第2話 パイアール二乗(冒険者ギルド)
――翌日。
俺はいつも通り朝六時に目を覚ました。
日雇い派遣は軽作業という名の肉体労働ばかりで、早い現場は朝八時から動いている。
遅刻厳禁なので、朝六時に起きるのが習慣になっている。
朝起きて納豆ご飯を食べ、お昼ごはん用の塩おにぎりを作りラップでくるむ。
収入が少ないから節約が大切だ。
「さあ! 今日も素敵なおっぱいとの出会いがありますように!」
幸運の女神に祈りを捧げて、前向きな気持ちになったところで出発だ。
今日は冒険者ギルドへ行く。
派遣コーディネーター上原さんから紹介されたのは、新宿西口冒険者ギルドだ。
上原さんによると、現在、日本政府主導で全国あちこちに冒険者ギルドを設立している。
新宿西口冒険者ギルドは、早い段階で設立されたギルドで運営が安定しているそうだ。
新宿へは、最寄り駅から一時間弱。
九時から始まる登録会に間に合うように、俺は電車に乗った。
(仕方ないけど、電車が混んでるよね……)
最寄りの駅から電車に乗ったが、もの凄く混んでいる。
魔物が人を襲い、電車の運転手さんや車掌さんにも犠牲者が出た。
人手不足で電車の運行本数が減ってしまったのだ。
一月前は、朝も昼も十分おき一時間に六本電車が走っていたが、現在、昼間は一時間に二本、朝は一時間四本だ。
新宿駅は、昔と変わらず人が多い。
スーツを着た会社員が、せわしなく足を動かして会社に向かう。
(ちゃんと日本が動いている!)
俺はいつも通りの光景にホッとする。
魔物が出現して、世界は大変な状況だけど、ちゃんと世の中が動いている光景を見ると安心するのだ。
冒険者ギルドは、駅直結の百貨店の中にあった。
朝の八時半だがエレベーターが動いている。
七階の冒険者ギルドへ向かう。
エレベーターの扉が開くと、アニメやゲームのような光景が俺の目に飛び込んできた。
木目の床と壁。
木製のテーブル、イス、ベンチが並べられ、奥に木目のカウンター。
カウンターには、制服を着た女性が並んで座っている。
アニメやゲームに出てくる冒険者ギルドそのものだ!
「おお~! すげぇ~!」
俺は感嘆しキョロキョロ見回しながらカウンターへ進む。
ふとカウンターを見ると、立派なおっぱいを発見!
白いブラウスと黒いチョッキを押し上げるのは、推定サイズG!
(パイアール二乗が来たぁ~! 幸運の女神様! ありがとう!)
俺は幸運の女神へ感謝に、パイアール二乗へ一直線に進んだ。
するとパイアール二乗から声が掛かった。
「おはようございます! 新宿西口冒険者ギルドへようこそ!」
何だか聞いたことのある声だぞ……。
「えっ!? 上原さん!?」
昨日、派遣会社で話をした上原さんだ!
「上原さんが、どうして冒険者ギルドに!?」
「転職したんですよ。今日が初日です。それより……」
上原さんが、ジトッと俺を見た。
「あんた! また、私の胸をジロジロ見てたでしょ!」
「ち、違います! そ、そんなことは!」
「違わないでしょ! その激しくスケベなところを直さないと、そのうちセクハラで訴えらるわよ!」
「ごめんなさい!」
俺は上原さんにジャンピング土下座で全面降伏した。
セクハラ訴訟なんて勝てる気がしない。
必敗の戦いを避けるためには、土下座でも何でもするのだ!
プライド?
そんな物はいらんですよ!
しかし、どうりで見覚えのあるおっぱいだと思った。
あの見事なロケット型は、なかなか拝めるものじゃない。
「じゃあ、登録会場に案内するからついてきて下さい」
俺は上原さんの後について行く。
「内装が凄いですね。ゲームやアニメみたいですよ!」
「上の方に理解のある人がいるそうよ。どうせならファンタジーっぽくした方が、人が集まるだろうからって」
「へー! 政府の中にも意外と柔軟な考えの人がいるんですね!」
「けど、あの木目っぽい壁や床は本物の木じゃないし、照明は蛍光灯だし、カウンターの中にはノートパソコンが置いてあるし、壁にはディスプレイが掛けてあるし。まあ、雰囲気だけですよ」
「それでも凄いですよ! ワクワク感があります!」
上原さんに案内されたのは、広い会議室だった。
会議室はごく普通のオフィスと同じ内装で、素っ気ない白い壁紙に、横長の机が規則正しく並んでいる。
正面には、大型のモニター。
「まだ、開始まで時間があるから、待ってて下さい」
上原さんは、俺を案内すると引き上げた。
登録会の開始時間は九時だ。
あと十五分ほど時間がある。
会場には、俺を含めて十人の人がいる。
若い人もいれば、髪の毛の白くなった年輩の方もいる。
男性が八人、女性が二人。
みんな動きやすい服装で、ズボンにスニーカー。
俺は空いてる席に座って、左隣の人に会釈をする。
左隣の席の人は、若い爽やか系のお兄さんだ。
「どうも」
隣の席のお兄さんが俺の会釈に返事をした。
フレンドリーな人のようだから自己紹介をしておこう。
「狭間駆です。よろしくお願いします」
「僕は神宮司晴彦です。狭間さん、よろしく」
「神宮司さんは大学生ですか?」
「はい。二年生です。狭間さんは?」
