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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
93/136

91:齟齬(2)


 カルキンとビビスコと話をしながら、時折そこにいる子供たちに話を振る。

 昨日の晩ご飯、何だった?から始まって、カルキンやビビスコがそれに答える。

 最初は二人とも固かったが、すぐに緊張感は消えて、普通に話をしてくれるようになった。

 何往復か二人と会話を繰り返したあたりで、年少の子よりも少し年上と思われる男の子に、じゃあ、君は何が好き?

 と食べ物の好みを問いかけてみる。

 その子は少しだけ考えてから、お肉が好きと答えてくれた。

 さらに、じゃあ君は?と隣の女の子に聞くと、この間食べた甘いパンが好き、と答えた。

 それを聞いた、僕が年を訪ねた子が、あれ食べたい。と自然な反応で言葉を口にする。

 さらに年上の子たちに、あれ、美味しかった?と聞くと、控えめに頷いたり、はい、と短く答えるだけだった。

 年齢が上ということは、この状態で過ごした期間も長い。

 簡単にはいかないのはわかっている。

 だけど、共通の話題が存在して、その話に対して拒絶していないことは、突破口になり得る。

 僕は再びビビスコにあの甘いパンは、美味しかった?と尋ねると、ビビスコは初めて食べたので、驚いた、また食べたいと言ってくれた。

 その言葉に、リーダー格の男の子も、また食べたいです。と言葉を重ねる。


 砂糖はともかく、蜂蜜なら聖炎にあると思うし、他の材料もおそらく手に入る。

 もう一度同じものを……と思ったときに、ちょっとした思いつきが頭をよぎる。

 子供たちとの会話を続けながら、その考えをまとめていく。

 ……多少馬鹿げてる気もしたが、これはするだけの価値があると判断した。


「ねえ、さっきの話に戻るんだけどさ、この間の甘いパンみたいなものを作ろうと思うんだ。

 そのために、手伝いを頼みたいんだけど、みんな協力してくれる?」


 小さな子供たちは即座に「うん」と頷き、年上の子たちは少し間を置いてから、首を縦に振った。


「ありがとう。少し準備がいるから……一時間後に、再度集合。いいかな?」


 子供たちがうなづくのを確認してから、また後で来るねと言い残し、カルキンと一緒に外へ出る。

 そこで僕は真剣な表情でカルキンに伝えた。


「カルキン。これは王直々の重要な指令だ。

 集落を回って、卵を20個と多めにオーグの乳を確保してくれないか?

