ミイラは腐らず干からびる
金と銀の交ざった鏡面のような内装を持つ、マミー・オブ・マミーのピラミッドのなか――。
水をためていく穴のそばで、オレはテティを見下ろした。
立ち上がりかけたオレの視界で、彼女の目が黒髪に隠れる。
「ジェドが一度わたしを裏切ったのは理解しています。でもよく考えたら、あなたが裏切りたくなるのも当然です。わたしはずっとあなたを、コマやペットとして見ていました」
「ペット……」
苦笑するしかない。
テティはオレの右手をつかんだまま続ける。
「あなたを都合よく利用するばかりでした。そんなわたしに、心の底から人がついてくるはずがありません」
「笑える、うぬぼれだな」
手首をつかまれたオレは、ゆかに広げたターバンの上に座りなおした。
「おまえのやり口なんて関係ない。裏切りはオレの意思だ。たとえ墓守のテティが文句のつけようのない聖人であったとしても、オレはおまえから包帯を取っていた」
「……なら言い換えましょう。これはわたしの気持ちの問題」
瞳と声を鋭くし、テティが髪をかき上げる。
「そちらの主張など知ったことか、ミイラ取り」
彼女の手に、いっそうの力が籠もる。
「わたしを世界支配の道具にしようとしていたマミー・オブ・マミーの本性にふれて、わたしはショックでした。被害者ぶることも平気なフリをすることも、できないほどに。ただ、人形としてのわたしを自覚したとき思ったんです。わたしもジェドに同じことをしていたと。わたしもジェドをコマにして、自分の都合のために利用していたのですから」
ついでテティは正座になって、上体をオレにかたむける。
「ミイラ取りをわたしは嫌悪しています。あなたも、そのミイラ取りの一人です。だけどすでに、わたしはあなたをミイラにしました。だからこれ以上冷たく接する必要なんて、なかったんです」
「モムを信用できなくなったから――」
なかば嘲笑するようにオレは言う。
「代わりにオレに媚びようって魂胆か? だからオレを水のなかから助け出したってか?」
「それこそ、あなたのうぬぼれですよ」
やや上目づかいで、テティが視線を向けてくる。
「ジェドはマミー・オブ・マミーの代わりには、なれません。そもそも媚びるもなにも、ジェドよりもわたしのほうが強いじゃないですか。わたしが! あなたに! 歩み寄っているんです!」
「ご立派なことで。だがやはりオレは、そういう押しつけがましい善意に対してはヘドが出る。人の本性は、悪さ。だから世界にはミイラ取りみたいな盗人があふれている。死んで干からびたあとも、その本性は変わらない」
真正面から、オレはテティをにらみつける。
「オレもそうだよ。しょせんは利害で動いてんだよ。なんでオレがおまえに包帯を返したか――今、はっきりと分かった。テティを裏切ってモムの前に来てみれば、そのモムにも突き放された。だから手の平をぐるんぐるん返して、またおまえのコマになろうってわけだ」
「……あっそ。まあ、わたしの見解は違いますけれど」
彼女はオレから目をそらさない。
「あなたは魂のなかで、戦っていたんじゃありませんか」
「どんな戦いだ」
「ミイラとしての自分と、ミイラ取りとしての自分の――せめぎ合い」
テティの頭部が、オレの包帯を巻いた額にそっとぶつかる。
「この世界で死んだ人間は干からびます。分解されずにかたちをとどめ、人間であろうとするんです。ミイラの干からびた魂は、いわば人間であろうとする意思。対するミイラ取りの魂は、死んだとしてもなお人間から逸脱しようとする腐った欲望。ジェドにはその二つが同居しています」
「魂における、ミイラとミイラ取りの対立構造……」
「そうです。『今回の戦争』は二度にわたっておこなわれました。第一次の戦闘ではミイラ取りがミイラに勝利し、わたしの包帯を取ることになりました。しかし第二次ではミイラがミイラ取りに逆転勝利を収めたため、包帯を巻きなおす結果につながったんです。あなたの魂という、戦場のなかで!」
語尾を強めて言いきったあと、テティはオレから顔を離した。
同時にオレの右手をつかむのも、やめる。
なんとなくオレは、自分の右手を見た。
生前の見た目のままではあっても、実際は干からびたオレの一部を。
「ふざけんな、すべてをおまえが決めるなよ」
静かにオレは――自分の手に話しかけるように声をこぼした。
