浮かぶ標的
落雷の直後、大きな建物が崩れ去ったかのような轟音がオレたちの身を振動させた。
オレとネフェルのまたがる白蛇のアムウも、数度のたうつ。
「あ、この感じ……! 覚えがあるよ!」
雨と風の音が響くなか、ネフェルがオレの後ろでさけぶ。
「確かに、そうだった。あたしを焦がした雷も……白くてジグザグで、うるさかった! これはマミー・オブ・マミーの攻撃で間違いない。直撃したら、終わりと思ってね!」
オレというよりは、アムウに聞かせた言葉のようだ。
アムウがネフェルの呼びかけに呼応し、飛行のスピードを上げる。
先ほど雷が発生した雲めがけて、突き進む。
雷がマミー・オブ・マミーの仕業なら、それの発生した雲の上に彼女のピラミッドがあると見ていい。
次の攻撃が来る前に、アムウが嵐を抜けようとする。
ところが、第二の雷はすぐに落ちた。
灰色の雲をつんざき、また斜めに光を走らせる。
より明るく、より大きくなった閃光は、確かな熱さも帯びていた。
「く……っ!」
オレは右半身にほてりを感じつつ、舌打ちした。
(モムめ。さっきよりもオレたちに近いところに落としたな。精度を上げてきてやがる)
ついで後ろに首をかたむける。
「ネフェル。ここでオレがかぎ縄を投げたら、かぎの飛んだほうに雷を誘導できると思うか」
「いやいやお兄さん」
声に焦りをにじませながら、ネフェルが答える。
「必死こいて考えているとこ悪いんだけどさ、そんな都合よくいかないからね。かえって危ないよ」
「……そうか」
どうやらあとはアムウに任せることくらいしか、できそうにない。
そして雲に最接近したところで第三の雷が発生する。
この雷は、まっすぐオレたちをねらっていた。
一瞬の出来事だった。
オレもネフェルも雷を認識するのが後れた。
反応できたのは――アムウだけ。
雷が飛んでくる直前、斜め上の雲がわずかに揺れた。それを見たアムウが、即座に体を右に移動させたのだ。結果、ぎりぎりのところで雷撃をかわした。
左の鼓膜が痛くなる。
間髪をいれず、オレたちは雲のなかに突入した。
灰色の煙のような空間を、アムウが猛スピードで泳ぐ。
雲の内部では、乱れた風が吹いていた。
揺れる。震える。耳がキンキンする。体がバチバチする。
そこを抜ける。
(ようやく雲の上に出た……!)
濃い灰色の雲を底にして、あたりには見慣れた青空が広がっている。
先ほどまでの悪天候がウソのようだ。風も雨もない空間に、太陽の光が満ち満ちている。
ただし、異質な建造物が一つ。
正四面体の超巨大ピラミッドが、雲の上にて雄大に浮かぶ。
オレは一度、テティと共にここに来ている。マミー・オブ・マミーのピラミッドで間違いない。
(出入り口は、三角すいのてっぺんだったな)
すぐにアムウが、ピラミッドのてっぺんに向かう。その頂点に、穴があいている。
そこに近づく。
この瞬間、穴から白い光が噴き出した。
「――まさか」
オレがそう言うよりも前に、アムウが体をくねらせた。
背中にまたがっていたオレとネフェルを、真横に振り落としたのだ。
直後、穴から光と音が噴射される。
それは雷だった。ジグザグの軌道をえがかずに真上へとまっすぐに飛んだ雷撃が、アムウの白い全身をつらぬいた。
一瞬で黒焦げになったアムウは、そのまま穴に落下する。
オレはピラミッドの外側からかぎ縄を投げ、かぎを穴のふちにひっかけた。
縄をたぐり寄せるようにして穴のそばまで移動し、なかに入った。
煙突の内部に似た空間を、真下に落ちる。
もう雨の心配はないので、レインコートを脱ぎ捨てる。
ここでネフェルがオレにしがみついた状態で、疑問を口にした。
「ジェドお兄さん。アムウちゃんはだいじょうぶかな」
「雷に当たる直前、体をひねって直撃をのがれたようにも見えた」