 もちろん、王からの要請だといって構わない。だけど無理矢理とか盗んだりしたらダメ。

 できるか?」


 そう言うとカルキンは大きく頷いてから、お任せください、と自分の胸を叩いた。

 僕はその場から急ぎ足で僕たちの天幕へと戻った。




 天幕に戻り、調理器具を確認し、自分のバッグに放り込む。

 足りないものがあったので、調達しなければならない。

 そう思い天幕を出る。

 僕のあわただしさに、Gさんとパーシバルは無言で僕を見ていた。

 天幕を出たところで、コマリとヴェルが天幕に戻ってくるのを見かけたので、声をかける。


「アレン、明日以降の活動についてお話が……」


 先にヴェルがそう声をかけてきたが、僕は途中でその言葉を遮り、自分の話を始めた。


「今ドロウの未来をかけた重大な戦いの準備中なんだ。その話は後でも構わない?」


「ドロウの未来をかけた重要な戦い……」


 その言葉の意味をかみしめるようにヴェルが繰り返した。

 僕は、いま準備している内容を大まかに二人にすると。


「アレン。あなたはアホですか?どう考えてもやることが馬鹿げてるでしょ?」


 ヴェルの冷静な罵声が飛ぶ。

 だが、この反応は想定内だ。自分でも馬鹿げたことだと思う。


「自覚はあるから大丈夫。採算度外視だよ。それにドロウの未来をかけたって言うのも、あながち嘘じゃないし」


「そうですね。私はいい考えだと思います。それで子供たちが笑顔になるのなら、費用の問題じゃないと思いますし」


「コマリ様まで……まあ、確かに良いことだとは思いますけど……」


「ここで実現するにはそれしかないし、幸い手元に必要なものは揃ってるんだ。あとは覚悟の問題だよ」


「まあ、あなたがそう言うのでしたら、協力はしますけど……ガイアに後で怒られても知りませんからね」


「Gさんには説明してこなかったけど、多分大丈夫だよ。自分で愛と正義の人とか言っちゃうんだから」


 二人の協力を取り付けて、聖炎の調理場に向かう。

 そこで足りない道具を借り、在庫に問題のない範囲で、材料を調達。

 コマリにも一つお願いして、材料を入手してきてもらう。

 他にも開いているフライ返しや、大きめのスキレット、ボウルをいくつかと調理器具、さらに開いている樽と大きめの桶も借りた。

 台車を調達して材料や道具を積み、それを曳いて子供たちの所に戻った。

 ここで足りない道具をいくつか用意する。

 作業場に置いてあった木材から、ラタンを取り出し乾燥している物40cmほどに切ってから、縦に割く。

 弾性を生かしておらないように曲げながら、6本ほどを束ねて、ループが重ならないように調整してから、反対側を、生のラタンで巻いて縛る。

 これで、卵をかき混ぜるための道具ができ上がり。

 他にも同じくラタンを使った長ブラシを何本か作った。


 次に、ここにはかまどが無いので、石を組んでかまどを作る。

 大きめのスキレットが使える大きさにする。

 空の樽の一つに、奇跡を願い水で満たす。

 離れたところに、設置する予定の場所を確保し、コマリと打ち合わせ。


 それが終わったころに、カルキンが籠に卵を入れて戻ってきた。

 彼の後ろをここの警備の戦士が、ピッチャーを二つほど手にしているのも見える。

 カルキン、よくやった(グッジョブ)


 道具をすぐに使える場所に並べて使える状態にして、準備完了だ。

 予定より少し早いが、子供たちもそろってこちらの準備を見ていた。


「じゃあ、始めようか。

 みんなが手伝ってくれないとできないからさ。頑張って」


 そう声をかけてから、作業を始める。

 最初は小麦粉に水と少量の塩、コマリが調達したダスラスマ蘭のシロップを加えて、しっかりとこねる。

 こね上がったら子供たちに、見本を一つ示して、同じくらいの大きさに分けてもらい。

 粉を振った2枚の板に挟んで、薄く潰してもらう。

 それを大きめの板にこれも粉を振ってその上に並べて行く。

 スキレットを火にかけて、その上で、今作った薄い生地を焼いてもらう。これは年齢の上の子に任せた。

 一枚目を焼きあげて、こんな感じで焼いて、焼き上がったら、皿に重ねておいて、と伝えると、その子は頷いた。


 続けてさっきの設置予定地に行くと、コマリに巻物(スクロール)を渡して、打ち合わせ通りに、というと、コマリは頷いて、スクロールを読み上げ、魔法を発動させた。

 氷の壁(ウォールオブアイス)の魔法。ただ、壁の形ではなく、大きな台形の氷の塊が生成される。

 僕と、ここの警備の大人たちで、その中央部をへこむように手斧で削り取る。

 大きめに周囲の角の部分を大きめに砕いて取り、それらは空の樽に回収。

 時間との勝負。大人が必死になって作業を続けた。

 途中だが、あとはヴェルに任せて、僕は次の準備に入る。


 卵を割り、丁寧に白身と黄身を分けて、ボウルに入れていく。

 ドロウたちは白身と黄身を分けて使うなんてことはしない。こんなことをするのは都市部の菓子屋くらいだ。

 ストームポートでなら当然のように存在するものは、当然ながらジャングルにはない。

 先程作った撹拌機で、黄身、白身それぞれをしっかりと泡立てる。

 そしてオーグの乳を鍋に入れてから、火にかけた。

 温度管理を慎重に……温度が上がり過ぎてはだめなので、何度か確かめながら加熱。

 熱い風呂のお湯くらいの温度で、バターを投入して、完全に溶けてから、蜂蜜。さらに良く混ぜて、卵の黄身を加えて、鍋を火から完全に降ろし、かき混ぜ続ける。

 その様子を子供が近くで不思議そうに見ていた。

 ……ああ、弱火にかけて鍋を混ぜ続けるって、呪術(まじない)師が薬作ってるみたいだもんね。


「楽しみにしてていいよ?きっと驚くからさ」


 僕はその子にウインクしながらそう告げた。


 氷を削る作業が終わり、樽に一杯の氷の塊が確保され、目の前には巨大な氷の緩斜面が残っている。

 背の方に梯子をかけて、準備完了。氷の滑り台だ。

 もちろん、ドロウの殆どが、氷など見たことがない。

 そのあまりの冷たさに、驚いていて、滑り台を楽しむどころではないようだ。

 気温が高いので氷が解ける速度も速い。だから表面はつるつるになっていて、擦れて怪我をすることもない。

 僕は一度滑って見せてから、作業に戻った。

 仕事を交代した子は、試してみてね?

