼女の巻く五つの包帯から煙や炎が発生した。
左手首と右足首の包帯から立ち上る煙は白く輝き――。
右手首と左足首の包帯から噴き出す炎は黒く揺らめく。
首に巻いた包帯からは、黒と白の交ざったガスが渦となって漏れている。ただし二色は互いに溶け合っていないため灰色には見えない。
(だが見たところモムの包帯も靴もドレスもミディアムヘアも燃えていないな。本当に燃焼しているわけじゃないのか……? 確かめてやる)
オレは先制攻撃を仕掛ける。
手に持っている片方のかぎ縄を飛ばし、かぎをマミー・オブ・マミーの右手首にひっかけた。その手首からは黒い炎が生じている。
直後、かぎに連結する縄に黒い炎が燃え移り、その部分が焼け落ちた。
「ちっ、少なくとも黒い炎は本物か」
かぎを失った縄をオレは引き戻す。
ほかの三人にも情報を共有するために大声で言う。
「包帯を巻いた本人には害がないようだが、オレたちを燃やすことはできるようだな!」
「軽率なようで考えていますわね、ジェド」
右手首にひっかかったかぎをマミー・オブ・マミーが取り外す。
「あえて自分の得物を犠牲にすることで、わたくしの炎の特性を見極めようとしたのでしょう?」
そのまま左手で、かぎを投げる。
かぎはオレの腹に命中した。
「ぐほっ!」
オレは倒れ、丸い室内を転がった。
同時に、部屋をおおっていた闇が前進してその領域を広げた。
マミー・オブ・マミーは腕組みをしてオレたち一人一人と目を合わせる。
「もう分かっていますわよね? 先ほどはジェドが攻撃をまともに受けたことにより、わたくしの闇の領域が拡大したのです。そのぶん室内の光が減りました」
腕組みの際手首の白い煙と黒い炎が彼女のドレスの前面に当たったものの、やはり燃えたりする様子はない。
「この部屋の光を取り戻すには、わたくしを劣勢に追い込むしかありません。しかしこのままだと闇がすべてを飲み込んでしまいますわよ」
マミー・オブ・マミーは腕をほどいて何回かその場でジャンプをくりかえし、いきなり前方に向かって跳んだ。
瞬時にネフェルに接近し、その頭頂部に右手を載せた。
ネフェルはさけぶ。
「あっつ……!」
どうやら右手首の炎の熱は、手の平全体に及ぶらしい。
頭を押さえ、ネフェルがくずおれる。
結果、また闇が室内の光を侵食して勢力を広げる。
「あ、言い忘れていましたわ」
とぼけた調子でマミー・オブ・マミーが首を回す。
「この戦争、勝ったほうが鍵をもらえるわけですけど……負けた場合はピラミッドに取り込まれます。つまり敗者は実体を手放したのち、壁面やゆかに映り込むわたくしの部下と同じ境遇になるのです」
「それができんなら」
スコルピオンが、鋭い眼光でにらみつけた。
「最初から俺らをピラミッドのなかに取り込めばいいじゃねえか!」
「言ったでしょう、スコルピオン」
マミー・オブ・マミーが、慈愛に満ちた視線を向け返す。
「これは、ごほうびです。儀式でもあります」
くずおれたネフェルを少しだけ見下ろし、言葉を続ける。
「実はわたくしのピラミッドには意思があります。それも墓守としての意思が。この御前で勝敗を決したとき、より弱いほうのミイラがピラミッドに気づかわれて保護されるのです。『こんな弱いミイラをこのまま放置していて大丈夫かな』って感じで心配された結果、ピラミッドに強制的に取り込まれるわけですよ」
言いつつマミー・オブ・マミーはスコルピオンの真正面に移動し、抱擁のポーズをとる。
スコルピオンは上半身を後ろに倒して攻撃を回避しながら左の脚部を使い、マミー・オブ・マミーの足を払った。
黒い炎の出ている左足ではなく、白い煙をくゆらす右足をねらった。
だが力が入らなかったようで、彼女を転ばすことはかなわなかった。
「……おい、ジェド・ネフェル・テティ! てめえら聞け!」
スコルピオンがなにかに気づいたらしい。
オレたちではなくマミー・オブ・マミーをにらみつつ、声を張り上げる。
「モムの発する白い煙っぽく見えるやつは、煙じゃねえ! 雲や霧に近い! はっきりと水分を感じる!」
声には焦りといら立ちがにじんでいた。
「おかげでそこに足をくぐらせた途端俺の足が少し腐敗しやがった!」
「不思議なことでもないでしょう。なぜならわたくしはマミー・オブ・マミー」
彼女がスコルピオンの左の脚部を右手でつかむ。
小さな手で、丸太のようなそれをがっちり固定する。
「ミイラを屈服させる力があるからこそミイラの母としての威厳を保てるのですわ。ミイラは汗をかかず体温調節ができないので高熱に弱い。かつミイラは干からびることで体を維持しているため、腐敗をもたらす水にも弱い。それらの弱点を自在に突けるわたくしは、まさにミイラの頂点に立つにふさわしい存在と言えましょう」
どうやらマミー・オブ・マミーはテティをさらったときも黒い炎によって熱を流し込み、彼女を停止させたようだ。
(それとモムのピラミッドに向かう際に上空をおおっていた灰色の雲――あれはモムの白い煙もとい雲が重なってできたものっぽいな)
そしてスコルピオンがマミー・オブ・マミーの右手から高熱を受ける。
腐敗の進んだ左脚部にさらなるダメージを負う。
だが彼も規格外のミイラ取り。当然やられっぱなしではない。
次回「脅威の一つ」に続く!




