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翌朝までアウロシルヴァエに滞在し、いい休養となった。
今日から残り4氏族の遠征軍と接触し、説得を行わなければならない。
だが、現時点で11氏族と接触し、10氏族は評議会への参加を約束。9氏族が王としての僕に従う姿勢を示してくれている。
確認がまだなところが一つ残っているが、そこも極めて前向きであることから、勢力の情勢は決している。
この事実が、説得交渉の追い風にならないことは分かっているが、精神的にはかなり楽だ。
出発に際し、フェルーヴェンが同行を申し出てくれた。
彼は森の賢者としての能力を使うことで、移動中のドロウの部隊のかなり正確な位置がわかるそうだ。
各氏族の遠征軍を、森の上空から探すのは骨が折れるので、これは非常に助かる。
幸い風渡りの奇跡にはもう一人分の余裕もある。
彼の申し出を有難く受けて、6人での出発となった。
想像以上に順調に各氏族との交渉に臨み、概ねズルンヴァシェンの時と同様に、話が進む。
最初は難色を示し、事実を受け入れてくれればよし、そうでなければ奇跡の力を用いて神威を示し、結論を促す。
半分ほどは神様にお力添えを頂いたが、幸い4氏族とも、評議会への参加を取り付けた。
その後にズルンヴァシェンの遠征軍に立ち寄って、バランデスト族長からの命令書を手渡す。
これで全氏族の遠征軍は討伐の任務から解かれたことになる。
さらにその後、トルカンディアに向かう。
少し急かすようであったが、確認を取れていないのはトルカンディアのみ。
彼らが決定を伝えに来るのに2週間もかかることを考えれば、今聞きに行く方が親切だろう、そんなこじつけじみた理由で僕はトルカンディアに向かった。
案の定、遠征軍が急ぎ戻ったのは一昨日。
どうするかの議論が続けられていたようだが、僕たちが訪問したこと、特にアウロシルヴァエの族長も同行しており、彼の口から意向を示していないのは、トルカンディアだけと伝えられたのが大きかったと思う。
セドゥウィンは、その場で評議会への参加と、臣下に加わることを申し出てくれた。
少しだけ急かして申し訳ないとは思ったが、これで明確な区切りを迎えられる。
まあ、まだ準備段階であり、ここからが本番なのだが……何にしても、一区切りしたことは嬉しかった。
トルカンディアを出たところで、フェルーヴェンはアウロシルヴァエの集落に一人戻った。
送ることを提案したが、自分は迷うことはないから、風渡りの奇跡を頂ければ一人で戻れるとのことだった。
僕は彼と再会を約束して、帰路を急ぐ。
アウロシルヴァエを出て5日目、この行程を開始してから9日目の夕刻に、僕たちはセーブポイントへと帰還した。
当日の内に報告を兼ねた会議の場が設けられた。
「無事に、15氏族全ての評議会への参加を取り付けました。
そのうち10氏族が、陛下への忠誠を誓っております。まずは上出来な船出と言えるでしょう」
ドミンツェバェがそう話すことから会議はスタートした。
「やはり全氏族を配下にしたほうが良いんじゃないか?
