おいとま
ネフェルは、少しだけオレのそばに寄った。
オレたち二人とマミー・オブ・マミーが、鋭い視線を交わし合う。
が、この場にあっても、うつむいている者が一人いた。
テティである。
そんな彼女の肩を、マミー・オブ・マミーがなでた。
「顔を上げなさいな」
目をそらすテティを、やわらかな微笑で見つめる。
「先ほどジェドが語ってくれたことは、ほぼ真実です。わたくしは君もネフェルも、野望のための人形と考えていました。とはいえ君たちへの愛情はあるのですよ。だって、人形は愛でるものでしょう? その人形が壊れかかっていたら、悲しくなるというものですわ」
無言でいるテティにため息を落とし、マミー・オブ・マミーは歩きだした。部屋から出ていこうとする。
「では、おもしろい話も聞き終わりましたので、おいとましますね」
「なんで帰るんだ?」
オレは低い声を出し、呼びとめた。
「強いんだろ、おまえ。秘密を知られたからには、オレたち三人の包帯をすぐ取って停止させたほうがよくないか」
「もっともな忠告に聞こえますけれど……わざわざ『敵陣』で戦うのは、賢くないでしょう?」
サヨナラと言うかのように、マミー・オブ・マミーが片手を振る。
「どのような罠があるかも分かりませんし、いったん我が家に帰ります。今度はわたくしが君たちを歓待しますので、適当に時間を潰したのちに、おいでくださいな」
「遠慮せず……もうちょっと、ゆっくりしていけよ」
かぎ縄を飛ばし、オレはマミー・オブ・マミーを引き寄せようとした。
しかしその瞬間、彼女の前にテティが移動してきた。
縄を引き戻すオレに笑いかけ、マミー・オブ・マミーがテティの頭をなでる。
「攻撃を中止するとは意外ですわね。テティに情でも湧いたのですか、ジェド」
よく見ると、テティの肩に包帯が巻きついている。その包帯は細くねじれており、視認しづらい。マミー・オブ・マミーの右手首につながっているようだ。
この包帯を引っ張ることで、マミー・オブ・マミーは自分の前にテティを移動させたらしい。
ついで放心状態のテティをかかえ、部屋から逃げ出す。
とっさにオレもネフェルもあとを追おうとしたが――。
マミー・オブ・マミーは首の包帯の一部を外し、投げた。包帯は大きな砂色のトカゲに変わり、オレたちの道をはばんだ。
トカゲの向こうから、マミー・オブ・マミーの声が届く。
「テティは、わたくしのピラミッドでお返ししますよ……」
次第に声が遠ざかる。
ともかくオレはかぎ縄を使い、トカゲの相手をする。
トカゲの口があいた瞬間、オレは口内に向かって三つ股のかぎを投げた。
しかし同時に口の奥から舌が伸び、矛のように突き出された。
文字どおりの舌鋒がオレに刺さろうとする。
――が、当たる直前になって、舌がピタリと動きをとめた。
「ジェドお兄さん、だいじょうぶかな!」
両手に輪っかを作ったネフェルが、オレの斜め後ろでさけんだ。
(見えない鞭で助けてくれたのか)
オレはもう一つのかぎ縄をカバンから引っ張りだし、トカゲの横からもかぎをぶつける。
加えてネフェルが大きく腕をしならせる。
するとトカゲが破裂し、ただの砂があたりに飛び散った。
「ネフェル。助かった……」
直後、オレの手足に力が入らなくなり、肌がシワを刻み始めた。
(ちっ……テティがオレから離れた証拠か)
オレは転んだ。そんなオレに気づき、ネフェルが駆け寄ってくる。
「お兄さん! あたしの巻くから、安心して!」
ネフェルは包帯の一部をほどき、オレの体に結んだ。
左小指の包帯を、オレの左小指に連結した。
結果、シワがなくなり、オレの見た目が生前と同じものに戻る。
「重ねて助かった、どうも」
あとは二人でピラミッド内を走り、トンネルを抜け、外の砂漠に出た。
そこには、オレのラクダのネビイしかいなかった。
「逃げおおせたか。マミー・オブ・マミー……やつが、モムがアムウのような飛行可能なミイラを持っていても不思議じゃないが……」
一応、空を見上げてみる。しかし、太陽と雲ばかりが浮かんでいる。
逃亡するマミー・オブ・マミーの姿はない。
「困ったな。モムを追うにしても、移動手段を欠いている。アムウはテティに巻きついたままだろうし――これじゃ、お手上げだ」
「ジェドお兄さんは、テティお姉さんを取り返したいの?」
あたりを見回しながら、ネフェルが問う。
オレはカバンからターバンを出し、それをかぶった。
「テティはオレが目をつけていたミイラだ。横取りされてたまるか」
「本当にお兄さん、魂の奥までミイラ取りなんだねー」
「おまえのほうは、どうなんだ?」
「さあ……」
ネフェルは右手でひさしを作り、上空を見る。
「お姉さんのかつての仲間――エフラさんとあたしが同じ人だって言われても、実感とか湧かないし。そもそも証拠がないもんね」
「モムが否定しなかっただけで充分だと思うが」
「そういう理屈は分かるけど、やっぱり実感とは別。だからね、あたしにお姉さんを助ける理由があるのかとも考えちゃう」
ネフェルが足元の砂を蹴る。
「実際あたし、世界を死者のものにするっていう計画、捨てきれていないんだよね。マミー・オブ・マミーに誘導されたことだとしても……最終的に結論を下したのは自分なんだから、そう簡単に心変わりなんてしない。そして計画を進めるにあたって、テティお姉さんは邪魔」
「モムの裁きの前ではおまえも反省しているようだったが……まあ人の本心なんて、そんなものだよな」
「……じゃあ見捨てるかって話なんだけど、そうしたらお姉さんの心は完全にあたしたちから離れる。で、マミー・オブ・マミーをもう一度、信じ始めるかも。結果として二人が手を組んだら、あたしに勝ち目はない……。だったらお姉さんを助けるよう動いたほうがあたしの利になる」
「モムに反旗をひるがえすことについては、良心の呵責を覚えたりするか?」
「そりゃね。たとえマッチポンプだとしても実感が湧かない以上、あたしをよみがえらせてくれたマミー・オブ・マミーに恩義を感じるのは当然じゃん? だけど放っておいたら、世界がマミー・オブ・マミーに独占されると思う。あたしとお兄さんとお姉さんの理想は全部違うんだろうけど、敵だけは共通してるよ」
ついで上空に両手を伸ばし、ネフェルが体を左右に曲げる。ただのストレッチのようだ。
その後腹部に巻いた肌色の包帯に手を突っ込み、なにかを取り出す。それは、白い蛇のミイラだった。
自由に空を泳ぎたい。
次回「白蛇が飛ぶ雨がふる」に続く!




