砂時計の連想
町の住民たちの協力のおかげで、数十体にも及ぶミイラをピラミッドに運ぶ作業は、とどこおりなく終了した。
テティは住民たちをピラミッドのなかには入れなかった。
遺体は入り口の手前に置いてもらった。あとはオレとテティが移動させる役目を負う。
住民たちのうちの何人かが、立ち去る前にオレに声をかけてきた。
「君も墓守さまと一緒に、動くミイラを撃退してくれたね。礼を言い忘れてすまない。ありがとう」
「……別に」
ターバンを目深にかぶり、返答する。
「オレにはオレの思惑があっただけだ」
「そうか。ところで……君は墓守さまの新しい仲間なのだろうけど、エフラさんは、まだこのピラミッドで働いているのかい」
知らないし、その名前を聞いたのも初めてだとオレは答えた。
(そういや、前にテティが言ってたな……仲間が最近、失踪したって。そいつがエフラという名前なんだろう)
まあオレにとって、そのエフラとやらが今ごろなにをしていようが、どうでもいいんだが。
* *
ともあれ住民たちが去ったあと、二人きりになったオレとテティはミイラを安置室に運んだ。
そのミイラのなかには、あの女の顔もあった。
先日、家族をミイラに絞め殺され、テティに涙を見せていた壮年の女である。
オレはテティの指示に従い、夫と息子の隣に女を眠らせた。
意を決したように、テティが語気を強める。
「もはや殺人ミイラの正体を突きとめただけでは彼女の無念は晴れませんね。犠牲者たちを安心させるためにも、元凶を葬らなければ」
「……そんなに未練があるなら、マミー・オブ・マミーの包帯を巻いて復活させればいいんじゃないのか」
「体や魂の損傷具合によっては、中途半端によみがえります。わたしやあなたは生前に限りなく近いミイラですが……わたしの使役するジェド以外のミイラは生前の四十パーセント未満しか元の状態を再現していません。そして今、この家族を無理に復活させれば――」
「予想できるな。ネフェルに包帯を巻かれたミイラみたいに、動くだけの人形になるってわけだ」
話しながらオレは、新顔のミイラの包帯を取り替える。乾燥させるために、例の灰もふりかける。
とくに、町を襲ったミイラの包帯はボロボロだった。
体には水気が生じている。そのためか、腐りかけている部位が散見される。
一体ずつ、棺に納める。
少々退屈になってきたオレは、「町を襲ったミイラとそれに殺された者を同じ安置室に眠らせていいのか」と聞いてみた。
テティは迷わず答える。
「悪いのは、元凶のネフェルです。現在葬られている彼らは加害者にさせられた者と、被害者にさせられた者――つまりどちらも犠牲者と言えます。動かぬミイラになった今、両者のあいだに差は存在しません」
「……それでもさ、棺の間隔をあけておくよ」
家族で隣り合っている三つの棺のほうを見てオレは言う。
「死んだあとも家族みたいな関係性が持続するなら、憎しみとか……いかりとか……そういうのだって完全には消えないだろうさ」
「ミイラ取りとは思えない感傷ですね」
意外そうに、テティが目を丸くする。
「それともジェド……。マミー・オブ・マミーの指示どおり、『正義のミイラ取り』として覚醒したんですか」
「んなわけないだろ。そもそもミイラ取りは、人間界のはみ出し者だ。だからこそ負の感情も、いろいろ経験してんだよ」
ともかく、こういった不毛な会話を重ねつつ、オレたちはミイラをすべて棺に入れた。
ここで、オレの肩がトントンたたかれた。
振り返ると、テティのあやつるミイラの一人が立っていた。
安置室の階段……その上のほうに指先を向ける。ついでオレのほうをちらちら見ながら、そちらの方向に歩きだす。ついてこいと言いたいのだろう。
なおテティに従うオレ以外のミイラは、外敵の侵入に備え、それぞれの持ち場に詰めていた。ネフェルが本格的に動きだした今、彼女がピラミッドを直接ねらってくることも考えられるからである。
そんななか、外の砂漠を監視していたミイラが、なにかに気づいたらしい。
そう思ったオレは、素直にミイラのあとを追った。
ほかの誰にも見られないよう、ピラミッドの出入り口に続く通路の手前でそのミイラは立ち止まる。そして前方を指差す。
