襲撃とその後
テティは、動かなくなったミイラを家のゆかにそっと下ろした。
このあと彼女は背筋を伸ばし、オレに鋭い視線を向けた。
「ジェド。次は町の中心部に行きましょう」
「そうだな」
ネビイに乗って逃げた男の言ったとおり……この家にいるあいだ、遠くからかすかに悲鳴のようなものが聞こえていた。
(本当に、町ではミイラが暴れているのかもしれない)
すぐに家を出て、住居の密集するほうに足を向ける。
町の中心付近の高台に設置された大きな砂時計――ランドマークでもあるそれを目指し、オレたちは走る。
悲鳴が大きくなっていく。
避難を促す声も交じっている。
町の外へと駆けていく、多くの人とすれ違う。
オレたちは彼らに何度も呼びとめられたが、「対処法は分かっています」と言って振り切った。
そうして砂時計のある高台の近くにたどり着く。
見ると、十数体のミイラと……町の自警団とおぼしき男女数十名が、ほとんど取っ組み合いのように争っていた。
自警団らしき連中は槍などを武器にしているものの、ほとんど効果がなさそうだ。
テティがさけぶ。
「みなさん! これらのミイラには人の肌と同じ色の包帯が巻かれています! それを探して、取ってください! 動きがとまります!」
「……は、墓守さま!」
その場に残っている者のなかで、とくに高齢と思われる男がテティと目を合わせた。
彼女にうなずきを返したのち、しわがれ声を荒らげる。
「みなの衆! 先ほどの声はピラミッドの墓守さまのものである! 信用していい! 彼女の言ったとおり、人の肌と同じ色の包帯を取るようにせよ!」
「了解しました、リーダー」
彼の指示を受けた男女全員が、現在相手にしているミイラの体を観察し始める。
先ほどオレたちが戦ったミイラは分かりにくいところに例の包帯を巻いていたが、あれは例外だったようだ。この場にいる大半のミイラが、白い包帯の外側……そのどこかに肌の色を巻きつけている。
屈強な男の一人が、ミイラの指にからまっていた肌色の包帯をちぎり取る。
すると、そのミイラは動かなくなり、地面に倒れた。
くだんの包帯は消滅した。
それを皮切りに、彼らが勢いづく。
次から次へと例の包帯を外す。動くミイラの数を減らしていく。
オレとテティも戦闘に加わり、二、三体のミイラを停止させた。
とはいえ何体かのミイラは白い包帯の下に弱点の包帯を隠していた。それでも、ほかの敵を無力化し、数的優位を得た自警団の連中は恐れず立ち向かってミイラたちの包帯をはぎ取っていき、ついに近辺のすべてのミイラをとめることに成功した。
しかし彼らは勝利のおたけびを上げたりせず、ほかの場所にも助けを求めている人がいないかどうか探るために、いったん町じゅうに散っていった。
建物のなかも、一つ一つ調べたようだ。
その結果、四、五体のミイラが屋内で見つかり、狩られた。
* *
ひとまず町の安全を確保した彼らは、砂時計のある高台の近くに集まる。自警団の全員ではない。町の見回りを続ける者や、避難した者たちに状況を伝える者など……彼らはそれぞれの役割をこなしている。
リーダーと呼ばれていた高齢の男が、テティに礼をする。
「墓守さま、ありがとうございます。あなたさまの助言がなければ、我々はミイラをしりぞけられなかったかもしれません」
「どういたしまして」
意外と彼女は謙遜せず、言葉を素直に受け取っていた。
ほかの者たちも男に続き、テティに感謝を述べている。そのなかには、このあいだオレが聞き込みをした人の顔もあった。
彼らがテティに今後の方針を話す。
「町そのものが襲われたからには、動くミイラ事件をただのうわさ話として片付けることはできなくなりました。以前報告を受けた、町外れで親子を殺害したというミイラ――あれも本当だったのでしょう。これからは、動くミイラを現実の災害として受けとめ、対処します」
話によるとすでに自警団の彼らは、近くの五つの町に使者を出したらしい。
警戒をおこたってはならないことや力を合わせて防衛を強化する必要があることなどを書面にしたためて、届けさせたようだ。当然、テティの教えた「対処法」の共有も図る。
「しかし我々としても問題なのは『ミイラがどこから現れたか』です。砂のなかから出現したと多くの人が証言しています。では砂に潜伏する前は、どこにいたのか。もちろん墓守さまを疑ってはいません。ただ、我々は不安なのです」
「だいじょうぶです。わたしが必ず解決します」
胸に手を当て、そうテティが宣言する。
……このあと、ほかの住民たちが現れ、彼女のそばに数十体のミイラを置いた。遺体のまま動いていたやつと、殺されて干からびた住民――両方が交じっているようだ。
逃げた男の住居でオレたちが停止させたミイラもいた。
テティはそれぞれを丁寧に確認し、すべて異常のないミイラであることをみとめた。
「これらのミイラは、わたしが責任をもって預かります」
続いて、ピラミッドまでミイラを運ぶのを手伝うと住民たちは申し出た。テティはその提案を受け入れた。
ミイラたちをいくつかの荷車に乗せ、それらをラクダに引かせることになった。
そのとき、高所から音が響いた。
ガシャン……。
見上げると、高台の砂時計の砂がすべて落ちきっていた。
日が動かないこの世界での、時間感覚としての「一日」が終わった合図である。砂時計は新たな一日を始めるために、みずから、ひっくり返ろうと動いている。
人の手ではなく、すでに仕込まれたカラクリによって上下を逆転させる……。
そうして、さっきまで上だった部分が下になり、さっきまで下だった部分が上になった。
上にたまっている砂が、下のからっぽの器にそそがれていく。
(……上下の器は、どちらも巨大な四角すい。反対向きのピラミッドを二つ重ねたような形状。まあ見慣れたもんだな)
なんてことのない光景だ。このような砂時計は、オレたちの世界においてめずらしくない。
この場にいる者たちも、とくに気にとめていない様子。
だが、たった一人だけ……砂時計を凝視している女がいた。
テティである。
「まさか……!」
なにかに気づいたかのように、ひとりごとを漏らしていた。
オレには意味が分からない。
(そもそも砂時計に「まさか」と思わせる要素なんてないだろ……?)




