不敬
もはや、モムだのなんだのぼかす必要もない。
これは現実のマミー・オブ・マミーに関わる話だ。
ネフェルも覚悟を決めたように、うなずいている。
表面を取り繕うのは、ここまでだ。
「――元々エフラだったネフェルはおまえのピラミッドをあとにし、世界を死者のものにするという計画を進めた。最初、ネフェルは地上のピラミッドに近寄ったという。ここで都合よく、砂にあいた穴を見つけたらしい。その先に逆三角形のピラミッドがあった。そこを拠点に据えた」
誰にもバレないよう、穴はすぐにうめたようだ。
ただし、その都合のいい穴も意図的に用意されたものと思われる。
ネフェルがこの世界を襲いやすいよう、マミー・オブ・マミーが一つの基地を提供したのだ。
「モム――おまえ、テティから『動くミイラ事件』の報告を受けた際、心で小躍りしたんじゃないか。すぐにネフェルと結びつけ、その計画の全貌もイメージしたんだろ?」
なにも答えないマミー・オブ・マミーに向かって、オレは軽いため息をついた。
「おまえはオレとテティが来たとき、『選別』と称してピラミッド内部で多くの質問をし、意味深なアドバイスもくれたよな。空に浮かぶ神秘的なピラミッドに住むミイラとして……なかなか、それらしい態度だった。そこが、いかにも役割を演じている感じで薄っぺらかった」
実際、選別やアドバイスには、たいした意味もなかったんだろ?
せいぜいテティが自分の野望に勘づいていないか……ジェドとかいうやつが自分の計画に利用できるか……そんなことを見極めていたんじゃないのか?
「こうしてモムはネフェルの計画が進行するのを心待ちにした。ミイラたちが町を……ひいては世界を襲撃するのを期待した。みずからの世界支配の野望のために。ネフェルというコマが見つかった今、テティも用済みになった」
一気にオレは、まくし立てる。
「だからモムはテティににおいを追うよう指示し、ネフェルとぶつけ合わせた。自分の手をよごさず、ネフェルにテティを始末させるべく。――だがそれが裏目に出た。かえってテティはネフェルの本拠地を突きとめ、ネフェル自身を打ち負かした」
「……まるでわたしだけの功績みたいに言わないでくださいな。ジェドのおかげでもありますよ」
テティが目を伏せ、小声を出す。
「それで……あなたは、こう続けるつもりですかね。マミー・オブ・マミーはネフェルを利用するのに失敗した。自身の野望実現も遠のいた。だから、また慈悲深いミイラの母になりきって、再び好機がめぐってくるのを待つことにしたと」
「ネフェルとそのミイラに対する寛大な裁きにしても――」
オレはテティの黒いロングヘアを見下ろし、答えた。
「――自分の立場を守るパフォーマンスだったんだろうさ」
「あなたがなにを主張しようと、わたしはマミー・オブ・マミーを信じますよ」
「口ではそう言っても、もう揺れてるだろ、おまえ」
すぐにオレは言葉をかぶせた。
「オレから一対一で話を聞いていたら、まったく折れなかったんだろうが……今はマミー・オブ・マミー自身が近くにいて、その態度もどこか怪しい。うっかり口をすべらすのを恐れているかのように、ろくに反論もしない」
「誤解ですわよ」
足を組むのをやめ、玉座のマミー・オブ・マミーが胸をそらす。
「わたくしがあまりしゃべらなかったのは、君のお話が事実無根で、抗弁の必要性すら感じなかったからです」
「すると本当は、動くミイラ事件も望んでおらず、テティに解決してほしかったと?」
「無論ですわ」
「じゃあ、オレたちが天空のピラミッドを訪ねたとき」
オレはあごを引き、マミー・オブ・マミーをにらんだ。
「どうしておまえ……テティに非協力的だったんだ?」
「なにを言うのです」
彼女が黒いドレスを揺らす。
「わたくしはネフェルのことを話し、テティにアドバイスも与えたではありませんか」
