ミイラ・パニック
ネフェルを見失ったあと、オレたちはピラミッドに帰ることにした。
テティは白蛇のアムウを太ももに巻きつける。
「ご苦労さまでした。休んでいてください」
「じゃあ、こっからはオレのラクダに乗れよ」
アムウが運んでくれたネビイの手綱をオレは引く。
「ただしスコルピオンと遭遇しないよう、行きとは別のルートで帰ろう」
* *
オレとテティはネビイの背中に揺られながら、あらためてネフェルの居場所について話し合う。
「順当に考えれば」
後ろからオレにしがみついたまま、テティが言う。
「ネフェルは彼女自身の逃げていった先にいますね。……つまりわたしのピラミッドとその近くの町から遠く離れた場所にいると」
「くさいな」
「なにがですか」
テティがオレの背中に、頭を押しつけてくる。
きょうの追跡は長時間に及んだ。かなり疲れているのだろう。
ネビイの手綱をぐっと握り、オレはゆっくり口を動かす。
「これまでオレはミイラ取りとして生きてきた。いろんなピラミッドに潜入した。ピラミッドの多くにはトラップが仕掛けられていた。そのなかで、一番厄介な罠はなんだったと思う」
「墓守自身がミイラであること……ですかね」
「それは例外中の例外だ。答えを言うと、ミイラの棺や安置室自体がフェイクでトラップそのものだった場合……これがもっともミイラ取りには効果がある」
ミイラ取りにとって、ミイラはお宝そのもの。
宝の前ではどんな歴戦のミイラ取りも気分が上がり、油断する。
たとえば目の前に棺があれば、考えなしにそれをあけるだろう。そしてミイラ取りは、その棺から飛び出した剣や槍につらぬかれ、みずからミイラになるのである。
「エサをちらつかせ、そちらに誘導し、釣り上げる……それが一番厄介な罠。だからミイラ取りが生き残るためには、うまそうな状況に簡単に乗らないことが大切なのさ」
「……わたしをただの墓守とあなどって罠にはまったあなたが言うと、説得力があるのかないのか分かりませんね」
「こっちも未熟だったってことだ」
頭上の太陽を少し見て、オレは目を細める。
「なんにせよ、今回のネフェルの追跡に関して、うますぎるところがある気がしないか」
「つまり罠の可能性があると?」
オレの背中から頭を離し、テティが考え込むように息を出す。
「言われてみれば、最初からにおいを順調にたどれていました。そして砂漠の真ん中でネフェルを発見……とはいえネフェルの逃げた方向と距離を考えると、あそこの近くに彼女の本拠地があったとは思えません。なのに、都合よくあの場所で彼女たちと出会った……」
「怪しかったのは、それだけじゃない。そもそもネフェルは、簡単に自分の事情を話しすぎていた」
テティと敵対する自分の立場……動くミイラ事件との関係……事件を起こした動機……いずれも伏せていたほうが、ネフェルにとっては有効だったはずだ。
なぜなら不必要な情報の開示は、利敵行為になりかねない。
どうも、その言動にはわざとらしさというか……道化じみた計算があるように思える。
「あいつは間抜けを演じている。妙にあおるような言動も、芝居くさかった」
「思ったことをとりあえず、なんでも口にする人物像――このイメージをわたしたちに植えつけたんですね」
テティの指がつんつん、オレの脇腹をつつく。
「わたしがとくにひっかかったのは、その点だったかもしれません。自身に思慮が欠けていると見せるネフェル……この行動の裏にはどんな目的が隠されているかが問題です」
「油断をさそっているんじゃないか。戦いにおけるお決まりの手段だな」
「さそう……誘導……? もしかしたら」
彼女の声から疲れが抜け、落ち着いたトーンに変化する。
「ネフェルの真意が読めてきました。わたしたちは誤認させられたんですよ。ピラミッドからも町からも離れた場所に、ネフェルの本拠地があるのだと。すなわち――」
テティが仮説を述べる。
すなわちネフェルはテティを誘導するために、砂漠に自身のにおいをつけた。
そして、においを追うテティの前に現れることで、「やはり、においをたどった先が正解だった」と思わせる。
とはいえ裏があると見抜かれれば、せっかくの誘導が無効になる。
そこで事情をぺらぺら話す間抜けを演出し、「ネフェル自身に深い考えや策はない」という印象を植えつける。
