あるピラミッドでの出来事
この作品は週六更新です。
――ここは、地上のほとんどが砂漠でおおわれた世界。
太陽は沈まず、夜がない。
あまりにも暑いので、あらゆる生き物は死んだあとに干からびてミイラになってしまう。
最近、そんなミイラについて妙なうわさが立っている。
立ち寄った複数の町で、オレは住民から次のようなセリフを聞いた。
「やつらが、町の外れを歩いているところを見た」
つまり彼は、死人であるはずのミイラが動いているのを目撃したというのだ。
にわかには信じがたいが、そう証言するのは一人や二人ではない。
目撃情報の多さを考えると、ミイラの格好をした誰かのイタズラ……と結論づけるのも早計だろう。
オレは周辺の地図を広げる。
ミイラが出現したという町は合計六つ。
この六つの町に取り巻かれるように、巨大な四角すいの建物――ピラミッドがそびえている。
(怪しいのは、ここだな)
人は死んでミイラ化したあと、ほとんどがピラミッドのなかに安置される。
ミイラが動いて出てきたとすれば、ピラミッドそのものを調査する必要がある。
町の一つをあとにしたオレは、ラクダに乗ってその場所に向かった。
ピラミッドの外側には石が積み上げられており、階段状になっている。ラクダから下りて、そこを上った先に入り口が見えた。
「ごめんくださーい! 墓守のかたは、いらっしゃいますかー」
共同墓地であるピラミッド内部には、墓を守る役目の人が最低一人は詰めている。
入り口のすぐ外で待っていると、なかから、かれんな少女が出てきた。
「はい、わたしがこのピラミッドの墓守です」
ついで彼女は「テティ」と名乗った。
落ち着いた雰囲気の小さな顔。黒いロングヘアがリネンのドレスにかかっている。
ドレスのスカート部分にはスリットがある。
ケガでもしているのだろうか……そのスリットから、包帯を巻いた太ももが二つのぞいた。
テティは軽く腕を組み、オレにたずねる。
「あなたの名前とご用件は?」
「オレは、ジェドと言います。最近、動くミイラが町の近くに出没すると聞いて、調査しに来ました」
「そのうわさに関しては、わたしの耳にも入っています。なるほど、ミイラを安置するこの場所がくさいと」
「ついてはテティさん、なかを調べさせていただいても……?」
「あー、いいですよ。ささ、ジェドさんや、ついてきてくださいな」
……いいのかよ。こんなにあっさり入れるとは思っていなかったな。
きびすを返すテティに続き、オレはピラミッドのなかへと足を踏み入れる。
入り口から離れるごとに、だんだん暗くなる。
通路には一定間隔で火がともされており、進むのに支障はなさそうだ。
内部は外よりも多少は涼しい。オレは頭にかぶせていたターバンを取って、カバンにしまった。
枝分かれする通路を何度か折れた先に、扉があった。テティが鍵を取り出し、それをあける。
オレは、扉の向こうの小部屋に通された。
部屋の壁に揺らめく火が、いくつもの棺を照らしている。
「テティさん。まずは、この棺のミイラを確認するのがよさそうですね。ちゃんと中身があるかどうか、外に逃げ出していないかどうか……気になりますし」
「いやいや、焦ることはないですよ。じきに判明しますって」
「……? それは、どういう意味で」
ガチャリ。
その音は、テティが部屋の内側から扉を閉めた音だった。
彼女は扉に背を預け、オレにあごを向けた。
「鍵もかけました。これで逃げ出せません。ジェドとやら……あなたがね」
「え、ちょっと。なにをして――テティさん、なにか誤解しているのでは」
「しらばっくれるな、ミイラ取り」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気は失せ、テティの瞳と声が、鋭くなる。
「あなたは調査しに来たと言いましたが、誰の指示で来たんです」
「そういうのは、ないですね。動くミイラ事件について、オレが調べたかっただけですよ」
「……ジェド。さっきしまったターバン。ミイラに巻かれるリネンの包帯から作ったんじゃないですか」
この声を聞いたオレは受け答えをやめ、テティの次の言葉を待った。
まばたきせず、彼女は続ける。
「沈黙は図星ということですね。わたしには分かります、においだけで。こちらが聞いていないことにつけこんで、身元も明かさず一人でピラミッド内部に入りこもうとした時点で正体は割れていました。今回の事件に便乗してミイラを取ろうと考えたおバカさんなんでしょう?」
「なんだ。妙にあっさり入れたかと思ったら、罠だったってオチか」
正体を見抜かれたはずなのに、オレの心に焦りは湧いてこなかった。
むしろ口角が、ぐいっと上がる。
一筋縄ではいかない。……だからミイラ取りは、やめられない!
