なら遠慮なく先に行く
マミー・オブ・マミーのピラミッドに侵入したオレは、ネフェルのそばで自分の小指を確認した。
ネフェルとオレをつなげていた包帯は、すでに切れている。
しかし現在オレは、動ける状態にある。
前にテティが言っていたことを思い出す。
(あなたの額に巻いた包帯は、あくまでわたしの包帯を分けたものです。そのため、効果を保つにはわたしの近くにいなければなりません)
裏を返せば……オレがネフェルの補助なしで動けるということは、テティが近くにいるということの証拠にほかならない。
テティは現在このピラミッド内部に捕らわれていると見て間違いないだろう。
すぐにオレは、筒の設置された広間をあとにしようとした。
雷撃を受けた白蛇のアムウをその場に置いていく。
ネフェルがアムウに「ありがとね」と声をかけたあと、オレに駆け寄る。
「ちょっとー。アムウちゃんをここに寝かせたままでいいの?」
「雷を発射する筒は上向きのまま動かないようだし、危険はないはずさ」
オレは足をとめずに前進する。
「それと確認しとく。前に訪ねたときに見たんだが、モムの使役するミイラは鏡面みたいなゆかとかに映り込んでいるんだよな?」
「そうだよ」
ネフェルが、足でゆかをキュッとこする。
「ピカピカの壁や天井にも移動するの。ミイラになった魂を、人の体じゃなくてピラミッドそのものに固定してるっぽい」
「とすれば、彼らは戦いに参加しないと見ていいな。せいぜい聞き耳を立てて諜報をする程度だろう」
……このピラミッドの守りは、意外に薄いのかもしれない。
もっとも、味方を必要としないほどにマミー・オブ・マミーが強いだけなのだろうが。
ともかくオレは例の鞭をネフェルに返したあと、広間を出て回廊を進む。
相変わらず内装は、金と銀の交ざった鏡面のようだが――。
構造が前回とは違う。
前に来たときは、空間がだんだん回廊に収束するような造形だった。
今回は広間から、いきなり回廊に出ることができた。
マミー・オブ・マミーがオレとネフェルの来訪に合わせて、作り替えたとしか思えない。
(筒の設置に際しても、粘土板を使ったな。内部構造の変更は、このピラミッドにおいても有効というわけだ)
もしそうなら、かえって都合がいい。
(同じ粘土板を使用しているとすれば、構造作成のルールはテティのピラミッドに準拠すると思われる)
すなわちピラミッド内には、脱出や侵入が不可能な空間を作れない。
加えて一度構造を変換した場合、再度変更するには時間を置く必要がある。
(したがって行き止まりにぶつかっても、探し続ければ正しいルートはおのずと判明する。密室に閉じこめられることもない。また、モムが内部構造を変更して間もないあいだは、急に通路が組み換えられたり新たなトラップが仕掛けられたりする心配もないということ)
だから新しくなったこの回廊を、ビビらず歩くことができている。
オレは前方の壁や天井にかぎ縄を投げ、罠の有無を確かめつつ進む。
ネフェルも回廊に鞭を当てながら、オレについてくる。
(確かモムは「空に放り出す」と口にしたことがあったな。あれは――ピラミッドの構造を変えて、外に直通する落とし穴を作るという意味だろう)
こう考えてオレは、とくに回廊のゆかを注意深く観察していた。
案の定、途中の通路で落とし穴が大量に見つかった。
オレが見つけたものだけで、五十個を超える。
落とし穴をのぞくと、なかは吹き抜けになっている。底には灰色の雲が見える。
(以前ここに来たとき、テティが言ってたな。モムは強いから小細工を弄する必要がないとか。なのに今のモムは例の質問による「選別」さえもおこなわず、オレたちを撃退しようと落とし穴のトラップを仕掛けている。やつも本性を隠さなくなってきたってわけだ)
ただし気にすべきは、罠だけではない。
たまに壁の鏡面を、実体のないミイラたちが移動する。
オレたちの様子を見て、あるじに報告しているのだろう。
なお彼らを攻撃しても壁に傷ができるだけであり、無意味のようだ。
ふとオレは、壁に映り込んだミイラと目を合わせる。
彼は――静かに口角を上げた。
次の瞬間、音がした。
ガコン!
上から壁が落ちてきた。
瞬時にその壁が通路をふさぎ、オレとネフェルを分断する。
これにより、オレの後ろにいたネフェルは回廊の先に進めなくなってしまった。
(天井に罠があったか。落とし穴を気にしすぎて、そちらへの警戒が甘くなっていたな)
オレは声を張り上げる。
「ネフェル! 聞こえるか!」
「うん、ちょっと聞き取りづらいけど!」
壁の向こうから、ネフェルの高い声が響いた。
「どうしよう! この壁硬くて、ちょっとやそっとじゃ壊れないと思う!」
「必ず突破口はあるはずだ!」
声の張りを維持しつつ、オレは壁をたたく。
「こっちも、あたりを探ってみる!」
「いや、ここで時間を食っちゃったら、だめだよ!」
ネフェルが、向こう側から壁をコツコツたたき返す。
「ジェドお兄さんは、先に進んで!」
「……おまえを置いてか?」
どうすべきかオレは迷った。仲間としてネフェルを大切に思っているわけではないが、オレだけが突き進んでマミー・オブ・マミーと対峙した場合、やられる可能性が高い。
そんなオレの思考を読んだかのように、ネフェルがまくし立てる。
「もー、グズグズする必要ある? お兄さんさあ、『仲間を決して見捨てない!』って言うようなタマじゃないよねえ? それとも、自分だけでこのピラミッドのミイラを取る自信がないのかな。なっさけないなー!」
出会ったときのような挑発的な口調で、からからと笑っている。
「勘違いしないでほしいんだけど、あたしは諦めたわけじゃない。あとから、ちゃんと追いつくよ」
「ネフェル……」
「それと、あたしにお兄さんへの仲間意識が芽生えたわけでもないからね。ただテティお姉さんを一番に迎えに行くのは、お兄さんじゃないといけないって思っただけ」
「分かった」
オレは声のトーンを落とした。
「なら遠慮なく先に行く」
「あたしがテティお姉さんの仲間のエフラさん本人なのか、そうでないのか……あたしにとっては、どうでもいいの!」
ネフェルの言葉からは笑いが消え、声が次第にかすれていく。
「生前のことなんて思い出せないもん! だったらあたしはネフェル以外の何者でもない! だからお姉さんの隣にふさわしいのは、あたしじゃないんだよ……」
そのあとのセリフは、聞こえなかった。
すでにオレが壁に背を向け、回廊の奥へと向かっていたから。
先ほど目が合ったミイラはもう消えていた。
ここからしばらくのあいだ、オレは前方にかぎ縄を投げながらひたすら走った。
しかしネフェルと別れて以降、落とし穴といった罠が現れることはなかった。
* *
そして回廊の先でたどり着いたのは、小さな個室。
扉をあけると、ゆかに身を投げ出している女が目に入った。
リネンのドレスを身にまとったまま、黒いロングヘアをあたりに広げている。
相変わらずの小さな顔だ。
やはりドレスのスカート部分にはスリットがあり、左右の太ももそれぞれに包帯が巻かれている。
オレは突っ立ったまま、その女の名を口にする。
「――テティ」
マミー・オブ・マミーにさらわれたはずの彼女が、なぜかその場に横たわっていた……。
次回「包帯を取る」に続く!




