書き残し
ひとまずネフェルの包帯を奪わないと決めたテティは、安置室から出た。
そしてピラミッドの一室にネフェルのミイラを集めさせた。動ける者を捕らえ、動けない者を数える。
テティがネフェルを背負ったまま、ミイラたちに宣言する。
「さてあなたがたの処遇ですが……ネフェルを含め、まだ動ける者たちはマミー・オブ・マミーに突き出します。すでに動かない者は、納棺させていただきます」
ネフェル陣営の動かぬミイラは、元々彼らのいた黒いピラミッドの安置室に移されることになった。
さらにオレとテティの部下たちは、まだ動けるネフェルのミイラ全員を捕虜とする。
両手を後ろに回して縛り、テティのピラミッドに運ぶ。逃亡対策として、一人一人の縛られた手を長いロープで連結する。
(ピラミッドのなかには鉄格子付きの牢獄もある。とりあえず捕らえておくことはできるな)
オレはテティの部下のミイラと共に捕虜を歩かせ、黒いピラミッドの外に出た。
階段状の斜面を下りて砂漠に足をつけた瞬間、外に待機させていたオレのラクダ――ネビイがゆっくりと近寄ってきた。
「危なくなったら逃げていいってオレは言ったが、結局おまえは逃げなかったのか。律儀なやつめ」
身を低くするネビイの頭と背中のコブをなでる。
とはいえ捕虜の移送が終わるまで、ネビイには引き続き待機してもらう。
(別に背中に乗ってもいいんだが……今は捕虜やテティの部下たちと歩調を合わせる必要があるからな)
オレとミイラたちは地上のピラミッドの反対側に回った。
そこの砂漠に、地下のピラミッドへ続く穴が再びあけられていた。
穴に入る。やはりトンネル状になっているが、崩れたりしない。
* *
地上の黒いピラミッドと、逆さまの状態で地中にうもれたテティのピラミッド――二つの建造物の出入り口をオレたちは何往復もした。
すべての捕虜を牢獄に移し終えたあとは、テティ陣営の犠牲者も運んだ。
魂をとどめる包帯を一度完全に喪失した場合、再びよみがえるのは難しいようだ。
(テティが彼らを復活させないのがその証拠……。オレも額の包帯を失わないよう気をつけないと)
* *
一連の作業は、テティのミイラたちの全面協力により意外と早く終わった。
テティたちは砂漠の穴をうめ、地下のピラミッドにいったん戻る。
あらためて部下と捕虜の数を確認したテティが、オレの部屋に来てネフェルをベッドに下ろした。
そしてテティは、そばでたいまつを構えていたオレと目を合わせる。
「これからわたしは周囲の町を回ります。安全性を確認しつつ、動くミイラ事件の終結を住民たちに伝えるんです。それと『ピラミッドは黒くなったけれど怖がる必要はない』とも言っておかないとですね。粘土板を壊されたので、現状は半回転もできませんし」
柔和な笑顔を作り、ロングヘアとドレスを揺らす。
「ではジェドさんや、留守番とネフェルの監視は頼みましたよ」
「待った」
とっさにオレは制止した。
「おまえに遠くに行かれたら、オレがヤバいだろうが。動けなくなる」
「失念していました。では、少し借りたらどうです」
「誰に、なにを……」
「ネフェルに包帯を」
テティは、両手両足を縛られてベッドに横たわる女――ネフェルを見た。
しゃがみ、その耳元にささやく。
「あなたの魂をとどめる包帯を、一時的にジェドに貸してくれませんかね」
「……勝手にすればいいじゃん」
ネフェルがぶっきらぼうに返す。
「いちいち許可をとる必要あんの? 無理に奪うこともできるくせに」
「言われてみれば、そうですね。では、左の小指の包帯をほどきます」
ゆっくり、テティがその部位を引っ張る。
すると肌の色の包帯が、シュルシュル伸びた。ネフェルの焦げた本当の小指も露出した。
(指につけていただけあって、包帯としては小さめか)
テティは肌色の包帯を自分の親指に巻いて「なるほど、洗脳とかそういう危険性はありませんね」とつぶやいたあと、それをオレの左小指に結びなおした。
「これでよし。あ、忘れていました。ジェド、今回はよく頑張ってくれました。感謝します」
そう言い置いて、テティは去った。
