憎むべきミイラ取り
(さてテティが復活した以上、この部屋からはサヨナラだ)
水でいっぱいになっている穴を確認してから、オレとテティはうなずき合う。
オレは、ゆかに敷いていたターバンをカバンに入れた。
見回すと、ゆかや壁面に映り込むミイラは今や一体もいなかった。
オレは音を立てずに、そっと扉の前に移動する。
あける。取っ手を手前に引き寄せる。
扉が、部屋の内側に向かってひらく……。
すると室内に、なにかが倒れ込んできた。
その正体は黒いドレスを着たミディアムヘアの女……マミー・オブ・マミーだった。
「……うわ、モム!」
驚くと共にオレは左手のかぎ縄を彼女にひっかけ、室内の池に落とそうとした。
が、マミー・オブ・マミーは斜めの扉を蹴り、その反動で通路側に後退した。
「本当は別室で一部始終を観察するつもりでしたわ」
かぎ縄の届かない距離までしりぞく。
「しかしテティが再び動き、ジェドといい雰囲気になっているのですもの。これはナマの声を盗み聞きするしかない! とわたくしは思い、扉の外で聞き耳を立てていた次第です。だってこれからミイラの世界を作るにあたり、死者の人間関係について造詣を深めるのも大切でしょう?」
「なに、愉快そうにしているんだ」
オレは部屋から顔だけを出して、マミー・オブ・マミーをにらむ。
「オレたちの始末に失敗したくせに」
「それはもちろん残念でしたよ」
充分に間合いをあけ、マミー・オブ・マミーが笑い返す。
「結局ジェドは腐らず、テティの包帯もすべて取れていなかったのですからね。しかし終わったことをクヨクヨ後悔しているひまがあるなら結果を真摯に受けとめ、次の行動に取りかかるべきではありませんか」
言葉を発しつつ、手首の包帯の一部をほどく。
「加えて、わたくしは最初から君もテティも愛していますわ。なぜなら、ミイラだから。すべてのミイラが、わたくしの子どもになればいいのです。不都合になってポイすることさえ、愛情表現。……そのミイラがわたくしに刃向かうなら、憎しみではなく愛で応えるのが礼儀」
外れた包帯が、砂色の大きなトカゲに変化する。
トカゲはマミー・オブ・マミーを乗せ、通路の奥へと走っていく。
(追うしかない。さらわれたテティが戻ってきたとはいえ、世界支配をもくろむマミー・オブ・マミーを放置するわけにはいかない。オレがオレの自由でテティの仲間になった今、ミイラに世界を蹂躙させてたまるか)
ここでオレはテティに声をかけようとしたが、その前に彼女は部屋から飛び出した。
「ついてきなさい、ジェド」
「当然だ」
オレもテティに続き、マミー・オブ・マミーを追って通路を走る。
* *
そして通路の先で、新たな部屋にたどり着く。
以前にも来たことのある場所だ。金と銀の交ざったような内装――その奥に、玉座がしつらえられている。
(あらためて部屋全体の大きさを目測すると……ネフェルと戦った広間くらいのスペースがあるな)
玉座に、マミー・オブ・マミーが足を組んで座っている。
彼女は胸をそらし、ふんぞりかえっている。
「再びようこそ、わたくしの玉座の間へ」
尊大に両腕を広げてみせる。
「さてジェド……テティ……。君たちはわたくしと仲よくしに来たのではないのでしょう? であれば、そろそろ雌雄を決しましょうか」
「すみません、その前にお伝えしたいことがあります」
テティが身を低くし、ひざをつく。
「マミー・オブ・マミー。覚えていますか、あなたがわたしに、包帯を巻いてくれた日のことを」
「忘れたりしませんわ」
両腕を自分のひざに置き、マミー・オブ・マミーがしっとりとした声を出す。
「あの日……死にかけの君は、小さな墓のそばで未練がましそうにうめいていました」
「わたしは生前……母と、父と、祖父と、姉と、弟と暮らしていました」
話して平気なのだろうか。
この前ここに来たときは自身の死について、ふれられたくない感じだったが……。
どうやらテティは、ため込んでいる思いを今のうちに清算するつもりのようだ。
「大きくも小さくもないピラミッドを守る墓守の家族でした。みんな、ミイラだけでなくミイラ取りにも優しい人たちでした。ピラミッドへの侵入者にも危害を加えることなく、やわらかく諭して外に帰してあげるような立派な家族でした。わたしの誇りそのものでした」
意外と冷静にしゃべっている。テティの声は震えたりしていない。
いや、無理やり震えを抑えたような調子にも聞こえる。
「ある日、みんなは一人のミイラ取りを捕らえました。しかし彼は元から病気だったようです。突然高熱を出しました。だから治るまで、彼を看病することにしました。ピラミッド内の、わたしたち家族の暮らす部屋で」
ミイラ取りに対して無用心ではある……だがミイラ取りのオレが、それを愚かとあざわらうことはできないのだろう。
「熱が下がり始めたところで、彼は動きました。そのとき看病していた祖父をくびり殺したんです。声をいっさい上げさせなかったようですね。ほかのみんなは睡眠中でした。彼はわたしたち一人一人の枕元に立ち、その首を一つずつ絞めていきました。偶然わたしは起きていましたが、怖くて動けませんでした。わたし以外はみんな殺されました。祖父だけでなく、母も父も姉も弟も」
そして、男の手が伸びてきたときに我に返って逃げ出したとテティは言う。
さらに話は、次のように続く。
――その後、墓守の家族を始末したミイラ取りがピラミッドに仲間を招き入れた。ミイラ取りの大集団はピラミッドを解体し、安置されているミイラをすべて奪った。
結果、そこは更地になった。ただの砂漠になったのだ。
ミイラ取りの取ったミイラは、彼らの荷車に積まれていた。
テティは家族のミイラをそのなかから探し、こっそり取り返した。
ばれないよう、一人ずつ運び出した。
そして彼らが去ってから、小さなピラミッドを自作した。
人の身長よりも少し高い四角すいの建物である。
家族のミイラをなかの棺に納めたテティは、その小さなピラミッドの墓守として生活を始めた。
だが間もなくして、また別のミイラ取りが現れた。
中肉中背の、初老の男だったという。そのミイラ取りは、テティの作った小さなピラミッドをねらった。
テティは懸命にミイラ取りに立ち向かったものの、結局は死ぬ寸前まで痛めつけられ、家族のミイラ五体はすべて取られた。ピラミッドも壊された。
残されたテティは、動けない状態だった。血と涙にぬれていた。
ただ、ミイラになるのを待つだけだった。
――ここまで話してテティは、マミー・オブ・マミーに礼をする。
「あの日、あなたはわたしに包帯を巻き、動くミイラにしてくださいました。あらためて感謝を捧げます。ミイラ取りへの憎しみ……今度こそミイラを守りたいという思い……それらを腐らせずに済んだのは、マミー・オブ・マミーのおかげです」
「わたくしが君を――」
マミー・オブ・マミーが冷徹に応じる。
「君を人形として使うつもりであったとしても、感謝するのですか」
「はい」
きっぱり、テティは言いきった。
足だけでなく腕も組み、マミー・オブ・マミーが静かに笑う。
「さすがテティですわね」
その透きとおるような声には、虚偽のない愛情が籠められていた。
「たたきのめす相手に対しても伝えるべきことは伝える――これなら後腐れもなく、気持ちがいいというものです」
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次回「深遠なる愛」は十一月二十九日(土)午後七時ごろの更新です。




