91:齟齬(2)
カルキンとビビスコと話をしながら、時折そこにいる子供たちに話を振る。
昨日の晩ご飯、何だった?から始まって、カルキンやビビスコがそれに答える。
最初は二人とも固かったが、すぐに緊張感は消えて、普通に話をしてくれるようになった。
何往復か二人と会話を繰り返したあたりで、年少の子よりも少し年上と思われる男の子に、じゃあ、君は何が好き?
と食べ物の好みを問いかけてみる。
その子は少しだけ考えてから、お肉が好きと答えてくれた。
さらに、じゃあ君は?と隣の女の子に聞くと、この間食べた甘いパンが好き、と答えた。
それを聞いた、僕が年を訪ねた子が、あれ食べたい。と自然な反応で言葉を口にする。
さらに年上の子たちに、あれ、美味しかった?と聞くと、控えめに頷いたり、はい、と短く答えるだけだった。
年齢が上ということは、この状態で過ごした期間も長い。
簡単にはいかないのはわかっている。
だけど、共通の話題が存在して、その話に対して拒絶していないことは、突破口になり得る。
僕は再びビビスコにあの甘いパンは、美味しかった?と尋ねると、ビビスコは初めて食べたので、驚いた、また食べたいと言ってくれた。
その言葉に、リーダー格の男の子も、また食べたいです。と言葉を重ねる。
砂糖はともかく、蜂蜜なら聖炎にあると思うし、他の材料もおそらく手に入る。
もう一度同じものを……と思ったときに、ちょっとした思いつきが頭をよぎる。
子供たちとの会話を続けながら、その考えをまとめていく。
……多少馬鹿げてる気もしたが、これはするだけの価値があると判断した。
「ねえ、さっきの話に戻るんだけどさ、この間の甘いパンみたいなものを作ろうと思うんだ。
そのために、手伝いを頼みたいんだけど、みんな協力してくれる?」
小さな子供たちは即座に「うん」と頷き、年上の子たちは少し間を置いてから、首を縦に振った。
「ありがとう。少し準備がいるから……一時間後に、再度集合。いいかな?」
子供たちがうなづくのを確認してから、また後で来るねと言い残し、カルキンと一緒に外へ出る。
そこで僕は真剣な表情でカルキンに伝えた。
「カルキン。これは王直々の重要な指令だ。
集落を回って、卵を20個と多めにオーグの乳を確保してくれないか?
もちろん、王からの要請だといって構わない。だけど無理矢理とか盗んだりしたらダメ。
できるか?」
そう言うとカルキンは大きく頷いてから、お任せください、と自分の胸を叩いた。
僕はその場から急ぎ足で僕たちの天幕へと戻った。
天幕に戻り、調理器具を確認し、自分のバッグに放り込む。
足りないものがあったので、調達しなければならない。
そう思い天幕を出る。
僕のあわただしさに、Gさんとパーシバルは無言で僕を見ていた。
天幕を出たところで、コマリとヴェルが天幕に戻ってくるのを見かけたので、声をかける。
「アレン、明日以降の活動についてお話が……」
先にヴェルがそう声をかけてきたが、僕は途中でその言葉を遮り、自分の話を始めた。
「今ドロウの未来をかけた重大な戦いの準備中なんだ。その話は後でも構わない?」
「ドロウの未来をかけた重要な戦い……」
その言葉の意味をかみしめるようにヴェルが繰り返した。
僕は、いま準備している内容を大まかに二人にすると。
「アレン。あなたはアホですか?どう考えてもやることが馬鹿げてるでしょ?」
ヴェルの冷静な罵声が飛ぶ。
だが、この反応は想定内だ。自分でも馬鹿げたことだと思う。
「自覚はあるから大丈夫。採算度外視だよ。それにドロウの未来をかけたって言うのも、あながち嘘じゃないし」
「そうですね。私はいい考えだと思います。それで子供たちが笑顔になるのなら、費用の問題じゃないと思いますし」
「コマリ様まで……まあ、確かに良いことだとは思いますけど……」
「ここで実現するにはそれしかないし、幸い手元に必要なものは揃ってるんだ。あとは覚悟の問題だよ」
「まあ、あなたがそう言うのでしたら、協力はしますけど……ガイアに後で怒られても知りませんからね」
「Gさんには説明してこなかったけど、多分大丈夫だよ。自分で愛と正義の人とか言っちゃうんだから」