壁に寄りかかり、オレはぽつりと口にする。
「にしても、事件の終結……ねえ」
ベッドに横たわるネフェルは出会ったときの勢いもなく、すっかりしおらしくなっている。
なんとなくオレは天井を見上げた。
ただし元々そこは、ゆかだった場所である。
「ん……?」
そのときオレは見つけた。
上下がひっくり返るまではその上にベッドがあったから気づかなかったが、今は、はっきり目に映る。
現在は天井になったそこに、文字が並んでいる。いわく――。
「――わたしはマミー・オブ・マミーを信じています」
そのメッセージを無意識のうちに、オレは読み上げていた。
(誰が書いたものだ。テティか? 違う。ここは最近になって失踪したという、テティの仲間の部屋だったはず。確かその名前を、町の住民が口にしていた。エフラだったか)
テティもこの文字には気づいているだろう。仲間が蒸発したのならその手がかりを探すため、本人の部屋をくまなく調べるのは当然だ。
だがマミー・オブ・マミーを母と見なすテティにとって、仲間の残したこの文言はごくごく自然な言葉にすぎない。これは失踪とは無関係――そうテティは判断したかもしれない。
それでもオレには分かった。
(こいつは――エフラは、マミー・オブ・マミーを信じきれなかったんだな)
本当に信じていたなら、わざわざ文字に起こす必要はない。それも、ベッドの下という分かりにくい場所に書くはずがない。
(……待てよ、もしかしたらこの動くミイラ事件……まだ終わっていないのでは)
少し時間をかけて、オレは心のなかで考えを整理した。
ある程度まとまってきたところで、目の前の女に声をかける。
「なあネフェル、おまえ……テティのことが好きか」
「はあー?」
多少調子を取り戻したのか、こちらを挑発するような語気がよみがえる。
「へえー、ジェドお兄さん、そういうの愛でる趣味でもあんの?」
「いいから答えろ」
「はっきり言っちゃえば、やられたっていうのに……嫌悪感はまったくないなあ。悔しくはあるけどね」
「だったらエフラという名前に聞き覚えは?」
「なにそれ」
「知らないか――いや、覚えていないのか」
含みを持たせた言い方をして、オレは次の言葉を発する。
「おまえの本当の名前だろ?」
「え……? どしたの、お兄さん」
かすれた声でネフェルが笑う。
「あたしに、そんな記憶ないんだけどー?」
「まあ、ないんだろうな。雷にうたれたときに脳を損傷したせいで。というより、生前の記憶自体がおまえには残ってないんじゃないか」
オレは、自分の頭をとんとんたたいた。
「マミー・オブ・マミーによると、おまえは死ぬときに未練がましくうめいていたってさ。でも変じゃないか? 実際におまえの魂に焼きついていたのは死因の雷のことばかりなんだろ? ほかのことには言及しないし、少なくともオレはそういう印象を受けたが」
「た、確かにあたし……雷より前のことは覚えてない」
「……普通死者の未練って言ったら、生きているあいだの……もっと具体的な事情に関わることだろ。なのにその記憶がすっぽり抜け落ちるって、どういうことだよ」
「……仮に、それが不自然なことだとしてさ」
ネフェルが声のトーンを抑えながら、オレをにらむ。
「なんで、あたしがエフラとかいう人になるの」
「エフラっていうのは、最近行方不明になったテティの仲間だ。オレが来る前の、この部屋の住人でもあったらしい」
「いや知らんし」
「そういや、おまえが雷にうたれたのも最近なんだろ」
「確かにそうだけど、それだけじゃ根拠になんないよ。『最近』なんて、すごく曖昧な時間感覚だし」
「オレも確証があって言ってるわけじゃない」
ついで、ネフェルの焦げた小指に視線を向ける。
「ただおまえが――ネフェルがエフラであるのだとしたら、今回の事件の全貌をきれいに説明できてしまうんだ。いや、きたなく……かな」
「ふーん。じゃ、お兄さんの考えていることを話してよ。そのあとで妄想かどうか判断する」
「ちょっと長いかもしれない」
オレは壁から背を離し、ネフェルの横たわるベッドに腰かけた。
あれ……? まだなにかあるの……?




