第13話 村の写真
俺はダンジョンから外に出て、冒険者ギルドへ飛び込んだ。
「上原さん! 大変です!」
俺は受付カウンターに駆け込み、上原さんに叫んだ。
すると上原さんは、苦虫を噛みつぶしたような顔で俺に応じた。
「ええ……大変ですよね……。『ダンジョンの中でもっこりさせて、ゴブリンを襲っている変態がいる』と報告が来てますよ……。人相風体からすると、狭間さんですよね?」
「えっ!?」
あの三人組だな!
上原さんのブリザード視線が痛い!
「違う! 違うんですよ! 上原さん!」
「違わないでしょうが! そこに正座だ!」
「止めて下さい! グーはだめです! グーは!」
俺は正座させられた上に、上原さんにグーパンでしばきたおされた。
ハッ! 待て! それどころではないのだ!
「上原さん! 俺のもっこり問題は、一旦横に置いて下さい!」
「置けないですよ!」
「いや、それどころじゃないんです! 村がありました!」
上原さんの動きが止まった。
「は……?」
上原さんは、俺の言葉を聞いてポカンとした。
俺は目に力を入れて、もう一度告げる。
「上原さん! 村です! 村!」
俺が『村』と繰り返すと、ようやく上原さんが再起動した。
「ええと……村ですか? 狭間さん。ダンジョン内に人は住んでいませんよ」
「でも、見たんですよ! 煙が上がっていて――」
俺は巨木の上から見たことを上原さんに話した。
すると上原さんの顔がみるみるうちに真剣になった。
「ちょっと上に報告してきます。狭間さんは、ここで待機して下さい!」
「了解!」
上原さんは、奥へ消えた。
十五分ほどして、上原さんが戻ってきた。
手に紙袋を持っている。
「狭間さん。確認ですが……、見間違えではないですか?」
「いえ! 確かに村でした!」
「間違いなく?」
「百パー村ですよ!」
「わかりました。では、これを」
上原さんは、紙袋を俺に渡した。
紙袋の中にはカメラが入っている。
「上司も驚いていました。ただ、証拠がないと動き辛いそうです。カメラで写真を撮ってきて下さい」
「カメラ? ダンジョンの中で使えるんですか?」
「このカメラはフィルム式だから使えるそうです。使い方は――」
上原さんにカメラの使い方を教えてもらった。
フィルム式なんて古い方式のカメラが役に立つとは……。
「このお仕事は冒険者ギルドからの依頼にしました。巨木に上って村を撮影して戻ってくる。依頼金額は一万ゴールドです。受けますか?」
「やります!」
上原さんは、手元のノートパソコンをタターンと叩いた。
「正式に依頼を入れました。スマホのアプリで確認して下さい」
「了解ッス!」
スマホの冒険者アプリを確認すると、『依頼が一件あります』と通知が入っていた。
タップして依頼を受ける。
「狭間さん。一つ注意しておきますけど、村に行ってはダメですよ?」
「えっ!?」
ドキッとした。
写真撮影をした後に、村へ行ってみようと思っていたのだ。
俺は感心して上原さんをマジマジと見た。
「上原さん。凄いですね! 村へ行ってみようと思っていたんですよ。どうしてわかったんですか?」
「顔に出てましたよ。本当! 狭間さんて分かりやすいですよね!」
「いやあ、そんなに褒められても! 照れるなぁ~!」
「褒めてないですよ?」
「あれぇ~」
しかし、何で村へ行ってはダメなのだろう?
国やギルドの権利関係とかかな?
俺は気になったので、上原さんに聞いてみることにした。
「上原さん。なぜ村に行ってはダメなんですか?」
「人が住む村とは限らないですよ。ゴブリンとか、オークとか、ゾンビが住んでいるかもしれないです」
「あっ! そういうことか!」
なるほど! 確かにダンジョンの中にある村なんて人間が住んでいるとは限らないよな!
