モム・ルーム
マミー・オブ・マミーの透きとおるような声と同時に、オレたちのいる玉座の間全体が震えた。
金と銀の交ざった鏡面みたいな壁や天井がグニャグニャとゆがみ始める。
原形を保てなくなった筒が、ゆかのなかへと沈むように消え去る。
* *
そして――。
元は直方体に近かった室内の様相が一変した。
球体になったのだ。
一つの大きな丸いかたち――その内部にオレ・テティ・ネフェル・スコルピオンが立っている。
丸みのあるゆかに立ち、オレはあたりを見回した。
「モムも奇妙な部屋を作ったもんだ。だが出入り口はどこに……?」
今の室内の色は金や銀というよりも白っぽく、やはり鏡面のように明るい。
見たところ、オレたち全員が存分に走り回れるほどのスペースがある。
しかし扉や穴のたぐいは、どこにもない。
マミー・オブ・マミーの姿も消えている。
* *
オレたち四人は、それぞれ隠し扉がないか室内を探ることにした。
ちなみに白蛇のアムウは小さくなり、テティの左の太ももで休んでいる。
そしてアムウに巻かれていたネフェルの包帯はすでにネフェル本人が取り外し、自分の全身に巻きなおしている。
アムウに「頑張りましたね」と声をかけたあと、部屋の丸い表面をペタペタさわりながらテティがオレに質問する。
「ジェド……あなたとネフェルがスコルピオンを復活させたみたいですね。ミイラになった彼をどうやって見つけたんですか」
「ネフェルとの戦いが終わってから、オレたちは黒いピラミッド内を見回っただろ?」
オレは右隣のテティに視線を送った。
「そのとき大回廊で石の棒が放射状に突き出ている場所を見たが、あれはおまえがスコルピオンを始末する際にできたやつだよな」
「ええ」
「なのに、やつのミイラはどこにも見当たらなかった」
コンコンと、オレは部屋の表面をたたいていく。
「だから、おまえがあとでスコルピオンに包帯を巻くつもりで遺体を別の場所に移動させた……と分かった」
「まあ彼もミイラ取りで悪人ですからね」
淡白にテティが答える。
「ジェドと同じく、良心の痛まないコマとして都合がよさそうだったのでキープしとこうかなと……。ただしスコルピオンは規格外の力を持つため、彼を即座に復活させることは危険とわたしは判断しました」
「そうか」
わりと打算的でもあるテティの性格を考えれば、それは自然な行動と言えるだろう。
「ともあれテティがモムにさらわれたあと戦力としてスコルピオンを使おうと思ったオレは、おまえの部下のミイラたちに聞き込みをした。結果、おまえが黒いピラミッドの一室にスコルピオンのミイラを運ばせたことが明らかになった。そこでオレは目的のミイラがある部屋に向かい、ネフェルに包帯を巻いてもらった。あとは、動くミイラと化したスコルピオンをアムウの口に含ませて、切り札として隠していたってわけさ」
ここでオレはテティのほうも見ずに軽く笑う。
「ちょっと横取りみたいだったか?」
「いいえ、そうは思いませんよ。おかげでマミー・オブ・マミーへの奇襲を成功させることができたんですから。事実、スコルピオンの参戦がなければ彼女を切り崩すことは不可能だったでしょう。……とはいえ」
テティが、スコルピオンのほうに顔を向ける。
「よくあなたは、ジェドに協力する気になりましたね。元から手を組んでいたネフェルに力を貸すのは分かりますけれど……」
「因縁が、あっからな」
スコルピオンは舌を出す。
今の彼の舌は肌色を帯びていた。ミイラになったことで唾液も生じなくなった口のなかに、ネフェルが包帯を巻いたのだ。
「俺はジェドをミイラに落とすつもりだった。が、それもかなわず……とうとう自分自身が干からびちまった。ただしミイラになっても、俺はミイラ取りだ。いつかミイラのジェドを取り、てめえの気持ちに決着をつけなきゃな。そのときが来るまで、そいつを停止させるわけにはいかねえんだよ」