何かと気を使わなきゃいかんだろうし……」
ラッシャキンがそう言うと、ガルスガも頷く。
「いや、無理強いはよくないし。
ただ、本当に数が必要な時は、評議会からの要請を出せるからね。
軍事的にはドロウの統一はできていると考えていいと思うよ。軍隊として機能するかって問題はあるけどさ」
僕がそう言うと、クェルシャッシャが尋ねてきた。
「評議会はほぼ常設とする必要があります。ですが、各氏族が現状のままですと招集してから開催までに半月は必要となりましょう。
その辺りはどうお考えですか?」
「うん、なので、評議会に常駐する人員は送ってもらおうと思ってる。
評議会に出るのは原則族長とするけど、族長の全権代理を持つ評議員の参加も認めるつもりだよ。
だから、最低議事堂と、各氏族長もしくは代表となる評議員の宿舎は用意する必要がある。
それにすぐにではないけども、僕に協力を申し出てくれている氏族には、出来ればこの地に移住してもらいたいと考えているんだ。
有事の防衛体制を構築しやすいし、氏族間の協調体制も築きやすい。
氏族で占有できる森が事実上なくなるけど、狩猟中心の生活から、牧畜や農業への転換を徐々にしたいと思っている。
その方が、今後発展する際に食料を安定共有できるし、ストームポートとの交易も可能になる」
僕がそう言うとバドリデラが発言した。
「あまり急激な変化にはついていけない者も出ましょう。
今ここにおります5氏族であれば、すでに自分たちの集落を放棄してきておりますので、ご指示通りに暮らしを変えるでしょう。
ですが、未だ遠方の森に暮らす氏族であれば、容易に移住を良しとはしないのではありませんか?」
「懸念はもっともだよ。だからできる所から始めるつもりだ。
移住を強制はしない。だけど、5氏族がここでどんな暮らしをしているのかを見てもらう機会は作れるだろう。
そうすれば、少しずつでも移住を検討する機運が高まるんじゃないかって思っているよ。
ドュルーワルカは人間の大都市のすぐ近くで暮らし、すでに馴染んでいるし、他の4氏族もここで聖炎の人たちと協力できるくらいになってきている。
ドロウは柔軟性もあるし、適応能力もあると思ってるからね。もちろん、森で狩りをするのを禁止するわけでもない。
まあ、狩りをする場合には、少し遠出をする必要が出てくるとは思うけどさ」
「さすがにシティの中みたいに、ごちゃごちゃしたところには住みたくないぞ?」
ラッシャキンが言うので僕は答える。
「大きな建物にみんなで暮らすスタイルは考えていないよ。今のドロウの各集落ぐらいのスペースは十分に確保できるから」
ラッシャキンはひとまず納得したようだ。
他の4人の族長はストームポートを見たことがない。
判断基準になるものが無いだろうが、少なくとも、今の氏族の集落規模、という話でイメージは出来たんじゃないかと思う。
そこで僕は話をデニスに向ける。
「デニス。ここで一つお願いがあるんだけどさ、聞いてくれないかな?」
突然話を振られたデニスがビクッと過剰に反応する。
「なんでこのタイミングで俺に話を振るんだ?ドロウの国の話をしていたんじゃないのか?」
「うん、そのために君たちの協力がどうしても必要なんだ」
「あまりいい予感はしないんだが、何を協力すればいいんだ?」
「ここは形の上では、ウエルナート男爵領。勝手に国を作りましたとは、当面言えない。
そこで、当面セーブポイントに、ドロウとの交易を一手に引き受けてほしいんだ。
ああ、それともう一つ」
「なんだ、他にもあるのか……」
「君たちは正式に男爵家からこの地の使用の許可を得ている。
そこでもう一つのお願いなんだけど、セーブポイント建設予定地以外のこの荒地を、ドロウに貸してもらえないだろうか。
この空き地を農地と放牧地にすれば、ジャングルをわざわざ切り開かなくてもその土地が確保できる。
そこでの生産品を君たちがストームポートと取引すれば、そこそこ上りが出ると思うんだ。悪い話じゃないと思うけど?」
「そんなことまで考えていたのか。
……個人的には全く問題のない話だが、許可できるかと言えば、俺の権限を越えている。
本国に諮るか、せめてギヴェオン司教の決定が必要だ」
「……そうだよねぇ」
個人所有の土地ならいざ知らず、ここは聖炎教団に無期限貸与されている。
デニスの一存で決められないのは、分かっていたことではある。
「そこで改めてデニスにお願いなんだけどさ。
僕たちが勝手にそうしちゃうから、とりあえず放置してくれないかな?
教義的には問題ないだろうし、表面化した段階で、その時改めて正式に話し合うってことで」
「……既成事実として、現状優先で認めさせるか。
手としては悪くないが、もしそうするなら、この場で口に出したらダメだろう?