二人の協力を取り付けて、聖炎の調理場に向かう。
そこで足りない道具を借り、在庫に問題のない範囲で、材料を調達。
コマリにも一つお願いして、材料を入手してきてもらう。
他にも開いているフライ返しや、大きめのスキレット、ボウルをいくつかと調理器具、さらに開いている樽と大きめの桶も借りた。
台車を調達して材料や道具を積み、それを曳いて子供たちの所に戻った。
ここで足りない道具をいくつか用意する。
作業場に置いてあった木材から、ラタンを取り出し乾燥している物40cmほどに切ってから、縦に割く。
弾性を生かしておらないように曲げながら、6本ほどを束ねて、ループが重ならないように調整してから、反対側を、生のラタンで巻いて縛る。
これで、卵をかき混ぜるための道具ができ上がり。
他にも同じくラタンを使った長ブラシを何本か作った。
次に、ここにはかまどが無いので、石を組んでかまどを作る。
大きめのスキレットが使える大きさにする。
空の樽の一つに、奇跡を願い水で満たす。
離れたところに、設置する予定の場所を確保し、コマリと打ち合わせ。
それが終わったころに、カルキンが籠に卵を入れて戻ってきた。
彼の後ろをここの警備の戦士が、ピッチャーを二つほど手にしているのも見える。
カルキン、よくやった。
道具をすぐに使える場所に並べて使える状態にして、準備完了だ。
予定より少し早いが、子供たちもそろってこちらの準備を見ていた。
「じゃあ、始めようか。
みんなが手伝ってくれないとできないからさ。頑張って」
そう声をかけてから、作業を始める。
最初は小麦粉に水と少量の塩、コマリが調達したダスラスマ蘭のシロップを加えて、しっかりとこねる。
こね上がったら子供たちに、見本を一つ示して、同じくらいの大きさに分けてもらい。
粉を振った2枚の板に挟んで、薄く潰してもらう。
それを大きめの板にこれも粉を振ってその上に並べて行く。
スキレットを火にかけて、その上で、今作った薄い生地を焼いてもらう。これは年齢の上の子に任せた。
一枚目を焼きあげて、こんな感じで焼いて、焼き上がったら、皿に重ねておいて、と伝えると、その子は頷いた。
続けてさっきの設置予定地に行くと、コマリに巻物を渡して、打ち合わせ通りに、というと、コマリは頷いて、スクロールを読み上げ、魔法を発動させた。
氷の壁の魔法。ただ、壁の形ではなく、大きな台形の氷の塊が生成される。
僕と、ここの警備の大人たちで、その中央部をへこむように手斧で削り取る。
大きめに周囲の角の部分を大きめに砕いて取り、それらは空の樽に回収。
時間との勝負。大人が必死になって作業を続けた。
途中だが、あとはヴェルに任せて、僕は次の準備に入る。
卵を割り、丁寧に白身と黄身を分けて、ボウルに入れていく。
ドロウたちは白身と黄身を分けて使うなんてことはしない。こんなことをするのは都市部の菓子屋くらいだ。
ストームポートでなら当然のように存在するものは、当然ながらジャングルにはない。
先程作った撹拌機で、黄身、白身それぞれをしっかりと泡立てる。
そしてオーグの乳を鍋に入れてから、火にかけた。
温度管理を慎重に……温度が上がり過ぎてはだめなので、何度か確かめながら加熱。
熱い風呂のお湯くらいの温度で、バターを投入して、完全に溶けてから、蜂蜜。さらに良く混ぜて、卵の黄身を加えて、鍋を火から完全に降ろし、かき混ぜ続ける。
その様子を子供が近くで不思議そうに見ていた。
……ああ、弱火にかけて鍋を混ぜ続けるって、呪術師が薬作ってるみたいだもんね。
「楽しみにしてていいよ?きっと驚くからさ」
僕はその子にウインクしながらそう告げた。
氷を削る作業が終わり、樽に一杯の氷の塊が確保され、目の前には巨大な氷の緩斜面が残っている。
背の方に梯子をかけて、準備完了。氷の滑り台だ。
もちろん、ドロウの殆どが、氷など見たことがない。
そのあまりの冷たさに、驚いていて、滑り台を楽しむどころではないようだ。
気温が高いので氷が解ける速度も速い。だから表面はつるつるになっていて、擦れて怪我をすることもない。
僕は一度滑って見せてから、作業に戻った。
仕事を交代した子は、試してみてね?