「オレはミイラ取りの両親に育てられた。生まれたときからオレはミイラ取りだった。オレにとっては、ミイラ取りであることが正義なんだ。たかが死んでミイラになったくらいで、オレのその在り方が変わるものか。魂においても、ミイラ取りとしてのオレが一方的に負けるわけがないんだよ」
ついで顔を上げ、もう一度テティと目を合わせる。
「おまえの言うとおり、オレには干からびたミイラとしての側面も生まれつつあるんだろう。しかし、だからといって腐ったミイラ取りとしての本質を捨てることは絶対にない。――オレがミイラ取りの心に打ち勝った? そんな安っぽい美談に話をすり替えるな」
テティのやわらかな表情に、本音をぶつける。
「舌の根の乾かぬうちに、訂正させてもらう」
もちろんミイラの舌は最初から乾いているが、そこは言葉の綾である。
「オレがおまえに包帯を返したのは、少なくとも良心に目覚めたからじゃない。恩をあだで返した人間を平気で助ける――テティという女ミイラに希少価値を見たからだ」
「生きたミイラ取りだったら見捨てていますけど、今は同じミイラですからね」
ほとんど表情を崩さずに、テティが瞳を細める。
「ミイラの墓守として、当然あなたも守りますよ」
ついで、バツが悪そうに目を泳がせる。
「……って偉そうに言っても、よくないですね。今回はあなたも、わたしを救ってくれたのですから。たとえ一時的に欲望に流されることがあったにしても」
「はは……。やっぱバカだな、お互いに」
オレは左手に握っているかぎ縄を小さく振った。
「だからこそテティには希少価値がある。だがその価値は、おまえが包帯を外して動けなくなったときに消滅する。そしてミイラ取りにとって、ミイラの値打ちを下げるのは恥ずべき行為の最たるものだ。それを確信したからには――」
両手を後ろに回し、オレは宣言する。
「オレは、おまえの包帯をもう取らない」
「聞き届けましたよ」
テティが、かれんにほほえむ。
「ついでに、わたしの頼みも聞いてくださいな」
彼女がオレに寄る。
腕を伸ばす。
背中の後ろに回したオレの両手に、自分の両手をかぶせる。
「ジェド……わたしたち、仲間になりましょう。今度はコマでもペットでもなく、ただのミイラとミイラ取りとして……ただのジェドとして、テティの仲間になってください」
「いいや、嫌だね」
肩の力を抜き、オレは答える。
「その程度の関係じゃ、足りないな」
「これ以上なにを望むんです」
「仲間には、なるさ」
まばたきせずに、オレはテティの顔と向き合う。
「ただし、それは真の標的に至るまでの通過点だ。オレは、ありのままの――今のままの、包帯を巻いたテティをいつか必ず手に入れる」
「ふふ、物騒な告白ですね」
「残念だが、どこまでいっても」
笑いをこらえている様子のテティに、言ってやる。
「オレはおまえの嫌いなミイラ取りだからな」
「では、気長に待ちましょうかね」
テティがささやき声を出し、オレの手から手を離す。
ここでオレたちは思い出したように、横の穴を見た。
水位が上昇し、もうすぐこちらにあふれてきそうだ。
そんな光景に目をやるテティの横顔に、オレは声をかける。
「ありがとう、腐り果てる前にオレを助け出してくれて……」
テティは、水を浴びて腐敗しそうになっていたオレを助けた。
そして、オレの魂には腐ったミイラ取りだけでなく干からびたミイラもいるのだと彼女は言った。
(当然……今のテティへと素直に感謝の言葉をはこうなんていう殊勝な心はオレにはない。彼女の行為や言葉をバカみたいにあがめるつもりも、さらさらない)
それでも、口に出していた。
(変なもんだな)
当のテティはオレの声を聞いて「いえいえ」と言いつつ、控えめに笑っている。
このタイミングでオレはテティに確認する。
「ともあれ、すでにおまえは心身ともに復活しているな」
「はい」
「じゃあマミー・オブ・マミーとの決戦に移るが、テティにモムと戦う気はあるのか」
「もちろんです」
テティは迷いなく立ち上がった。
「マミー・オブ・マミーの世界支配の野望を砕くと共に、動くミイラ事件の黒幕として彼女には代償を支払っていただきます」
ついで胸をバチンとたたく。
「ジェド。わたしはもう、ぶれません! ミイラの墓守として!」
「よし、なら行こうか、テティ」
オレも腰を上げる。
「こっちもミイラ取りとして、ミイラの母を取るだけさ」
次回「憎むべきミイラ取り」に続く!




