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God Bless You !! 2nd Season  作者: 灰色狼
第三章 ドロウの王
9/103

8:暗中模索

2025/04/02 一部セリフを変更しました。


 風が吹くたびに舞い上がる砂塵が、砂時計を流れ落ちる砂に見える。

 油汗が額を伝い、口が渇く。

 じっと、ただ待つだけの時間は、僕には普段の何倍、何十倍にも長く感じられた。

 重い緊張感に押しつぶされそうなのは、僕だけではない。

 不測の事態に対応するべく、セーブポイントの全員が、まるで息を殺しているかのように静まり返っていた。

 何も起きないでほしい。ローズ、無事に戻って。

 僕は心の中で祈る。

 今の僕には祈ることしかできない。


「遅いな。何かトラブルだろうか」


 デニスのつぶやきが、耳に痛い。

 前方の集団の前進は止まっているようだったので、何らかの交渉が行われているとは思う。

 自然と奥歯をかみしめる。


 遥か地平に土ぼこりが舞うのが見える。

 しばらくして物見台の上から声が響いた。


「一騎接近中!」


「数に間違いはないか?」


 デニスが問いただすと、


「集団は停止したまま、移動速度から見て一騎に間違いありません」


 と返答がある。周囲に安どの空気が広がる。


「まだ油断するな。最後まで何が起こるかわからんぞ!ゲートを開け!」


 その指示に従って木造のゲートが開かれる。接近してくる騎馬がローズであることは僕の目でも確認できた。


「アレン、ゲート前を空けてくれ。そこにいられると邪魔だ。監視は気を引き締めろ。不審なものを確認したらすぐに知らせろよ!」


 デニスに怒られた。いや、確かに僕がここに立っていてはローズが駆け抜けられない。

 ローズがほぼ減速せずにゲートを抜けると、デニスはすぐに閉じる指示を出す。

 僕は思わずローズに駆け寄る。

 ローズは馬から降りて、先に駆け寄ってきた従士(スクワイア)に手綱を渡し、「良い馬ですね」と声をかけていた。


「ローズ!」


 僕が駆け寄ると、ローズはその場に膝をつき、冷静に言った。


「アレン様、ここは公の場です」


 そうだった。さっきの会話の内容をローズは聞いていないが、ローズは最初から一貫しているのだ。

 そんなことを今更ながらに思っていると、ローズは報告を続けた。


「接近中の集団は、ヴィッシアベンカ、クァルテレンダの二部族に間違いありません。

 その場にて停止、必要なら野営を行うように伝えてまいりました。また、両部族から3名ずつの使節を送りたいとの要望を承りましたので、これに関しては了承の旨返答しております」


 後ろから歩いてきたデニスにも聞こえていたようだった。


「適切な判断です。ローズ殿、ご苦労様でした。他に貴殿が見た情報があればお伝えいただけますか?」


「はい。ヴィッシアベンカのガルスガ様は、私も存じ上げておりますので、交渉に関しては問題ないと考えます。

 クァルテレンダのバドリデラ族長に関しては、情報がありません。先ほどの使者からの聞き取りで、巨人族と衝突して被害が出ていることは聞いていましたが、実際に同行している者たちの中にはかなりの数の負傷者がいるように見受けました。もともと血の気が多い部族だとは聞いていますので、この状況ですと交渉は難航するかと」


「そういう状況では交渉はむしろ当方にとって有利に運ぶのではないか?」


 僕も感じた疑問をデニスが口にする。

 ローズはそれに答えた。


「ドロウは基本的に『交渉』をしません。もちろん物々交換などの交渉事は行うこともありますが、今回のように一族の名誉にかかわる場合ですと、かたくなになると予想されます。数を大きく減らし、負傷者の多い状況です。場合によって名誉のために滅ぶことも厭わないでしょう」