そう言うと最初に仕事を頼んだ子供たちは次の子に交代して、滑り台で遊び始めた。
僕はすぐに樽に大量の塩を入れる。こうすることで氷の持ちがよくなり、冷却効果も高くなる。
余談だが、内陸部においては塩も貴重品の一つだ。
冷やす為だけに塩を使うとか、本来なら常識外れも良い所だ。
そこに樽から桶に氷を移し、鍋を漬けて冷やしながら、ひたすらかき回し続ける。
かき混ぜる作業を子供の二人に頼んで、交代で混ぜ続けてもらう。
氷が解けるのが早いので、鍋を冷やしている桶に、定期的に氷を補充する。
中に入れたミルク主体の液体は、徐々に粘度が上がってきていた。
こうなると子供の力では厳しくなるので、僕が再び混ぜ始める。
滑り台から子供たちの歓声がひっきりなしに聞こえてきている。お気に召してくれたようだ。
気がつけば生地を焼くのはヴェルが行っている。
コマリに最後の指示を出して、蜂蜜を卵の白身に加えてから、さっきの攪拌具でしっかり混ぜてもらう。
これも体力仕事だ。
しばらく混ぜ続けると、しっかりと泡立ち形を少し維持するくらいになったので、生地の焼き上がったヴェルと交代し、その泡をスプーンでスキレットに乗せて並べていく。
弱火でてっぺんまで水分が飛んだら、スキレットから剥がして、皿に移す。
これを何度か繰り返して、もらっているうちに、ゆっくりと混ぜ続けていた液体は、半固体と言えるくらいの固さになった。
卵白を焼いた一口サイズのものを、コマリとヴェルに味見してもらう。
二人は絶句した。
僕も一つ口に入れて確認する。
蜂蜜のシンプルな味付け。だけどカリッとした最初の触感から、口の中で泡のように溶けていく食感は独特だ。
滑り台に夢中な子供たちに声をかけて、最初に焼いたクッキープレートに、でき上ったアイスクリームをのせる。
さらにその上に、即席のムラング(卵白の焼き菓子)をのせれば完成だ。
子供たちに順番に振る舞っていく。
彼らにしてみれば、得体の知れないものだ。
大体水よりも冷たいものを口にしたことがないのだから、冷たい食べ物なんて、まさに未知との遭遇。
最初は恐る恐る口にしていたが、これ以上は言うまでもない。
一番小さな子が、食べている最中に地面に落としてしまって、大粒の涙を流した。
すぐに代わりを手渡すと、その瞳がパッと輝く。
美味しいものを口にすると、人は思わず無言になる。
先ほどまでの歓声はすっかり消えて、みんな必死になって食べている様だった。
もちろんお腹いっぱい食べるようなものではないので、この場の警備をしている大人たちにも振舞う。
コマリもヴェルも口にして味わっていた。
「アイスクリームってこうやって作るんですね」
笑顔で食べながらコマリが言ったので、少しだけ補足した。
「香りづけに酒を混ぜたり、香料を入れたりするんだよ。それに、本物は生クリームっていう、もっと濃い乳製品を使うんだ。
だから、今日作ったのはアイスクリームっぽいお菓子かな。でも、なかなかいけるでしょ?
