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モム

「ときにジェド」


 ピラミッドのそばの砂漠(さばく)に立ち、マミー・オブ・マミーがオレを見ている。


「君……。()()()()()()()仕入(しい)れたそうですね」

「まあな」


 マミー・オブ・マミーの(となり)(ひか)えるテティにも視線を向けながら、オレは答えた。


「だが、その前に仕事を済ませたらどうだ? 捕虜(ほりょ)のミイラたちの処遇(しょぐう)をおまえが決定してくれるんだろ」

「ええ、もちろんですわ」


 やわらかな口調(くちょう)と共に、マミー・オブ・マミーがオレの背中のネフェルに近づく。

 オレは小指の包帯をほどき、ネフェルの指に巻きなおした。


 太陽が、マミー・オブ・マミーの美貌(びぼう)を照らす。

 その()きとおった声が(ひび)く。


「ネフェル――(きみ)が、動くミイラ事件の首謀者(しゅぼうしゃ)だったのですね。ミイラたちをいたずらに生者と接触(せっしょく)させて混乱を引き起こすのみならず、(かれ)らを使役(しえき)して無辜(むこ)の民を殺害した――間違(まちが)いありませんか」


 マミー・オブ・マミーの声音(こわね)は、罪人(ざいにん)を問い()めるような厳しいものでは()()()()。まるで子どもをなだめているかのように(やさ)しげだ。


 ネフェルは(ひとみ)をそらさずに、短く返答する。


「はい」

詳細(しょうさい)はテティが説明してくれました。生者たちをピラミッドに押し()め、世界を死者のものにするという君の計画についてもね。なにか弁明は?」


「ありません」

「……正直ですのね」


 うなずいたマミー・オブ・マミーが、ネフェルの頭をなでる。


「君は取り返しのつかない罪を犯しました。わたくしの巻いた包帯をはぎ取られても仕方(しかた)がないほどの罪です。――よって許しません」


 そして、(たが)いの鼻が当たりそうな距離(きょり)まで顔を寄せる。


(ばつ)(あた)えますわ。これからテティのもとで、立派(りっぱ)墓守(はかもり)になるために修業するのです。――これが、君への最大の罰と心得なさいな」

「受け入れます」


 従順(じゅうじゅん)さを見せるネフェル……。

 その返答に満足したのか、マミー・オブ・マミーがネフェルから顔を(はな)す。


 続いてオレに、ネフェルの手足の拘束(こうそく)をとくよう指示する。

 オレは文句も言わずに(したが)う。ネフェルを背中から下ろし、両手両足のロープをナイフで切った。

 テティもこの決定に不服はないようで、(だま)って見守っている。


* *


 自由になったネフェルを連れ、オレとテティとマミー・オブ・マミーは地上から地下に移動した。


 砂漠にあいたトンネルを(とお)る。地中に(しず)んだピラミッドのなかに入る。通路を歩き、(おく)に進む。


 鉄格子(てつごうし)付きの牢獄(ろうごく)の前に着く。そこにネフェルの部下のミイラたち数十体以上が、手を(しば)られた状態で()らえられている。


 マミー・オブ・マミーは鉄格子の(とびら)をあけ、牢獄のなかに足を()み入れた。

 捕虜のミイラ一人一人(ひとりひとり)の顔をのぞき込んだのち、全員に処罰(しょばつ)を言い(わた)す。


「罰が決まりました。君たちは例外なく、テティの傘下(さんか)(はい)りなさい」


 それに不満を()らすミイラは、一体(いったい)もいなかった。

 なかには、全身に巻いたボロボロのリネンの包帯を()らし、喜びを表現する者もいた。



 こうして捕虜の処遇が決まったあと――。

 テティは、とある部屋にマミー・オブ・マミーを通した。


 奥に玉座が(ひと)つだけ()()()()()()()()()部屋だ。

 長方形の背もたれに豪奢(ごうしゃ)(かざ)りをつけた砂色の玉座だ。


(色以外は、ネフェルと戦った広間にあった玉座そっくりだな)


 なんの言葉もなく、マミー・オブ・マミーが玉座に(すわ)る。

 同時に、テティとネフェルがこうべを垂れる。


(どうやら玉座は、マミー・オブ・マミーのためにあると()える)


 オレは頭を下げず、テティとネフェルの(なな)め後ろに立っていた。


(ネフェルのピラミッドの黒い玉座も、そうだったんだろう。こっちの玉座は上下反転していないが。……なるほど、テティはピラミッドを半回転させる前に、ミイラの安置室と同じ仕掛(しか)けをこの部屋にも()()()()()()()ようだな。部屋の下部(かぶ)が重力方向を常に向く、例の仕掛けを……)


 うやうやしく左足を出し、右手を左胸に当てたテティがマミー・オブ・マミーに謝意を述べる。


「裁きに感謝いたします。これで、ちまたを(さわ)がせた『動くミイラ事件』は終息しました。犠牲者(ぎせいしゃ)の無念も晴れたことでしょう」



 それを聞いて、オレは心のなかで笑った。


(テティ――おまえ、殺された壮年(そうねん)の女を前にして「犠牲者たちを安心させるためにも、元凶(げんきょう)(ほうむ)らなければ」って言ってなかったか? 動くミイラ事件の元凶は()()()()()()()()()、マミー・オブ・マミーの決定には素直(すなお)(したが)うんだな)



