92:末局
翌日は朝からいつも通りの行動になる。
朝の祈りを済ませてから、軍議を行い、昨日コマリやヴェルたちが検討してくれた内容の再確認から始まった。
「氏族ごとに往復すると、残り6氏族中4氏族は、当日には戻れません。
最短で10日ほど必要になります。
ですが、集落だけ順番に回るのでしたら、最短で3日、余裕を見て5日で終われます」
コマリが地図上をなぞり、具体的なルートを示しながら説明すると、それにヴェルが続く。
「一方で、各氏族の遠征軍はこちらに近くはなりますが、その分だけ早く回れます。
次に旧ドュルーワルカ集落に到達するのは、エルヅァネツで推定11日後。
到達しても彼らは単独ですし、その次のズルンヴァシェンの合流までさらに5日あります。
説得や、必要なら各個撃破する時間も十分に取れるでしょう」
この案は理に適っている。
今までは氏族の集落、遠征軍と、氏族ごとに対応する流れだったが、各集落を回り、各遠征軍を回るという順序に変更するというものだ。
ただ、僕に同行する族長が最長で5日間、氏族から離れることが問題に感じる。
その懸念を口にすると、ドミンツェバェが口を開いた。
「5氏族間の連携はうまくいっていますし、誰が陛下のお供をしても問題ないと考えます。
ですが、ご懸念でしたら、私とラッシャキン族長が適任かと。
私の氏族は現状クァルテレンダにお世話になる形ですし、ドュルーワルカは聖炎の方々との連携もできるレベルです。
族長が暫く離れたとして、何の問題もないでしょう」
共同で作業に当たることで、ここにいる5氏族間のわだかまりは殆どないと言っていい状態だ。
戦力的にも問題ないし、この2名の同行で決まりだ。
僕がそれを口にしようとしたとき、ラッシャキンがわずかに早く発言した。
「ちょっと良いか?」
そう言ってからラッシャキンは難しそうな表情で腕を組む。
「ラッシャキン、何かあるの?」
僕の問いかけに一つ頷いてから、彼は話し始める。
「今名前の出たズルンヴァシェンだが、ドュルーワルカとは少しばかり問題がある。
50年ちょっと前に揉めた相手が、ズルンヴァシェンだ」
「ドュルーワルカが北の外れに移住した原因が、ズルンヴァシェンとの揉め事なんですね?」
「その通りだ。
いや、俺たちにはそれ程わだかまりはない。
氏族間の揉め事は珍しくないし、そこで犠牲者が出るのも、当たり前だ。
なんだが、ズルンヴァシェンの連中は、俺とかガルスガのとこと少し違うんだ。
何と言えばいいか、こういうのを根に持つっていうのか」
その辺りは、氏族間で考え方に差があるものなのかもしれない。
文化的に差異の大きな氏族がいてもおかしくはないと思う。
ラッシャキンが続ける。
「確かに戦で双方にそれなりの犠牲は出た。
その争いで先代の族長が死んだから、俺が族長をする羽目になったし、移住もしたわけだ。
そのこと自体には俺たちは受け入れているし、それをいまさら蒸し返すつもりもない。終わったことだからな。
だが、俺が知る限り、ズルンヴァシェンは何かにつけて昔のことを持ち出すきらいがある。
もちろん、その時のことを根に持っているとは限らんが、俺個人としては不安要素でもある」
「そう、貴重な情報だね。ありがとう、ラッシャキン。
でも、それなら猶更ラッシャキンには同行してもらった方がいいんじゃないかな。
向こうの出方も見れるし、後出しになるよりもこちらとしては誠実に見えると思うし。
それに、氏族間の諍いを理由に従えないって言われるようなら、僕も王としてどうなの?ってことだと思うし」
「おとなしく従わないようであれば、アレン様の力を見せつければいいだけです」
「いや、そうなんだけど、それは最後の手段だから」
ヴェルの少しばかり過激な発言をたしなめて、話を続ける。
「もし他の氏族に関して、何か情報があれば教えてほしいんだ」
そう問いかけるとバドリデラが発言の許可を求めたので、促す。
