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第1話 冒険者のお誘い

狭間はざまさん! 冒険者になりませんか?」


「なる! なるー!」


 俺は笑顔で返事をして、すぐに思い返す。


「ハッ! しまった! 上原さんの大きな胸に意識が向いて、ノリで返事をしてしまった!」


「ハイ! セクハラ! イエローカードが出まーす!」


 上原さんが机の上にあったメモ帳をつかみ、ペシペシと俺の頭を叩く。


 ここは東京郊外にある俺が登録している派遣会社だ。

 会議室で派遣コーディネーターに相談をしている真っ最中。


 俺の前に座っているのは、派遣コーディネーターの上原望うえはら のぞみさん。

 上原さんは二十二歳。社会人一年目。

 小柄な豆タンク。立派な胸をお持ちの可愛い女性だ。

 派遣会社のアイドル、オアシス的な存在。


 このままセクハラトークを続けていたいが、今日は真面目な話をしにきたのだ。

 俺は気持ちを切り替えて、グッと表情を引き締める。


「上原さん。真面目な話。普通の仕事はないですか?」


「ないッス!」


「そうッスか!」


 俺は狭間駆はざま かける、二十九歳。

 職業、日雇い派遣。

 物流倉庫で荷物の仕分けや家電の配送助手で稼いでいる。


 暑い日も寒い日も肉体労働……。

 正直、好きでやってるわけじゃない。

 大学は卒業したけれど、就職が決まらなかったのだ。


「狭間さんだけじゃないですよ。世の中全体で仕事が減ってるんです」


 俺がションボリしていると、上原さんが事情を説明してくれた。

 仕事が減っている……。

 やはり原因は――。


「タワーの影響?」


「ええ。ダンジョンと魔物です」


 上原さんは頭の後ろで腕を組むと体を反らして、『ふうっ』と大きくため息をついた。

 状況的にお手上げらしい。本当に仕事がないのだろう。


 それより、上原さんの大きな胸がビジネススーツから飛び出しそうで大変なことになっている。

 俺の目が上原さんの胸に釘付けになった。

 このファンサービスの良さが、人気の秘訣か!?


 上原さんは話を続ける。


「あのタワーが出現したのが七月一日……。一月前ですよね。タワーから魔物が溢れて、世界は大混乱。大分、回復しましたけど……」


「まだまだ難しい経済状況だと? 景気が悪いと?」


「経済状況とか、景気が悪いとか……。それ以前の問題ですよ。渋谷なんていまだに魔物のテリトリーですからね。派遣仕事を出してくれる会社がほとんどないんです」


「うーん、七月は十日しか働けてないです」


「良い方ですよ。稼働が一桁のスタッフさんもいますし、魔物に襲われて怪我して入院したスタッフさんもいますよ」


 上原さんは、セミロングの黒髪をガシガシと乱暴にかき上げた。

 上原さんのいら立ちが伝わってくる。


(上原さんなりに頑張ってくれたんだな……)


 俺は『仕方がない』と自分の気持を納得させた。


 一月前の七月一日。

 突然、世界中に『タワー』が現れた。


 タワーの形状は、白いのっぺりしたビルやピサの斜塔のような円形の塔など様々だ。

 タワーの入り口は一カ所だけ。

 後に調査の結果、タワーの中は魔物が生息するダンジョンになっていると分かる。

 タワー型ダンジョンだから『タワー』と呼ばれるようになった。


 タワーからはマンガに出てくるような魔物が現れ次々と人を襲った。

 ゴブリンやオークのような人型の魔物、狼や熊のような獣型の魔物など、様々な魔物がタワーから吐き出された。


 世界は大混乱!