 ここで、テティは少しだけ目を上げる。


「しかしお伝えしたいことがあります。戦いのさなか、例の粘土板(ねんどばん)が割れてしまいました――」


(……もっと早く言うこともできただろうに、テティはマミー・オブ・マミーによる処罰が終わるまで粘土板の話題を出すのを控えていたらしいな)


「――申し訳ありません。現在、使用できない状態です。あれはピラミッドの防衛上、必要不可欠なもの……()()()()なりませんでしょうか」

「心配しなくても、だいじょうぶですわ」


 マミー・オブ・マミーが、黒いドレスにおおわれた自身の(ひざ)に両手を置く。


「代わりの粘土板はちゃんとあります。ただし、それはわたくしのピラミッドに保管していますので、いったん取りに(もど)らなければなりません」


「じゃあ、すぐ()ってこいよ」


 オレは、テティとマミー・オブ・マミーの会話に割り込んだ。

 対するマミー・オブ・マミーが、妖艶(ようえん)な笑い声を()らす。


「ジェド。君の生意気なところは、やはりわたくし(ごの)みです。とはいえ忘れていませんわよ。その前に、()()()()()()を聞かせてくれるのでしょう?」

「そうだ」


 口角(こうかく)を上げ、オレは歯を見せる。


「題して――『正義のミイラ取り、(しん)の悪人を追い()める』ってとこか」

「……なかなか興味をそそられるタイトルですわね」

「確か、おまえはオレに言ったよな。正義のミイラ取りになれってさ。正直、オレにそんな気はまったくないが……どうせなら、こういうタイトルのほうが()()がるからな」


 ぱちん! ぱちん!

 派手(はで)にオレは手をたたく。


 ()り返ってオレを見るネフェルとテティ……。

 真正面(ましょうめん)からオレを見据(みす)えるマミー・オブ・マミー……。

 彼女(かのじょ)たちに(おお)げさなおじぎをして、オレは「おもしろい話」を始める。


「これは――あるミイラが野望をいだき、そして失敗するまでの物語です」


 丁寧(ていねい)な言葉づかいで語る。

 テティのコマになる前は、ミイラ取りとして()()()()()()()外見を取り(つくろ)い、人を(だま)してきたものだ。


「――便宜上(べんぎじょう)、そのミイラを『モム』とでも仮称(かしょう)しましょうか。モムは(そら)()かぶピラミッドに住んでいました」


 瞬間(しゅんかん)、マミー・オブ・マミーとテティが(まゆ)をひそめたが、オレは構わず続ける。


「モムは強大な(ちから)を持っていました。その力により、おのれの立場をわきまえられなくなったモムは、世界を支配するという子どもじみた野望にとりつかれました。しかしいくら力があっても、広大な世界を一人(ひとり)だけで侵略(しんりゃく)することはできません」


 手を背中に回し、オレは大仰(おおぎょう)抑揚(よくよう)をつける。


「ここでモムは思いつきました。地上の人間を利用して世界を蹂躙(じゅうりん)させればいいと。モムは探しました――自分を盲信(もうしん)してくれる存在を。その人間にミイラの力を分け与え、世界征服(せいふく)のコマにしようと考えました。そして都合のいい人材は見つかりました」


 ついでオレはテティと目を合わせた。


「元々動かぬミイラになるはずだった『()()』は(たましい)をとどめる包帯を巻かれただけで恩義を感じ、モムを母とあがめました。ところが『彼女』は高潔でした。世界を支配するという(おろ)かな野望に加担する人間ではないと判明しました」

「……ジェド。いい加減にしなさいな」


 テティが(くち)をはさむ。

 声音は淡々(たんたん)としているものの、一方で鋭利(えいり)な視線を向けてくる。


「おもしろい話を期待していたのに、いざ(ふた)をあけてみれば……ただの憶測(おくそく)にもとづく中傷ではないですか」

「なんのことか分からないね」


 オレも淡白(たんぱく)に返答した。


「それともおまえは、この話の主要登場人物はマミー・オブ・マミーと自分に(ちが)いない――そう言いたいのか」

「その疑いがあります。だいたい『モム』というのは、マミー・オブ・マミーが希望している愛称(あいしょう)でしょうが。天空のピラミッドで顔を合わせたとき、ジェドも彼女自身の(くち)から聞いたはずですよ」

「そうだったか? じゃあ偶然(ぐうぜん)かぶったのかもしれない」


「……であれば、許してさしあげますわよ」


 マミー・オブ・マミーが玉座に(こし)かけたまま足を組み、テティとオレを交互(こうご)に見る。


「ひとまず最後まで聞こうではありませんか、テティ。脳みそを雑巾(ぞうきん)のように(しぼ)って一生(いっしょう)懸命(けんめい)考えたであろうお話を途中(とちゅう)()ち切るのは……かわいそうですからね」

寛大(かんだい)だな。さすがに(うつわ)(ちが)う」


 ()し黙るテティを無視し、オレはマミー・オブ・マミーに笑いかけた。

 当のマミー・オブ・マミーも愉快(ゆかい)そうに表情をゆがめているが……それによって彼女の美しさが(そこ)なわれることは()()()()

確かに打ち切りはキツい。

次回「エフラから」に続く!

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