第4話 ハズレ冒険者
――午前十時。
冒険者登録会の説明と手続きが終った。
全員冒険者として登録し、冒険者の登録番号が書かれたカードが発行された。
顔写真、所属ギルド、登録番号が記載された紙をパウチした手作り感が満載のカードだ。
そして、冒険者アプリをスマホにダウンロードした。
会員番号を入力してログインしたが、どこかのアプリとそっくりだ!
多分、アプリを流用したんだろうな。
何せ、タワーダンジョンが発生してから一月だ。
時間のない中で頑張ってるんだなと、俺は前向きに受け止めることにした。
さて、これから実地研修である。
全員で新宿西口ダンジョンへ向かう。
エレベーターで下へ。地下街をちょっと歩くと……タワーが建っていた。
自衛隊の田中さんが、バッと手を広げる。
「ここが新宿西口ダンジョンです!」
「「「「「おお~」」」」」
新宿西口ダンジョンは、白いビル型のタワーだった。
西口地下のロータリー中央に建っている。
横幅は雑居ビルくらいだが、高さは高層ビル並みだ。
「建築基準法違反だよな……」
「耐震性に不安を感じますね……」
俺のつぶやきに、神宮司君がつぶやきを重ねる。
地震が来たらどうなるのか? ちょっと怖い。
タワーの入り口の前には、自衛隊の車両が二台。
大きなタイヤのついた戦車と装甲車ってヤツだ。
自衛隊員さんが、シッカリとタワーを見張っている。
万一魔物が出て来たら、この自衛隊員さんが対応してくれるのだろう。
「では、みなさん! タワーに入ります! 私に続いて下さい!」
田中さんの案内で、登録者がぞろぞろとタワーの中に入っていく。
入り口のサイズは、コンビニの入り口くらいの広さだ。
中に入ると広いスペース。
白いのっぺりしたコンクリートっぽい床と壁で出来た円形のホールだ。
天井の高さは三メートルくらいある。
「うっ!?」
「えっ!? なに!?」
「なんか……気持ち悪い……」
「空気が重くね?」
「なんか腹の調子が……」
タワーに入ると、登録者に異変が起きた。
何か変だと言う者もいれば、明確に体の不調を訴える者もいる。
俺は何だかクラクラする。
立ちくらみのような……。
俺は思わず膝をついた。
「狭間さん! 大丈夫ですか?」
神宮司君が心配して俺に声を掛けてくれた。
イイ奴だな。
「ああ、なんかクラッときてさ。まあ、大丈夫だよ。神宮司君は? 平気?」
「頭が少し重いですね。空気が悪いのかと思いましたが、皆さんの様子を見ていると違う原因があるのかも……」
自衛隊の田中さんが、歩き周りながら大きな声で説明を始めた。
「みなさん! 体に違和感を覚えたでしょう? 中には具合が悪いと感じた人もいるでしょう? 心配ありません! 初めてタワーに入ると必ず起こる症状です! ステータスやスキルが付与された証拠です! すぐにおさまります!」
「「「「「ええっ!?」」」」」
みんな半信半疑だ。
だが、一分ほどすると俺のクラクラは治った。
ゆっくり立ち上がって、体を動かしてみるが何ともない。
他の人も顔色が戻って、大丈夫そうだ。
自衛隊の田中さんが、パンパンと手を叩いた。
「順番にこの黒いボードに手をついて下さい。すると、隣の壁にステータスが映し出されます」
円形ホールの壁に一メートルくらいの間隔で、黒曜石に似た黒い石板がはめ込まれている。
田中さんに指名された二十四、五歳くらいの男性が、黒いボードに右手をついた。
すると、黒いボードの左隣に文字列が浮かび上がった。
「うわっ! 何これ?」
黒いボードに手をついた若い男性はビックリしている。
自衛隊の田中さんが、すぐにステータスの内容を読む。
「おめでとうございます! ジョブは『剣士』。スキルは『刺突』このステータスを見ると、スピードが成長するタイプですね。フットワークを生かした戦い方をすれば、優秀な冒険者になれますよ!」
「おっ……おう! あ、ありがとうございます!」
田中さんがアドバイスを告げ、先ほど説明会の会場にいた冒険者ギルドのお姉さんがメモ帳に素早くステータスを記入していく。
「では! 次の方!」
自衛隊の田中さんは、次々にステータスを見てアドバイスを告げていく。