 沢山の犠牲者が出た。


 俺も家電の配達先でゴブリンに遭遇した。

 とっさに冷蔵庫でゴブリンを押しつぶしたので、怪我をしなかったが……。

 倒したゴブリンから流れる緑色の体液は臭くて気持ち悪くて吐き気がした。


 警察や自衛隊が奮闘してくれたおかげで、東京はある程度日常が回復したが、上原さんが言う通り渋谷などいくつかの町は魔物のテリトリーになってしまっている。

 地方都市も似たような状況らしい。


 魔物のテリトリーは、当然立ち入り禁止区域だ。

 迷惑動画配信者が魔物のテリトリーから生配信を行い、魔物に食い殺されるというアクシデントが発生したこともある。


「そりゃ、こんなヒドイ状況で、冷蔵庫や洗濯機を買う人はいないよな……」


 俺は視界一杯に広がる上原さんの大きく柔らかそうな胸に向かって語りかけた。


「私の胸と会話するの止めてもらっていいですか?」


「サーセン!」


「まったく! どいつもこいつも! 私の胸をジロジロジロジロ見やがって! 好きでデカイわけじゃないんですよ! これでも体重を気にしてるんですよ!」


 上原さんがキレた。

 俺は慌てて上原さんをなだめる。


「まあ、まあ、上原さん落ち着いて! やはり名前に『腹』が入っているので、脂肪がつきやすいのでは?」


「セクハラの上に、名前ハラスメント! ナマハラ! 一発レッドですよ! レッドカード!」


「痛い! 痛い! ごめんなさい!」


「上原の腹は、原っぱの原だよ! ビールっ腹の腹じゃねーよ!」


 上原さんがメモ帳で、俺の頭をバッツンバッツン叩いた。

 自業自得とはいえ、かなり痛い。


「上原さん止めてください! 新たな性癖に目覚めそうです!」


「目覚めなくて良いですよ! 一生寝てろ!」


 しばらく俺はバシバシと上原さんにしばかれた。


「ふんぬう!」


 上原さんがうなる。

 相当ストレスが溜まっているんだな。


「それで、狭間さん。冒険者やりますか? やりませんか?」


「えっ!? マジで聞いてるんですか!?」


「マジですよ!」


 上原さんが、会議室のテーブルにバンと一枚の書類を置いた。

 俺は手に取って書類を読む。


「冒険者募集!?」


 書類には『冒険者募集!』と大きな文字で書かれていた。

 現実離れしたファンタジーな言葉『冒険者』に俺は混乱する。


「上原さん。これどういうことですか?」


「見ての通りですよ。日本政府が冒険者ギルドを作ったんです」


「マジで!?」


「マジで!」


 俺は書類に目を落す。

 確かに書類の発行元は『内閣府』となっている。


 上原さんが、お仕事モードになってテキパキと説明を始めた。


「二週間前に国会で『冒険者法』が成立しました。冒険者と冒険者ギルドは、日本政府に認められた職業であり、組織です。冒険者ギルドは各地域に設立される特殊法人です。農協に近いですね」


「農協……」


「冒険者の仕事は、タワーに入ってダンジョンを探索し魔物を狩ることです。他にも政府や民間企業から依頼が入る場合があります」


「冒険者は公務員? それとも農協の職員みたいな扱いですか?」


「いえ。冒険者は自営業です。わかりやすく言うとフリーランスですね」


「フリーランス……。何だか不安定そうですね……」


 俺は冒険者にネガティブなイメージを持った。

 そもそも俺は社員になって安定した人生を送りたかったのだ。

 九時から五時まで働いて、月給とボーナスをもらって、結婚して、家を買って……。

 土日祝日は休みで、子供と一緒に遊んで……。


 そんな夢を大学生時代は描いていたが、就職氷河期のせいで就職活動に失敗。

 日雇い派遣で軽作業という名の肉体労働を続ける日々……。


 タワーダンジョンのおかげで、日本が混乱しているのはわかるが、フリーランスの冒険者以外に選択肢はないのかな?


「上原さん。本当に冒険者以外に仕事はないんですか?」


「本当にないです。うちの会社も危ないんですよ」


「そうなんですか!?」


「ええ。取引先がドンドン倒産してます。そもそも会社自体が魔物に襲われて、社長と従業員が全滅した会社もあるんですよ」


「あー!」


 俺は天を仰いだ。

 そんなに厳しい状況だとは思わなかった。

 警察や自衛隊の活躍で、ある程度安定したから、もっと普通に仕事が回っていると思っていた。


 俺が呆然としていると、上原さんがテーブルの上の書類を叩いた。


「狭間さん! 大事なのはここですよ! ここを見て下さい!」


 上原さんが指さす先は、書類に書かれた目立つ飾り文字だった。


『冒険者登録すると! 二十万ポイントプレゼント!』


「ん!? 二十万ポイント!?」


「そうです! 政府が新しく作った冒険者用のポイントシステムです! 一ポイントは一円として、コンビニやスーパーで使えます!」


「マジッスか!?」


「マジッス!」


 二十万円分のポイントがもらえるのはデカイ……!

 コンビニやスーパーで使えるなら、生活費はポイントで支払って、手持ちの現金は家賃や引き落としに回せる。


「それに狭間さんは、冒険者に向いてると思うんですよ」


「えっ!? そうかな!?」


「ほら、派遣先でゴブリンに遭遇して倒しちゃったでしょ?」


「たまたまですよ。古い冷蔵庫をお客さんの家から運び出したら道路に変なのがいたので、冷蔵庫でボンっと潰してしまっただけです」


「いや、凄いですよ! なかなか出来ないですよ! 勇気があります! 決断力が凄いです!」


「そ、そうかな?」


 上原さんに褒められて、俺は一気に上機嫌になった。

 ゴブリンを倒したのは正当防衛だと思うし、特に咎められていないけど、今でも夢に出て来てうなされる。


 胸の大きな上原さんに褒められて、物凄く気が楽になった。

 今夜はグッスリ眠れそうな気がする。


「狭間さんは、ずっと軽作業をやっていたから体力ありますよね!」


「そうですね。普通の会社員よりは、あると思います」


「絶対ありますよ! 太ってないし、肩とか腕とかガッチリした感じだし!」


「重い物を持ち上げるからね」


「背も高いですよね?」


「百七十五センチだから、ちょっと高いかな」


「ほら! 冒険者向いてるじゃないですか! ゴブリンと戦える勇気と仕事で鍛えられた体!」


「そうかな? 俺に出来るかな?」


「絶対出来ますよ!」


 俺は上原さんに励まされて、すっかりやる気になった。

 よし! 冒険者! 頑張ってみよう!


 だが、寂しいこともある。

 これで上原さんとお別れだ。

 俺は上原さんに最後のお願いをしてみた。


「上原さん。お願いがあります!」


「何でしょう!」


「餞別を下さい!」


「え? 餞別ですか?」


 上原さんはキョトンとしている。

 俺は熱弁を振るった。


「人生に別れは付き物……。お世話になった上原さんとの別れは寂しいけれど、明日から頑張るために餞別が欲しいんです!」


「ああ、なるほど……。えっと……ノベルティのメモ帳とかなら差し上げますが?」


「違います! 俺が欲しい餞別は! その推定Gカップの大きな胸を一揉み!」


「ダメに決まってるだろう! さっさと冒険者ギルドへ行けー!」


「ぶひい!」


 上原さんのグーパンが俺の横っ面に直撃した。


 だが、俺のやる気ゲージはマックスだ!

 何せ登録するだけで二十万円相当のポイントがもらえる!


 うおおおおおおお!

 待ってろよ!

 冒険者ギルドぉおおおおおおおお!

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