ひとまずの終結
間もなくして、テティが広間に現れた。
ネフェルの首をつかんでいるオレに、声をかける。
「一人で倒しましたか。見事な働きですね、ジェド」
「おまえのコマとして当然だ」
ネフェルにたいまつの火を突きつけながら、オレはテティに返答した。そして聞く。
「……スコルピオンは?」
「ミイラにしました」
「だと思った」
オレは軽く笑う。
「ともかく、こいつを縛り上げてくれ。オレは両手がふさがっている。ロープはオレのカバンに入ってるから」
「なら、ちょっと失礼しますよ」
テティはオレの肩にかかっているカバンに手を入れ、ロープを引き出す。
それを使って、ネフェルの手首と足首をきつく縛った。
オレはネフェルの首をつかむのをやめた。
とはいえ油断はできないので、たいまつの火を彼女の顔から離さないでおく。
渋面を作り、当のネフェルが小声を発する。
「ひと思いにあたしを燃やしたら? スコさんが死んであたしもやられた以上、こっちの負けは確定。今さら焦げたところで自分の死の焼き増しにしかならないし、怖くないっての」
「……そうですか。ときに、どうしてジェドはネフェルの包帯を燃やしていないんですか」
テティがネフェルを背負い、オレに問うた。
「本来のあなたなら、ミイラに情けをかけないでしょう?」
「今回の戦いの目標はネフェルの身柄であって消滅じゃない。オレはそれを守っただけだ」
そしてオレは、手元のかぎ縄を斜め上に投げる。
天井の玉座にぶら下がっているかぎ縄の片方に三つ股のかぎをひっかけ、縄を引いて回収した。
かぎ縄をカバンにしまったのち、あらためてテティに近づく。
「ところで、オレがネフェルを背負ってもいいが……」
「いえ、結構です」
テティはオレを見ず、淡々と言う。
「あなたはネフェルが妙な行動に出ないよう、たいまつを構えていてください」
* *
拘束したネフェルを連れて、オレとテティは広間をあとにする。
ともかくピラミッド内の戦況を確かめなければならない。
「ピラミッド内部を描画する例の粘土板がスコルピオンに壊されたため、状況を直接見る必要があります」
――そうテティは説明した。
オレたちは、上下逆さまになった階段の……ちょうど坂になっている部分を上っていく。
ただし最後まで上らず、坂の途中でとまった。
見ると壁に、ぽっかり穴があいていた。そこから続く通路に入る。
……道中、ネフェルのミイラたちと鉢合わせた。
しかし、もはや彼らを倒す必要はなかった。テティの背にもたれかかったネフェルが自身の敗北を伝え、ミイラを大人しくさせたからである。
さらに進み、オレたちはとある部屋に足を踏み入れた。
黒いピラミッドの出入り口を通過し、そこを進んだ先にある部屋だ。ミイラたちが乱闘していた場所でもある。
争いはすでに終わっていた。
テティのミイラたちが、ネフェルのミイラに巻かれた肌色の包帯をことごとく外したようだ。
(とはいえ、さすがにそれなりの犠牲は出たんだろうが……)
テティはミイラたちに、今回の戦闘目標が達成されたことを伝える。
「――動くミイラ事件の首謀者ネフェルの身柄は押さえました! もう戦う必要はありません!」
なおテティ陣営のミイラが勝利したのは、テティに相手の弱点を教えられていたから……という理由だけによらない。
戦いの前、テティは自身のあやつるミイラに指示を出していた。
常に二人以上で戦うという指示を。
テティがそのことを明かすと、ネフェルが力なくつぶやいた。
「しまったなあ。あたし、個々の戦闘力ばかり考えてた。町を襲わせたミイラたちがやられたのも、協力して戦うという視点があたしから抜けていたせいなのかな……」
* *
そのあとオレたちは部屋から出る。
すでに通った、隠し扉の先の細い通路と大回廊を確認する。
大回廊の一箇所に、四角い棒の群れが放射状に生えていた。
中心のなにかを押し潰すように、左右上下・斜め前・斜め後ろのあらゆる角度から棒が突き出ている。
(いや、中心にはなにもないな……。そして、よく見ると黒っぽい石材の先端に赤黒い血のあとがある。もう乾いているが)
「ジェド。わたしはここでスコルピオンを殺したのですよ――」
テティがそのときの話をする。
オレはたいまつを手に持ったまま、あいづちを返していた。
「――なるほど。放射状に突き出た棒は、スコルピオンを倒す際に作り上げたものか。本当に、例の粘土板も便利なもんだな。あのミイラ取りを始末するには、ピラミッドの構造自体を武器にしないと無理だろうし」
ともあれピラミッド内部に、すでに戦いの気配はない。
しかしテティはネフェルを背負った状態で大回廊を歩き続け、逆さまの階段に戻った。
階段の裏側を伝いながら、ネフェルに質問する。
「そろそろ教えてもらいますよ。ネフェル――あなたが現在ピラミッドの外に派遣しているミイラは何体ですか。また、外の彼らはどこに潜伏しています?」