「情報、と言うほどのことではありませんが、アウロシルヴァエに接触したことがあります。
彼らはかなり閉鎖的な印象です。蠍神に従う姿勢ではいますが、従順という訳ではなさそうです」
「アウロシルヴァエの集落は東の端に位置するんだっけ?」
僕の問いにガルスガが答える。
「はい。ジャングルの東端で、海に面しています。今回集落の位置を確認するのに最も時間を要したところです」
蠍の本拠地からも物理的に最も遠い。
それだけでも直接干渉を受けにくい場所と言える。
蠍神を排除したという事実が、他の氏族ほどは決定的ではないことも、想像できる。
「ありがとう。それも貴重な情報だよ。蠍神を排除しても、方針を変えない可能性があるからね。
事前に知っておけば、少なくとも心構えはできる。その場になって慌てないで済むのは大きいよ」
その後、いくつかの細かい打ち合わせを行い、軍議を終えた。
準備を済ませたら、さっそく行動開始だ。
コマリ、ヴェル、ラッシャキン、ドミンツェバェ、そして僕。
この5人は軍議から1時間ほどで、聖域に集まる。
いつものように風渡りの奇跡を授かって、空へと舞い上がる。
座標を理解しているコマリを先頭に、僕たちは最初の目的地、ズルンヴァシェンの集落を目指した。
ズルンヴァシェンの集落は西から2番目。本来は西の端から回る予定であったが、トラブルが起きることも想定して、使える魔法や奇跡が十分ある状況で訪れることにした。
最初に行くことにラッシャキンは気乗りしない様子だったが、先に済ませれば、あとは気楽になるでしょ?と説き伏せた。
9時間ほどの飛行でズルンヴァシェンの集落を目視し、その外れに降り立つ。
監視チームと合流し、近くにいるスコーロウの一団を排除。
これもいつも通りだ。
監視チームを待機させ、僕たちはズルンヴァシェンの集落へと歩いて向かう。
ジャングルを進んで開けた場所に出ると、集落の入り口が見えた。
そこには番兵だろう、数名のドロウの戦士が見える。
僕たちはそのまま入口へと向かい、番兵に呼び止められた。
ここまではいつもの流れだ。
ドミンツェバェが名乗り、ラッシャキンも紹介してから、族長の呼び出しを求める。
ドュルーワルカのラッシャキン族長と聞いて、番兵に緊張が走ったのを僕は見逃さなかった。
「この場でお待ちを」
一人の番兵がそう言い残して、集落の奥へと消える。
今のところ不穏な空気はない。
僕たちはその場で1時間ほど待つことになった。
人間に比べればドロウやエルフは気が長い。
とはいうものの、ラッシャキンは少しじれているように見えた。
「ドュルーワルカの名前を聞いて、嫌がらせか?」
誰に言うともなく、口にする。
ここで切れられてはまずい。
僕が口を開こうと決めた時、僕よりも先にドミンツェバェが声を上げる。
「いささか、待ちくたびれてきた。
我らが王より、重要な伝言を言付かっている。貴殿らの存亡にも関わる話だ。
これ以上待たせるようであれば、我々は帰らせてもらう。早々の対応を求める」
僕が自ら名乗ろうかと思っていたのを察したのだろうか。
ともかく、ドミンツェバェがそう口にしたことで、ラッシャキンのイライラは少し収まったようだった。
程なく身なりの良い戦士、戦士長辺りと思われる人物が現れて、
「族長がお会いになります。どうぞこちらへ」
と門を開け、僕たちを案内するが……
「エルフを集落内に入れる訳にはいかん」
とこれもお約束のように僕はその場で呼び止められた。
僕はヴェルが切れる前に手を打とうと、再び口を開こうとしたが、
「このエルフは今回の言付けを伝えるにあたり、重要な任を帯びている。
もし、入れぬというのであれば、我々はこのまま失礼する」
そうドミンツェバェが言った。
素早い対応だ。
周囲への気遣いという点では、ガルスガやクェルシャッシャよりも優れるかもしれない。
その場で戦士長は考え込んだが、特例だと口にして、僕も中に入ることを許された。
僕たちはそのまま族長の屋敷に案内される。
そこでズルンヴァシェンの族長が待っていた。