「俺は派遣です。派遣会社にすすめられて冒険者に」
「そうなんですね」
神宮司さんと話していると、俺の右隣に人が座った。
見るとちょっと強面系の若い男性で、耳にはピアス沢山……。
マイルドヤンキーっぽいお兄さんだ。
俺は視線を神宮司君に戻した。
「冒険者ギルドだから剣や革鎧を装備している人がいるかな~と思ったけど、意外とみんな普通だよね」
「ハハ。僕もちょっと思いました」
登録会の案内状には、動きやすい服装で来いと書いてあった。
俺は派遣仕事に行く時と同じ格好で、汚れても大丈夫な安物の黒いズボンに黒いポロシャツ。
足下は履き慣れたスニーカー。
念のため、着替えのティーシャツと汗拭きタオルをリュックサックに詰めてきている。
神宮司君は、青い薄手のシャツにベージュのズボン。
何だか育ちの良さそうな服装だ。
俺だったら汚すのが怖くて着られないな。
「それでは冒険者の登録会を始めます」
スーツに眼鏡の四十歳くらいの男性が部屋の正面に立ち、九時ピッタリに登録会が始まった。
スーツ姿の男性から長々とした説明があり、俺は寝そうだった。
冒険者に関する法律や冒険者ギルドの設立趣旨の説明だというのはわかったが、細部はよくわからない。
難しい法律用語が多いのだ。
俺は左隣の神宮司君に教えを請うた。
「神宮司君。何言っているかわかる?」
「そうですね……、まとめると……。冒険者の法律が出来たから、銃刀法の規制から外れますよ。外で剣やナイフを持っていても大丈夫ですよ……と」
「なるほど!」
「ただし、剣やナイフをケンカや脅しで使うと、罪が重くなるので止めてくださいね……と。他にも細々法律の説明がありましたが、まあ、とにかくケンカしたり罪を犯したりしないでくださいねってことです」
「ほうほう! わかりやすいね! ありがとう!」
「どういたしまして」
神宮司君は、クールだけど親切だな!
俺の右隣に座るマイルドヤンキーお兄ちゃんも、神宮司君の説明にふむふむと耳を傾けていた。
続いて、自衛隊の制服を着た女性が出て来た。
「みなさん、こんにちは。私は陸上自衛隊東部方面隊の田中です。東部方面隊は首都圏を中心に活動しています。私からタワーダンジョンと魔物についてお伝えいたします」
自衛隊の田中さんはショートカットでキリッとした女性で、見た感じ二十代後半。
俺と同世代だと思う。
田中さんは、ハキハキした口調で話し始めた。
ダラッとしていた雰囲気が変わった。
正面の大型モニターにタワーと戦車の画像が映し出された。
「ご覧のように、現在多くのタワーの入り口は封鎖されています。鉄板やコンクリートを使ってタワーの入り口に蓋をして、戦車や大型バスを横付けして魔物がタワーから出られないようにしています。重火器を装備した自衛隊が、タワーの入り口で二十四時間監視をしています」
画面が切り替わって、色分けされた地図になった。
「自衛隊、警察の協力によって、タワーの外に出た魔物は駆除されました」
パチパチと拍手が起こった。
俺も一緒になって手を叩く。
人を襲う魔物を倒してくれたのだ。
自衛隊さんありがとう!
田中さんは笑顔で一礼してから表情を引き締めた。
「ありがとうございます! しかし、まだ魔物を駆除できていないエリアもあります。モニターの地図をご覧下さい。赤く塗りつぶした場所は、まだ魔物のテリトリーとなってしまっています。我々も奪還作戦を計画しておりますが、弾薬や人員の不足が生じ、まだ時間がかかりそうです」
大型モニターに映し出された山手線近辺の地図。
渋谷から目黒は赤。池袋も赤い。銀座も赤だ。
新宿、品川、新橋、霞ヶ関、皇居、日本橋のあたりは青い。
左隣の神宮司君が挙手をして質問をした。
「魔物から奪還したエリアの基準。それからタワーが出現する基準を教えて下さい」
「奪還したエリアは、国会、各省庁、日本銀行、証券取引所といった政府の重要施設があるエリアです。それから新宿、品川、新橋のように民間企業が多いエリアから奪還しました」
なるほど。
だから、モンスターが出現して混乱したけど、すぐに日常が戻ったのか。
渋谷や銀座のような商業エリアは後回し……、仕方ないのかな……。
俺は陸自の田中さんの説明に納得してうなずいた。
「それからタワーは人が多い場所に出現するようです。ですので、東京、大阪、名古屋などの大都市はタワーが多いですが、地方はタワーが少ないです」
タワーは人を襲うために存在しているようで不気味だ。
大型モニターのスライドが切り替わった。
タワーに入っていく冒険者の姿が映し出されている。
冒険者は大きな剣を担いで、マンガの中の冒険者みたいだ。
「さて、魔物とタワーついてですが……。どうやらタワーの中で魔物が産み出されているようなんです。我々自衛隊と警察で、タワーの外に出た魔物を駆除しましたが、放っておくとタワーから新たな魔物が出て来てしまいます。先ほど写真で見せたように、タワーの入り口に蓋をしていますが、破られない保証はありません。そこで……」
「みなさんに冒険者になっていただき、魔物の間引きをして欲しいのです」