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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
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96:停泊


 僕たちは船へと歩み寄る。

 近くで見ると、本当に大きい。

 普段見る船は海に浮かんでいる状態で、喫水線よりも下は目にすることがない。

 僕は今、普段なら目にすることのない位置から船を見ているのだ。

 大型のガレー船ほどの大きさはないが、中型よりも少し大きく感じる。

 もとになった船よりも、一回り大きくなっている感じがした。


「船の修復に当たり、通常の大型ガレー船の材を多用したからな。

 当初はもう少し小型で機動性を重視した設計を考えていたんだがな。

 この船の使われ方を想像すると、少しでも積載量が多い方がいいだろうし、何より材料の加工の手間を大幅に短縮できるからな」


 パーシバルがそう説明してくれた。


「ああ、あと先に言っておく。

 こいつは見た通り普通の帆船としても運用できる。強度も問題ない。

 ……なんだが、特に船底部分の気密性は担保できてない。さすがにその辺は専門家の手が必要だ。

 もし海に浮かべるのなら、その前になんか考えてくれ」


「覚えておくよ、ありがとう」


 会話をしながら船体側面へ。そこからタラップを上って甲板へと上がる。

 やはり普段船の上から見る景色よりも、随分高く感じる。

 これも喫水線との兼ね合いだ。

 普通の船で感じるのは水面からの高さ。今は船底からの高さなのだ。


「船内の細かい部分はゆっくり見てもらうとして……早速操舵室に案内しよう」


 パーシバルはそう言うと近くの扉を開けて船内に入る。


「通常の船は甲板の上に舵取りがいるが、なんせ王自ら舵取りするからな。

 雨ざらしにする訳にいかんだろう」


 2本のメインマストの間に位置する場所に操舵室が設けられていた。

 だが、ここには舵がない。

 そこにあるのは椅子が一つだけ。

 左右は開閉できる窓で視界を確保できるが、正面はマストの基部があり、何も見えない。


「操舵室、なんだよね?舵が見当たらないけど。

 それに正面が見えないって、危なくない?」


 僕の問いかけにパーシバルが笑いながら答える。


「通常は舵取りと船長は別のことが多いからな。

 それにこの規模の船になると、見えていたからと言って、即座に反応はできん。見張りからの情報で船長が舵取りに指示を出すのが一般的だ。

 だから前が見えなくても問題は無いが……ガイア、代わってくれ」


 パーシバルがGさんに説明を交代する。


「まあ、まずは試してみることじゃな。

 アレン、そこの椅子に座れ」


 僕は言われた通りに椅子に座る。

 ちゃんとクッションが設けられていて、座り心地はかなりいい。


「次にひじ掛けの前側を握れ。

 左右どちらかを握れば問題ない。もちろん両方握ってもよい」


 僕はひじ掛けの先端部分、少し丸く加工されたところを左右の手で握る。

 

