姉とその婚約者とのデートにお邪魔してみたところ
わたしの姉は美人だ。
それも、未婚の貴族令嬢の中では五指に入るほど。
更に、姉は頭もいい。
王立貴族学園を首席で卒業している。
そして、性格もいい。
皮肉じゃなくて、本当にいい。
むやみに腹を立てないし、使用人が粗相をしても穏やかに諭すだけ。
年齢以上に大人びている。
そんな姉の名はイゾルデ・ティルピッツ。
伯爵家の婿取り娘である。
妹のわたし、マリーア・ティルピッツは当然、嫁に出される予定だ。
しかし、わたしは姉と比べるまでもなく平凡。
顔、普通。姉に似ていなくもないのだが、いたって普通。
頭、普通。学園の成績はいつだって真ん中あたりをフラフラ。
性格は……自分ではそんなに悪いとは思わないけれど、こればっかりは見る人によるだろう。
「いやいやいや、マリーア嬢は普通に可愛いと思うけど?」
学園の食堂で、顔見知りの令息が慰めを言ってくれる。
「慰めじゃないよ? 美人!って感じの顔が好きな人もいれば、可愛らしい顔立ちが好きな人もいるだろう?
ほら、騎士みたいなマッチョが好きな女子もいれば、王子様~って風なスラリとしたのが好きな女子もいるでしょ?」
「なるほど、ありがとうございます?
でも、わたしは自分を卑下しているわけでも、お姉様に思うところがあるわけでもないのです」
「と言うと?」
同じテーブルになることが多いので、少し話し相手をしてくれるようになった、この令息はベンゲン伯爵家の三男のフィリベルト様。
つまらない心の内を語っても、馬鹿にしたりしない、若いのに実に感心な殿方である。
「姉の婚約者であるライシガー侯爵家のご次男テオフィル様は、これまた姉に勝るとも劣らない素晴らしい方でして」
姉より四歳年上のテオフィル様は、やはり学園を首席で卒業。
顔はクール系王子様、身体は細マッチョ。
性格は、表向きは申し分ないし、腹黒だったとしても構わない。
なぜなら彼は、心底お姉様に惚れているのだ。
テオフィル様は次男であるし、万一、ご長男のスペア案件が発生したとしても対応できるようにと、王城で文官になられた。
そして、ご長男に跡継ぎが生まれたのを機に姉と見合いが組まれたのだ。
聞くところによれば、あまり気乗りしなかったそうだが、姉を見た途端、電撃的に求婚したとか。
そして職場で『婿入りが決まったから、文官辞めます!』と言ったところ、宰相様に引き留められてしまった。
しかし、出来る限り姉の側にいたい彼は、宰相様と丁々発止の討論の末、ティルピッツ伯爵家に隣り合う王領の代官を引き受けることで辞職の権利を勝ち取ったのである。
婚姻までは後一年ほど。
それまでこき使ってやると鼻息も荒い宰相様に押し付けられる無理難題を、テオフィル様は華麗に捌き、週に一度は伯爵家にやってくる。
迎える姉と過ごす時間はお茶会のはずだが、話題はティルピッツ伯爵領の今後の経営方針と、代官を引き受けることになる王領の運営方針。
凡人のわたしにはさっぱりわからない、高度な政策議論が飛び交うのである。
「大事な事は」
「うん」
「嫁に行かねばならないわたしの価値が、変動してしまうと言うことです」
「変動?」
「姉と義兄の政策はよくわかりませんが、きっと大成功することでしょう。
そうしたら、嫁に行くわたしの価値が上がってしまいます!」
「それは、駄目なのか?」
「この、平々凡々なわたしの価値が爆上がりするんですよ!
しかし、本来のわたしの能力は変わらないわけです。
なのに、素晴らしき次代のティルピッツ伯爵夫妻との繋ぎのための婚約話が、きっと湧いて出るのです!
