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深遠なる愛

 玉座に(こし)を下ろすマミー・オブ・マミーとその前でひざをつくテティ……。

 二人(ふたり)の話が一段落(いちだんらく)したところで――。


「――モム」


 オレはマミー・オブ・マミーに(くち)を出した。


「思ったんだが、おまえは……どうしてミイラに世界を蹂躙(じゅうりん)させようとしているんだ」

「すべての死者の母に、なりたいからです」


 首をかたむけ、マミー・オブ・マミーが目を光らせる。


「生前、わたくしは女王(じょおう)でした。国民からも『国母(こくぼ)』として(した)われ、満足したまま一生(いっしょう)を終えました」


 ついでオレでもテティでもなく、上を見る。


「ところが死んでミイラになったあとはピラミッドに()()められ、わたくしを母とあがめる者はいなくなりました。さびしかったですわ。さびしすぎて、()からびた体から(たましい)(はな)れませんでした。いつしか思いは包帯にさえ()()()()()()()。その思いを()かした包帯がなかば(のろ)いのように機能し、わたくしの魂を死体に固定したというわけです。結果、動くミイラとしてのわたくしが顕現(けんげん)したのですわ」


 マミー・オブ・マミーのあごが()がり、首に巻かれた白い包帯があらわになる。


「死して動けるようになったわたくしは再びみんなの母になることを望みました。この世で生者の自由が許されるなら、死者の――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そして、わたくしはミイラの母になろうと決めました。すでに生者に失望していたからです」


 この瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)は両手を(なな)めに挙げた。


「ネフェルの計画は死者と生者の生活環境(かんきょう)の逆転でしたが、わたくしの夢は少し(ちが)います。ピラミッドのなかにさえ、生者の居場所(いばしょ)は作りません。ピラミッドの内外の――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その頂点にわたくしが立ち、みんなの母になるのです」

「ミイラ取りのオレが言えたことじゃないが、私欲(しよく)まるだしだな」


 オレは思わず……親近感のようなものをマミー・オブ・マミーに見いだし、()き出しそうになっていた。


「まだネフェルのほうが、まともなんじゃないか」

「大きいのですよ、わたくしの魂は。もっと宏遠(こうえん)なものを見ているのですわ」


 両手を挙げたままマミー・オブ・マミーがあごを引き、玉座から立ち()がる。


「たとえばジェド。君は人間の『肌色(はだいろ)』について、何種類の色を思い()かべます?」

「おかしな質問だな」


 カバンからかぎ縄を取り出し、オレは答える。


「そんなの一色(いっしょく)しかないだろ」

「それ! それこそがせまい視野なのです!」


 マミー・オブ・マミーは挙げていた左右の手を下ろし、指先をオレに向けた。


「世界というのは君が考えているよりも、よほど広大ですよ。この砂漠の世界のずっと果てには太陽のない世界があります。そこに、わたくしたちとは違う肌色の人々が暮らしています。その世界では、死んでもミイラになりません」

「……あ?」


 オレは(まゆ)をひそめるしかなかった。


「わけの分からんことを言って動揺(どうよう)させようって作戦か。くだらね」

「いえいえ、真実です」


 (ひか)えめに笑い、マミー・オブ・マミーが両手を胸に当てる。


「わたくしは、あらゆる死者を救いたいのですよ。これから死者になる、すべての人類に愛情をそそぎたいのです。なぜならみんな、不安でいっぱいですからね!」


 彼女の慈愛(じあい)に満ちた目が、蠱惑的(こわくてき)にゆがむ。


「死におびえながら生き、死んでもミイラ取りのようなやからに安眠(あんみん)妨害(ぼうがい)される――そんな暮らしに()えられるほど人間は強くありません。この不安から解放すべく、全人類をミイラにするのです! そうすれば死を恐怖(きょうふ)する人もいなくなり、ミイラ取りも根絶されるでしょう? 死後において自己は永遠(えいえん)であるとわたくしが理解させてあげますわ。ミイラとして人間のかたちをとどめたみんなを……わたくしが肯定しなければなりません。たとえ(ちが)う世界に存在するものであっても、見捨てては()()()()のです」

