切り札
筒から白い光を発射し、防御壁を張ったマミー・オブ・マミー。
近づくことはできないが、光の色は薄い。互いの様子は壁をはさんだ状態でも把握できる。
マミー・オブ・マミーを注視しつつ、オレとテティはチャンスをうかがう。
ここで、なにかに気づいたかのようにテティが鼻をひくつかせた。
テティはさりげなく鼻先をさわり、あごを上げた。ついで左の太ももの包帯をたたきつつ、ちらりとオレのほうを見た。
オレは彼女にうなずきを返した。
直感的に理解したからだ。オレと共にこのピラミッドにやってきたネフェルと白蛇のアムウがこの場にたどり着いたのだと。
おそらく、たった今「彼ら」が玉座の間に入ってきたのだ。
テティはいち早くネフェルたちの包帯のにおいを嗅ぎ取り、そのことをジェスチャーでオレに伝えたわけだ。
(本来のアムウの定位置はテティの太ももだからな。そこをたたく様子を見せられたら、アムウのことだとすぐ分かる)
必要以上にテティへと視線を送らず、オレは状況を整理する。
(そしてネフェルの包帯を使えば周囲の色や模様に溶け込み、姿を隠すことが可能。おそらくネフェルは自分の包帯をアムウに巻きつけたうえで空中からマミー・オブ・マミーに接近している。雷を受けたアムウが復活し、ネフェルを乗せて飛んできたんだな)
マミー・オブ・マミーはテティほどの鼻を持っていないはず。
したがって、見えない敵の接近には気づけない。
アムウとネフェルは光の防御壁の上部にあいた大きな穴を通過し、マミー・オブ・マミーに奇襲を仕掛けるに違いない。
だが――。
「あら? なにか、いますわね」
横向きにした筒の胴体に腰を下ろし、マミー・オブ・マミーが左手を伸ばした。
「いったいぜんたい、どなたでしょうか!」
光の向こうでマミー・オブ・マミーの手が勢いよく躍った。
彼女の左手が、空中でなにかをはぎ取る。
するとマミー・オブ・マミーのそばに、大きな顔が現れた。
それは白蛇のミイラ――アムウの大きな顔だった。
雷のせいで焦げている。
そしてアムウは、やはり口元を引き結んでいた。
彼に巻かれている肌色の包帯がほどけだす。
包帯の先端をつまみ、マミー・オブ・マミーが微笑する。
「アムウ。ちゃんと動けていますね。歓迎しますよ、そして――」
彼女はアムウの顔を左右の手でかかえた。
まだ力が回復しきっていないようで、今のアムウはしっぽだけでなく胴体さえも小さかった。
つまり頭だけが大きい。
その頭の上に、焦げた素肌をさらしたネフェルが乗っている。
マミー・オブ・マミーは目を細め、妖艶な視線をネフェルに送った。
「――ネフェル。手の込んだ奇襲、お疲れさまでした」
左手に持った包帯を軽やかに引っ張る。
「しかし君に包帯をあげたのは、わたくしですわよ。姿を隠して攻撃してくることくらい予想済みです。テティが太ももをたたいていたのもバッチリ見えていましたしね。というか、君たちがここに向かっていることについては部下からすでに報告を受けていました」
「筒抜けだったわけだね。あたしがアムウちゃんに包帯を巻いたことさえ」
悔しげな声をネフェルがこぼす。
対するマミー・オブ・マミーは、愉快そうに体を揺らす。
「落ち込まないでくださいな。母にイタズラを見抜かれたからといって……」
「いやいや」
ネフェルが舌を出し、口角を上げる。
「実はあたし、してやったりと思ってたりして」
「もう。失敗をみとめようとしないなんて強情なんです……か……ら?」
言い終わる前にマミー・オブ・マミーは困惑していた。
引き結ばれていたアムウの口が、ひらいたからだ。
「なんです? わたくしをかむつもりなので――ずがぁッ!」
ボゴオ!
突如として響いたのは、真正面から腹をなぐられたときの音。
瞬間、マミー・オブ・マミーの体が吹き飛ぶ。
筒から落ちる。光の防御壁に当たり、腹部を押さえたまま、うずくまった。
「くっ……うう……今のは」
「俺がなぐった」
アムウのひらいた口から男が一人現れた。
顔に多くの傷を持つ、視線の鋭い……筋骨隆々の男だ。
マミー・オブ・マミーが這いつくばって彼を見上げる。
「君は……!」
半分うめき声のような調子でマミー・オブ・マミーが言葉を発する。
「ネフェルの協力者だったミイラ取り。確かスコルピオンという名前でしたわね」
「なんで知ってんだ」
男――スコルピオンが筒に寄りかかる。
「てめえとは初めましてのはずだが」
「ネフェルを見守るにあたり、君のことも独自に調べていたのです」
言いつつ、マミー・オブ・マミーは立ち上がる。
「しかし、どうして君がわたくしのピラミッドに……? テティに殺されたのではないのですか」
「さあな。簡単に教えるわきゃねえだろ」
続いてスコルピオンはこぶしを構え――。
白い光を発射する筒に、パンチをくりだした。
……轟音を立て、筒の胴体も土台もひしゃげる。
「ジェドによると俺は切り札らしいぜ。ええ、モムさんよお!」
大声でしゃべりつつ、豪快に笑う。
「――ミイラになった俺にネフェルが包帯を巻いてくれたんだよ。てめえに対抗する戦力がほしいってことでな。モム――てめえのこともジェドとネフェルからすでに聞いている。で、空中のピラミッドに入る前から俺は蛇の口内にお行儀よく隠れていた。おかげで、てめえのコマどもにも捕捉されず、こうして腹パンもかませたってわけだ! はははははっ!」
「まさか君まで参戦するとは」
直後マミー・オブ・マミーはスコルピオンから距離をとりつつ、さけぶ。
「……って、あっさりいろいろ教えているではありませんか!」
「なんにせよ俺はネフェルに包帯を分けてもらった。てめえとは敵対させてもらう。ネフェル相手のほうが裏切りやすそうだしな」
スコルピオンが筒をなぐり、蹴り続ける。
「へへえ……こりゃいいや!」
再び笑い声を響かせる。
「体に無茶させてもあんまり痛くねえから、力も入れ放題じゃねえかよ! ミイラになるのも悪くねえな!」
筒はボコボコにされ、ほとんど一瞬でその原形が崩壊した。
それにともない、筒口からの雷撃がやむ。
光の防御壁も消失した。
隙をのがさずオレは一足飛びにマミー・オブ・マミーに接近し、かぎ縄をひっかけようとした。
だが腹を押さえながらも彼女はドレスから粘土板を取り出し、それをなぞった。
直後、彼女の立っているゆかが斜めに盛り上がる。
結果オレの攻撃は外れた。
小さな斜塔のような立体物の上で、マミー・オブ・マミーがゆっくりと言う。
「……わたくしは、まだこの部屋の全体構造を変更していません。今から作り替えますので、ご注意を」
次回「モム・ルーム」に続く!