俺は知らなかったことにはできないからな」
しまった。
筋を通すのにデニスに話をしたわけだけど、彼は忠実に報告を上げねばならない。
墓穴を掘ってしまった……あ。そうか、許可を頂けば問題ないのか。
「そうだね。今のは僕が勇み足だった。
でもさ。
ちゃんとお許しをもらえば問題ないよね?」
僕の言葉に、デニスが少し呆然とした表情で答える。
「そりゃそうだが、本国を通すと何かと厄介になる。純教徒どもも、黙ってはいないだろう」
「うん、本国は通さないよ。
ここでお伺いを立てればいいとは思わない?聖炎の神様に直接さ」
「おまえ……また、とんでもないことを……」
「僕が聖炎の神をお呼びして、お伺いを立てる。
君たちが証人として聞いていてくれれば、問題ないよね?」
「そりゃそうだが……おいそれと御神に直接伺いを立てるとか……」
デニスはぶつぶつと何か言い続けている。
僕は問題なしと判断した。
「明日、日中にお伺いを立てるよ。
そうしないと、評議会の建物も、参加者の宿舎も立てられないしね」
そう言ってから僕は紙を広げて簡単な略図を書く。
「これがラストチャンスから延びる街道。セーブポイントがここで、この中心が湖。
対岸に、議事堂のようなものと、代表の宿舎を中心とした、ドロウの行政機関を作る。
そして、その周囲の森の中に……」
丸い大魔法の爆発跡を書き、さらにその周辺に15個の丸印を入れてから、
「周囲の森にここに接するように各氏族の集落を作る。
それぞれに水路を引いて、湖の水を使えるようにすると同時に、浄化設備を作る。
そして、空いている大部分の荒れ地が、畑と放牧地になる。
僕はこんな形をイメージしているんだ。
もちろん、聖炎のお許しが出たら、って前提だけどね」
その地図をみたデニスがポツリと呟く。
「ドロウの集落に囲まれた、囲い地か……」
「うん、ドロウの能力が最も発揮できるのは、やはり森の中だからね。
家畜や畑を野生動物や魔獣の類から守るには、有効だと思う。
もちろん、周囲に対する警戒もいち早くできるしさ」
「この爆心地を中心にした巨大な生活圏を、一から作ろうというのか?」
「そうだよ。ドロウの15氏族がすべてここに集まっても余裕をもって生活できる場所が必要だからね。
不慮の事故や、病気などで死ぬドロウの数は減るし、出産の数が増えるとは思わないけど、ドロウの人口は増えるはず。
1000年やそこらで、飽和すことはないとおもうよ」
「千年か……また気の長い話だな」
「ドロウやエルフにとっては、一世代前の話ってところだよ」
そう口にした何気ない言葉に、改めて感じる人間との時間の感覚のギャップ。
だがそれは、それぞれの種族の違いとして認識していれば、多分問題にはならないだろう。
少なくとも、僕たちはより多くの事柄を共有できている。
問題は時間の長さじゃない。密度だと僕は思う。
翌日は朝からいつも通りのローテーション。
Gさんと少し話をして、夕刻から出かけたいので、コマリに送ってほしいと頼まれる。
何か御用ですか?と尋ねてみたが、言葉を濁しごまかされた。
何か企んでいるようだけど……悪だくみでないことは分かっているし、そのうち教えてくれるだろう。
軍議の必要はなくなったので、朝は簡単な作業の打ち合わせのみだ。
必要なくなった張りぼての集落は解体し、対岸に建設する予定の評議会の会議場のために資材をまとめる作業と、会議場の設計を各氏族長に依頼した。ドュルーワルカは戦士の一部しかここにいないので、他の4氏族からそれぞれ出してもらい検討して決めることとなった。
昼過ぎに、僕は聖域に立つ。
デニス、ソウザ、マッカランの3人の聖戦士が僕の後ろに並んでいる。
「本当にやるのか?」
ソウザが落ち着きなく問いかけて来た。
3人とも落ち着きがない。彼らからしてみれば、神に直接問いかけること自体が恐れ多いのだろう。
そう思っていた時期が僕にもある。だから彼らの気持ちもわかるが、そこまで恐れることはないとも思う。
悪い事をする訳ではないのだから。
「もちろん。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「そうは言ってもな……」
マッカランがソウザの代わりに答えた。
「お呼びするのは僕なんだし、間違っても君たちがお怒りを受けることはないでしょ?
