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スコルピオンの最後の血

 大回廊(だいかいろう)でスコルピオンと向かい合ったまま、テティは手のかたちを変えた。


 ――ぱちぱち!

 両手を合わせ、拍手(はくしゅ)した。


「わたしはミイラをあやつる(ちから)を持ちます。これについてはネフェルよりもわたしに一日(いちじつ)(ちょう)があると言えるでしょう。基本的に悪者しか使役(しえき)しませんが……()()()()()()快く協力してくれるかたは、いるんですよ。その『(かれ)ら』を今、呼び寄せました」

「別の部屋のミイラ連中か?」


 スコルピオンが(まゆ)をひそめる。


何人(なんにん)増えても(おれ)は殺せねえぜ」

「――何人? 数え方が(ちが)いますってば」


 耳を()ますと、テティの後ろの通路から小さな足音が近づいてくる。

 (おと)次第(しだい)に集合し、(ひと)つになる。


 いつの()にか彼女(かのじょ)の背後で、大量のなにかが()()()()()()()……。


 その正体は、黒いサソリの群れだった。

 一匹(いっぴき)一匹が両腕(りょううで)に大きなハサミを構え、(するど)い針付きのしっぽを立てている。しっぽには白い包帯が巻かれている。


「ジェドには言ってませんけれど、彼らは()からびてミイラになったサソリたち。ご存じのとおり、我々(われわれ)の世界で死んだ生き物はことごとくミイラになります。しかしその運命は、人間だけのものではありません」