金と銀の交じり合った鏡面のような壁に目を向けながら、オレは答える。
「もしかしたら助かっているかもしれない」
「どちらにせよ、急いだほうがよさそうだね。今追撃が来たら、よけられないし」
ついでネフェルは左手に輪っかを作り、なにかを握る仕草をする。
(ああ、周囲に溶け込んで見えなくなる鞭か。腰にでも巻いていたんだろう)
彼女の手首が勢いよく動く。同時に、斜め上の壁からバチンと高い音がする。
見えない鞭が壁に当たったのだ。その反動で、オレとネフェルは逆方向の斜め下へと一気に落ちる。
「ほい、お兄さんも鞭を使ってねー。もう一本、あるからねー」
「どうも」
見えない鞭をネフェルから受け取ったオレはそれを右手に持ち、先ほどの彼女の動きをまねた。
斜め上へと打ちつけるように、腕をしならせる。
「うんうん! お兄さん、上手上手!」
左斜め上の壁をネフェルが、右斜め上の壁をオレがたたく。
鞭の反動を連続させ、穴の内部をジグザグに進む。
――じきに底に接近する。
「あれは……?」
オレはまばたきして、底の奇妙なものを見た。
真下に大きな筒がある。やはり金と銀の交ざった色合いをしている。
「確か前は、なかったはずだ。ピラミッドの構造を作り替えたか」
その筒が、口を直上に向けている。
「そうか、モムはあの筒から雷を出したんだな。おそらくピラミッドのほかの頂点にも同様の仕掛けがある。雷を発生させていたのは、モムではなくピラミッドのほう……。テティのピラミッド内でモムが雷を落とさなかったのは、そもそもモム自体に雷をあやつる力がないから……!」
「ふーん、なかなか衝撃的な真実じゃん。ともかく、ここを突破できれば脅威の一つは終わるってことだね」
そうネフェルが口にしたとき――。
煙突のような円筒形の空間を、オレたちは抜けた。
広間に似た部屋に出る。この真下のゆかに、大きな筒が設置されていた。
刹那、筒口が白く光る。
(雷が上ってくる!)
とっさにオレとネフェルは空中で互いの足裏を蹴り、それぞれ右と左に跳んだ。
間一髪だった。
直後、今までオレたちのいた空中を白い光が瞬時に焼いた。
オレは筒の近くに落ちた。ごろごろ、派手に転がった。生前だったら、どうなっていたか分からない。今はミイラの体なので「少し痛い」で済んでいる。
なにかに当たり、ようやく体がとまる。
焦げた蛇の大きな胴が、オレを受けとめていた。
白い見た目ではなくなっているが、それがアムウであることは疑いようがない。かぶせていたシートは溶けたようで、どこにも見えない。
細いままのしっぽには、かろうじてネフェルの肌色の包帯がひっかかっている。すでにネフェルとの物理的な連結は切れているが……。
「――ここまで運んでくれて、ありがとう」
アムウの引き結ばれた大きな口元を見ながら、オレはつぶやいた。
ここで、わずかにアムウの身が震える。
オレは「まだ動くな」と言い置いて、ネフェルのもとへ歩いていった。
それ以上話さなかったのは、マミー・オブ・マミーに聞かれているのが分かっていたからだ。
前にマミー・オブ・マミーは、ピラミッド内に入ったオレとテティに離れた場所から質問し、その回答を得ていた。
(離れていても、自分のピラミッド内部の情報を把握する手段がモムにはあるということだ。おそらく、粘土板による視覚的な把握を超えている。ここからオレたちの行動や会話は向こうに筒抜け――そう考えて間違いないだろう)
金と銀にいろどられた広間を見回し、オレは笑った。
(……だから切り札は、まだ伏せておく)
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次回は十一月二十二日(土)午後七時ごろに投稿します。サブタイトルは「なら遠慮なく先に行く」です。




