第5話 新しい扉
「う、う、上原さ~ん!」
俺は上原さんの胸に飛び込んだ。
「ちょっと! 狭間さん!」
「うええええええええええええええ!」
俺は泣いた!
全力で泣いた!
上原さんの胸で泣いた!
上原さんのたわわな胸で泣いた!
それは、もう泣き続けた!
涙が涸れても『オーイ! オイオイ!』と叫び続けた!
だって、柔らかいんだもん♪
俺は悲しかったのだ……。
ジョブとスキルがミスマッチしたことが!
やれ『ハズレ冒険者』だの、『すぐ死んじゃう』だの、ヒドイ言葉を浴びせられたことが!
仲良しになった神宮司君にスルーされたことが!
でも、上原さんの柔らかいロケットおっぱいに甘えたことで、俺の機嫌はスッカリ良くなった。
「でへへへへ♪」
俺がだらしない声を出すと、魔王のような恐ろしい声が上から降ってきた。
「ドサクサに紛れて、私の胸を楽しむの止めてもらえますか?」
上原さんである。
俺はハッとして胸から離れる。
「違う! 違うんだ!」
「違わねえーだろ! このスケベ!」
「痛い! 痛い! グーパンは止めて下さい!」
俺は上原さんから容赦なくグーで殴られてしまった。
ポカスカと上原さんが、俺を叩く。
なぜか俺は幸せを感じていた。
「聞いてましたよ。まあ、狭間さんが落ち込む気持ちも分かりますけどね」
「でしょ! みんなひどいよ!」
「とはいえ、狭間さん。もうすぐ三十歳でしょ? シッカリして下さいよ!」
「ちょっと待った! まだ、二十九歳! 輝ける二十代だからね!」
「二十代なら、もうちょっとシッカリして下さい。まったく! 幼稚園じゃないんだから! 全力で泣くことないでしょう!」
「さーせん!」
上原さんが、呆れた表情で俺に説教をする。
なぜか、なぜか、俺は幸せを感じていた。
――俺の中で、新しい扉が開いた気がする。
上原さんは、俺が落ち着いたのを見て真面目に話し出した。
「それで、話は聞いていたけど……。狭間さんはジョブとスキルがミスマッチなだけでしょう?」
「だけでしょうって……。冒険者として致命的じゃないですか?」
「そんなことないですよ。もう、一回ステータスボードに手をあてて下さい」
「ステータスボード?」
「これです。この黒い石」
「了解」
俺はステータスボードに手をあてた。
俺のステータスが白い壁に表示される。
すると上原さんが、『ジョブ』の部分を手で隠した。
「この状態でステータスを見て下さい」
「……」
■―― ステータス ――■
【名前】 狭間駆
【LV】 1
【ジョブ】――
【HP】 D
【MP】 F
【パワー】D
【持久力】D
【素早さ】E
【器用さ】F
【知力】 F
【運】 D
■―― スキル ――■
【剛力】
【精神耐性】
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「あれ? そんなに悪いステータスじゃないような……?」
「そうですよ。HP高くて、パワーがあって、持久力もある。素早さだってEだから新人としては悪くないですよ。運も良い。ラッキーパワーファイターですよ」
「おお! そう言われてみれば、そうだよね!」
「魔法なんか気にしないで、ボカスカ魔物を殴り倒せば良いんですよ!」
「そうだね! ありがとう!」
確かに上原さんの言う通りだ。
魔法が使えないのは残念だけど、パワーファイターとして生きる道がある!
俺はむふーと鼻息を荒くした。
「そういえば、どうして上原さんがここに?」
「上司に研修を受けてこいと言われて……。魔物を一体倒してこいと……。冒険者ギルドのコーディネーターは、魔物を倒す経験が必要だと……」
「業務命令?」
「そーでーす(棒)」
上原さんが遠い目をした。
嫌なんだろうな。
「ちなみに上原さんのステータスは?」
「見ますか? 良いですよ」
■―― ステータス ――■
【名前】 上原望
【LV】 1
【ジョブ】商人
【HP】 E
【MP】 E
【パワー】E
【持久力】E
【素早さ】E
【器用さ】E
【知力】 E
【運】 F
■―― スキル ――■
【アイテム鑑定】
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「おっ! このステータスは……神宮司君と同じだ!」
神宮司君もステータスが横並びで『E』だった。
長所はない、逆に見れば欠点もない。
スキがないステータスとも言える。
上原さんは、真面目な顔で自分のステータスを評した。
「バランス型っていうんですよ。バランス良く成長していくけど、時間は掛かるみたいですね」
「ジョブとスキルが、いかにも冒険者ギルドのスタッフって感じですね」
「ええ。面接の時にステータスをチェックしていただいて、この【アイテム鑑定】が採用の決め手でした」
「はー! 凄いな~! さすが上原さん!」
「どうも。けど、戦闘したくないですよね~。荒っぽいことは苦手で~」
上原さんは、ステータスボードから手を離して、ため息とともに座り込んだ。
女性は荒っぽいことが苦手だろうと思うが、納得しかねることがある。
そう!
先ほどのグーパンだ!
俺は上原さんにツッコミを入れる。
「いや、さっき俺をボコスカ殴ってたよね?」
「オマエが悪い! 人の! 胸を! 何だと! 思ってるんだ!」
「さーせん!」
またもグーパンが飛んできた。
「さあ、じゃあ、さっさと行きましょう! 魔物を倒して戦闘研修を終らせましょう!」
「おっ! そうだね! レッツゴー!」
まあ、上原さんに元気が出たので、グーパンの件は不問に処す。
俺と上原さんは、ホールの中央に立ち転移する階層を唱えた。
「「一階層!」」
目の前がグニャリと歪み、視界が暗転し、星が流れた。