合言葉(コマンドワード)を唱えよ。

 『船体起動』とな」


 僕は指示に従い、「船体起動」と口にする。

 次の瞬間、僕の体から微量の魔力が船に伝わる感触。

 そしてマストの根元部分に、前方の景色が映し出される。

 僕は、この感覚を以前に体験していた。


「Gさん、これ古代エルフの……」


「左様。おぬしからもろた、遠隔操作の操作盤があったじゃろ?巨人サイズのレーヴァもどきを操作するためやつじゃ。

 あれを解析して、応用した。

 まあ、原理までは理解したが、再現はできんでな。

 あれを分解してその部品を使うことで、船の操作程度はできるようになったんじゃよ」


「でも、これに使っちゃったら、今後研究はできないんじゃないですか?」


「構わんよ。原理自体は理解できておる。使われておる材質や製造工程は再現できんが……

 いずれにせよ、わしの残り時間では再現は間に合わん。

 これは有効活用じゃよ」


 そう。今は元気だが、Gさんの寿命はもうそんなにないはずだ。

 魔法使いは寿命が長いというが、魔力を操って肉体を維持できるからこそ。

 今のGさんにはそれができない。

 見ないようにしていた現実を、突きつけられる形になった。


「そんな顔をするな。

 人は遅かれ早かれ死ぬ。わしは既に人並み以上に生きておるんじゃ。

 それでいてこれ以上の生を望むのは、罰当たりもいいところじゃと思わんか?」


 僕はなんといえばいいのか、言葉が見つからなかった。

 その場にいた全員が、同じ気持ちだと思う。

 誰も口を開けなかった。

 Gさんは続ける。


「そもそも、冒険者とはそういうもの。明日生きているとは限らん生き方じゃ。とうに覚悟はできておる。

 もちろん、簡単に死ぬつもりは毛頭ないし、生きている限り一歩でも前進するつもりじゃ。

 それがわしらしいと思うておるでな」


 たしかにGさんらしいと思う。

 Gさんの言っていることは正しいんだ。それは分かっている。

 でも、僕は正しいとか間違っているとかじゃなくて、嫌なんだ。

 それが真理に反していることも、人としてのエゴであることも頭では分かっている。

 でも、心がそれを受け入れたくないって叫んでるんだ。


 それなのに僕はそれを口にすることはできない。

 王としての立場の僕がそれを許さないのだ。

 僕に求められるのは、申し開きの必要のない公平さ。そして多くの人に受け入れられる正義だ。

 僕個人の想いを優先し、世界の摂理を否定するようなことを口にする訳にはいかなかった。


 僕は自分に少しだけ嘘をつく。

 そうしなければならない。

 笑顔を作り、Gさんに答える。


「そうですね。確かにGさんらしいと思います。

 ねえ、せっかくですし、このまま試運転といきませんか?

