逆さまの玉座の下で
――テティとスコルピオンが戦っているあいだ、オレは振り向かずに大回廊を走り続けていた。
回廊の先には階段があった。
といっても今のオレから見れば……その階段は天井から延び、下に向かって続いている。
「テティがピラミッドをひっくり返したから当然か……」
よってオレは階段の裏の――ちょうど坂になっている部分を下りていく。
テティによると、この階段の先にネフェルがいるそうだ。
途中でネフェル陣営のミイラ数体と鉢合わせたが……戦う際は肌の色の包帯をねらえばいいだけなので、たいして脅威を感じずに蹴散らすことができた。
* *
そうして階段の裏側を伝っていき、オレは一つの広間にたどり着いた。
黒っぽい石壁が、あやしく照り輝いている。
ほかの通路と同様、やはりここの壁際でも、ピラミッドが半回転したときに落ちた火が木片と共に燃え続けている。
奥の天井――つまり元々ゆかだった場所を見上げると、玉座があった。
長方形の背もたれに豪奢な飾りをつけた黒い玉座だ。逆さまに垂れ下がっている。
(まるで、のどひこだな……)
玉座の真下に、小さな女が立っている。
相変わらずの薄着だ。ボブカットの彼女がオレに気づいて、にやりとする。
「あっれー、お兄さん一人なのー? もしかしてテティお姉さんにふられちゃった?」
「やつにはスコルピオンを任せてある」
オレは両手を開閉しつつ、体の状態を確かめた。
(よし、問題ない。テティから離れすぎればオレは動かなくなるわけだが……どうやら今、その心配は無用のようだな)
あらためて、倒すべき敵を見据える。
目の前の女……ネフェルは口元を押さえている。
「へえー、あんな化け物じみたミイラ取りと戦わせるなんて、お姉さんのこと、ずいぶん買っちゃってるんだね」
「オレをコマにしたやつだからな」
「なにそれ、のろけ? なんか不公平、感じちゃうね。そもそも、あたしとテティお姉さんって、どこが違うのかな。お姉さんだってミイラをあやつったりしてるじゃん」
「同じなのは、そこだけだ」
数歩だけ、オレはネフェルに接近した。
「テティはミイラを無差別には使役しない。不用意にミイラを人目にさらして生者を混乱させたりしない。ミイラを使って罪のない者を襲わせたりもしない。あいつはミイラ取りにだけは異常なまでに容赦しないが、それ以外の人間に対しては真摯に接しているフシがある」
「あたしミイラ取りじゃないよ?」
「どうだかね。世界をミイラのものにする――それがおまえの計画だったか? ピラミッドの外にミイラを出すんだろ? つまりおまえは共同墓地のピラミッドからミイラを盗んで、日の当たるところに放り出すってわけだ。どう考えても、立派なミイラ取りだろうが」
オレは肩にかけたカバンから、かぎ縄を二つ取り出した。
遠心力をつけるように、左右の手でそれらを回す。風を切る音がヒュンヒュンと鳴る。
「かつ、ネフェル……おまえはミイラでもある。だからミイラ取りとして、おまえの身柄はオレが取る」
「覚悟、決まってるねえ、ジェドお兄さん」
真上に垂れ下がる玉座を見上げ、ネフェルが口元から手を離す。
「砂漠の真ん中で仕掛けたあたしのかく乱にも惑わされず……ピラミッドをひっくり返して、あまつさえこの場所まで攻め込んできた二人には敬意を払わなきゃだめだよね。ひとまずお兄さんをあたしの人形にして、あとから来たお姉さんに見せつけてやろっと」
「奇遇だな、オレもおまえに対して同じことを考えていたよ」
充分に遠心力をためたところで、オレは左右のかぎ縄をネフェルめがけて投げつけた。
対するネフェルは、両手の親指と人差し指で二つの輪っかを作る。
「すごーい! お兄さん二刀流もいけるんだ! ……でもさあ」
まるで、なにかを持ち、それをあやつるかのように、ネフェルが両手を動かす。
すると飛んでいたオレのかぎ縄が急に勢いを失い、音を立てて地に落ちた。
ネフェルは手に輪っかを作ったまま、からからと笑い声を上げる。
「ありゃりゃ、あたしに届かなかったね。え、萎えた? 思いどおりにいかなくて、萎えちゃった?」
「いいや」
ひとまずかぎ縄を引き戻して回収し、オレは静かに笑い返す。
「一筋縄ではいかないから、燃えるんだ」
ついでオレは手持ちの煙玉を破裂させ、あたりに広がる煙幕にまぎれた。
(ネフェルもテティほどの鼻は持っていないだろ。それに煙のなかでの移動は、オレのほうが慣れてんだよ……。さて、視界の悪いこの状況で、おまえはどう動く?)
煙の向こうに、小さな人影を見つける。ただし無警戒に近づけば、以前テティにやられたように、こちらが反撃を食らうかもしれない。
とはいえ、かぎ縄を飛ばせば、それなりの音が出てしまう。
(なら……いっそのこと、オレたちのいるこの広間を音で満たしてやる)
左に持ったかぎ縄をゆかにひっかけ、そのまま地を這うように移動させる。
聞くにたえない高音が周囲に響き渡る。
(この音にまぎれ、本命のかぎ縄をぶつける)
右のかぎ縄を回す。今や風を切る音は、ゆかをひっかく音にかき消されていた。
今度こそという思いを込めながら、小さな人影に向かって投てき――。
――だが。
かぎが当たる直前、ネフェルの気配が完全に消えた。人影が視界から消え失せた。
(どこに行った?)
そして、煙が徐々に晴れていく。
ここでオレの背中に、衝撃と痛みが走った。
ばちーん!
爽快な音がとどろく。
オレはかぎ縄をカバンに収め、振り返った。
ネフェルが背後に立っていた。
充分に間合いをとった状態で……左右の手に輪っかを作ったままオレのほうを見ていた。
あらためて向きなおるオレを挑発するように、表情をゆがめる。
「お兄さーん、さっきから一方的にやられてばっかだね。退屈になってきちゃうよ。だから、お話でもしよっか……」
玉座、落ちてこないんだろうか……?