少し広めの部屋に族長の椅子があり、そこに族長と思われる人物が座っている。
背後には警護、恐らくは近衛の戦士が8人ほど並び、こちらを威圧する構えのようだ。
僕たちが部屋に入ると、ズルンヴァシェンの族長は立ち上がり、口を開いた。
「ラッシャキン殿、貴殿と顔を合わせることはもうないだろうと思っていたが……
ドュルーワルカの一族は息災か。あのとき貴殿らが水源の権利を主張しなければこうなならなかっただろうに」
「バランデスト族長、俺もあんたの顔をまたみることになるとは思ってなかったさ。
おかげさんで、ドュルーワルカは上り調子ってところだ。
俺はあんたが外出中だとばかり思ってたんだがな」
ラッシャキンがすぐにそう応じた。
なんだか言葉の端々や振る舞いに嫌みのようなものを感じる。
言葉はシンプルだが、何となくエルフの会話を彷彿とさせた。
「神の命は戦士の派遣。必ずしも族長がそれに加わる必要もあるまい。で、ご用件を伺おうか」
そのままの姿勢でバランデスト族長は用件を尋ねてきた。
これにはドミンツェバェも少しむっとしたように見える。
それでも、ドミンツェバェは用件を伝えるべく口を開こうとしたが、ラッシャキンが先に話し始めた。
「俺たちの王からの伝言を伝える。
蠍神は宣言通り討たれ、もはや地上には存在しない。
王は、ドロウの族長により構成される評議会への参加を、貴殿に求めている。
必ずしも王に従属しろということではない。
既に8氏族が王に従属を誓い、もう1氏族もそうなるだろう。
セヴスクムカウダもまた、王に忠誠を誓う立場だ。もっとも、族長が余りにもバカだったんで、俺が斬ったがな」
「それは脅しか?」
「脅すつもりは毛頭もない。少し口が滑っただけだ。
まだ伝言があるぞ。
蠍神を討った際に、ズルンヴァシェンから生贄に出された子供をひとり保護している。
これはあんたらが、どう返答しようとも、事態が落ち着き次第、送り届けるそうだ」
ラッシャキンはかなりイライラしているようだ。
冷静にとは言い難かったが、伝える内容は伝えてくれた。
「ほう。それには感謝せねばなるまい。
だが、それだけでは蠍神を討った証拠にはならん。そもそも神を殺すことなどできまい。
それに、言っていることに矛盾がないか?
王が従属は求めないが、評議会に参加せよと。
そもそもその評議会なるものはなんだ?」
バランデスト族長の言葉に、ラッシャキンが再び苛立ちを感じているように見える。
すかさずドミンツェバェが会話を引き取った。
「評議会というのは、ドロウの氏族長によって構成される会議の場で、そこでの決定をドロウ全体としての統一見解とするために設けられます。
王は、自ら支配されることを望んではおられません。ドロウ全体が、協調して一つにまとまることをお望みです。
ですから、王は従属は求められませんが、評議会への参加を求められているのです」
「断ったらどうなる?即座に戦いか?」
「貴殿がお望みなら、それもありましょうな。
ただ、王の言葉をお借りすれば、放っておいて構わない、とのことです。
氏族単独では、いずれ滅ぶだろうと」
「わしらドロウは、これまでも氏族という単位で生活してきた。
何と戦おうとも、わしらは滅びておらん。今更ドロウ全体でだと?そんなことをして何の意味がある?」
「北方には人間が進出してきております。南方では目にすることもないでしょうが、いずれは交わる時が来ましょう。
その時に氏族では数が少なく、交渉すら難しい状況になると王はお考えです。
そのためにはドロウがひとまとまりになる必要があります」
「人間なら知っておる。
寿命も短く、戦士としての力も恐るるに足らん。
それが、脅威というのか?そのようなもの、いくら束になってかかって来ようとも、敵ではないわ」
バランデスト族長はそう言い放つと、僕をちらっとだけ見てから、言葉を続けた。
「だいたい、忌み子なぞ集落に送り込んで何のつもりだ。嫌がらせか?
