ミイラ取りジェドの決意
墓守のテティが大部屋から去ったあと……。
オレは手に持っていた灰の袋を、肩にかけていたカバンに突っ込む。
(なんでオレがあんな女の言うこと聞かなきゃなんねえんだよ! とはいえ、このまま帰るだけじゃミイラ取りの名折れだな。一体だけ取っていくか)
ちょうど蓋をひらいていた棺のミイラを背負い、オレは音なく動きだす。
階段を駆け上がり、火で照らされた通路を走る。
通路は迷路のようだった。
とはいえ、少なくともすでに通過した部分の構造は把握している。
(……にしても、ミイラを背負ったまま全力で走っても心臓がまったく鳴らない。汗すら、かかない。息切れは起こしているが、生前よりも動ける!)
オレは迷わず、ピラミッドの出入り口に戻ってきた。
太陽の光を浴びながらターバンを頭に載せる。
外で待たせていたラクダにまたがる。
「おまえともサヨナラしなくて済んだな、ネビイ。あのテティとかいう女に気づかれたら厄介だ。こっから全力疾走で行こう」
オレは手綱を握り、ラクダ――ネビイを勢いよく走らせた。
(このまま町まで行って、あのピラミッドの墓守がミイラだってバラしてやる。動くミイラ事件の犯人はテティだというデマも流す。そうすれば、あたり一帯は混乱。その隙にミイラ取り放題って寸法だ)
砂を巻き上げながら、オレは笑みをこぼした。
――が。
「ん……?」
急激に、暑くなってきた。
いや、この砂漠の世界は、元から暑い。その通常の温度が、さらに上昇していく感覚に襲われる。
加えて、手綱を握るオレの手が――。
シワだらけになっていた。
指の先に至るまで、骨と皮しか存在しないくらいに、細い。
まるで、干からびたミイラそのものだ……。
「あ……あ? うわあああ!」
間抜けな音が、オレの喉の奥から出る。
からからで張りのないさけびと共に、手から力が抜けた。
直後、オレはネビイの背中から放り出され、砂漠の表面に転がった。
どうして? 確かテティの話によれば、オレはミイラになったが……特殊な包帯によって生前の姿のままでいられるんだったか。
手を震わせながら、オレは額に指先を持っていった。
リネンの感触がある。ハチマキのように巻かれた包帯が、取れたわけではない。
カバンから手鏡を取り出し、自分の顔も確かめようと思った……。
しかし、その手鏡をすっと奪う者があった。
「鏡を見る必要はないですよ、ジェド。でも悪かったですね。言い忘れていました」
見上げると、目の前に女が立っていた。いつの間にか、オレの盗んだミイラを背負っている。
ドレスのスリットから、包帯を巻いた太ももが見え隠れする。
「あなたの額に巻いた包帯は、あくまでわたしの包帯を分けたものです。そのため、効果を保つにはわたしの近くにいなければなりません。危なかったですね、これ以上進めば、ジェドは動かぬミイラになっていましたよ」
「……ふざけやがって」
上体を起こしたオレは、目の前の女――テティをにらみつける。
「オレはおまえから逃げられないってわけか」
「だから大人しく服従すればいいんですよ。……どうです? わたしが近くに来たことで、だいぶ体がラクになってきたでしょう」
「そりゃそうだが、やっぱり気に食わないな」
いつの間にか、オレの体温はだいぶ下がっていた。かつ、ミイラのようなシワが、手からほとんど消えている。
テティから手鏡を返してもらい、顔を確認する。異常はどこにもない。
「しかし全力疾走のネビイ……オレのラクダによく追いつけたな」
「まあジェドが逃げるのは予測していました。痛い目に遭わせてやろうと、あえて逃がしたんです。逃げた方向さえ分かっていれば、あとは飛ぶだけ」
「飛ぶ?」
「わたしの頼れるアムウがね」
そうテティが言うと、左の太ももの包帯が一部だけ、ほどけた。
それは白い蛇となり、砂漠に落ちた。
「この子がアムウ。蛇のミイラ。アムウは生者のことわりから外れているので、変わったこともできるんですよ」
テティの言葉が終わると共に、白い蛇、アムウの体が膨らんだ。
そのまま、人がまたがれる大きさにまで膨張する――。
* *
オレとテティはその巨大な蛇に乗ってピラミッドに帰った。
アムウは地面を這わず、まるで鳥のように空中を移動した。しかもネビイの体をしっぽに巻きつけ、運んでくれた。
(なんなんだ、きょうは……。ミイラが歩いているという証言を聞いたと思ったら、ピラミッドでミイラの墓守に会うわ、オレが死んでミイラになるわ、こんな絵物語のような蛇に乗るわ、意味が分からん)
だが、これが現実なのだろう。
(諦めてテティと協力して、動くミイラ事件を解決するしかないってのかよ)
不本意だ。オレのミイラ取りとしての時間は終わってしまうのか……。
そのときだった。
ふと、オレの目に「あるもの」が映った。
ピラミッドの通路のなか、オレの前を歩くテティ――彼女の太ももに巻かれた包帯。
(オレの額の包帯……そのおおもとが、これなんだよな。魂をとどめる特殊な包帯そのものと言える。つまり、これを盗んでオレ自身に巻きさえすれば……!)
さりげなく、彼女の包帯に手を伸ばす。
しかし、ふれそうになった瞬間、テティが振り返り、こちらを見た。
「どうしましたか」
「い、いや。少しふらついただけさ」
手をひっこめ、オレは考えなおす。
(焦ってはいけない。ねらいを見抜かれたら、この女に葬られるかもしれない)
今はアムウも元のサイズに戻り、テティの包帯の上に巻きついている。油断はできない。
(よし、決めた。従順になったフリをして隙をうかがい、この女ミイラの包帯を取る。そうすりゃテティはただの動かぬミイラになるんだろうが、そうなったら、せいぜい高値で売り飛ばしてやる)
動くミイラにしてもらった恩を……あだで返させてもらう。
オレは生まれたときからずっと、ミイラ取りだった。
だったら死んだあとも、それをつらぬくのが正義だろう?