「動くミイラ事件が本当であったら都合がいいんだ。そんな状況のなかミイラが十や二十なくなっても、ミイラ取りの仕業と疑うやつは少ないからな。ミイラは、なかなか高く売れるんでね。オレはビジネスチャンスをつかんだだけだ」
「開き直って自白なんて。愚かの極みですね」
「今までにもオレをミイラ取りと見破った墓守はいたよ。そんなやつは全員――」
オレは肩にかけたカバンから、かぎ縄を引っ張り出す。
「――ミイラみたいに、おねんねしたさ!」
縄の先端に取り付けた三つ股のかぎを、テティに向かって飛ばす。
ガキン!
にぶく、大きな重低音が部屋の内部にこだまする。
しかし、かぎはテティではなく、彼女が背中を預けている扉に直撃した。
(……どういうことだ? オレの手元が狂ったか? まあ、いいさ)
縄を横に引き、今度こそ、かぎをテティに直撃させる。
――つもりだったが、彼女は瞬時にしゃがみ、その攻撃もかわした。
「みんな、起きて」
テティの鋭い声が響くやいなや、オレの後ろで一斉に、なにかが押される音がした。
振り向くとそこには、蓋のあいた棺があった。
いや、それだけではない。
本来そこに眠っているはずの干からびたミイラたちが、自身に巻かれた包帯を振り乱し、オレに襲いかかってきた……。
「げっ、マジで動いてんのか!」
とっさにかぎ縄を引き戻すも、間に合わない。
「だが、こんくらいのピンチ、乗り越えられずにミイラ取りを名乗れるか!」
オレはカバンから煙玉を出し、爆発させる。
部屋じゅうに濃い煙が広がる。オレはそのなかにまぎれた。
(さて、いったん逃げるために扉を抜けたいところだが……そのためには)
テティの持つ鍵が必要だ。
煙のなかで目を凝らし、黒いロングヘアを見つける。
……足音をいっさい立てずに、すばやく彼女に近づく。
鍵をかすめ取るべく、息を殺し、右腕を伸ばした。
瞬間。
こちらの手首が、つかまれた。
彼女の手は、きゃしゃだった。それなのに、オレをがっちり固定する。
「においだけで分かると、忠告したはずですよ。あなたのカバンのターバンから、ミイラの香りが漂っています」
そう言いながらテティは手首ごとオレの全身を引っ張り、その勢いのまま、ゆかの上にたたきつけた。
オレはズルズルと引きずられ、抵抗する間もなく棺の一つに放り投げられた。
煙も晴れてきた。あお向けのオレは棺のなかでカバンをまさぐりたかったが、無理だった。
棺に入った直後に、両腕と両足を四人のミイラに押さえられていたから。
身動きのとれないオレにテティが近づく。
オレの腹の上で、馬乗りになる。
熱いとも冷たいとも判断のつかない体温が、オレに流れ込んでくるようだ。
「どうしますかね。まあ、身のほど知らずのミイラ取りの末路なんて……死以外にありえませんけど」
再び落ち着いた雰囲気をかもし出し、淡々と語るテティ。
そんな彼女をにらみつけながら、オレは思わず聞いていた。
「この……動いているミイラは、おまえの仕業か」
「そうですよ、ジェド。わたしはミイラをあやつることができます。もちろん、ただの墓守には不可能ですけれど。……ミイラという死人を、生者が好き勝手できるわけがありませんので」
「生者にミイラはあやつれない……とすると、まさかテティ。おまえは――」
「さすがに分かりましたか。お察しのとおり、わたしも死人。わたしはミイラ」
そしてテティはドレスのスリットに手を伸ばし、そこからのぞく右の太ももから包帯をシュルシュルと外した。
その包帯を、オレの口元に巻きつける……。
「むぐう!」
言葉にならない声を漏らすオレに構わず、テティは包帯をさらにあやつり――。
鼻孔まで、ふさいだ。
冷や汗がとまらない。息ができない。このままでは……。
死ぬ。
「今までにもわたしをただの墓守と見誤ったミイラ取りはいました。そんな人は全員――」
遠のく意識のなかで、オレを見下ろすテティの瞳が光った。
「死んでミイラになりました。今のあなたみたいにね」
「……ふ、ふご」
* *
そうしてオレ……ミイラ取りのジェドは、こんなにもあっけなく、命を落としたのだった。
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