第10話 サイバーパンクな防具
焼き肉を食べ終わり、俺の装備をそろえることになった。
上原さんは、百貨店の中をズンズン歩いて行く。
俺は上原さんの後をついていく。
エレベーターで冒険者ギルドがある七階へ。
上原さんは、七階フロアの従業員出入り口に入っていった。
いわゆるバックヤードに入っていったのだ。
(良いのかな? 関係者以外立ち入り禁止じゃないのか?)
上原さんは、バックヤードの通路を真っ直ぐ進み、突き当たりのドアを開いた。
俺も上原さんの後に続く。
「いらっしゃいませ!」
出迎えたのは、プロレスラーのような立派な体格をした迷彩服の男性だ。
上原さんは、迷彩服の男性と名刺交換を始めた。
「初めまして。冒険者ギルドの上原です。新人です。よろしくお願いします」
「自衛隊冒険者ショップの吉田です。こちらこそよろしくお願いします!」
迷彩服の男性は自衛隊員さんだった。
「狭間さん。ここは自衛隊が経営するショップです。一般には販売してないので、お店の場所は冒険者以外に内緒です」
「わかりました……。こんなところにお店があるとは思いませんでした!」
俺が驚くと、自衛隊の吉田さんが太い首から野太い笑い声を出した。
「ハハハ! ビックリしますよね? まあ、中には銃刀法に触れる商品もありますから、一般の方には販売できないんですよ。それで百貨店さんの会議室をお借りして店を開いています」
「ほ~!」
お店はちょっと広めの会議室でパツパツに商品が置かれていた。
長机、カゴ、本棚、いたるところに商品が置いてある。
「入店管理をしているので、恐れ入りますが、冒険者ギルドの登録証を確認させて下さい。アプリでも紙でもどっちでも良いですよ」
「じゃあ、アプリを」
俺はスマホの冒険者ギルドアプリの画面を吉田さんに見せた。
吉田さんは、俺の冒険者登録番号と名前を用紙に記入した。
「はい。ありがとうございます。狭間さんは新人冒険者さんですね。どんな装備をご入り用でしょうか?」
「えーと……」
「あっ! 銃は許可証がないと売れませんよ!」
「えっ!? 銃を売ってるの!?」
「いえいえ。ジョークです! ワハハハ!」
自衛隊の吉田さんは、見た目はゴツいけど明るくて良い人っぽい。
「さて、冗談はさておき! 早速、装備をそろえましょう! お手伝いしますよ! 狭間さんは剣士ですか? それとも魔法職?」
「えーと……」
説明が難しいなと困っていると、上原さんが俺の代わりに説明をしてくれた。
自衛隊の吉田さんは、フンフンと熱心に話を聞いている。
「なるほど。すると前衛の装備の方が良さそうですね」
「ええ。ただ、器用さが低いので剣はだめだと思います。ステータスはこれです」
「あー……。これだと剣はちょっと……。自分の足を切っちゃうかもしれないから、逆に危ないですね」
「ゴブリンと戦闘しましたが、バールが当たらないんですよ」
「打撃系の武器もダメですか! そうすると――」
自衛隊の吉田さんと上原さんが、ドンドン打ち合わせを進めている。
俺としては非常にありがたいが、本人がおいてきぼりになっている。
俺は手持ち無沙汰になったので、店の中を見て回ることにした。
長机の上に置かれたプラスチック製のカゴに、自衛隊のヘルメットがキチンとそろえて収納されている。
手書きのポップには、『かぶって安心! 中古ヘルメット! 1000ゴールド!』と書かれている。
隣には、警察が使う三段警棒。
これも中古で一つ1000ゴールドだ。
壁には剣が掛けられていた。
日本刀も置いてある。
日本刀の価格を見ると……なんと100万ゴールド!
(高っ!)
細かい文字で説明が書いてある。
この日本刀は真剣で、日本刀の職人さんが作った物。
本来は『居合い』の有段者が買う物らしい。
(新人には手が出ないね……。それに扱い方がわからないと大怪我しそうだ)
日本刀はカッコイイけど、予算オーバーだし、ステータスの器用さが低い俺では無理そうだ。
多いのはナイフ。
長いナイフもあるし、短剣のようなククリナイフもある。
このあたりは高くても十万円代なので新人でも買えそうだ。
それから弓矢もある。
アーチェリーで使う物と説明が書いてある。
(そりゃ、ファンタジーアニメみたいに、ドワーフの鍛冶屋が鍛えた剣なんてないよな……)
俺はちょっとガッカリした。
冷静に考えてみれば、タワーが出現して一月。
ダンジョン探索が始まって二週間くらいだろう。
今、日本で入手できる物で戦うしかないのだろ。
「狭間さん!」
「はいはい!」
上原さんが俺を呼ぶ。
装備の相談が終ったらしい。
上原さんと自衛隊の吉田さんに近づくと、吉田さんが装備について説明を始めた。
「狭間さんは接近戦が多くなりそうですから、まず、防具をしっかりそろえましょう!」
なるほど。
まずは防御力アップか!