「いや、庇護を求めて来たわけでしょう?それなのに、滅ぶことを厭わないって、おかしくないですか?」


 僕はローズの意見に納得がいかなかった。

 ローズは淡々と答える。


「そうですね、生きるために庇護を求めてくること自体が、少し違和感があるのは事実です。ですが、ここに来る前にヴィッシアベンカに支援を求めて、結果ガルスガ族長に説得された。クァルテレンダはそれに乗った、という所でしょうか。この辺は推測でしかありません」


「ドロウの気質、みたいな部分か。なるほど、少し理解しました。ありがとうございます」


 デニスがローズに対して礼を言う。

 ローズはそのまま一礼し、立ち上がって僕たちに近寄ってから小声で話した。


「あまり大きな声で話せないことがあります。軍議用の天幕に移動してお話ししたいのですが」


「デニス、悪いんだけど、もう少し付き合ってくれない?」


 僕がデニスに呼び掛けると、彼は黙って頷いた。

 今の声が聞こえたとは思えないので、雰囲気で察してくれたのだと思う。

 僕たちはデニスを含む5人で天幕に入った。

 勝手知ったる何とやら、それぞれが椅子に座っていく。

 ふう、と一つ息を吐いてから、ローズが話し始めた。


「小さな問題が一つあります。その、お話にくいのですが……」


「遠慮はいらないよ。話してみて?」


「はい。まずは経緯からご説明します。使者として赴き、前進の停止と使節の派遣を承諾してから戻ろうとした際に、クァルテレンダの戦士長を名乗る男、名前は……ダルデスト、申し訳ございません、カッとなったので名前を正確に覚えておりません。その男から、妻になれと言われました。

 正直に言いまして、私にその気はありませんし、その場で無礼討ちにしようとも思いましたが、これから協議が始まる段で、さすがにそれはマズいと思いましたので、『名誉族長に仕える身であるから、お答えしかねる』そう言って戻ってまいり参りました。去り際にその男がこういったのです。

『であればその名誉族長とやらに決闘を挑む』と」


「うん、経緯は分かったよ。結婚の許可をくれという話でもないのもわかったけど、何が問題?僕は決闘を受けなければいいだけの話だと思うし」


「はい、その点はおっしゃる通りです。ここからは少々推測を交えた話になります。

 まずクァルテレンダのバドリデラ族長に関してですが、未成年あるいは女性である可能性が高いと考えます」


「それは問題なの?」


「女性の族長はドロウでは珍しくありません。少ないのは事実ですが、原則として強きものに従うのがドロウです。

 一方未成年が族長になるのは稀です。今申しました通り、その実力を示さねば族長として認められません。ですので族長を名乗ることは出来ません」


「人間の世界では、血族で族長を決めて、その補佐に有力なものが就くという事もあるけど?」


「ドロウの氏族でも、血統が重視されることはあります。未成年が族長になる事もありますが、強力な後ろ盾や体制があればこそ、です。もちろんドロウの氏族を全て知っているわけではありませんが、可能性は低いと思います」


「なるほど、つまり、クァルテレンダ族のキーマンはそのダルデストという男という事なのかな?」


「はい、キーマンとしてはその通りだと思います。ですがもう一つ引っかかる点があります」


「気になる点?なに?教えて」


「はい。その男の振る舞いと言葉遣いに違和感があるのです。使者に来た者を気に入り、嫁、あるいは婿に欲しいという話自体は、割とよくあるのですが、だとしても族長の同席される場で切り出すことは普通はしません。先ほど申しました通り、族長よりも立場が上であるという自負なりがあるから言えることだと思います。そのうえで、あの男は名誉族長に決闘を申し込むと言いました。

 私は自らを『ドロウレイス』であると名乗ったにも関わらずです。戦士長よりもドロウレイスは格上です。場合によっては族長よりも。そのドロウレイスが仕える、という意味が、ドロウに分からないはずがありません。にも拘らず、あの男は決闘を申し込むと言いました」