わたしは看板を背負って嫁に行き、看板だけ奪われて冷遇されかねません!」
「あー、なんとなくわかった」
「おわかりいただけましたか?」
「うん。で、何か対策するのか?」
「それはもう、爆上がり前に売り切るしかないでしょう」
「そんな、市場の叩き売りみたいに」
「市場の叩き売り? 一度見てみたいですね」
「いくらでも連れて行くけど?」
「大変興味深いですが、それはまた後日。
まあ、実際叩き売るにしても伝手が思い当たりませんので、姉たちに相談しようと思います」
「それは、いいかもしれないね」
「でしょう?
彼等は交友関係も広いし、義兄は宰相様に見込まれているだけあって、貴族の現状にも明るいのです。
次の彼らのデートにお邪魔する予定です」
「え? デートにお邪魔する妹?
それは、不味いんじゃ?」
「もちろん、二人ともに了解は取りました」
「そういう問題?」
「でも、デートの時しか相談する隙が無いのです」
「隙?」
「家でのお茶会は、前述のごとく政策議論が交わされ、わたしが口を挟む隙は一切ありません。
むしろ、何か相談があるなら、カフェに行く時に一緒に来れば、的なことを言われましたし」
「なるほどなるほど」
「というわけで、今週末が決戦です! 善は急げですから」
「うんうん、応援してるよ」
「ありがとうございます」
そして迎えた週末。
お姉様は相変わらず、何をお召しになってもお綺麗だ。
そして自分の支度を終えると、お邪魔虫のわたしの装いをチェックされた。
「お、お姉様?
わたしはおまけなのですから、見苦しくなければいいと思うのですが……」
「何を言っているの?
わたしの可愛いマリーアが見苦しいなんてことはありません。
でも今日は、最高に可愛くなければね」
美しくも圧のある微笑みに、わたしは従うしかない。
お姉様とは一緒にお買い物にも行くのだが、ここまでわたしのお洒落を気にされたことなんてあったかしら?
「うん、これでいいわ。とても可愛い!」
「……ありがとうございます」
そして馬車が着いた素敵なカフェ。
いつもならテオフィルお義兄様が迎えに来てくださるのだが、今日はわたしが同行することもあって、お店で落ち合った。
「やあ、二人とも、会えて嬉しいよ」
個室のある二階の廊下で迎えて下さったお義兄様。
相変わらずの美貌である。微笑まれるだけで眩しい。
「個室は二つ押さえてあるから、マリーアはそっちね。
イゾルデはこっちだ」
ん? 相談に乗ってくださるのではなかったっけ? 別室?
後、わたしに勧められた個室はテラスのあるオープンな感じの部屋だけど、お義兄様たちの個室は、窓の小さい大人なお部屋では?
「マリーア、勘違いは無しだよ。
このカフェの個室は、常時給仕が付く。二人っきりになんてならないから大丈夫」
わたしの顔は語り過ぎてるみたい。
妙な想像をしたのがバレて恥ずかしかったので、そそくさと個室に入った。
「お待ちしていました。マリーア嬢」
すると、そこにいたのは王子様! じゃなくて、かなり格式の高い正装をしたフィリベルト・ベンゲン様だった。
今まで、あまり意識したことが無かったけれど、彼はかなり顔面偏差値が高い。
「お待たせして申し訳ございません?」
「驚いた? まあまあ座ろう。ケーキも注文しよう?」
腹が減っては落ち着いて話も出来ぬとばかり、わたしは季節のフルーツタルトを平らげた。
彼はモンブランだ。
お茶をお替りして、やっと落ち着いて話が始まる。
「実は、君の姉上の婚約者とは親戚なんだ」
テオフィルお義兄様は、フィリベルト様の母方の親戚にあたるそうだ。
「で、か細い伝手を駆使してテオフィル・ライシガー様に連絡を取り、僕をマリーア嬢の婚約者候補に入れてもらえませんかと打診した」
「え? うちの両親ではなくて?」
もっとも両親は今、領地に居る。
王都の屋敷と、その執務はお姉様が預かっているのだ。
「君も言っていたじゃないか。
ティルピッツ伯爵家の価値は次代が爆上げするに違いないと。
だったら、その未来に直接交渉したほうが話が早いと思って」
その結果、フィリベルト様は質問攻めにあい、見合い相手に相応しいか徹夜で精査されたそうだ。
そういえば、フィリベルト様、顔を見ない日があったっけ。
「その結果、見合いが許されたので、こうして罷り越しました!」
「そんな大仰な……」
「いや、大仰じゃないって。
君は自分の売値がつり上がると心配していたけれど、君に婚約を打診する者の前には、既に巨大な壁が立ちふさがっている!