向こうから、手綱をつけたラクダが歩いてくる。
「あれは……! そうか、おまえは、このためにオレを案内してくれたのか。礼を言うよ」
すると相手は、照れくさそうに頭をかいた。
このミイラにオレのラクダのことは話していない。おそらくテティがオレの代わりに「ラクダのネビイさんが帰ってくるかもしれないから、そのときはジェドに知らせてくださいな」と頼んだのだろう。
ピラミッドから出たオレは、ネビイに近づいた。
ネビイはオレのもとまで走ってきて、身を低くした。
オレはネビイの頭をなでつつ、その全身を確認する。傷などは、どこにもない。
「どうやら町の外で会ったあの男は逃げたあと、素直におまえを放してくれたらしいな」
「……よかったですね、ジェド」
そう言ったのはテティだった。彼女はいつの間にか、オレとネビイの近くにいた。
「さて、ミイラの納棺が終わり、ネビイさんも戻ってきたところで……これから今後のことを話しましょう」
「ネフェルの件だな」
* *
オレはネビイを外に放し飼いにしたまま、再びピラミッドに入った。
話し合いの場所は――ベッドのある、オレの部屋。
以前と同じく、テティはベッドに腰かける。
「ジェドさんや、ちょっと前に話したことは覚えていますかね。ネフェルはわたしに包帯のにおいをたどらせ、ピラミッドや町から離れた砂漠の真ん中に誘導した――そういう内容でしたよね」
「まあな」
石壁に背をもたせかけ、オレは腕を組む。
「おそらくネフェルは、まったく違う場所に本拠地を持っている。そこにスコルピオンもいるんだろうが……結局、手がかりはない。このままピラミッドで待って、向こうが次に動くのを待つしかないだろうな」
「いいえ、そうすれば犠牲者が増えます。よってわたしは、きょう攻め込みます」
「……なに? 分かったのか、やつの行方が」
少し言いよどんだあと、オレは言葉を続ける。
「おまえの言わんとしていることは想像がつく。町やピラミッドの近辺に、ネフェルの本拠地があると思ってんだろ?」
ネフェルがピラミッドや町から離れたところにオレたちを誘導したとしたら……逆に言えば、彼女はこのあたりを調べられたくなかったということ。
きのうテティは突然、ネフェルのにおいを追えなくなった。ネフェルが町の方面に戻る際、自分の足取りをさとられないよう意図的に、においを消したのだとすれば説明がつく。
ネフェルは、鼻の敏感なテティに気づかれることなくオレのラクダに乗っていた。
また、町を襲ったミイラと交戦したとき、ネフェルの巻いた包帯のにおいをテティはかぎ分けられていなかった。この事実も、ネフェルが包帯のにおいを消そうと思えば消せることを示している。
そもそも動くミイラは、テティのピラミッドの周辺の町外れに出現していた。
したがって、その近くで事件の元凶――ネフェルが暗躍していると見なすのは、至極自然のことなのだ。
以上のことを確認し、オレは厳しい口調で付け加える。
「ここまではオレだって分かるさ。だが……ないんだよ、近くにそれらしい場所が。ネフェルにあやつられたミイラは砂のなかから出てきたという……じゃあ町の下に地下室でもあるのか? そうとも思えない。調べられれば即バレるから。町の連中もバカじゃないんだ」
「わたしもジェドと同意見でした」
過去形で、テティがオレの言葉を受ける。
「ただ、気づいたんです。見落としていた可能性に。……ちょうど、町で砂時計の上下が逆転するのを見たときに」
「今、砂時計は関係ないだろ」
「直接的には、確かに無関係ですね。ここで大切なのは、砂時計がわたしの魂に一つの可能性を提示してみせたことです。すなわち、今まで上にあったものは、いずれ下になる。逆もしかり。絶対的な地位はありえず、そこには表裏一体の無限に続くサイクルがある。上下が砂時計のように逆転する可能性は、常にあらゆるものに与えられているのです」
ついでテティはベッドに腰かけたまま上半身を前に倒し、自分の左右のふくらはぎに頭をはさんだ。
「このピラミッドも例外ではないでしょうよ」
どういうこと……?