俺は吉田さんの提案が的確に思えた。
「はい。その方向でお願いします」
「狭間さんは、見た目重視ですか?」
「え?」
意外な質問に俺は一瞬返事に戸惑う。
だが、上原さんを見て自信を持って答えた。
「見た目重視です!」
「ブッ!」
吉田さんが吹き出し、上原さんがイラッとした顔をした。
「違う! 違う! 女性の好みの話じゃないですよ! ワハハハ!」
「あー……」
やってしまった!
顔が熱い!
俺は困って上原さんに助けを求める。
「上原さん……」
「フォローしませんよ」
「さーせん!」
自衛隊の吉田さんは、楽しそうに笑っている。
くっそう……。
「説明不足で申し訳ありません。冒険者の中には、アニメやゲームみたいな装備が良いという人もいるんですよ」
「革鎧とか?」
「そうです。見た目と防御力。どっちを重視しますか?」
「防御力です」
俺は迷わず即答した。
そりゃ革鎧とかロマンがあるけど、ダンジョンの中では命がかかる。
ゴブリンなんて石斧で襲いかかってくるのだ。
頭にもらったら致命傷だ。
吉田さんは、うなずくとナイロン製のボストンバッグを取り出した。
「それなら、このボディスーツのセットがオススメですよ」
吉田さんは、ボストンバッグを開くと中から化学繊維で出来た服を取り出した。
「これは一菱製の最新モデルです。一菱は自衛隊の戦闘機を作っているメーカーです。ダンジョン用に開発された戦闘服で、耐火、防刃、防弾性があります。膝、肘、心臓、スネ、上腕部分は特殊カーボンでカバーされています」
「へえ! ダンジョン用の装備ですか!」
「試着してみますか?」
「お願いします!」
俺は試着室でボディスーツを身につけてみた。
体にピタッとしたデザインだが、窮屈さはない。
試着室から出て、歩いて屈伸してみたが、非常に動きやすい。
「今から殴りますから、こういう具合にガードしてもらえますか?」
自衛隊の吉田さんが、突如物騒なことを言い出した。
ダンジョン装備だから、実戦で使えるか確かめろってことか。
俺は吉田さんに言われたとおり腕を上げてガードした。
吉田さんは金属製の警棒を握った。
「行きますよ! それ!」
ガツンと音がしたが、俺の右手は何ともない。
カーボン樹脂が上腕をカバーしているので、警棒で叩かれても大丈夫なのだ。
「これならゴブリンの攻撃も防げそうですね!」
「でしょう? これジャケット、ブーツ、グローブ、キャップがワンセットになってます。全部身につけてみますか?」
「お願いします!」
ジャケットは、ゆったりしたデザインでポケットが多くて便利そうだ。
グローブは五本の指が独立しているタイプなので、グローブをつけたまま解体が出来そう。
キャップは、ヘアターバンタイプのゆったりしたデザインで後頭部もカバーしてくれる。
ブーツは足首までカバーするショートブーツ。
全体のベースは黒で、所々にイエローが使われている。
鏡を見て、俺は即気に入った。
「サイバーパンクっぽくて、カッコイイですね!」
「一菱のデザイナーの好みらしいよ。いいよね!」
自衛隊の吉田さんが親指をグッと突き上げ、イイネ! をする。
「上原さん。どう?」
「似合っていて、カッコイイですよ!」
「そう? そう? ムフフフ!」
「それに防御力が高いから安心です!」
「それ大事ですよね!」
俺は一菱のボディスーツセットが、すっかり気に入った。
「吉田さん! これにします!」
「ありがとうございます! 五十万ゴールドです!」
「ふわっ!?」
俺は値段を聞いて驚く。
五十万ゴールド?
今日の稼ぎが半分吹っ飛ぶ!
「う、う、う、上原さん!?」
「何ですか?」
「高くないッスか?」
「ないッスよ。大手メーカーの一菱が、短期間で研究開発したダンジョン専用装備ですよ? むしろ安いくらいですよ」
「そうなの?」
「そうですよ!」
そうか、安いのか。
そう言われると、そんな気がしてきた。
「それに、狭間さんに万一のことがあったら困りますから。装備にはお金を掛けて下さい」
上原さんの言葉が、俺の心の中でリフレインした。
『万一のことがあったら困りますから……』
『あったら困りますから……』
『困りますから……』
俺はぐぐっと拳を握った。
「そうか! 上原さんは、俺のことを愛しているんだ!」
「ちょっ!? 待って!?」
「愛があるから、俺を心配して、この装備をすすめてくれたんだ!」
「えっ!? 狭間さん!?」
「つまり、このボディスーツは、上原さんの愛の証!」
「いや、ちょっと冷静になろうか?」
「吉田さん! これ買います!」
「聞けよ!」
上原さんの愛を感じながらが、俺は幸せだった。
自衛隊の吉田さんが、イイ笑顔でお会計をした。
「毎度あり!」