包帯の色
天井から玉座が垂れ下がる広間で、オレはネフェルとにらみ合う。その様子を、壁際に落ちたいくつもの火が見守っている。
芝居がかったネフェルの口調が、少しだけ鋭さを増す。
「あたしの死因については前に聞いたよね。雷に当たって死んだってさ」
ぱちぱちと、すばやくまばたきしてネフェルがオレを見つめた。
「でもマミー・オブ・マミーに包帯を巻いてもらって、あたしは動くミイラになった。マミー・オブ・マミーは焦げちゃったあたしの肌を隠すため、本来の肌と同じ色の包帯を授けてくれたの……。ただし、よみがえったあたしの心には、雷にうたれた記憶が深く刻まれてた」
「ふーん……おまえにも、そういう苦しみがあったんだな」
ネフェルを倒す作戦を考えつつ、オレは適当にあいづちをうった。
「当事者として、どんな感覚を味わった?」
「意外に聞こえるかもしれないけど、寒かった」
その内容とは裏腹に、ネフェルは楽しそうに言う。
「いや、正しくは熱さのあとに急な寒気に襲われたって感じかな。たぶん即死だったんだけどねー、なんか時間が永遠に引き延ばされた感覚もあったんだ。……そのなかであたしは目覚めたの。これが世の中なんだって思った。世界というのは、生き物に対して容赦がないんだよ」
「だからこそ、退屈しない」
「みんながみんな、お兄さんみたいに割り切ってるわけじゃないってば。安全な場所で生きていたいと思うのは、生き物の本能だよね。だからあたしがピラミッドに住まわせてあげようって話なの。この厳しい世界の管理は、死ぬ心配のないミイラに任せればいい」
「……ああ、そういうことね」
ため息をつき、オレは手首をぶらぶらさせる。
「おまえがミイラたちをどうやって従わせているのか、ちょっと気になっていた。でも今の話を聞いて、納得がいったよ」
「分かっちゃった? 慈愛あふれるあたしの考えに、みんな賛同してくれてるんだって……」
「なに言ってんの」
肩にかけたカバンを、オレは片手で雑にたたいた。
「薄っぺらいおまえの思想に感銘を受けるやつなんて、ほとんどいないだろ」
「はあ……? お兄さん、もしかして頭の調子でも悪いわけ?」
ネフェルの笑みが失せる。
「しょせんミイラ取りだね。こんなに素敵な考えを理解できないなんてさ」
「それが素敵に見えるのは、誰からも反論を受けない自分のなかだけで考えているからさ。おまえのあやつるミイラのなかにあるのは、もっと単純な動機だと思うね。つまりピラミッドの外が自分たちのものになるっていう、そんな甘い夢に吸い寄せられたにすぎない」
「生きている人間のほうは、どうでもいいってこと?」
「そうだ。とはいえ――」
斜め上にオレは視線を向けたのち、一瞬間だけ目を閉じた。
「そのミイラたちも、おまえよりはマシだな。生者を一方的にあわれんで、世界を奪おうとしているおまえよりは」
「……なに? お兄さん、ミイラ取りのくせに、正義漢気取りなの?」
「別に善悪の話はしてないさ。オレはミイラ取り……最初から悪人なんだよ。そんなオレの目から見て、おまえのお優しい計画が気に食わないってだけだ」
手首を細かく振って、カバンをまさぐる。
ここでオレは正面のネフェルを無視し、右に走った。
壁際のゆかの、燃えている火に近づく。
続いてカバンからたいまつ用の木の棒を出し、その先端に火をつけた。
「ミイラの弱点の一つは『火』だろ? 汗をかけず体温調節ができないから、熱には対応しにくい。なにより、おまえの全身の包帯をまとめて始末するには燃やすのが一番だ」
そしてたいまつを左手に持ったまま、ネフェルに突進する。
一方の彼女は、いつの間にか笑顔を取り戻していた。即座に後退し、それぞれに輪っかを作った二つの手を振る。
「こわーい! あたし、また黒焦げになっちゃうんだー」
瞬間、オレの左手に……見えない衝撃が襲いかかった。鞭で打たれたような痛みが走る。
(やはりネフェルも考えているな。火は、ミイラになったオレにとっての脅威でもある。ネフェルはこちらのたいまつをたたき落とし、その火を逆用してオレを燃やそうとしている)
とにかくオレは彼女の攻撃に対処するため、左手を無秩序に動かす。
ネフェルはそれを見て、噴き出した。
「あははは、変な動き! ブッサイクだねえ、あたしになにをされているか見当がつかないもんだから、ヤケでも起こしちゃった?」
「これは合理的な対処法なんだが」
いったん停止し、オレはたいまつを揺らす。
「――おまえ、見えない鞭を使っているな」
「根拠はあるの?」
「ある。カラクリは、おまえの包帯だ。人の肌と同じ色の包帯が、焦げた肌をおおっている状態だな。だが、ぱっと見ただけでは本物の肌と区別がつかない。おかしくないか? たとえ肌色の包帯を巻いていても普通その継ぎ目とかが浮き出て……一発で包帯と分かるはずなんだ」
話を続けながら、右手にかぎ縄を構える。
「さらに砂漠の真ん中で遭遇したとき、おまえは気づかれることなくテティの背後をとった。さっきの煙のなかでも急に消えた。不可解だ。ただし、マミー・オブ・マミーから託されたおまえの包帯について、ある仮定をすれば疑問はすべて解消される」