舌先を向け、オレを指す。
オレはふと気になったので聞いてみる。
「スコルピオン……。オレはこのピラミッドの途中の通路でネフェルと分断された。壁が落ちてきたんだ。あそこをアムウたちは突破したんだろ? それができたのは、おまえの入れ知恵があったからか」
「俺は蛇の口のなかから小声で『近くの落とし穴を調べたらどうだ』って助言したくらいだぜ」
舌をひっこめ、スコルピオンが周辺の壁をたたく。ゆかを蹴る。
「案の定落とし穴の深いところにある壁面に穴があいていて、そこを通過したら向こうに出られたって話だ」
「本当に勘が鋭いやつだな……」
そういえばテティのピラミッドでオレが用意した落とし穴に対しても、こいつは独特の嗅覚を働かせていた。
「……あと、水が天井から雨のように落ちている部屋も途中にあったはずだが、あそこはどう切り抜けた? ミイラがまともに抜けようとすると腐敗するかもしれないのに」
「同業者だから分かるだろ? てか俺を復活させる前に服のなかを調べてなかったのか」
「忘れていた」
「そういうとこは抜けてんなあ、ジェド。種明かしをすると、ポケットから水をはじくシートを取り出してネフェルに渡しただけだぜ。ミイラ取りの必需品じゃねえか」
確かにマミー・オブ・マミーのピラミッドに突入する際にはオレもアムウにシートをかぶせた。
(この商売敵……。粗野なようで、やはりバカじゃない……)
加えてスコルピオンはフットワークも軽い。
オレと最初に会ったときも、手を組もうぜと提案してきた。
ミイラ取り放題という甘い夢をいだきつつ、ミイラのネフェルにも協力していた。
また、スコルピオンがここまで来た理由は、テティにもある。彼女は彼を敗北させた。それにより彼は、テティにほれ込んでいるようだ。もちろん恋愛の意味ではないが。
このタイミングでテティが頭を下げ、スコルピオンとネフェルの名を呼ぶ。
「――言いそびれていました。二人とも来てくれて、ありがとうございます」
それを聞いてスコルピオンは「へへっ……」と言って照れた。
一方のネフェルはあたりを探りながら「別に」とぶっきらぼうな返事をする。
そんな彼女にテティは近づき、手を握った。
「ネフェル。あなたがどのように生まれたとしても、あなたはエフラではなくネフェルですからね。わたしに変な気はつかわないでくださいな」
「あたしは……」
「そもそもエフラは、罪なき生者をミイラに襲わせるようなことは絶対にしませんし」
「厳しいね。お姉さんにそんなふうに言われちゃ、あおり返せないじゃん……」
ネフェルはテティの手をそっと振りほどいた。
(しかし先ほどから妙にテティはオレたちにからんでいるな。マミー・オブ・マミーとの最終決戦の前に気持ちを整理し、わだかまりなく戦いに臨みたいってことか)
そうして話しているあいだも、オレたちは隠し扉を探し続けた。
球状の空間の、下の半球をすべて調べてみた。
が、どこにも目当てのものはなかった。
ドーム状になっている天井をオレは見つめる。
「あとは上のほうを探るしかないようだな。テティ……アムウはまだ飛べそうか」
「いいえ、ジェド。休止中です」
左の太ももの包帯をなでつつ、テティが答える。
とりあえずオレはかぎ縄を上に飛ばすことにした。
ネフェルも自分の鞭を振り上げ、ドーム状の天井を探る。
スコルピオンは走って、部屋の丸い表面を上ろうとしている。
そしてテティがスコルピオンのマネをしようとして助走に入ったときだった。
「――わたくしのために、そんなことをしなくても……いいのですわよ」
蠱惑的かつ透きとおるような声が、丸い室内に反響した。
次回「白く輝く黒く揺らめく」に続く!