「そうでしたか」


 テティが頭を上げ、背筋(せすじ)()ばす。


「マミー・オブ・マミーの深遠なる愛は理解しました」


 ひざをつくのをやめ、迷いなく(くち)を動かす。


「しかし、そのために生者の(いのち)(うば)うのは許されません。わたしはあなたに感謝と尊敬を(ささ)げながらも、あなたの野望を阻止(そし)します」

「すばらしいですわ、テティ」


 まるで母が(むすめ)に対するときのような(おだ)やかな口調(くちょう)で、マミー・オブ・マミーが言う。


「わたくしも君に愛情と憧憬(しょうけい)をいだきつつ、君の正義をくじくとしましょう」


 ついで自身の黒いドレスから粘土板(ねんどばん)を取り出した。


 ピラミッド内の構造を変更(へんこう)できる例の板に違いない。

 テティがオレに目配せし、さけぶ。


「ジェド! ゆか、(かべ)などの変形に気をつけてください! (つぶ)されるかもしれません!」


 注意を受け、オレは玉座の()の中央付近に移動する。

 ゆかの動きを警戒(けいかい)しつつ、かぎ縄でマミー・オブ・マミーに攻撃(こうげき)仕掛(しか)ける……。


 しかしマミー・オブ・マミーが粘土板によって変形させたのは、部屋そのものではなかった。


 ガコン! ガコン!

 (すわ)っていた玉座のかたちが、違うものに切り()わる。


 背もたれが引き()ばされ、湾曲(わんきょく)する。座面が膨張(ぼうちょう)し、重量感のある土台に変化(へんか)する。


 一瞬(いっしゅん)にして玉座は大きな「(つつ)」となり、オレたちに(くち)を向けた。

 筒は土台と接続している。おそらく角度の調整も可能だろう。


(しかもピラミッドに(はい)るときに(かみなり)発射(はっしゃ)してきた()()()に似ている)


 オレがそう思う()もなく、すかさず筒口(つつぐち)から――極太(ごくぶと)の白い光が放たれた。

 テティもオレも、とっさに左に身をかわしていた。


 熱を帯びた光の直線が、オレたちの右半身をかすめる。

 ついで(おと)があとから(ひび)く。

 ゴロロロロ……。

 そして光はオレたちの横を()ぎてから、しぼむように消滅(しょうめつ)した。


 筒のそばで、マミー・オブ・マミーが手をたたく。


「二人とも、照準を向けられた時点で()げる体勢に(はい)っていたようですね。光を見てからよけようとしても(おそ)いので、適切な判断と言えますわ」

「……当たっていたら確実に包帯を焼かれていましたね」


 マミー・オブ・マミーに返答することなく、テティはオレに(はな)しかけた。


「ジェド。ともかく、あの筒を攻略(こうりゃく)しなければ勝機はありません。()()()()()()別々の方向から接近して筒を破壊(はかい)します」

了解(りょうかい)


 オレは右に走り、テティから(はな)れた。


雷撃(らいげき)を放つ筒は厄介(やっかい)だが、その(くち)(ひと)つしかない。よって二手(ふたて)に分かれれば、かく(らん)することは可能)


 左右から、オレとテティが筒に近づく。

 一方、マミー・オブ・マミーはじかに筒の胴体(どうたい)()し、発射口(はっしゃこう)の角度を調整していた。


「かわいらしい作戦ですわね」


 ここで、筒から第二(だいに)の光が出る。

 極太の光は(なな)め上に飛び、鏡面のような(かべ)に当たった。


 すると光が()ね返った。

 そのまま光は室内のゆか・壁・天井(てんじょう)で反射し続け、マミー・オブ・マミーの周囲を守る防御壁(ぼうぎょへき)となった。


 すかさずマミー・オブ・マミーは第三・第四の光も放つ。

 それらの光も反射を連続させる。彼女のまわりを飛び続け、勢いをまったく(うしな)わない。


 オレもテティも、いったん足をとめる。


(これでは、どの方向からも近づけない)


 いや、正確に言うと……空中だけには悠々(ゆうゆう)と通れそうな大きな光の穴がある。

 飛び()う光によりその穴は、多角形として縁取(ふちど)られている。


(さすがに光が完璧(かんぺき)な防御壁になることはないか)


 とはいえ穴は、オレやテティが()えられる高さにない。

 光にかぎ縄をひっかけることは不可能。

 テティにオレをぶん投げてもらう手もあるが、その場合は(とう)てきの(すき)()かれて攻撃されるだけだ。


 現状、マミー・オブ・マミーを切り(くず)す手段はない。


(……そう。やつが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

次回「切り札」に続く!

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