君の将来の義兄の家族愛は、想像以上に重い」
それは、あり得る。
お姉様はわたしのことを、とても可愛がってくれている。
お義兄様は最愛のお姉様の大事な妹を全力で守るつもりなのだろう。
ありがたいことだ。……多分。
「ということは、その壁を乗り越えられたんですね? 合格?」
「いや、多分、初回特典?
一応親戚だし、君とは顔見知りだし、何かあっても処理できるだろうとテストケースで採用されたのではないかと思う」
「テストケース? それより、そもそも、フィリベルト様はわたしと婚姻しても構わないと?」
「もちろんだ。伊達や酔狂で、あの尋問に耐えるものか」
「うっ、そんなに大変でした?」
「結構きつかった」
「それはお疲れさまでした」
「まあ、もう過ぎたことだから」
そう言うフィリベルト様の視線は遠~くを見た。
「話を戻そう。
それで、僕は伯爵家の三男なんだけど、君と婚姻するなら子爵位を用意してもらえることになった」
「ご実家がお持ちの?」
「いや、テオフィル様の実家、ライシガー侯爵家のものだ。
親戚特典ということだ」
「特典多いですね」
「うん、僕に決めれば結構お得だと思う。
ついでに、僕は次期ティルピッツ伯爵の補佐に雇われる予定だ」
フィリベルト・ベンゲン様は、現在学年一位の成績。
厳しい尋問の結果、テオフィルお義兄様に見初められてもおかしくない。
そして、それらの条件を総合すると、もしかして!?
「あの、フィリベルト様との婚姻が成れば、わたし、領の実家で暮らせるとか?」
「その通りだ。敷地内に新たに離れを建てて下さるそうだ」
凄い! 物凄い好条件!
だけど。
「えーと、そこまで溺愛されているみたいなわたしと一緒になって、フィリベルト様はご苦労なさいませんか?」
「多分、苦労はすると思うけど、その分、君には鉄壁の守りが保障される。
僕としては、苦労のし甲斐がある話なんだ」
「苦労のし甲斐」
「どうかな?」
自信満々に見えるプレゼンを終え、急に気弱になるフィリベルト様。
わたしだって、こんなに話しやすい人はいないし、何の不満も無い。
「是非、お話を進めたいと思います」
「やった、本当?」
「ええ、よろしくお願いします」
そして無事婚約したわたしたちだが、甘々な雰囲気には近づけない。
なぜなら。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないけど、君のためなら頑張れる!」
今日もお昼の食堂で、テーブルに突っ伏すフィリベルト様。
来年はわたしたち二人、揃って最終学年だ。
卒業に向けて、わたしの婚約者の座を狙う令息が湧いて出る予定だった。
それに備えて、フィリベルト様は早朝に、騎士団の特別訓練を受けている。
普通は騎士団を目指す学園生が受けるものだが、お義兄様が手を回してフィリベルト様を放り込んだ。
……わたしの万一に備えるために。
「なんか、済みません」
「いいんだ。大きな壁こそ、乗り越える価値がある。
……何言ってるんだろう」
「お疲れですね。週末のカフェデートはお休みにします?」
お見合いをしたあのカフェは、給仕がしっかりしているので、どんな保護者でも安心。
あの店でだけデートを許すと、お姉様とお義兄様からのお達しである。
「這ってでも行くとも!」
「わかりました、楽しみにしています」
「うん! あ、イテテ……」
急に首を上げたせいで筋肉痛がぶり返した婚約者様は、また突っ伏してしまう。
わたしはつい、頭を撫でた。
「あ、癒される。もっと撫でて」
「はいはい」
こんな彼の苦労に報いるには、わたしは何をすればいいだろう?
お姉様に相談してみたら『あらまあ』と微笑まれた。
そしてもらったアドバイスは。
「貴女には、まだ早いわ」
わたしはその答えに、首をかしげるばかりだ。