「ごめん、戦士長よりドロウレイスが格上なのはわかったけど、その先の意味が少しわからない。もう少し詳しく話してもらえないかな?」


「はい。先に申しましたように、ドロウの社会は基本的に力による序列です。つまり、私が仕えるという事は名誉族長の方が強いことを意味します。もちろん、名誉族長を年寄りの前族長となどと考えた可能性はあります。ですが、あまりにも軽はずみです」


「つまり、その男は軽率すぎるってことなのかな?」


「確かに軽率なのはおっしゃる通りです。ですが、私は別の可能性が高い気がしています。

 あの男は名誉族長がアレンであることを知っているのではないか、という事です」


 そこまで言われて僕の中で話が全てつながった。

 族長をないがしろに出来る力があり、僕を知っている。さらにはギヴェオン司教が不在のタイミングで来た。


「ローズは、その男がスコーロウの手下の可能性が高い、と見ている訳だね?」


「はい。その方が合点がいきます」


「ガルスガ族長はどうなのだろう?」


「現段階では何とも言えません。ですが、多少の交流はありましたし、全く知らない訳ではありません。

 客観的に見れないのは事実ですが、恐らくは何も知らないのではないかと」


「彼は自らの意思で、ここに来た。蠍神への決別を決めて。ローズはそう思うって事で良いかな」


「はい。希望的観測です。スコーロウ達はその動きを監視していて、それを利用しようとしているのではないかと」


「なるほどね。ラストチャンスでの彼の振る舞いを見ていたものがいて、それを知っているなら監視の対象になってもおかしくないね」


「はい。ヴィッシアベンカ族の動きに合わせるようにクァルテレンダ族を動かした。現地でクァルテレンダ族が我々や聖炎と戦い始めたら、ヴィッシアベンカも混乱するでしょうし、乱戦となる。そう踏んでいるのではないかと思います」


 僕は考えながら、デニスに意見を求めた。


「デニスは今の話をどう思う?」


「概ねローズ殿の見立ては正しいように思える。何にしても警戒するに越したことはないと思うしな」


「ローズ、スコーロウについてだけど、エルダーが死んで、どのくらいのダメージがあると思う?」


「申し訳ありません、スコーロウに関しては断片的な情報しかありません。

 ただ、司教を束ねる存在はいないのではないかと思います。いるのであれば名前くらいは聞いたことがあると思いますので」


「エルダーは複数いるかもしれないけど、少なくともその穴をすぐに埋められるような組織ではないと考えても大丈夫かな?」


「どうでしょう。死んだナントカ司教の代わりがすぐに出るとは思いませんし、前回の敗北は相当の痛手であるとも思います。

 ですが、他のエルダーが活動域を広げるのに、それ程時間がかからない可能性もあります。

 ガルスガ族長であれば現状に関してもう少し情報をお持ちだとは思いますが」


 思考を巡らせる。最悪の事態を避ける方法を考えなければ。

 何か手があるはずだ。

 状況を頭の中で並べていく。現時点を出発点とした状況の分岐、その次に目標に到達するための条件。

 最後に妥協できる点を並べていき、道筋を描く。


「いくつかの手立ては考えましたが、最良の手であるかを検証するには、会見まで時間がありません。

 デニス、申し訳ないですがひとまず僕預かりで手を打たせてもらってもいいでしょうか?」


「何か手立てがあるなら、遠慮なく試してみてくれ。会見後に説明はしてくれるんだろ?」


「もちろん。参加してもらう人がすべて完璧に役割をこなさないと、うまくいきませんからね」


 デニスは即決してくれた。僕はそれにこたえる義務がある。


「コマリ、すまないけどこれから指示する内容の手紙を書いてほしい。

 それをラッシャキンからの親書として、ガルスガ族長に渡してほしいんだ。詳細は後で説明するから、まずは代筆をお願い」


「はい、アレン様。お任せください」


 コマリは笑顔で答えてくれた。

 大丈夫。うまくいく。

 僕はコマリの笑顔を見てそう思い、今一度自分に言い聞かせた。







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