「そうだ。においを追うようにってな。ただ、それ以上はなにも言わなかった。必要な情報を、なにも。ネフェルの人相も。彼女に巻いた包帯の特性も。……動くミイラ事件の首謀者がネフェルである可能性は、あの時点で充分に高かった。それなのにネフェルの詳細を教えないなんて、ありえるか? たとえ聞かれなかったにしても……」
とはいえオレも、そのときは変だと思わなかった。
マミー・オブ・マミーの圧倒的な美しさに、惑わされていたからだろう。
「あと、ネフェルがテティの鼻を利用した誘導をおこなっていたことから察するに、おまえはテティの鼻がいいこともネフェルに伝えていたな。つまりおまえは、においを追うようテティに助言したくせに、向こうがそれを知っているという情報は伏せていたってことだ。……普通にバカにしてる」
ここで、ようやくマミー・オブ・マミーの笑みが薄れ、彼女の目尻がぴくりと震えた。
「おまえが教えるべきだった情報はまだある」
オレは、ゆかを軽く蹴った。
「このピラミッドが地下を隠していたことだ。ネフェルの居場所が不明な以上、そこに隠れているかもしれないということで……最初から地下についておまえはテティに教えるべきだった。ピラミッドを与えたのはおまえなんだろ? だったら地下の建造物のことを、知らないわけがないよなあ」
思わずオレはマミー・オブ・マミーを指差していた。
「……聞かれなかったことをいいことに、これら全部をすっかり言い忘れていたわけか。わざとじゃなければ、なんなんだよ。本当にテティのことを思っていたなら、せめて一つくらいは教えることができただろうに」
ついでオレは、指先をテティに向ける。
「テティ――おまえ、これでもマミー・オブ・マミーを信じるのか」
当のテティは何度も口をひらこうとしたが、その都度せき込んだ。
(まあ無理もないか。今まで自分の信じてきたものの信用が崩れかかっている一方で、それには自分をよみがえらせてもらった恩義がある。マミー・オブ・マミーの本性がどうであろうと彼女がいたからこそ、テティは墓守として暮らすことができていたんだろうしな)
少なくとも現在のテティは、簡単に「信じる・信じない」と結論づけられる状況にない。
そんな動揺する彼女を見つめ、マミー・オブ・マミーが玉座から立ち上がった。
「これ以上のごまかしは、できないようですわね」
自分の立場が危うくなっているにもかかわらず、その美しさは微塵も崩れない。
むしろ所作と表情の「美」の度合いが、いや増したようにも思える……。
「なかなか勘のいいことですねえ、ジェド。そうですよ、わたくしはこの世界をミイラに蹂躙させようと考えていました」
人を惑わすに充分な、妖艶で透きとおった声を響かせる。
さらにネフェルに顔を向け、見下ろす。
「しかし、だからこそ……ネフェル。本音を言えばわたくしは、この世を死者のものにするという、君の理想をかなえてあげたいのです。今から共に歩みましょう」
「すみません、できません!」
ネフェルはすっくと背を伸ばし、マミー・オブ・マミーを見上げた。
「今さら伝えられても、テティお姉さんに見捨てられそうだから、あたしにすり寄ってきたとしか思えません。……粘土板を介してピラミッドを半回転させられることとかを、あなたが事前に教えてくれていたら話は違ったけど」
ここでネフェルが、語調を強める。
「――あたしを利用したあとは、すべてをかっさらう気じゃないの?」
「はっきり申しますわね。その態度から察するに……なるほど、ネフェルはわたくしがここに来る前から決別を考えていましたか」
マミー・オブ・マミーが、オレに目を移す。
「原因は君ですね、ジェド。マミー・オブ・マミーたるわたくしの面目をここまで潰しておいて、無礼だとは感じません?」
「まったく感じない。だいたい、その名も自称だろ。なにより……前に天空のピラミッドで会ったとき、すでに伝えたはずだ」
そしてオレは、そのときの自己紹介をくりかえす。
「オレはミイラ取りのジェド。オレは――おまえに敬意を払わない」
同じ人に同じ自己紹介をすることも、たまにある。
次回「おいとま」に続く!