 そう言うと最初に仕事を頼んだ子供たちは次の子に交代して、滑り台で遊び始めた。


 僕はすぐに樽に大量の塩を入れる。こうすることで氷の持ちがよくなり、冷却効果も高くなる。

 余談だが、内陸部においては塩も貴重品の一つだ。

 冷やす為だけに塩を使うとか、本来なら常識外れも良い所だ。

 そこに樽から桶に氷を移し、鍋を漬けて冷やしながら、ひたすらかき回し続ける。

 かき混ぜる作業を子供の二人に頼んで、交代で混ぜ続けてもらう。

 氷が解けるのが早いので、鍋を冷やしている桶に、定期的に氷を補充する。

 中に入れたミルク主体の液体は、徐々に粘度が上がってきていた。

 こうなると子供の力では厳しくなるので、僕が再び混ぜ始める。

 滑り台から子供たちの歓声がひっきりなしに聞こえてきている。お気に召してくれたようだ。

 気がつけば生地を焼くのはヴェルが行っている。

 コマリに最後の指示を出して、蜂蜜を卵の白身に加えてから、さっきの攪拌具でしっかり混ぜてもらう。

 これも体力仕事だ。

 しばらく混ぜ続けると、しっかりと泡立ち形を少し維持するくらいになったので、生地の焼き上がったヴェルと交代し、その泡をスプーンでスキレットに乗せて並べていく。

 弱火でてっぺんまで水分が飛んだら、スキレットから剥がして、皿に移す。

 これを何度か繰り返して、もらっているうちに、ゆっくりと混ぜ続けていた液体は、半固体と言えるくらいの固さになった。

 卵白を焼いた一口サイズのものを、コマリとヴェルに味見してもらう。

 二人は絶句した。

 僕も一つ口に入れて確認する。

 蜂蜜のシンプルな味付け。だけどカリッとした最初の触感から、口の中で泡のように溶けていく食感は独特だ。

 滑り台に夢中な子供たちに声をかけて、最初に焼いたクッキープレートに、でき上ったアイスクリームをのせる。

 さらにその上に、即席のムラング(卵白の焼き菓子)をのせれば完成だ。


 子供たちに順番に振る舞っていく。

 彼らにしてみれば、得体の知れないものだ。

 大体水よりも冷たいものを口にしたことがないのだから、冷たい食べ物なんて、まさに未知との遭遇。

 最初は恐る恐る口にしていたが、これ以上は言うまでもない。

 一番小さな子が、食べている最中に地面に落としてしまって、大粒の涙を流した。

 すぐに代わりを手渡すと、その瞳がパッと輝く。

 美味しいものを口にすると、人は思わず無言になる。

 先ほどまでの歓声はすっかり消えて、みんな必死になって食べている様だった。


 もちろんお腹いっぱい食べるようなものではないので、この場の警備をしている大人たちにも振舞う。

 コマリもヴェルも口にして味わっていた。


「アイスクリームってこうやって作るんですね」


 笑顔で食べながらコマリが言ったので、少しだけ補足した。


「香りづけに酒を混ぜたり、香料を入れたりするんだよ。それに、本物は生クリームっていう、もっと濃い乳製品を使うんだ。

 だから、今日作ったのはアイスクリームっぽいお菓子かな。でも、なかなかいけるでしょ?

 コマリは、氷の壁の魔法を準備さえしておけば使えるから、一人でも作れるよね?」


「氷で冷やす為に氷を砕くのはさすがに一人では無理です。でも、アレン様とか、姉様と一緒にだったら作れますね」


 そう、一番の問題は氷をどうやって作るか。

 材料をかなり冷やす必要があるので、その点が一番の問題になる。

 ストームポートでは、魔法工学で作られた冷却器があって、比較的大きな店では導入されていたりするから、市民感覚からすれば高価なものだけど、何か所か買うことのできる場所はある。