「パワーがありますが、スピードが劣ります。早めに防具を買って防御力を上げて下さい。ジョブが『戦士』なので前衛として頑張って下さい。次の方は――」
テキパキと進んで行く。
そして、髪の毛の白い男性のところで田中さんの動きがピタリと止まった。
「ジョブが『運び屋』で、スキルは……『収納』ですね! これレアなスキルです! 後ほど個別にお話をさせてください!」
「えっ!? わ、私ですか!? えっ!?」
白髪の男性は、驚き笑っている。
俺は『よかったね。おじさん』と微笑んだ。
隣に立つ神宮司君が、手をアゴにあてた。
「どうやらジョブとスキルは、ある程度関係があるようですね」
「そうなの?」
「ええ、『剣士』だと『スラッシュ』や『刺突』。『戦士』だと『シールドバッシュ』や『肉体強化』」
「なるほど! 確かにそうだね!」
次は説明会で俺の右隣に座っていたマイルドヤンキー兄ちゃん入江レオ君だ。
田中さんが映し出されたステータスを見て、目を大きく開いた。
「ジョブは『格闘家』。スキルが『アーマーブレイク』! 『アーマーブレイク』はレアなスキルで、魔物の物理防御力を減少させます。ジョブと相性が良いスキルですね! おめでとうございます!」
「あざす!」
レオ君は、ちょっと顔を赤らめつつも鼻息が荒い。
良いジョブとスキルを得たので、やる気が出たのだろう。
良かったね!
次は、神宮司君の番だ。
黒いボードに手をつくとステータスが現れた。
自衛隊の田中さんと一緒に俺もステータスをのぞき込む。
おっ! これは凄い!
「魔法職が出ました! おめでとうございます! ジョブは『神官』! スキルは『ヒール』! ステータスは全てE。バランスが良いですね! 先々楽しみです!」
「「「「「おお~!」」」」」
さすが神宮司君!
ゲームやアニメに出てくる回復職、ヒーラーってヤツだな!
頭の良さそうな神宮司君にピッタリだ!
神宮司君に入江レオ君が寄ってきた。
「なあ、俺と組まねえか?」
「僕と?」
「ああ。アンタは頭が良くて頼もしいし、回復が出来るスキルだろ? 俺が前に出て魔物をガンガンぶん殴るから、背中を守ってくれよ」
おお! レオ君の口説き文句がカッコいいぞ!
『背中を守ってくれ……』
く~! 俺も言ってみたい!
神宮司君はレオ君の申し出が満更でもないみたいだ。
フッと微笑み手を差し出した。
「強い前衛職は望むところです。入江さん。よろしく!」
「多分、俺の方が年下だ。レオで良いッスよ」
「わかったよ、レオ。僕のことも晴彦で!」
二人はガッチリ握手をした。
いや~青春だな~。
俺はすぐそばで見ていてニマニマしてしまった。
「次の方!」
俺の番だ!
俺は意気揚々と黒いボードに手を置いた。
さあ、何かな?
剣士? 戦士? 格闘家? 神官? それともレアなジョブかな?
(おっ!? これは……魔法使い!)
俺はステータスを見て、思わず拳を握った。
魔法使い! やった!
俺は二十九歳だから、DT魔法使いにはちょっと早いが……。
いや、この際、そんなことはどうでもイイ!
自衛隊の田中さんが、俺のステータスにコメントを始めた。
「またまた魔法職が出ました! おめで……、あれ? このステータスとスキルは……。あれ?」
なんだろう?
自衛隊の田中さんが、変なリアクションをしている。
神宮司君も、冒険者ギルドのお姉さんも、俺のステータスを見て首を傾げている。
何かおかしいのだろうか?
「すいません。一度、手を離して、やり直して下さい」
「えっ!? ああ、はい……」
俺は首をひねりながら、黒いボードに手を置いた。
すると先ほどと同じステータスが表示された。
■―― ステータス ――■
【名前】 狭間駆
【LV】 1
【ジョブ】魔法使い
【HP】 D
【MP】 F
【パワー】D
【持久力】D
【素早さ】E
【器用さ】F
【知力】 F
【運】 D
■―― スキル ――■
【剛力】
【精神耐性】
----------
自衛隊の田中さんは、俺のステータスを見て困惑しきりだ。
神宮司君も首をひねっている。
ええ!? 何がダメなの!?