「ある仮定?」
「おまえの包帯は、自由に色や模様を変え、周囲の景色に溶け込むことができるんだろう? まあ絵物語の空想のようではあるが……ミイラになったオレが元気に動いている時点で、今さら『それは常識的にありえない』なんて否定は通用しない」
両手の輪っかに力を込めるテティを観察しつつ、オレは肩を上下させた。
「においもごまかせるな。それで鼻の利くテティ相手にかく乱作戦をとれたわけだ」
「な……!」
「もっと言えば、おまえが薄着なのは包帯の変色を邪魔しないようにするためか? 周囲に溶け込んでいるあいだは、身にまとう布を包帯の下に隠してるんだろ? 確か砂漠で会ったときおまえの髪には砂がついていたが……それも変色のなごり。包帯を直接巻いていない箇所も、体の一部であればある程度は色を変えられるようだな」
「……それ、テティお姉さんが言ってたのかな」
「オレの憶測さ。だてにミイラ取りをやってないんでね。そしておまえは自分以外にも包帯を巻いた。部下のミイラも周囲に溶け込み、いきなり砂のなかから現れることができた。しかし露骨に使わせればおまえの包帯の力が露見する。だから町を襲う際も、コマどもには最低限の力のみを行使させていた……って感じか」
「へえ……」
ネフェルの右のまなじりが、ピクリと動く。
「ジェドお兄さんの頭、案外腐っていなかったんだね」
「ミイラになって干からびたからな」
「……つまんな」
「悪い。ともあれ、おまえはミイラだけじゃなく武器にも包帯を巻いたらしいな。武器っていうのは当然、おまえの両手の鞭のことだが。そのせいで、二つの鞭まで周囲の景色に溶けて見えなくなっていたわけだ」
言い終わった瞬間、オレは右手のかぎ縄を真上に向けて飛ばした。
そこには天井から垂れ下がる玉座がある。その玉座の背もたれにかぎを食い込ませ、急いでオレは縄を上った。たいまつは口にくわえた。
かつ、ネフェルに攻撃される前に縄を自分の肩に巻いて回収――。
玉座にひっかかった状態で、オレはネフェルを見下ろした。
オレも、見えない鞭を漫然と受けていたわけではない。やつの武器の射程は分かっている。
ちょうど、この広間のゆかから天井までの長さが、ネフェルの鞭の最大射程だ。
したがって天井の玉座に取りつくオレに攻撃するためには、その真下に立つしかない。
(いくら周囲に合わせて変色したところで……このときだけはネフェルの位置が確定する)
現在、ネフェルは斜め下からオレを観察している。
そして彼女は冷たい表情を作り、自分の体を消した。
(カラクリを見抜かれた今、これ以上包帯の力を隠す意味もなくなったか)
数秒後、見えない鞭がオレの足に当たる。
同時にオレは、たいまつを真下に向かってぶん投げた。なおかつ玉座の背もたれを蹴って、斜め下に跳んだ。
(先ほどの鞭打ちは、位置を誤認させるための一手だな。すでにおまえは真下から退避しているんだろ? 逃げるとすれば、充分に空間のある……広間の出入り口方面)
オレはもう一つのかぎ縄をたいまつに飛ばし、落ちる前にそれを手元に引き寄せた。
対する彼女は動きを読まれ、焦ったのだろう。
この瞬間、オレの顔に鞭を直撃させてきた。
そのおかげで、オレにはネフェルのいる方向が完全に分かった。
着地直前、鞭が当たったタイミングでカバンから手鏡を出し、それを真正面に投てきする。
オレが着地すると同時に、鏡は空中で割れた。
(間違いなく、そこにいる)
もちろん彼女も位置がバレたことに気づき、即座にその場を離れる。
――と誰もが考えるだろうが。
実際のネフェルはオレをさけるどころか足音を殺し接近。
至近距離から二つの鞭を飛ばし、最大火力をたたき込む作戦に出た。
なぜ、オレにそれが分かったかというと――見えていたからだ。
無音で近づいたネフェルの頭に、オレは三つ股のかぎをひっかけた。縄を飛ばさず、先端のかぎをじかに持った状態で。
「あっ!」
甲高い声を上げてしまうほどに、驚いたらしい。
そのままバランスを崩したネフェルを引き寄せ、オレは頭突きをくらわせた。
するとネフェルの包帯が肌の色を取り戻し、彼女の全身があらわになった。
オレは右手でネフェルの首をつかみ、左手のたいまつの火をその顔に突きつけた。
彼女は頭を揺らしている。
「なんで、あたしの攻撃が読まれ……」
「髪」
「はあ……?」
両手の輪っかをほどき、ネフェルが自身の髪をさわる。
ひっかかっているものがあった。光を反射する、小さなカケラが手についた。
「これ、鏡の破片……? そっか、さっきお兄さんが投げた手鏡……」
「そう。鏡を投げたのは攻撃のためじゃない。おまえの位置を割り出すためにやったんだ。髪にキラキラしたものが付着したおかげで、そっちの動きは筒抜けになっていたんだ」
「は、はは……やられたなあ……」
首をつかまれたままネフェルは笑い、その両腕をだらりと垂らした。
貴重な鏡が……