重要な任とはなんだ。
我慢してやるから、さっさと話せ」
この言葉にヴェルがあからさまに殺気を放った。
その場が凍りつくほどの圧倒的な威圧。
僕はすぐさまヴェルの肩をポンと叩いてから一歩前に出る。
威圧は幾分収まったが、それでも、バランデスト族長の額には大粒の汗が流れている。
「自己紹介が遅れました。
私の名はアレン・ディープフロスト。これでもエルフです」
僕が言い始めると同時に、周りの4人はその場に膝をついた。
「おま…あなたが、ディープフロスト…ドロウの王…」
バランデスト族長は驚きを隠せない。
彼の心中が色々と穏やかでないことは、見ればわかる。
「人間は恐るるに足る存在ですよ。
エルフやドロウが1世代過ごす間に、彼らは5世代を重ねます。
あっという間に我々よりも数が増え、そして我々よりも早く世界を変えて行く。
それに、個の力も侮れません。
ラッシャキンですら、一対一での戦いで人間に敗れています。
ドロウだけではありません。北の大陸ではエルフもまた、人間を見下した結果、共存の道を模索している最中です」
「では、あなたがドロウを統べ、この地にいる人間を排除されるのですか?」
「いいえ、北から来た僕が人間を排除するのは筋が違います。
それに、それを行うにはもう遅い状況なのです。
北にある人間の街、ストームポートは人口1万を超える都市となっています。
今となってはドロウの全氏族を集結させても排除は難しいでしょう。
蠍神は討ち滅ぼしました。
放置していてもいずれは滅んだでしょう。ですが、その時はドロウもまた滅ぶときだったのです。
そうならないために今、私たちは蠍神を討ちました。
今ドロウの統一が必要なのです。
その上で人間や他の種族との共存が唯一の、ドロウが滅ばないための道です」
バランデスト族長は押し黙った。
彼が何を考えているのはかはわからない。
すると再び彼は口を開いた。
「評議会に加わらない場合は、いずれ氏族として滅ぶとおっしゃったとか。
それはなぜですか?今まで暮らしてきたように我々氏族だけでも暮らして行けるはず」
「それはその通りですね。当面は問題にならないでしょう。
ですが、蠍神の支配によるある種の秩序は失われました。
蠍神に刃向かう氏族がどうなってきたのか、あなたもご存じのはずだ。
いずれズルンヴァシェンと評議会に加わる氏族が、なんらかの理由で対立することがあった場合、
ドロウの流儀で問題を解決するのであれば、どうなるか想像に難くないですよね。
評議会に加わる氏族は今よりもはるかに早くその勢力を拡大するでしょう。
200年や300年はなにもなくても、いずれズルンヴァシェンと評議会に属する氏族は接触することになる。
山の民との話もついています。彼らは私をドロウの王として認めてくれていますから」
「我々を脅されるのですか」
「これは脅しではないですよ。この先どうなるかという私の予想です。
考えてみてください。あなたは自分の子が犠牲になると分かったうえで、見ず知らずの子供の命を救おうと考えますか?
私は王を名乗っている以上、その民に対して責任を負っています」
「ここはズルンヴァシェンの集落内です。
あなた方はわずか5人。
いかに腕が立とうとも、危険だとはお考えにならなかったのですか?」
バランデスト族長には本気で力で抑え込もうという意図は見えない。
こちらが脅していると受け取ったので、それに対するカウンター、と言ったところだろう。
だが、悪手だ。
僕はヴェルやラッシャキンが切れる前に手を打つ。
「それは困りますね。
ラッシャキン、蠍神の本拠地に乗り込んだのって、何人でしたっけ?」
「9人だった。実際に殴り込んだの7人か」
「7人でドロウレイスとスコーロウを100くらいでしたか。何とかなりましたしね。
今回はどうなると思います?」
「人数の上では2人少ないが、戦力的にはそう変わらんな。
ズルンヴァシェンの集落に何人いるかは知らんが、100人とか200人が同時に斬りかかるのは物理的に無理だ。
何とでもなるだろう」
バランデスト族長の言葉を、意に介さぬようにラッシャキンと会話を交わす。
それがバランデスト族長の目にどう映るか……
彼は再び大粒の汗を流し、顔が少し引きつっているように見える。
自分が口にした言葉が、意味を持たないどころか、状況を悪化させたことに気がついたようだ。
彼には考慮すべき条件はもう残っていない。僕はそう判断して詰める。
「用件はお伝えしました。
その理由もご理解いただけたと思います。
今この場であなたの判断を伺いたい。
あなたは、ズルンヴァシェンは、どうされますか?