俺は自衛隊の田中さんに恐る恐る質問した。
「あの~田中さん。俺のステータスは、どこか変なんですか?」
「えーと……」
田中さんは、パチパチと何回か瞬きしてから説明を始めた。
「まず、良いところから申し上げますと……。HP、パワー、持久力がDです。前衛として非常に心強いステータスですね。この初期ステータスの並びを、我々自衛隊ではパワータイプと呼んでいます。レベルが上がるとHP、パワー、持久力の伸びが良いです」
「おお!」
「さらに、運がDなのも高評価です。運が高いと攻撃のヒット率が上がり、逆に被弾率が下がります。それに、ダンジョン内の活動で良いことが起こりやすい傾向があります」
「素晴らしい!」
「さらに、さらに、スキルの【剛力】です。【剛力】は【怪力】の上位スキルで、自衛隊でも保持者は一人だけです。あくまで体感ですが、パワーが三倍になります。さらに二つ目のスキルを得ているのもレアケースです。【精神耐性】は、精神的なダメージを軽減します。怖いとか、気持ち悪いとか……。いわゆるグロ耐性がつくので、魔物との戦闘に持って来いです」
「スキルだけに隙がありませんね!」
勝った~!!!!
俺! 大勝利!
トラ! トラ! トラや!
俺は胸を反らして勝ち誇った。
だが、田中さんが非常に申し訳なさそうな顔をしている。
どうしたのだろう?
「続いて、悪い点を申し上げますと……。ジョブが魔法使いなのに、スキルに魔法スキルがないです」
「え? と、いうことは?」
「魔法が使えません」
「なんですとー!」
俺はビックリして目を大きく開いた。
「田中さん、待って下さい! ジョブが魔法使いなのに、魔法が使えないんですか!?」
「はい。ただ、スキルはレベルアップで追加されたり、戦闘の中で新たなスキルを得たりすることがあるので、将来的には魔法を使えるようになるかもしれませんが……」
田中さんは、非常に言いづらそうにしている。
何なんだ?
「えっと……まだ、何か?」
「狭間さんのステータスは、MP、器用さ、知力がFと低いんですよ。Fは最低値です」
「と、おっしゃると……」
「魔法スキルを得ても、MPが低いので魔法は連発出来ない。器用さが低いので、魔法を放ってもノーコン。味方に誤射する可能性があります。さらに知力が低いので魔法の威力が低いです」
「それじゃあ、ジョブが魔法使いの意味が……」
「そーですねー……。意味ないですね。ジョブとステータスとスキルがミスマッチしてます」
「ええ! そんな!」
「残念です」
「ガーン!」
俺はショックのあまり床に四つん這いになってしまった。
せっかく良ジョブを得たと思ったのに!
ミスマッチなんてあんまりだ!
どこからか声が聞こえた。
「あの人ハズレだな」
「ハズレ冒険者なんて、かわいそう……」
「すぐ死んじゃうだろ……」
「ちょっと組めないよね……」
「だって、ノーコン魔法使いだろ?」
「いや、そもそも魔法を使えない人だよ」
「パワー系魔法使いとか新ジャンルだな……」
随分、ひどいことを言われている気がする。
顔を上げると、みんなさっと目をそらす。
ヒドイ!
しかし、人生は厳しい。
落ち込む俺を置いてきぼりにして、研修は進む。
早くも気持ちを切り替えた田中さんが、パンパンと手を叩いた。
「では! これから戦闘研修です! 実際に魔物と戦います! このホールの中央に立って、『一階層』と唱えるとダンジョン一階層に転移します。転移した先で自衛隊の教官が待っています。武器や防具も用意してありますので、みなさん転移して下さい」
「よーし! やろう!」
「がんばろう!」
「早く稼ごうぜ!」
先にステータスを見てもらった連中から、どんどん転移していく。
神宮司君と入江レオ君も、並んでホールの中央に進む。
「よし! レオ! 行こう!」
「ああ、晴彦!」
神宮司君とレオ君も転移していった。
「ちょっとみんな待って!」
俺は四つん這いのままオロオロして、気が付けばホールに一人きり……。
ショボンとしていると、後ろから声が掛かった。
「まったく……何やってんのよ!」
「う、上原さん!」
冒険者ギルドの制服に身を包んだ上原さんが立っていた。