それに、そもそもお怒りにはならないと思うしさ」
「それは、理屈としては分かっている。分かっているが……だがなぁ……」
デニスも歯切れが悪い。
神に対する接し方として、多分正しいのだと思う。
そう言う意味では僕がフレンドリーすぎるのは理解するが……
僕は大きく息を一つ吐いてから、彼らに告げる。
「諦めて。もう始めるから」
そう言うと、その場に膝をついて月の神の聖印を宙に描き、祈り始める。
無言のまま祈りを捧げ続け、やがて僕の意識に何かが触れる感触を感じた。
それから僕は口に出して願う。
「月の神に願い申し上げます。御身より与えられし力にて、聖炎の神と対話することをお許しください。
聖炎の神よ、月の使徒の声に耳をお貸しください。
神よ、今ここに、交神の奇跡を顕現させ給え!」
僕の声が周囲に響くと、一つ間を置いて天から光が僕たちに差し込む。
僕たちの前に光が収束し、銀色の炎が吹き上がった。
銀の炎はその形を様々に変えながら、すっと消える。
そしてその場に輝く人影が現れた。
「混沌の使徒よ、神の言葉を伝える。
そなたの願いはこの地に秩序をもたらす。
神はそなたの意を良しとされた」
僕は何も言っていないし聞いてもいなかったが、その光の人影は一方的にそう伝えると、その場から消えた。
いや、これ交神の奇跡と随分と違う。
僕は仕える月の神では無い神に伺いを立てようとしたからなのか、神様の都合なのか……
とりあえずお許しはもらえたようではあったが、少しだけ釈然としないものが残っていた。
そもそも、どなたがお答えくださったのかすらわからない。
聖炎に連なる方なのは間違いなさそうだが。
僕は静まりかえる中、振り返りデニスたちに尋ねる。
「今のって、聖炎の……」
話しかけて言葉が止まった。
3人のパラディンはその場に伏したまま、涙を流していたのだ。
「ねえ、みんな大丈夫?」
僕の言葉で3人は我に返り、涙を拭っている。
「ああ、大丈夫だ……これほど名誉なことは無いだろう」
デニスがそう口にした。
僕は今一つ状況が分からないので、尋ねると、デニスはこう答えた。
「今のお声は『聖炎の声』、ティナ様に間違いない。
普段はお姿をお見せになることがないティナ様が、我らの前にお立ち下さった」
デニスは感極まったままだった。
状況は大体だが呑み込めた。聖炎の神に連なる代理として、神格を持たれる『聖炎の声』が僕の呼びかけに答えてくれたのだ。
僕はその声を聞くのは初めてだったが、彼らはその『声』を知っているので、それが『聖炎の声』であることを理解して、感動している。
『聖炎の声』は聖炎に仕えた最初のパラディンであったと伝えられている。彼女は死後に神格を与えられ、聖炎の神と信者を繋ぐ役割をしているそうだ。
普段姿を見せず、神と人を繋ぐ声に徹しておられる方、それもパラディンだった方なので、デニスたちは感極まっているのだろう。
それはそうとして、僕は今回の一番の目的を確認せねばならない。
「でさ、その、感動しているところで悪いんだけど……
君たちにもちゃんとお許しを頂けたことは伝わっているのかな?」
そう尋ねると、3人は大きく頷いた。
「我々は啓示を聞いた。神の声を聞いたんだ。
その御意志は確かに伺った」
僕はそれを聞いて内心ほっとする。
神に直接問いかけるという奇跡の代償が、体に疲労感として残るのを感じたので、少し休もうと思った。
感激したままの3人のパラディンにこれ以上声をかけるのも気が引けたので、僕はその場から静かに立ち去ろうとして、周囲の状況に驚いた。
多くの聖炎の聖職者やパラディン達、一般の信徒たちが、その場に跪いて、祈りを捧げていたのだ。
周辺の信者たちにはその声が届いていたらしい。
彼らの信仰の厚さと重みを改めて感じると同時に、僕自身のスタンスを少し改めた方が良いようにも感じた。
空を見上げてふと思う。
どちらが正しいではなく、どちらも正しいんだ。
少なくとも、僕も、彼らも、神様を信じいてるという一点では、何も変わらないのだから。
夕刻になり、予定通りコマリがGさんを送っていき、思っていたよりも少し遅く戻ってきた。
30分ほどではあったが、送ったらすぐに戻ってくると思っていたので、遅く感じたのだ。
僕は、何かコマリが見てきていると思ったので、聞いてみたが、
「お師様が近いうちに説明すると思います。アレン様は楽しみに待たれている方がいいでしょう」
そう笑顔で答えた。
そう言われるとそれ以上聞けなくなる。
明日も手伝いがあって半日ほどGさんの所に行くそうだ。
余計にそれが何なのか気になって仕方ないのだが、それは後でのお楽しみと思うことにした。
……もちろん、あれこれ余計なことを考えてしまい、その夜なかなか休めなかったわけだが。