 再びテティが手をたたくと、(ひか)えていた群れが一斉(いっせい)にスコルピオンに(おそ)いかかった。


 すでに死んでいるサソリたちは、生半可(なまはんか)攻撃(こうげき)を受けても動きをとめない。

 抵抗(ていこう)するスコルピオンの反撃(はんげき)は生半可というレベルには収まらなかったものの、サソリたちはひるまずに毒針を()し続ける。


 ただし干からびているためか、生きたサソリの毒よりも効き目は(うす)いようだ。

 スコルピオンの動作を少しだけ、にぶらせているにすぎない。彼の分厚(ぶあつ)い筋肉には、ハサミもほとんど通らない。


 よってテティはサソリに任せきりにせず、みずから敵のふところに飛び()んだ。


 スコルピオンはそれを待っていたかのように、テティの太ももに手を()ばす。

 彼女の左右の太ももには(たましい)をつなぎとめる包帯が巻かれている。彼はネフェルからその情報を聞いたようだ。それさえ取れば、テティは停止するだろう。


 果たして彼は包帯の一部をつかみ、はぎ取る。

 ――が、よく見るとそれは包帯ではなかった。


 包帯に似た白く細い物体が、スコルピオンの手のなかで生き物のように身をうねらせる。


「なんだこりゃ、干物(ひもの)でもねえな……?」


 直後、スコルピオンは目を見ひらいた。

 白い体の先端(せんたん)にはめ()まれた、は虫類特有の妖艶(ようえん)(ひとみ)と目を合わせ、さけぶ。


「うおわ! (へび)じゃねえか!」

「アムウと言います。前にあなたも見たことがあるでしょう?」


 白い蛇のミイラ――アムウはスコルピオンの掌中(しょうちゅう)巨大化(きょだいか)した。


 すぐに手から(はな)れ、自身の長い体でスコルピオンの全身を()め上げる。

 (うで)にも脚部(きゃくぶ)にも食い込み、骨の(ずい)まできしませる。


「ち……。しゃらくせえなあっ!」


 大音声(だいおんじょう)を上げ、スコルピオンが全身に(ちから)を込めた。丸太のような筋肉がさらに膨張(ぼうちょう)し、太い血管があちこちに()かび()がる。


 そのまま両腕(りょううで)と両足を左右にひらき、アムウの拘束(こうそく)を無理やり()し広げた。


「おおあっ!」


 気合いの(はい)ったさけびと共に跳躍(ちょうやく)し、アムウの束縛(そくばく)から脱出(だっしゅつ)する。


 同時にテティもアムウの体を足場にしてスコルピオンめがけて()ぶ。

 首をつかみ、締め上げる。


 一方のスコルピオンは抵抗しようとしたが、先ほどのアムウの拘束とサソリの毒のダメージが蓄積(ちくせき)したためか、とっさに腕が()がらない。


 それでも……それでもスコルピオンは殺されなかった。

 彼は首の筋肉に全神経を集中させた。結果、スコルピオンのただでさえ太い首はテティのきゃしゃな手では扼殺(やくさつ)できないほどに(かた)く、より太くなった。


 豪快(ごうかい)に首を一振(ひとふ)りする。その勢いにより、テティの手が離れる。


 そして空中にて、スコルピオンは見た。

 テティが自身のドレスから、一枚(いちまい)の板を取り出すところを。

 黒い粘土板(ねんどばん)のようだ。落ちながら彼女は、その表面(ひょうめん)に両手の指をすべらせる。


「なにしてやが――」


 だが言葉が終わる直前、スコルピオンの左脇腹(ひだりわきばら)になにかが直撃(ちょくげき)した。

 四角形の切り(くち)を持つ、太い石の棒である。

 その棒は、スコルピオンから見て左の(かべ)とつながっている。


「おい……どうなって……!」


 スコルピオンが血をはいた。

 そんな彼に手心を加えることなく、テティが黒い板を操作し続ける。


 今度は大回廊の右の壁から棒が現れる。その棒が()び、スコルピオンの右の脇腹をえぐる。

 すかさず(うえ)からも(した)からも太い棒が出現し、彼に打撃(だげき)を加え続けた。

 それだけではない。(なな)め下、斜め上……前後左右のあらゆる方向から棒が()き出され、空中のスコルピオンを包囲する。


「ぐおおおっ!」


 最後のさけびは、悲鳴にも怒号(どごう)にも聞こえた。

 回廊から伸びた棒のすべてがスコルピオンを目指し、彼を(ふくろ)だたきにした。まるで中心の彼に吸い寄せられるかのように……。


* *


 スコルピオンの声が完全に消え()せたあと、テティはサソリたちとアムウが今の攻撃(こうげき)に巻き()まれていないことを確認した。


 ついで斜めに伸びる棒の一本(いっぽん)(のぼ)り、中心で(つぶ)れているスコルピオンに近づく。

 きちんと死亡(しぼう)しているか、確かめるためだ。

 正面には、傷にまみれた男の顔が()える。


 首に手を当て、脈をとる。


 そのとき、彼の目が突如(とつじょ)として光った。

 右腕(みぎうで)周辺に密集した棒を、ほんのわずかに(くだ)く――。

 すかさずスコルピオンはテティの手にしている粘土板を(うば)い取り、それを片手だけで割った。


「へ、へへ……。ネフェルに義理立てするつもりはねえが……このままなにも取れないまま終わっちゃ、ミイラ取りとしてカッコがつかねえだろ……?」


 直後、スコルピオンの(くち)が動かなくなる。目の光が失われる。


 どうやら絶命したらしい。

 血にぬれた体が、乾燥(かんそう)し始めている。


 かたやテティは割れた粘土板をスコルピオンの手から奪い返し、それを見つめた。

 元々その粘土板は、テティのピラミッドの内部構造を把握(はあく)変更(へんこう)するための道具だ。()せられた灰が、板の上でピラミッド自体を描画(びょうが)する。その二次元のピラミッドは、リアルのピラミッドと連動している。



 ではネフェルも同じ板を持つのか? ……そうではない。

 なぜならピラミッドの上下(じょうげ)を逆転させられたにもかかわらず、ネフェルが新たに自身の黒いピラミッドに手を加えないから。もしネフェルがテティと同様の粘土板を持つなら、黒いピラミッドの露出(ろしゅつ)をそのままにしないだろう。


 したがってテティはネフェルに対して粘土板を一方的(いっぽうてき)に所有していると言える。

 そしてテティのピラミッドの半回転に合わせてネフェルのピラミッドが地上に出現したことから、二つのピラミッドは本来(ひと)つの建造物として設計されていたのではないかと推測できる。

 この仮説が正しければ、テティが裏側のネフェルのピラミッドを認識した時点で、「そちら側」も操作可能になるはずだ。


 事実、テティは黒いピラミッドに侵入(しんにゅう)したあと粘土板を確認し、その内部構造を把握していた。

 だから通路の(かく)(とびら)にも気づいたのである。


 粘土板には、ネフェルの居場所も粒のかたちで描画(びょうが)されていた。テティが「ここをたどっていけば必ずネフェルに会えます」と断言したのは、そのためだ。

 もちろん粘土板を操作して内部の通路や部屋の配置を変えることも可能ではあった。しかし(あせ)って敵のピラミッドの構造を早々(そうそう)に操作してしまうと、粘土板の存在に気づかれる。


 その場合、相応の警戒(けいかい)をされる。最悪、「()げたほうがいい」と判断されるおそれもある。

 とくにスコルピオンのような規格外のミイラ取りをしとめるためには、確実に殺せる機会が来るまで粘土板の情報を()せておく必要があった。


 ともあれテティはスコルピオンを疲弊(ひへい)させたのち、粘土板を(かい)して大回廊の(かべ)天井(てんじょう)石材(せきざい)に手を加えた。

 構造を変更し、全方向から太い棒を出現させ……中心のスコルピオンを押し潰したわけだ。



 結果として彼は殺せた。一方でテティは、肝心(かんじん)の粘土板を失った。

 割れた板に()りついた灰は二度と動かず、ピラミッドの把握も操作も不可能になっている。


 それを確認したテティが、ミイラ化していくスコルピオンに声をかける。


「やってくれたな、ミイラ取り」


 (けん)(ふく)んだ語気である。しかし声とは裏腹に――。


 彼のまぶたに手を当てて、そっと両目を閉じさせた。

 そのとき遺体(いたい)(くち)のなかから、血が一滴(いってき)だけ、したたり落ちた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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