あなた自身がお決めください」
「いま、この場で決めろと……」
「ええ、何の問題もないでしょう。
服従しろというわけではありませんし、評議会への参加の要請です。
しかも、断ったところで、当面問題は無い。今決められない理由がわかりませんが?」
「後程、改めて返事をさせていただくことは……」
「もちろん、それでも構いません。
ですが、発足時から指示してくれる氏族と、あとから日和見で参加した氏族を同列には扱えませんよ」
再びバランデスト族長は沈黙した。
そしてわずかの間を置いて、こう答えた。
「分かりました。ズルンヴァシェンは評議会に参加します。
ですが、ドロウの王を名乗るあなたに膝を折ることは、今すぐには出来かねる。
私の一存では決められません……」
「はい、ご返答ありがとうございます。
当面はこちらにて、評議会の開催をお待ちください。
参加氏族が決定次第、こちらからご連絡します。
ああ、そうだ、一つ大切なことを忘れていました。
蠍神はもういません。蠍神から出ている討伐指令は無効ですので、進行中の戦士たちに宛てた命令書を書いて頂けますか?
せっかくご協力いただけるのに、無益な死者は出したくありませんからね」
そう言うと、バランデスト族長は脇にある筆記台に向かい、そこにあった紙に一文をしたためた。
「これでよろしいですか」
それを受け取り一読する。
宛てた人物が誰かは分からないが、内容は即時帰還命令だった。
問題は無いだろう。
族長の署名もあるし。
「はい、お預かりします。後程進行中のズルンヴァシェンの軍勢に届けますので、彼らもじきに戻るでしょう」
僕がそう答えるとラッシャキンがバランデスト族長の前に歩み寄る。
「バランデスト族長、貴殿と協力関係が築けることになるのは喜ばしいことだ」
そう言ってから、右手を差し出した。
バランデスト族長もその手を握り返す。
「評議会では共にドロウの未来を決めるための仲間だが、俺は王の臣下でもある。
次に今日ほどふざけた口をきけば、俺は一切遠慮せんからな。覚えておけ」
ラッシャキンは小声でそう言ってから、笑顔でその手を離した。
ラッシャキン、それ、しっかり聞こえてるから……
「では、話もまとまりましたので、我々は失礼します」
僕は慌ててそう言ってから、一礼する。
するとバランデスト族長はより深く礼をしてから、
「皆様をお送りしろ」
そうその場にいた近衛の一人に言った。
僕たちは、近衛たちに見送られる形で村を出る。
振り返らずにジャングルまで戻ると、ラッシャキンに言う。
「少しやり過ぎじゃないですか?」
「アレンほど意地の悪いことは言ってないぞ?」
「いや、まあ……確かに意地の悪いことを少しは言いましたけど、流血の事態にはならなかったじゃないですか」
「俺も流血の事態は回避してるが?」
何を言っても無駄な気がしてきた。
確かに交渉は思っていた以上にうまくいった。
ある意味では、ラッシャキンのおかげかもしれない。
でも、ラッシャキンも意外と根に持つタイプなんじゃないかという気がしていた。
ギヴェオン司教に負けたのも、本気で悔しがっていたようだし……
ズルンヴァシェンの監視に当たっていたチームに帰還するように告げてから、僕たちは次の氏族へと向かう。
西の端に住むムルザカルネだ。




