白蛇が飛ぶ雨がふる
「アムウ……?」
オレはネフェルの取り出した白蛇のミイラを見た。
「テティと一緒じゃなくて、ネフェルの包帯に隠れていたのか? なんで」
「お姉さんが連れ去られるとき、この子があたしのおなかの包帯にもぐり込んできたの」
ネフェルが、白蛇のミイラ――アムウの頭をなでる。
「ただし、アムウちゃんもお姉さんから距離をとったらまずいだろうから……あたしの包帯を連結させてもらってるよ」
確かに、アムウのしっぽに肌色の包帯が結びついている。
それがネフェルの腹部に続いている。見た目は、へその緒に近い。
(アムウなら、空を飛んでいける)
オレは、身をもたげるアムウと目を合わせた。
「……アムウ、ネフェル。テティを取り返すため、そして『動くミイラ事件』の黒幕を取るために、天空にあるモムのピラミッドにすぐ飛ぼう。もちろん地上のピラミッドの留守を、テティのミイラに任せたうえで」
「なら、あたしのミイラも働かせるよー」
間延びした口調でネフェルが応じる。
一方、アムウはうなずくように首を縦に振った。
* *
いったん地中のピラミッド内に戻ったオレたちは、動けるミイラに指示を出す。
テティの部下たちにはオレが、牢獄の捕虜たちにはネフェルが言って聞かせた。ピラミッドの留守を頼むと。
彼らは、オレたちの言うことをすんなり聞いてくれた。
ネフェルのミイラは拘束をとかれ、地上の黒いピラミッド内に配置された。
そしてオレたちは、ピラミッド内部のあかりを消して回る。
のちのち面倒にならないよう、ミイラ取りなどの侵入者があった場合は姿を見せずに撃退するのが望ましい。
出発の準備が一段落したところで、黒いピラミッドの通路でネフェルがつぶやく。
「お兄さん……これからマミー・オブ・マミーのピラミッドに乗り込むわけだけど、戦力は足りてるかな」
「たとえ落雷のような攻撃が来ても」
オレは通路の火に砂をかけながら答える。
「こっちはミイラ。なんとか、なるだろ」
「マミー・オブ・マミーをなめすぎだよ」
ネフェルも、前方の火に砂をかぶせてあかりを消す。
「テティお姉さんを加えた三人がかりでも、勝てるか怪しいのに」
「実際に、モムの戦いぶりを見たことがあるのか」
「ないってば……。ただ、あたしに落ちた雷は、間違いなく即死級だった。あれがマミー・オブ・マミーの仕業だったなら、かなりきつい。あたしたちはミイラだから死なないとはいえ、雷を当てられて包帯が燃えたら動けなくなっちゃう」
「だったら味方の人数を増やしてモムをかく乱するのが確実か……いや、あんまり大人数だと逆に戦いにくいな」
「うーん、なら少数精鋭でいくしかないね。でもジェドお兄さんやテティお姉さんみたいに一人でも充分に強いミイラなんて、あたし以外にいなくなーい?」
「強いミイラねえ……?」
オレは記憶をたぐり、それらしい存在を思い出す。
「待てよ。そういえば、あれはどこだ。あれが無事なら、戦力をかなり底上げできるはずだが」
「あ、お兄さん。なにか思いついたんだー」
さっそくオレたちは目当てのものを探した。
ミイラたちに聞き込みをして、黒いピラミッドのなかでそれを見つけた。
それを使える状態にしたあとで、マミー・オブ・マミーのピラミッドに運ぶことにした。
(これでモムにも対抗できる)
* *
そしてオレたちは再び外に出て、アムウに大きくなってもらった。
アムウはその身を丸太ほどのサイズに膨張させた。無理なくまたがれる大きさである。ただしネフェルの包帯を巻いたしっぽだけは、小さいままだった。
ここでアムウは、あるものを口に含んだ。それは、オレたちが先ほどピラミッドのなかで見つけたやつだ。
オレとネフェルはアムウにまたがる。オレが前で、ネフェルが後ろだ。