 すぐにでもできるんでしょ?」


「もちろんじゃ。じゃが、準備も必要じゃ。ザック、建物から船を出すぞ。準備を頼む」


「了解ですガイア。少しお待ちください」


 ザックはそう答えて、操舵室から外に出ると、周囲にいたレーヴァ達に指示を出している。

 窓からその様子は見えていて、彼とレーヴァたちとのやり取りの端々に、その現状がよく表れていた。

 その信頼関係、あるいは指揮系統は明確で軍隊的でもある。

 一方で出される指示は決して細かいものではなく、レーヴァたちがその指示内容を自分たちで理解し、そのために必要なことを各人で判断できていることが見えた。

 やがて数か所から「準備良し」の声が次々と上がり、ザックは再び大きな声を上げた。


「屋根を落とせ!」


 その掛け声と同時に、屋根の部分にあった雨除けの板が次々と、建物の左右に落ちていく。

 かなり大きな音を立てているが、外は大丈夫なのだろうかと心配になるが、ザックは慌てることなくその様子を見ていた。

 ほんの1分ほどで、この船が収まる巨大な建物の屋根が大きな数本の支えだけになった。


「巻き上げろ!」


 再びザックの号令で、左右の壁に渡してある4本の支えは、前後へと移動していく。

 移動し終えると、船の上部は完全に開かれた。


「出港準備完了です」


 ザックが窓から操舵室に報告してくれる。

 それを聞いたGさんは頷いて、僕に話しかけた。


「さて。出航に当たりいくつかの手順があるのでな、説明するから覚えてくれ。

 なに、難しいことはない。

 おぬしはそこから指示を出せばよいだけじゃ。

 船体の起動はしておるので、次に浮遊炉の起動をする。指示を出してみよ。言葉は必ずしも必要ない」


 僕は頷いて、自分に言い聞かせるために口に出す。


「浮遊炉、起動」


 前方の魔法のスクリーンに浮遊炉起動と表示されると、船体が微かに揺れた。


「これで、船体は浮いた状態で安定しておる。

 次に行うのは抜錨じゃが、これは状態によって異なる。

 停泊地が特定の場所、港などの場合は錨ではなく、係留ロープを解除せねばならん。

 現状確認すればどちらが機能しておるかわかるはずじゃ」


 僕が船体状況の確認を意識すると、前方のスクリーンに係留中の表示が見える。


「うむ。これが錨を用いておるときは船底固定の表示となる。抜錨か、係留解除か指示をせねばならん。

 試してみよ」


 僕は頷いてから「係留解除」と口にする。

 すると建物の基部付近に結ばれていた太いロープがほどけて、船体側に巻き取られていった。

 スクリーンに表示されていた係留中の文字が消える。


「次は浮上じゃ。ここから先は通常の操船時にも使う。

 浮遊炉の出力をゆっくりと上げてみよ。ゆっくりじゃぞ」


 指示通りに僕は浮遊炉の出力を上昇させることに意識を集中する。

 画面上のゲージが浮遊炉の出力状態を表していることがわかった。

 ゆっくりとゲージが上昇する。それから僅かな遅延の後に、船体が浮かび始めた。


「船が、宙に浮いていますよ……」


 僕は思わず、声に出す。

 この大きな船体が、宙に浮いている。飛空艇がそう言うものだと分かっていても、実感を伴うと驚きは禁じ得ない。

 出力の上昇に伴い、船は垂直に上昇を続けて、建物から完全に外に出た。


「浮遊炉の出力は概ね船体の対地高度に比例する。

 この設計じゃと上空500mほどまで上昇するのが限界じゃ。

 悪天候の際には雲の上に上がることができんから、その時は航行を停止することも考慮した方が良かろう。

 強風時には、帆を張っておらんでも、船体が流されるでな。

 そろそろ炉の出力を維持してくれ」


 船体が地上から100mほど上がったところで、ゆっくりと静止する。

 確かに風を受けて船体がごくわずかに揺れながら横に流れているのがわかる。

 スクリーン上にはコンパスと船体の向き、現在の風の方向と強さが表示されていた。


「すごいですね。風向きや強さもここから分かるんですか」


「うむ。一人で操船できる仕組みじゃからな。必要ならや周囲の監視もできる。

 まあ、その辺はおいおい説明するとして。

 浮上したら、左右の第3マストの位置を変える必要がある。

 まあ、変えんでも航行自体はできるが、地上に降りる場合には、第3マストは船体を支える役目を担うのでな。それは覚えておいてくれ」


 僕は話を聞きながら船体状態を確認する。

 すると確かに第3マストが接地(閉)となっているので、状態の変更をイメージすると、第3マストの表示が航行(閉)となった。

 僕の位置からは見えなかったが、こうすると第三マストは下向きの状態から左右に開いた状態に変わったようだ。


「最後に帆の展開じゃ。一気に全部開いたり閉じたりもできるが、急加速することになるでな。

 今回はメインマストの帆だけ展開してみよ」


 僕はメインマストの帆の展開をイメージする。

 すると操舵室後方で歯車の回る音が響いたかと思うと、帆が展開され始め、ゆっくりと風を受け始めた。

 ほぼ横風を受けて右に流れていた船体が、帆を張られることで、右前方へと船体が動き始める。


「海の上との一番の違いは、水の抵抗を受けぬこと。水の上であれば、真正面からの風を受けても、蛇行しながら風上に進めるのじゃが、

 この船はそれはできん。なので、魔法を使い、後ろから風を受ける必要が出てくる。

 まあ、難しい原理は説明せんから、そういうものじゃと覚えておいてくれ。

 他は概ね普通の帆船と変わらん。一番の違いは、海上を航行するのに比べ、圧倒的に風の影響を受けやすい。

 これさえ覚えておけば、まあ問題ないじゃろう」


 僕は、帆を閉じる指示を出す。

 船はすでに宿営地の外側に来ていた。


「最後に停船までしておくか」


 Gさんは船を止める手順を、教えてくれた。

 浮遊炉の出力を落とし、高度30m以内で、錨を降ろす。

 必要なら第3マストを設置状態に切り替え、竜骨(キール)(船底の頑丈な背骨に当たる構造)と左右の第3マストで接地することも可能だ。

 その指示に従い、船を設置させた。


「船体の強度的にこのまま船の炉と船体を停止しても問題は無い。

 これで、引き渡し完了じゃな」


 Gさんの言葉にザックが頷く。

 僕はパーシバルを含め3人に改めて言った。


「ありがとう。この船はものすごくありがたいよ。

 大切に使わせてもらう。

 本当にありがとう」


 彼らも笑顔だった。

 この船を起動できるのは、僕だけだと説明を受ける。

 起動以外の権限の譲渡は可能で、操船自体は他の人に任せることもできるそうだ。

 必要なら僕がいなくても、運用自体が可能なのはとても助かる。それだけでも運用の幅が大きく広がる。


 僕らは下船し、一度ザックの町に戻った。

 ああ、旧ケイニスの上陸地点という呼び名は、長いので、僕たちは以後、ここをザックの町、あるいはレーヴァタウンと呼ぶことにした。

 この飛空船のもたらす恩恵はとても大きい。

 遠隔地の物資輸送が、テクニカの協力を仰がなくて実現する。

 まずケイニスの捕虜問題が、これで片付く。

 ここから歩いてストームポートまで連れていくのは現実的ではないが、飛空船を使うことで早く安全に移送できるのだ。

 氏族の移住に関しても、役立ってくれるだろう。


 これからの展望が明るく広がる。

 だが、それと対比するかのように、暗い影が僕の心に存在する。

 それは重い鎖のように、静かに僕の心を縛っていた。






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