半回転
上半身を倒したテティはそのままベッドの下を探り、袋と黒い粘土板を取り出した。
以前オレも使わせてもらったものだ。
袋のなかの灰を粘土板にふりかけ、その粘土板を操作することで……オレたちのいるピラミッドの様子を視覚的に把握したり部屋や通路の配置を変えたりできる。
頭を上げたテティは、さっそく粘土板に灰を広げた。
灰が動き、表面にピラミッドの全体図が映し出される。きれいな正三角形だ。
テティが粘土板の表面をオレに向ける。
「ジェド、ミイラ取りのあなたの常識に照らして教えてください。このピラミッドは巨大ですよね」
「……オレも多くのピラミッドに潜入してきたが、ここはとくに大きいほうだな」
「もちろんマミー・オブ・マミーの住むピラミッドには敵いません。でもわたしは、このピラミッドをマミー・オブ・マミーから託されたとき、とてもうれしかったんです。うれしすぎて、ある違和感を見落としていました」
(違和感……?)
意味も分からずオレは黙った。
対するテティが、粘土板の図形をなぞってみせる。
「あなたには、このピラミッドがどういうかたちに見えていますか」
「見えるも、なにも……見たまんまじゃないか」
板の上に映ったピラミッドは、正真正銘の――。
「――正三角形だろ。そもそもこのピラミッドが四角すいだから、横から見た断面図がそうなっても違和感なんてどこにもない」
「この三角形の底辺」
テティの指が、板の上を水平にすべった。
「――きれいで、まっすぐな線ですね」
「底辺は地面を示す線と重なるよな。……ん、いや待てよ」
ようやくオレは、彼女の言っている違和感に思い至った。
「スコルピオンを追い返したときは気づかなかったが……そういや、おまえのピラミッドに地下空間はないのか? 小規模のものならともかく、大きなピラミッドであれば地下にも通路や部屋が設けられているのが普通だ。なのに、粘土板の示すピラミッドは完璧な正三角形を地上に置くだけで、地下に少しもその空間を広げていない……!」
「まあ、そういうわけです。いったい、どうしてわたしのピラミッドは地下空間を欠落させているのでしょうね? ――答えは」
テティが、粘土板の正三角形の真下をたたく。
「別のなにかが、そこにあるから」
「……なにかって?」
「おそらく、ネフェルの本拠地」
「確かに、テティのピラミッドの真下にネフェルがいるとすれば……ミイラどもに近辺の町を襲わせることも簡単だったはず。しかもピラミッドの下なんて誰も調べようとしない。だからバレるリスクも低いってわけか」
少々強引な考えのような気もするが、それ以外の場所にネフェルがいるとも思えない。
「調べてみる価値はありそうだな」
「いいえ、引きずり出します」
テティは指を動かしてピラミッドを拡大し、ミイラの安置室を映す灰の線に手を加え始めた。
部屋に丸みを持たせ、壁を二重構造にする。外側の壁は固定された状態。内側の壁は外の壁に沿って自由に動くようにする。その部屋の下部に重りを設置する。
安置室は一つではない。
よってテティは、同じ作業を複数回くりかえした。
「……よし、すべて変更完了。これならピラミッドが回転してもミイラたちの棺が大きく揺れることはありません」
「回転……?」
オレは首をひねる。
しかしテティは、すぐには疑問に答えなかった。
「さて次は」
粘土板のピラミッド内では、いくつもの灰の粒が独立して動いていた。
テティは一定のリズムを刻みつつ、それらの粒にふれる。
「わたしのミイラたちに、特定の信号を伝えています」
これにより粒たちは持ち場を離れ、それぞれが自身にもっとも近い安置室に入った。
「警戒はもう結構です。これからわたしたちが攻撃側に回るんですから」
再度ピラミッドの全体図を板に映し、テティが深呼吸する。
ベッドから立ち上がる。オレにもよく見えるように、あらためて粘土板をかたむける。
「ではピラミッドを半回転させます。砂時計のように、上を下にするんです。そうすればわたしのピラミッドの動きに合わせて下に眠っているものも半回転し、地上に顔を出すでしょう」
正三角形の三つの頂点に指を置き、そのまま回転させるテティ――。
「形状、大きさ、出入り口の位置は変更できませんが、それらを保ったうえで、かたむきを調整するというのは……実は試したことがなかったんですよ。どうなりますかね……」
ゴゴッ!
粘土板上の指の動きにともない、壁や天井の向こうから物体の落ちる音が響く。
そしてオレたちのいる室内もかたむき、ベッドがゆかをすべりだす。
かたむきは徐々に急になり、ベッドは壁に当たってひっくり返った。
オレとテティは、かたむく部屋で体勢を崩さないよう気をつけつつ、ちょうど下向きになった壁に移動する。
ベッドなどに引火しないよう、部屋にともっていた火をすべて消す。ただし最低限の視界を確保するために、オレはカバンから木の棒を出し、それに火をつけてたいまつとした。
さらに回転は続き……最後には、本来天井だった場所にオレたちは立った。
テティの持つ粘土板が、一つの逆三角形を描画している。
すぐにオレたちはピラミッドの出入り口に向かう。
出入り口は砂でうもれていた。テティは粘土板を介して、安置室に待機させていたミイラたちを呼び寄せた。オレとテティとミイラたちは全員で協力して、砂を掘り、穴をあけた。
穴の先には地上があった。ネビイがオレを出迎えた。
ついで太陽に照らされながら、元々テティのピラミッドが建っていた場所に目を向けると――。
それと同じ大きさの、黒いピラミッドがそびえていた。
いったん、たいまつの火を消したオレは、その巨大な四角すいを見つめた。
「異様な雰囲気だな……。明らかに、テティのピラミッドとは違う」
「まあ一般的な外観であるゆえに気にもとめていなかったのでしょうけど、わたしのピラミッドは砂の色ですからね」
静かにテティが、笑みを作る。
「それが今や、代わりにこんな黒いものの姿態がさらされたわけです。なるほど……このピラミッドとわたしのピラミッドは、四角すいの底面同士でくっついていたようですね」
彼女は視線を、黒いピラミッドにそそぎ続ける。
「十中八九、これがネフェルの本拠地です。……さて、砂時計よろしく立場は逆転しました。せいぜい覚悟してくださいな」
灯台下暗しならぬピラミッド下暗し!(上手くない)