しっぽが小さいままなので、今のアムウの全長は短めである。背中に乗れるのはせいぜい二人までだ。
飛び立つ際、ラクダのネビイがオレに寄ってきた。
オレは背中のコブをなでた。
「おまえを連れていくことはできない。だから待っていてくれ」
ネビイは小さく鳴き、頭を下げた。
そしてアムウが浮く。
アムウの口は引き結ばれていた。真剣にも見えるその表情を雲の上へと向ける。
緩やかな角度で斜めに上昇していく……。
が、そのとき――空に異変が起こった。
灰色の分厚い雲があたりをおおって太陽を隠す。風が強くなる。
小雨さえ、ふってきた。
(晴れ以外の天気はめずらしいな)
今のオレたちはミイラ……。その弱点の一つは水である。ぬれると体の乾燥を保てなくなり、果ては腐る。
「アムウ、ちょっといいか」
肩にかけたカバンを探り、オレは透明なシートを引っ張り出す。
「水をはじくシートだ。おまえの体にかけるから、落とさないようにな」
そう言い聞かせ、アムウの頭からしっぽまでを一枚の大きなシートでおおった。飛んでいかないよう、腹側に結び目を作った。
ネフェルがその作業を手伝ってくれた。
「これなら雨もだいじょうぶそうだね」
アムウのしっぽにかぶせたシートを確認し、ネフェルがひと息つく。
「でも……なんでお兄さん、こんな都合のいいのを持ってんの?」
「ミイラはその状態が良好なほど高く売れる」
オレはカバンをまさぐりながら答える。
「逆に、腐っていたり傷んでいたりしたら値が落ちる。だから湿気からの腐敗を防ぐためにも、こういうシートはミイラ取りにとって必須なんだよ。オレは水路を利用してミイラを運んだこともあるが、そのときも役に立った」
テティのコマになったあとは、まったく使う機会がなかったものだ。
「それを今、使うことになるとは」
「なんにせよナイスだねー」
「ともあれ、雨から身を守るためにも次はオレたちの体をおおう必要がある」
オレは話しつつ、カバンのなかのものをつかむ。
「だがシートはもうない。一応レインコートは持ち合わせているが……一つだけなんだよな」
オレは、そのレインコートを取り出した。
後ろからネフェルが、オレの背中をたたいて言う。
「二人で使えばいいじゃん。ほら、お兄さん、あたしのほうに寄って。あたしも近づくから」
アムウにシートをかぶせていたあいだに灰色の雲は広がり、すでに小雨とは呼べない量の水をふらせている。同時に、だんだん雨の粒が大きくなっていく。
(ネフェルの提案に従うか)
オレはレインコートを着たのちに、背中からネフェルを入れた。
コートは全身をくまなくおおうようにできている。雨が浸入する心配はない。
ネフェルの体は小さいので、二人で共有してもコートのなかには余裕があった。くぐもった声で彼女は、「ありがとね」と言った。
なおレインコートは、アムウにかぶせたシートと同じ透明の素材でできている。視界が奪われることはない。
* *
オレとネフェルを乗せたままアムウは、雨をはじきながら斜めに空を突き進む。
じきに、あたりは土砂降りとなった。
というより、嵐だろうか。
オレはアムウにしがみつく。ネフェルもオレにしがみつく。ちょっとでも力を抜けば、風で飛ばされそうである。
灰色の雲がおおいかぶさり、空と地上を闇で満たす。
今や、雲間から漏れるわずかな光だけが道しるべだ。
(モムのピラミッドに乗り込もうってタイミングで、こんなめったにない天候に見舞われるなんて偶然とは思えないな。これもモムの――マミー・オブ・マミーの力なのか)
だが異常な天候は、まだ終わらなかった。
灰色の雲から突然――。
雷が発生した。
ジグザグの白い光が、斜めに空を切り裂いた。
雷と書いて「イカズチ」と読むのも好き。
次回「浮かぶ標的」に続く!




