表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

ミイラ取りジェドの決意

 墓守(はかもり)のテティが大部屋(おおべや)から去ったあと……。

 オレは手に持っていた灰の(ふくろ)を、(かた)にかけていたカバンに()()む。


(なんでオレがあんな女の言うこと聞かなきゃなんねえんだよ! とはいえ、このまま帰るだけじゃミイラ取りの名折れだな。一体(いったい)だけ取っていくか)


 ちょうど(ふた)をひらいていた(ひつぎ)のミイラを背負(せお)い、オレは(おと)なく動きだす。

 階段を()()がり、火で照らされた通路を走る。

 通路は迷路(めいろ)のようだった。

 とはいえ、少なくともすでに通過した部分の構造は把握(はあく)している。


(……にしても、ミイラを背負ったまま全力で走っても心臓がまったく鳴らない。(あせ)すら、かかない。息切れは起こしているが、生前よりも動ける!)


 オレは迷わず、ピラミッドの出入(でい)(ぐち)(もど)ってきた。

 太陽の光を()びながらターバンを頭に()せる。

 (そと)で待たせていたラクダにまたがる。


「おまえともサヨナラしなくて済んだな、ネビイ。あのテティとかいう女に気づかれたら厄介(やっかい)だ。こっから全力疾走(しっそう)()こう」


 オレは手綱(たづな)(にぎ)り、ラクダ――ネビイを勢いよく走らせた。


(このまま町まで()って、あのピラミッドの墓守がミイラだってバラしてやる。動くミイラ事件の犯人はテティだというデマも流す。そうすれば、あたり一帯(いったい)混乱(こんらん)。その(すき)にミイラ取り放題って寸法だ)


 (すな)を巻き上げながら、オレは()みをこぼした。

 ――が。


「ん……?」


 急激に、暑くなってきた。

 いや、この砂漠の世界は、元から暑い。その通常の温度が、さらに上昇(じょうしょう)していく感覚に(おそ)われる。


 加えて、手綱を握るオレの手が――。

 シワだらけになっていた。

 指の先に(いた)るまで、骨と皮しか存在しないくらいに、細い。

 まるで、()からびたミイラそのものだ……。


「あ……あ? うわあああ!」


 間抜(まぬ)けな(おと)が、オレの(のど)(おく)から出る。

 からからで張りのないさけびと共に、手から(ちから)が抜けた。

 直後、オレはネビイの背中から放り出され、砂漠(さばく)表面(ひょうめん)に転がった。


 どうして? 確かテティの話によれば、オレはミイラになったが……特殊(とくしゅ)な包帯によって生前の姿のままでいられるんだったか。


 手を(ふる)わせながら、オレは(ひたい)に指先を持っていった。

 リネンの感触(かんしょく)がある。ハチマキのように巻かれた包帯が、取れたわけではない。


 カバンから手鏡を取り出し、自分の顔も確かめようと思った……。

 しかし、その手鏡をすっと(うば)う者があった。


「鏡を見る必要はないですよ、ジェド。でも悪かったですね。言い忘れていました」


 見上げると、目の前に女が立っていた。いつの()にか、オレの(ぬす)んだミイラを背負っている。

 ドレスのスリットから、包帯を巻いた太ももが()(かく)れする。


「あなたの額に巻いた包帯は、あくまでわたしの包帯を分けたものです。そのため、効果を(たも)つにはわたしの近くにいなければなりません。危なかったですね、これ以上進めば、ジェドは動かぬミイラになっていましたよ」

「……ふざけやがって」


 上体を起こしたオレは、目の前の女――テティをにらみつける。


「オレはおまえから()げられないってわけか」

「だから大人(おとな)しく服従すればいいんですよ。……どうです? わたしが近くに来たことで、だいぶ(からだ)がラクになってきたでしょう」

「そりゃそうだが、やっぱり気に食わないな」


 いつの()にか、オレの体温はだいぶ()がっていた。かつ、ミイラのようなシワが、手からほとんど消えている。

 テティから手鏡を返してもらい、顔を確認する。異常はどこにもない。


「しかし全力疾走のネビイ……オレのラクダによく追いつけたな」

「まあジェドが逃げるのは予測していました。痛い目に()わせてやろうと、あえて()がしたんです。逃げた方向さえ分かっていれば、あとは飛ぶだけ」


「飛ぶ?」

「わたしの(たよ)れるアムウがね」


 そうテティが言うと、左の太ももの包帯が一部(いちぶ)だけ、ほどけた。

 それは白い(へび)となり、砂漠に落ちた。


「この子がアムウ。蛇のミイラ。アムウは生者のことわりから外れているので、変わったこともできるんですよ」


 テティの言葉が終わると共に、白い蛇、アムウの体が(ふく)らんだ。

 そのまま、人がまたがれる大きさにまで膨張(ぼうちょう)する――。


* *


 オレとテティはその巨大(きょだい)な蛇に乗ってピラミッドに帰った。

 アムウは地面を()わず、まるで鳥のように空中を移動した。しかもネビイの体をしっぽに巻きつけ、運んでくれた。


(なんなんだ、きょうは……。ミイラが歩いているという証言を聞いたと思ったら、ピラミッドでミイラの墓守に会うわ、オレが死んでミイラになるわ、こんな絵物語のような蛇に乗るわ、意味が分からん)


 だが、これが現実なのだろう。


(あきら)めてテティと協力して、動くミイラ事件を解決するしかないってのかよ)


 不本意だ。オレのミイラ取りとしての時間は終わってしまうのか……。

 そのときだった。

 ふと、オレの目に「あるもの」が映った。

 ピラミッドの通路のなか、オレの前を歩くテティ――彼女(かのじょ)の太ももに巻かれた包帯。


(オレの額の包帯……そのおおもとが、これなんだよな。(たましい)をとどめる特殊な包帯そのものと言える。つまり、これを盗んでオレ自身に巻きさえすれば……!)


 さりげなく、彼女の包帯に手を()ばす。

 しかし、ふれそうになった瞬間(しゅんかん)、テティが()(かえ)り、こちらを見た。


「どうしましたか」

「い、いや。少しふらついただけさ」


 手をひっこめ、オレは考えなおす。


(あせ)ってはいけない。ねらいを見抜(みぬ)かれたら、この女に(ほうむ)られるかもしれない)


 今はアムウも元のサイズに(もど)り、テティの包帯の上に巻きついている。油断はできない。


(よし、決めた。従順になったフリをして(すき)をうかがい、この女ミイラの包帯を取る。そうすりゃテティはただの動かぬミイラになるんだろうが、そうなったら、せいぜい高値(たかね)で売り飛ばしてやる)


 動くミイラにしてもらった恩を……あだで返させてもらう。

 オレは生まれたときからずっと、ミイラ取りだった。

 だったら死んだあとも、それをつらぬくのが正義だろう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