エフラから
せき払いして、オレは芝居がかった口調に戻った。
「――モムは『彼女』に包帯のみならずピラミッドも与え、墓守の役割をまっとうさせていました」
玉座に腰かけるマミー・オブ・マミーと、オレの斜め前に立つネフェルとテティをちらちら見ながらオレは続ける。
「そして『彼女』は仲間を迎えました。新たな仲間の『彼』は、生者であるにもかかわらずミイラと自然に接することのできる貴重な人間でした」
ここでオレが言っている「彼」とはエフラのことだが……そいつが実際にそんな人間であったかは知らない。
ただ、テティが仲間としてみとめていた人物だ。
必然的に、優秀な墓守ということになる。
「さて問題が起きます。『彼』はモムの野望に気づいてしまったのです。空に浮かぶピラミッドを訪ねたとき、偶然にもモムのよからぬひとりごとを耳にしたのです。『彼女』を利用して世界を支配するつもりだったが、なかなかうまくいかない――という趣旨のひとりごとを」
当然ながら、ひとりごとのくだりはオレのでっちあげにすぎない。
(オレはあくまでミイラ取り……論理的な推理なんて不可能さ。だがスコルピオンじゃないが、悪意をもって「勘」を働かすことくらいはできるんだよ)
マミー・オブ・マミーがそれを受けて「違う、真実はこうだった」と反論してくれれば上出来だったが……当のマミー・オブ・マミーは顔に笑みを貼りつけたままだ。
向こうも見え見えの罠にひっかかるほど間抜けではないらしい。
「……『彼』は仲間の『彼女』にモムの本性を話すか迷いました。しかし、あのひとりごとは自分の聞き間違いの可能性もあると考えた『彼』は、確証を得るまで黙っておくことにしました。とはいえ、ひとりごとが真実だとしたら『彼』はモムに始末されるかもしれません」
失踪する前、エフラの様子は変ではなかったか?
そう問うようにオレは、唇を震わせているテティにまばたきしてみせる。
「そこで『彼』は自室にメッセージを残しました。『わたしはモムを信じています』と。本当に信じていればわざわざふれる必要のないことを書き、逆に疑念を示したのです。『彼』はベッドの下にメッセージを隠しましたが、この文言なら万一モムに見つかっても言い訳できます」
「ねえ」
ネフェルが小さく手を挙げる。
「メッセージは、仲間の『彼女』に向けたものなの?」
事前の打ち合わせどおりである。
(テティの留守中に話をすり合わせていた甲斐があったな)
オレは大げさに両腕を広げた。
「はい。『彼』は『彼女』を墓守として敬愛していました。モムを信じる彼女の思いを尊重しつつも、『彼』は『彼女』を守るためにモムを疑ったのです。ところが」
オレは両手で顔をおおい、さけんだ。
「外出中――『彼』は雷にうたれました! 疑われていると気づいたモムが天空のピラミッドから雷を落とし、『彼』を始末したのです!」
ついで、左右の手を横にどけて顔を出す。
「即死でした。その一瞬において『彼』は未練がましくうめきます。自分を殺したのは明らかにモム。これでモムの本性は確定。なのに『彼女』に真実を伝えられず死ぬのだから、いまわのきわに未練をいだくのは当たり前です」
「雷……未練……」
テティがオレから目を離し、隣のネフェルをまじまじと見る。
「ジェド――あなた、まさか……『エフラとネフェルは同一人物』と言っているんじゃないでしょうね……?」
自分よりも身長の低い、少女の外見に視線を這わせた。
間もなく、首を横に振る。
「やっぱり面影がないですよ。性格も、顔も、性別も、体格も。エフラは真面目で、大人っぽくて、男性で、高身長なんです!」
「問題なのは、どうしてモムが雷で『彼』を殺したのかという点です」
ぽん、ぽん……。
オレは自分の頭を小さくたたいて、テティ、ネフェル、マミー・オブ・マミーと順に目を合わせた。