コマリは、氷の壁の魔法を準備さえしておけば使えるから、一人でも作れるよね?」
「氷で冷やす為に氷を砕くのはさすがに一人では無理です。でも、アレン様とか、姉様と一緒にだったら作れますね」
そう、一番の問題は氷をどうやって作るか。
材料をかなり冷やす必要があるので、その点が一番の問題になる。
ストームポートでは、魔法工学で作られた冷却器があって、比較的大きな店では導入されていたりするから、市民感覚からすれば高価なものだけど、何か所か買うことのできる場所はある。
今回は氷の壁の巻物を使ったが、これは買うとなると金貨3000枚程度の出費だ。
一般的には絶対に無理な額だ。
小市民な僕の感覚でも、腰が引ける。
普通だったら、罵倒されてごめんなさいで終わるだろう。
それでも今日は無理してでも作って良かったと思える。
今日、今それをしたことに意味があると思うんだ。
アイスクリームを食べている時、ちゃんとみんな子供の顔だったんだ。
後片付けをしてから、3人で帰り道につく。
とてもバタバタしたけど、いい気分転換になった。
あの子たちのおかげだ。
「そう言えば、今朝の打ち合わせって、何の話だったの?聖炎の機密事項とかじゃなければ、教えてよ」
僕は二人にそう話しかける。
するとコマリがそれに答えた。
「明日からの行動計画を立てていたんです。
アレン様には少し休んでいただきたかったので、族長たちが朝の軍議でそう決めたようで。
私と姉様は、その検討に父様から呼ばれたんです」
ああ、そうだったんだ。
朝の軍議さぼったから、みんなが気を利かせてくれたのか。
なんか、一人で仲間外れ感を募らせていた、自身が子供に思える。
最初に軍議をサボったところから、小さな行き違いが発生していたんだ。
みんな善意で動いたけど、その善意が伝わらなかった。
言葉って大切だと改めて思う。
そして一番反省しなきゃいけないのは、やっぱり僕だ。
「そうだったんだ。ゴメンね。みんなに気を使わせちゃって」
「たまにはいいのではないですか?いずれあなたはそうなることを望んでおられるのですし」
ヴェルの言葉はもっともだった。
評議会が順調に動くためには、各氏族間の、少なくとも族長間の相互理解は重要になる。
もちろん、これから参加する族長が増え、方針のとりまとめは困難になるだろうけど、少なくとも今いる5人の族長は力を合わせる事を知っている。
いずれ評議会の核として機能するだろう。
道具の返却などを済ませ、天幕に戻ると、Gさんが一人でのんびり過ごしていたようだ。
「戻りましたよ。あれ?パーシバルは?」
僕が聞くとGさんは、
「司令部に行っておる。もう戻るじゃろう」
そう答えてくれた。
その言葉通り、パーシバルすぐに戻ってきて、僕の顔を見るなり言った。
「すまんが、嬢ちゃんに送ってもらえないか。ザックの所に戻ろうと思うんだ」
「え?今から?」
突然のことで僕は驚いて声に出す。
「ああ、出来るなら早い方がいい。次の仕事もあることだしな」
「そっか、もう少しのんびりしていくのかと思ってたよ。
せっかく剣を仕上げてもらったのに、完成させられなくてごめん」
今朝もGさんと何か話し込んでいた。仕事の打ち合わせだったのだろう。
「なに、俺の仕事は終わったし、お前は俺の仕事をちゃんと評価してくれた。それで十分だ。
もちろん請求はするからな」
「うん、わかった。もしかするとすぐには無理かもしれないけど、ちゃんと払うよ」
「ああ、そこは疑っちゃいねぇ。一流の素材を使って、一流の職人が仕事をしたんだ。
額に驚くなよ」
パーシバルがニヤッと笑う。
それは覚悟してるけど、少しだけ気後れした。
「うん、そうだよね。でも、きっとちゃんと払うよ」
「嬢ちゃん、今日は飛んで帰れるか?」
パーシバルがコマリに話しかけ、コマリは少し戸惑った様子だったが頷いた。
「それなら早い方がいい。早速頼めるか?」
パーシバルの言葉にコマリは僕を見た。
僕が頷いて答えると、コマリはパーシバルに答えた。
「はい。参りましょう」
二人は聖域に立つ。
「それじゃ、またな」
パーシバルが短く告げ、それを聞いたコマリが瞬間移動の呪文を唱える。
詠唱が終わり、コマリが魔法の行使を宣言すると、二人の姿は天へと伸びる光の軌跡を残して消えた。
「あっさりと行っちゃいましたね。パーシバルにも悪いことしたな」
僕が呟くとGさんがポンと肩を叩いて僕に告げる。
「なに、今生の別れでもあるまい。
あやつはあやつの、おぬしはおぬしの仕事をこなせ。そう言うことじゃろう」
夕刻が迫るセーブポイントで、僕は南の空を見つめる。
もう東海岸のキャンプに到着しているのは分かっているが、少し見送りたい気分だった。




