マミー・オブ・マミーを招待する
――町に出たテティは、すぐには帰ってこなかった。
外出してから三日後にピラミッドへと戻ってきた。
(三日というのは、オレの体内砂時計で計測した場合の三日だがな)
帰ってきたテティが扉をあけ、オレの部屋に入る。
まだピラミッドは逆さまなので、扉の位置は天井に寄っている。したがって彼女は壁を乗り越え、着地した。
「ただいま帰りました。ジェド、なにか問題はありましたか」
「とくにないね」
オレは、ベッドに座って足を組む。
「黒くなったピラミッドが気になったのかなかに入ろうとした部外者が何人かいたが、オレが対応しといた。『改装しただけです』と言って追い返してやったよ」
「……彼らはミイラ取りではなかったのですね?」
「ああ、町の住民たちだった。ちなみにそいつらと話をする際、ネフェルに同行してもらった。オレと包帯でつながっているから、必然的に背負われたまま一緒に動くしかないわけだ。で、オレは連中に新しい墓守仲間としてネフェルを紹介しといたよ。彼女の手足の緊縛については訓練の一環ってことにして、ごまかした」
ベッドに横たわるネフェルをちらりと見て、オレは首を回す。
「で、テティ。おまえのほうは? ちゃんと町のやつらに説明できたのか」
「はい」
テティが、左右の太ももの包帯に指をすべらせる。
「それぞれの町の自警団のかたに、動くミイラ事件は解決したと伝えました。当然ながら、わたしがミイラであることやピラミッドが半回転したことなど――伏せるべき事実は伏せましたけど。……あとはアムウと共に町を見回り、潜伏しているミイラがいないことを確認しました」
「しっかりしてんな」
オレは肩をすくめてみせた。
「ネフェル自身はピラミッドの外に部下のミイラはいないと――ゼロと言っていたが、それを真に受けていなかったってわけだ」
「わたしが本当の意味で信じるのは――」
胸に両手をあてがい、テティが少し目を閉じる。
「マミー・オブ・マミーだけです」
その言葉を聞いたとき、ベッドの上でネフェルが寝返りをうった。
とはいえ、動くミイラである彼女が眠ることはない。起きたままの寝返りである。
「テティお姉さん」
ネフェルが横たわったまま、視線を斜め上にやる。
「ジェドお兄さんが来る前のお仲間さんも、お姉さんと同じ考えだったの? 天井に『わたしはマミー・オブ・マミーを信じています』って書いてあるけど……あれ、エフラという人が残したものなんだよね」
「気づきましたか」
テティも、天井に書かれた文字列を見上げた。
「……確かエフラの名前についてはジェドが町のかたから聞いていましたっけ。そのジェド経由であなたはエフラのことを知ったわけですか」
「まあ、そうだよ……で、エフラさんはマミー・オブ・マミーのことをどう思っていたわけ?」
「わたしと同じく彼もマミー・オブ・マミーを母とあがめていました。エフラはミイラではなかったのに。わたしが信じていたから、それに合わせてくれたんでしょう」
「へー、エフラさんはミイラじゃなくて生きた人間だったんだ」
ネフェルはうなずいた。
しかし直後、首をかしげる。
「……って、え? 今、お姉さん、『彼』って言った?」
「エフラは男性ですので」
「あれ……?」
困惑の声を漏らしつつ、視線をテティにそそぐネフェル。
「ねえ、お姉さん。あたしって……女だよね」
「会話の流れがよく分かりませんが」
テティがあごを引き、ネフェルと目を合わせた。
自分よりも身長の低い、その体を観察する。
「そうですね……見た目は、かわいらしい少女じゃないですか? もちろん、いろいろ干からびているためミイラに生殖能力はありません。厳密に言えばわたしもジェドもあなたも性別を喪失した状態です」
「マミー・オブ・マミーも?」
「彼女が有する母性は、もっと精神的なものだと思います」
ネフェルにいぶかしげな視線を送りつつ、テティは自分の太ももをなでた。
「ともかく、動くミイラ事件の解決を町の人に伝えた今、マミー・オブ・マミーに会わなければなりません。あなたとその部下の処遇を決定してもらうのです」
テティがきびすを返す。
「では、これからマミー・オブ・マミーのピラミッドに飛んでいきましょう」
「待った」
オレがテティを呼びとめる。
「やつを地上に招待しようじゃないか」
「ご足労をかけるわけにはいきません」
「彼女にミイラたちを裁いてもらうためには、実際に自分の目で確認してもらう必要があるだろ」
「……まあ確かに」
「とはいえ捕虜は数十体以上いる。アムウに運んでもらうには多すぎる。だから、マミー・オブ・マミー自身に足を運んでいただくのさ」
ついでオレはテティが答えるよりも先に、付け加える。
「お客さまをもてなす用意も万端だ。とっておきの、おもしろい話を仕入れたんだ。きっとマミー・オブ・マミーも満足してくれることだろう」
「なんです、おもしろい話って」
「まだ秘密だ。簡単に明かしちゃ、つまらない」
(ここでおまえに伝えても、信じるわけがないからな)
……テティは考え込んだあと、オレの提案に同意した。
「いいでしょう、ただし失礼のないよう、まずわたしが天空のマミー・オブ・マミーのもとに参上します。そのあと彼女をアムウに乗せて地上に下ろしたのちピラミッド内に案内する……この流れでいきましょうか」
「いいんじゃないか」
「……わたしは再びピラミッドを留守にします。というわけでジェド、もうしばらくネフェルの包帯を巻いたままにしておきなさいな」
テティが左の太ももの包帯の一部をほどく。
するとそれは白蛇のアムウになり、丸太のように膨張した。
アムウにまたがり、テティは扉から出ていった。
* *
しかし今度は用事を済ませるのに、たいして時間を食わなかったようだ。
ひまになったオレはネフェルをおぶった状態でミイラの安置室に移動し、灰をかけるなどの仕事をこなしていたのだが……その棺の蓋を三十ほど動かした段階で、見張りのミイラから知らせが入った。テティが帰ってきたのだ。
マミー・オブ・マミーも一緒だった。
きらびやかな黒いドレスがひるがえり、ミディアムヘアが清楚になびく。
相変わらず左右の手首、足首、通常の首――都合五つの部位に包帯を巻く、美しさの権化のような女ミイラである。
オレはマミー・オブ・マミーを、ピラミッドのそばの砂漠で出迎えた。
彼女がオレに、慈愛に満ちた瞳を向ける。
「テティから聞きました」
つつましやかな唇から、透きとおるような声がする。
「ジェド、動くミイラ事件の解決に君も多大に貢献したようですね。ご苦労さまでした」
「いえいえ……」
オレは頭にかぶっていたターバンを外してみせた。
「こりゃ、もったいないお言葉ってやつだな?」
「……生意気なのは相変わらずですか、ジェド。ともあれ、ありがとうございます。わたくしはマミー・オブ・マミーとして、テティと君を誇りに思いますわ」
妖艶に、マミー・オブ・マミーが微笑する。
横に控えているテティは、礼を返していた。
なおオレに背負われているネフェルは、なにも言わなかった。
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次回は十一月十五日(土)午後七時ごろの更新です。
次で二十三話目になります。サブタイトルは「モム」の予定。