結果としてオレとテティは、本人の消えた先にネフェルがいると信じ込み、見当違いの方向を調査する運びとなる。
「――わたしの仮説は以上です。その隙にネフェルは計画を進めるつもりだったのでしょう」
「……とすれば、戻ってきたのは正解だったかもな」
「あとはネフェルが本当はどこにいるか、ですね。ちょっと考えます」
このあとは、しばらく二人とも無言でいた。
それでもネビイは確実に進んでいき――。
ようやく前方に、町が見えてきた。
町は壁などで囲われていない。
この外側に位置する石造りの住居から、誰か出てきた。
そいつはオレたちを見つけ、ひいひい言いながら駆け寄ってくる。
「なあ、あんた! そのラクダに乗せてくれ! 金ならあとで払うから!」
青年の男である。汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにして、オレの足にすがる。
ちょっと前のオレなら蹴飛ばして無視していたところだが、テティの反発を買うのも今は得策とは言えない。
「なにがあったんだ。おまえの家で毒サソリでも出たのか」
「違う! ミイラだよ! 最近うわさになってんだろ、干からびた死体が生きてるみたいに動いてやがったんだ! それが家に突然現れて……俺を絞め殺そうとしてきた。力が強すぎて取り押さえることもできない……。あああ、もう、長話してる場合じゃねえのに……っ!」
男はオレの足から手を離し、頭をガシガシかいた。何度も振り返り、家のほうを気にしている。
オレとテティはネビイから下りて、代わりに男を乗せた。
「金は要らない。ただし一つ教えろ」
地上から男に手綱を握らせ、オレは口調を荒くする。
「どうして、おまえは町の外に向かって逃げた。見ず知らずのオレよりも、見知った連中のいるであろう町の内側に行って、そいつらに助けを求めるべきじゃなかったのか」
「本来なら、そうしてるさ。だが家を出るとき、この町の中心方面から悲鳴が聞こえたんだよ。あんたらには、ぎりぎり届かなかったんだろうけど……きっと今ごろ、この町にも動くミイラが湧いているに違いないんだ! だから俺は別の町に避難するんだ」
「情報どうも。それと逃げたあとはオレのラクダを砂漠に放してくれ。そうすりゃオレのところに勝手に帰ってくるから。万一そうしなかったら、ミイラになっておまえのこと、たたるかもしれないな」
「わわ、分かった、恩に着る。あ、あんたらも気をつけろよ!」
男がネビイを走らせ、砂の向こうに消えていく……。
それから黙って目配せするテティに、オレはうなずいてみせる。
足音を殺す。男の出てきた石造りの住居に近づく。
ある程度接近したところで歩調を速め、一気にその扉をひらく。
すると、なかから両手が伸びてきて、オレの首をつかんだ。
「ぐうっ……!」
うめき声をオレは漏らす。
干からびた体に白い包帯を巻いたその姿は、まさしく典型的なミイラだった。
こいつはオレを絞め殺そうとしている。
だが、計画どおり。そもそもオレはすでに死んでいるから殺される心配がない。
加えて、オレの首をつかんでいるあいだ、このミイラは両手を使えない。その隙を突くかたちで、テティがオレの背後から奇襲をかける。
もちろんミイラに普通の攻撃は通じない。したがって、ねらうべきは――。
魂を体にとどめる包帯だ。
巻いたのはネフェルに違いない。そしてネフェルの包帯は人の肌と同じ色。全身を白い包帯でおおったミイラがそれをつけていれば、必ず目立つ。
「――見つけました、そこがあなたの弱点ですね」
敵の後ろに回ったテティが声を上げる。
ミイラはとっさにオレの首から左手を離し、右の二の腕をかばうように押さえた。
続いてテティの指が、そこに巻かれた包帯の下にすべり込む。
「教えてくれてありがとうございます。本当はどこにあるか、わたしには分かりませんでした」
テティが、人の肌の色をした包帯をシュルシュルと引っ張り出す。
どうやら魂をとどめる包帯は、通常の包帯の外側に巻かれていたのではなく、その下に隠されていたようだ。
特殊な包帯はミイラから外れると、溶けるように消えた。
結果、ミイラは動きを停止させた。
オレの首から、そいつの右手がずり落ちる。
ついで倒れそうになったミイラを、テティがだきかかえた。
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