俺は感心して上原さんを褒め称える。
「さすが上原さん! 鋭い読みですね!」
「ま、まあ、これくらいは」
「しかし、ゴブリンやオークの村となると……。上原さんが襲われてひんむかれて種付けされそうになっているところを、俺が『うおおお! 俺の女に何してやがる!』と叫びながら助けに行く怒濤の展開が期待されますね!」
ヒンヤリとした空気が冒険者ギルドのロビーに満ちた。
上原さんの絶対零度ブリザード視線が痛い!
嫌な汗が俺の背中を伝う。
「う、上原さん?」
「そんな展開にならねえだろう!」
「痛い! 痛い! グーパンはいけません! 暴力反対!」
「うるさい! このセクハラ男!」
「あっ! あっ! あっ! 大事なところに拳が!」
「死ねぇ~!」
俺は上原さんにグーパンでしばきまくられ、ほうほうの体でダンジョンへ向かった。
そして、無事に村を撮影してカメラを提出した。
*
――午後六時。
新宿西口冒険者ギルドのギルド長は藤谷という年輩の男性だ。
藤谷は総務省を定年退職した元役人である。
穏やかな人柄で、総務省内ではあまり目立たず、出世とも縁がない人物だった。
天下りをせずに、東京郊外の自宅でノンビリと引退後の生活を楽しんでいた。
趣味の囲碁、仲の良い妻、時々遊びに来る子供や孫。
理想的な老後である。
しかし、タワーが出現し魔物が出現したことで、沢山の犠牲者が出た。
役人や元役人にも相当の犠牲者が出たため、藤谷にギルド長のポストが回ってきたのだ。
(やれやれ、悠悠自適の老後でしたが、もうしばらくがんばらないと)
藤谷は自分の席に座って、写真を待っていた。
狭間駆が撮影した『ダンジョンの中にある村』の写真である。
ギルド長室の扉が勢いよく開いて、アシスタントの女性職員が飛び込んできた。
「ギルド長! フィルムの現像が出来ました!」
「ご苦労様。早速見てみましょう」
藤谷は現像された写真を机の上に広げる。
写真は巨木の上から撮影された写真で、合計二十四枚あった。
アシスタントの女性が写真を見て不満を口にする。
「同じアングルですね。手ぶれ写真も多い……」
藤谷は穏やかに応じた。
「巨木の上から撮影したからでしょう。アナログのカメラに慣れてない素人が撮ったので仕方がないですよ。依頼を受けてくれただけでも、ありがたいと思いましょう」
アナログのカメラには手ぶれ補正機能はついていない。
狭間はスマホで写真を撮ることに慣れているので、アナログカメラの扱いは今ひとつだった。
それでも、映りの良い写真が三枚あった。
アシスタントの女性が、映りの良い三枚の写真をピックアップする。
「この三枚は映りが良いですね」
「そうですね……。ちょっと遠いですが、これは……」
「木造の家に見えます」
「そうですね。間違いないでしょう」
望遠機能のないアナログカメラなので、写真の中央に小さく木造の家屋が映っていた。
数軒の家と広場と思われる場所。
そして――。
「これは人でしょうか?」
「人っぽいですね。小さくてハッキリわかりませんが……。この写真をパソコンに取り込んで、AIで補正処理をかけて下さい」
「かしこまりました」
アシスタントの女性は、すぐに写真をパソコンに取り込んで補正を掛けた。
村の部分が拡大された。
「藤谷さん! 人です! 金髪にヒゲのお年寄りです!」
「ありがとう。ご苦労様。上に報告をするので、報告書にまとめて下さい」
「かしこまりました」
アシスタントの女性が退室すると、藤谷は椅子にもたれかかり深くため息をついた。
「やれやれ、これは厄介なことになりそうですね……。悠悠自適の老後だったのになぁ……」
新宿西口冒険者ギルドの報告書は、即日関係各所で閲覧され首相官邸にも回覧された。