ミイラになったミイラ取り
「ジェドさん、起きてくださいな」
そんな落ち着いた声に加え……。
ぱちん!
という小気味いい音と共に、オレは目を覚ました。
ガバリと上半身を起こし、あたりを見回す。
オレは部屋のなかで横たわっていたらしい。
壁には火がともり、室内全体を照らしている。
さらに、いくつかの棺がそばにある。それらの蓋は、すべて閉まっている状態。
そしてすぐ隣に、黒いロングヘアのテティがしゃがんでいる。手を合わせたままオレを見ている。
どうやら、さっきの「ぱちん」は、彼女が手をたたいた音だったようだ。
オレの口と鼻孔をふさいでいた包帯は、すでにない。
「……なんだ。オレは気を失っていただけなのか」
安堵のため息が、口から漏れた。
そんなオレの独白にかぶせるように、テティが首を横に振る。
「いいえ、あなたはわたしが殺しました。ジェドは、もう立派な死人の仲間です」
「んなわけあるか! 死んだ人間がしゃべれるか!」
「その包帯が、魂をつなぎとめています」
テティがおもむろにオレを指差す。
腕を伸ばし、オレの額をとんとん、たたく。
違和感があった。そこに、なにかが巻かれているような……?
直接ふれてみると、リネンの感触があった。そばに置かれていたカバンからオレは手鏡を取り出し、映るものをまじまじと見た。
乱れた髪に、死んだトカゲのごとく濁った目……。見た目自体に変化はない。
――変わったところは一点。
包帯がオレの額に、ハチマキのように巻かれていた。
「はあ? おまえがやったのか? ケガもしてないし、意味が分からん」
あきれ声を出しつつ、包帯を取ろうと指をかける。
そのとき、テティがぼそりと言った。
「別に外しても構いませんが、二度とあなた、動けなくなりますよ」
冷たい声を聞き、オレの指がとまる。
「わたしの言葉、信じられません? なら勝手に試せばどうです? そして永眠してください」
「……ちっ」
舌打ちして、オレは手を下ろした。
対するテティは両ひじをひざの上に立て、ほおづえをつく。
「聞き分けがいいことで、感心です。すでに死んでミイラ化したあなたもわたしも、本来しゃべれないし動けません。でも特殊な包帯を巻くことで強制的に魂を死骸にとどめておけるんです」
「特殊な包帯……それが、オレの額のハチマキか」
「そういうことですね。ちなみにわたしは、ここに巻いています」
微笑しつつ、テティがひじで自身の太ももを念入りに押す。
「おかげで干からびても見た目は生前のままですよ」
「なんでオレを、動くミイラにしたんだ」
「コマがほしかったから」
テティがゆがんだ笑顔を見せる。
「このごろ町を騒がせている動くミイラ……あれはわたしの仕業じゃないです。放置しておくとこのピラミッドが疑われるから、事件はわたしが解決します。そのためにも人手が必要でした。だからあなたをコマにしたんです。ジェドみたいな悪人であれば、良心も痛まないし」
「オレがおまえに従うとでも?」
「そう言っていられるのも今だけです。ジェドは、すでにわたしのペットになりつつあります。たとえばさっきからあなたは自分を殺した相手と平然と話しているけれど……それに違和感を覚えない時点で、落ちてんですよ」
「殺された挙げ句、オレは奴隷にされたってことか。まあミイラ取りなんてやってるんだ。ろくな死に方はできないと思っていたさ」
「せいぜいミイラとしての時間を楽しむことです」
ここでテティは立ち上がり、オレたちのいる小部屋の扉をあけた。
オレを連れて通路に出て、何回も曲がり、階段を下りた……。
そこに、大部屋が広がっていた。
室内には巨石が階段状に積み重なり、それぞれの段に棺が並ぶ。
「これからジェドはこのピラミッドで暮らすことになりますけれど、もちろんタダでは住まわせませんよ。最低限の仕事は、やってもらいます」
テティは棺の一つに近づき、その蓋を外した。
なかには、リネンの包帯でぐるぐる巻きにされたミイラがあお向けで横たわっていた。
「あなたにやってもらいたいのは三つ。まず、それぞれの棺にミイラがちゃんと入っているのか確認すること。これは、蓋をあけるだけだから簡単です」
ついでテティはミイラの包帯にそっとふれた。
「次に、体に巻かれた包帯の状態をチェックしてください。ちゃんと背中側も見て。ひっくり返すときは、遺体を傷つけないように、慎重に」
言いつつ、テティがミイラをうつ伏せにする。
「なにもないなら、あお向けに戻して終わり。包帯が傷んでいたら、別の包帯に交換すること。替えの包帯は――」
いったんテティはオレを部屋の出入り口に連れていく。
その階段横に扉があった。それをテティがひらく。鍵はないようだ。
「ここが倉庫。なかに未使用の包帯があります。外したほうの包帯は、そこのゴミ箱に入れておいてくださいな。定期的に処理しますので」
倉庫内には、大きな木箱もあった。どうやらそれがゴミ箱らしい。
「で、最後に重要なのが」
包帯の並んだ棚の隣に、多くの袋が置かれた棚が見える。その袋の一つをテティがつかみ、中身を手の平に落とした。
灰だった。
「少しでもミイラに湿気を感じたら、この灰をかけて。これはミイラから水分を奪い、乾燥を保つためのもの。水っぽかったら、腐る可能性があります」
「……いや、オレたちって死んだら腐らず干からびるよな。だったらそういう湿気をほっといても、勝手に乾くんじゃないのか」
「亡くなってからしばらく経過した遺体は、水分を吸収しやすくなるんです。というかミイラ取りなんだから、それくらい知っているでしょう。わたしを油断させようとしていません?」
「さあね」
そしてオレは倉庫から出た。
テティの見守るなか、棺のミイラを確認し、包帯を取り替え、灰をかけた。
彼女は、従順に働くオレを見て、満足そうにうなずく。
「うんうん、どうやらジェドも、そこまで腐ってはいなかったようですね。じゃ、わたしは少しここを離れるから、残りの仕事も頑張りなさいな」
笑顔をちらつかせ、テティは大部屋をあとにした。
階段を上がる音がだんだん小さくなり、じきに消える。
瞬間、オレは深呼吸ののち、心でさけんだ。
(バカか! 律儀にここで働くわけないだろ! 今のうちにトンズラだ)