「モムは『彼』を消すと同時に、高潔な『彼女』に代わる世界征服のコマを欲しました。その際、『彼女』もみとめる『彼』の墓守としての才能に注目しました。ただし生きたままでは利用できそうにありません……『彼』は真面目だったようですからね。だからモムは一度『彼』を殺害し、コマに作り替えたのです。ミイラではなく生きた人間だったため、始末自体は簡単でした」
笑顔のマミー・オブ・マミーをにらんで、オレは頭から手を離す。
「その『彼』を雷で焦がしたのは、仲間の『彼女』に『再利用』がバレないようにするため。加えて脳を多大に損傷させ、不都合な記憶を奪い取るため。『彼』の魂に刻まれた墓守としての才能――それさえ傷つかなければ、ミイラを使役させて果ては世界を蹂躙させるうえで最良のコマになるでしょう」
続いて「再利用」の手順を説明する。
「まず雷撃で全身を焼き、視覚的な性別を曖昧にします。熱を帯びた状態の体を加工して余分な骨や筋肉を取りのぞき、骨格等を作り替えます。『彼女』に生前の『彼』を想起させないよう、『彼』とはまったく違う少女の体形に変更したようです」
荒唐無稽なことを言っているなと自分でも思う。
だがすでにオレは――ミイラになった瞬間から、そういう世界に踏み込んでいる。ありえないと思われた世界が絵物語だけでなく現実にも存在すると身をもって知っている。
(なにより「マミー・オブ・マミーにはそれが可能である」と……オレのミイラ取りとしての勘がささやいてやまない……)
「次に、ミイラ化した遺体の全身に魂をとどめる包帯を巻きつけます。普段は肌色の包帯であるものの実際は周囲に合わせて模様を自在にできるので、わずかに残った顔の面影さえ消し去れます」
全身が焦げていたならば、くまなく包帯を巻いても違和感はない。
「そしてモムは性別が変更された『彼』を自分のピラミッド内で目覚めさせました。よみがえって女性になった『彼』は生前の記憶を喪失していましたが、自分の肌の焦げを見て死因だけは思い出しました。さらに……自分を復活させたモムを信用した『彼』は、新しい名前を授けられました。『彼』の人格は、自己の体に合わせて再構築されていきます」
話し方も、少女のそれに近くなっていったのだろう。
「少女になった『彼』は、とくに焦げた素肌を気にしていました。モムはそれにあわれみの目を向け続けました。その視線を感じ取ることで次第に『彼』の心には、生者のはかなさと世界の理不尽さばかりが概念として住み始めたというわけです」
わざとらしくオレはため息をつき、かぶりを振った。
「このタイミングでさりげなくモムは口にしました。『ミイラの君も、外に出たいですか。ピラミッドの外は現在、生者でいっぱいですわよ。いつ雷にうたれるかも分からない――そんな不安がはびこっています。ミイラにならない限りこの苦しみが終わらないのは悲しいことですわね』と。それを聞いた『彼』は……ピラミッドからミイラを出して生者を代わりにそこに入れ、砂漠の世界を死者のものにすることを思いつきました。うまく誘導されてしまったのです」
「少々、無理のある筋書きではありませんかしら」
マミー・オブ・マミーがにこやかに言う。
「わたくしには、そのモムのセリフから『彼』がそんな気持ちをいだくとは思えませんわ」
「同意します」
オレは右足を前に出し、頭を下げた。
「しかしモム視点では、それで誘導に失敗してもまた別の方法を採用すればいいだけですのでリスクがありません。あくまでミイラの母として許される言葉をはきながら、じっくり誘導を試みるのみです。その成果が、たまたまそのタイミングで現れたかたちですね。本当は、もっと積み重ねがあったと思われます」
「なぜ、君に断言できるのです」
「……『そのとき実際そう思った』と本人から――ネフェルからすでに聞いているからだよ。マミー・オブ・マミー」
ついであごを上げ、見下ろすようにオレは美貌に視線を投げた。
「いや、今なら『モム』という響きも案外、似合うかもしれないな。マミー・オブ・マミー改めモム……ははっ、こりゃいいや」
ただのでっちあげが本当のことだったりもするんだろうか……?
次回「不敬」に続く!