 今回は氷の壁の巻物を使ったが、これは買うとなると金貨3000枚程度の出費だ。

 一般的には絶対に無理な額だ。

 小市民な僕の感覚でも、腰が引ける。

 普通だったら、罵倒されてごめんなさいで終わるだろう。


 それでも今日は無理してでも作って良かったと思える。

 今日、今それをしたことに意味があると思うんだ。

 アイスクリームを食べている時、ちゃんとみんな子供の顔だったんだ。




 後片付けをしてから、3人で帰り道につく。

 とてもバタバタしたけど、いい気分転換になった。

 あの子たちのおかげだ。


「そう言えば、今朝の打ち合わせって、何の話だったの?聖炎(ホーリーフレーム)の機密事項とかじゃなければ、教えてよ」


 僕は二人にそう話しかける。

 するとコマリがそれに答えた。


「明日からの行動計画を立てていたんです。

 アレン様には少し休んでいただきたかったので、族長たちが朝の軍議でそう決めたようで。

 私と姉様は、その検討に父様から呼ばれたんです」


 ああ、そうだったんだ。

 朝の軍議さぼったから、みんなが気を利かせてくれたのか。

 なんか、一人で仲間外れ感を募らせていた、自身が子供に思える。

 最初に軍議をサボったところから、小さな行き違いが発生していたんだ。

 みんな善意で動いたけど、その善意が伝わらなかった。

 言葉って大切だと改めて思う。

 そして一番反省しなきゃいけないのは、やっぱり僕だ。


「そうだったんだ。ゴメンね。みんなに気を使わせちゃって」


「たまにはいいのではないですか?いずれあなたはそうなることを望んでおられるのですし」


 ヴェルの言葉はもっともだった。

 評議会が順調に動くためには、各氏族間の、少なくとも族長間の相互理解は重要になる。

 もちろん、これから参加する族長が増え、方針のとりまとめは困難になるだろうけど、少なくとも今いる5人の族長は力を合わせる事を知っている。

 いずれ評議会の核として機能するだろう。


 道具の返却などを済ませ、天幕に戻ると、Gさんが一人でのんびり過ごしていたようだ。


「戻りましたよ。あれ?パーシバルは?」


 僕が聞くとGさんは、


「司令部に行っておる。もう戻るじゃろう」


 そう答えてくれた。

 その言葉通り、パーシバルすぐに戻ってきて、僕の顔を見るなり言った。


「すまんが、嬢ちゃんに送ってもらえないか。ザックの所に戻ろうと思うんだ」


「え?今から?」


 突然のことで僕は驚いて声に出す。


「ああ、出来るなら早い方がいい。次の仕事もあることだしな」


「そっか、もう少しのんびりしていくのかと思ってたよ。

 せっかく剣を仕上げてもらったのに、完成させられなくてごめん」


 今朝もGさんと何か話し込んでいた。仕事の打ち合わせだったのだろう。


「なに、俺の仕事は終わったし、お前は俺の仕事をちゃんと評価してくれた。それで十分だ。

 もちろん請求はするからな」


「うん、わかった。もしかするとすぐには無理かもしれないけど、ちゃんと払うよ」


「ああ、そこは疑っちゃいねぇ。一流の素材を使って、一流の職人が仕事をしたんだ。

 額に驚くなよ」


 パーシバルがニヤッと笑う。

 それは覚悟してるけど、少しだけ気後れした。


「うん、そうだよね。でも、きっとちゃんと払うよ」


「嬢ちゃん、今日は飛んで帰れるか?」


 パーシバルがコマリに話しかけ、コマリは少し戸惑った様子だったが頷いた。


「それなら早い方がいい。早速頼めるか?」


 パーシバルの言葉にコマリは僕を見た。

 僕が頷いて答えると、コマリはパーシバルに答えた。


「はい。参りましょう」


 二人は聖域に立つ。


「それじゃ、またな」


 パーシバルが短く告げ、それを聞いたコマリが瞬間移動(テレポート)の呪文を唱える。

 詠唱が終わり、コマリが魔法の行使を宣言すると、二人の姿は天へと伸びる光の軌跡を残して消えた。


「あっさりと行っちゃいましたね。パーシバルにも悪いことしたな」


 僕が呟くとGさんがポンと肩を叩いて僕に告げる。


「なに、今生の別れでもあるまい。

 あやつはあやつの、おぬしはおぬしの仕事をこなせ。そう言うことじゃろう」


 夕刻が迫るセーブポイントで、僕は南の空を見つめる。

 もう東海岸のキャンプに到着しているのは分かっているが、少し見送りたい気分だった。




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