「それについてはゼロだよ……これから複数の町を本格的に襲撃させるつもりで、いったんみんなを帰還させていたから」
今のネフェルの口調は、どこか弱々しげだった。
「だいたい本来なら今ごろ町一つが壊滅してたはずなのにさ。まさかあたしの誘導に反してお兄さんとお姉さんが砂漠の真ん中から引き返してくるとは思わなかった。逃げ帰ったミイラが報告してくれたよ、お姉さんが町の人に肌色の包帯をねらうようアドバイスしたせいで、こっちが負けたって」
眉を震わせながら、ネフェルが言う。
「……あと聞きたいんだけど、どうやってあたしの本拠地を見つけたの?」
「これはジェドと共に考えたことですが――あなたの言動は妙に挑発的でどこか芝居くさいんです。その裏で、町やピラミッドからわたしたちを遠ざけようとしていましたね。だから、かえって居場所を絞り込めたんです」
「あーね、派手に立ち回ったのが裏目に出ちゃったんだ」
「そういうことです。そして、あなたの本拠地がわたしのピラミッドの真下にあると見たわたしは、二つのピラミッドが一つの建造物であると仮定したうえでピラミッドを半回転させました。粘土板に映った正三角形をまるごと逆転させたんです。結果、わたしのピラミッドの半回転にあなたのピラミッドが巻き込まれ、地上に露出することになりました」
「ピラミッドの構造を作り替える粘土板をテティお姉さんが持っていることは、マミー・オブ・マミーから教えてもらってた。でも、まさか上下をひっくり返すことまでできるなんて、びっくりだよー……」
「わたしも見つけたときは興奮しましたよ。砂時計みたいですよね」
そんなことを話しているあいだにオレたちは、階段のある空間を抜ける。
壁にあいた穴を通り、また別の通路に出る。
通路の奥には、多くの棺が置かれた部屋があった。
棺はきれいに並んでいるが……あたりに火はともっていない。
オレは左手のたいまつをかかげた。
「ミイラの安置室か」
「そうみたいですね。ネフェル、棺のなかを確認してもいいですか」
「うん……」
ネフェルがうなずき、テティの肩をあごでたたいた。
テティが棺に近づく。オレが蓋をあける。これを数回くりかえす。
背中のネフェルをかかえたまま、テティが首を縦に振る。
「ふむふむ、異常はありませんね」
「普通のミイラだな。こんなの見ても、意味ないだろ」
蓋を棺に戻し、オレは小さく息をついた。
対するテティは、かぶりを振った。
「いいえ……充分な収穫です。これでネフェルのことをさらに理解できました」
ついで、背中のネフェルを少し揺らす。
「ネフェル――あなたはミイラを大切に思っていますね。この安置室のミイラはピラミッドの上下逆転に巻き込まれたはず……なのに現在は、問題なく棺に納まっている。あなたが仲間と協力して、元に戻したんでしょう? ミイラに燃え移らないよう、あかりも消したと見えます」
「ピラミッドを半回転させたのはお姉さんのくせに」
恨みがましくネフェルが返す。
「……と言いたいところだけれど、実際はあたしのせいでテティお姉さんはそうせざるを得なかったんだよね」
「ほかに方法を思いつけず申し訳ありません」
テティはネフェルだけでなく、室内のミイラ全体を見渡して謝った。
「ここのミイラはちゃんと乾いていますし包帯もきれいですね。魂や体が過剰に損傷し、よみがえらなかった人たちですか?」
「……そうだよ」
「一方、あなたが使役していたミイラは体が乾燥しきっておらず、包帯もボロボロでした。兵に情が移ると困るから、わざと冷たく接していたわけですね」
「……普通の包帯と全身を一体化させる目的もあったよ。そうすればあたしの包帯で全身を砂漠にまぎれさせることが可能になるからね」
ここでネフェルは、いったん深く息をついた。
「ところでお姉さん。これ、あたしが許される流れなの?」
「違います」
テティが即答する。
「ネフェル――あなたは世界転覆をたくらむのみならず、罪のない人をたくさんミイラに殺させたんですよ。普通に考えて、許されるわけがありません」
首を後ろにかたむけて、テティがネフェルと目を合わせる。
「ただ、あなたの全身の包帯をはいで活動を停止させた場合、あなたの使役していたミイラたちが暴走する可能性もあります。あるじを失って混乱するんですね。その結果また生者が殺されれば、わたしは墓守として誰にも顔向けできません」
もしネフェルが心からミイラを大切に思っていないなら、彼女を失っても部下のミイラたちは取り乱したりしない――テティは、そう考えているのだろうか。
(オレとしては、ネフェルを慕うミイラなんて元からいない気がするが)
ともあれ一つだけ断言できることがある。
ネフェルがこの安置室のミイラすらぞんざいにあつかう人間だったならば……すでにテティはネフェルの包帯を全身からはぎ取っていただろう。
事件の首謀者もつかまえたし、これで一件落着!(たぶん)




