81:並道(へいどう)
一夜明けて僕たちはセーブポイントへと戻った。
ここに来た時と同じ手順で戻ることになり、コマリは一人だけ3往復する必要があった。
コマリの最後の瞬間移動で全員が帰還したのは昼頃だ。
帰還早々だが、各氏族長とデニスに司令部へ集まってもらう。
せねばならないことがまだ山ほどあるからだ。
「少しのんびりしたいところではありますが、そうもいっていられません。
ここからは当初の計画通りに……セヴスクムカウダの交渉の可能性が残っていますので、まずは彼らの集落から行きたいと思います。
幸い、皆さんの風渡りの奇跡の効果時間は十分に残っていますので、この後すぐに出発し、今日中に戻ります」
皆が頷く。
当初の計画では、各氏族の集落を監視しているスコーロウを片付けて事故の起きるリスクを無くし、それから接近中の氏族に対して再度メッセージを送るという流れだ。今回、スコーロウの殲滅を先に行ったため、最初だけ順番が予定通りになっていないが、この辺は臨機応変に行く。
僕は話を続けた。
「偵察からの報告だとセヴスクムカウダの集落付近には5体程度のスコーロウが確認されています。
この程度であれば、魔法による援護なしでも十分に排除可能でしょう。
そこで今回は僕とヴェル、ラッシャキン、ドミンツェバエ、クェルシャッシャの5名で向かい、これを殲滅します」
「陛下お待ちください。私はその……私よりもガルスガの方が武に優れます。
陛下の安全のためにもガルスガをお連れすることを進言いたします」
クェルシャッシャが慌てて提案してくる。
想像ではあるが、今この場にいる族長の中では最年長と思われるクェルシャッシャは、戦士としての技量に自信がないのではないだろうか。
ラッシャキンの戦いぶりを見た後でもある。
「クェルシャッシャ、大丈夫ですよ。あなたに単独でスコーロウを倒せなんて言いませんから。
場合によっては集落との交渉になるかもしれません。その場合を考えてあなたがいた方が良いと判断したのですから。
それに仮に峠を過ぎていたからとして、戦士であることをやめたわけではないでしょう?」
「無論、そこらの戦士に後れは取りません。
陛下がそうおっしゃるのであれば、私は従います」
僕の目にはクェルシャッシャが若干気後れしているように見えた。
正直に言えば、僕はクェルシャッシャがどのくらい戦えるのかを見てみたいとも思っていた。
「大丈夫だ。お前がしくじって運悪く死んでも、アレンが生き返らせてくれる」
少し茶化すようにクェルシャッシャにラッシャキンが言うと、ヴェルがラッシャキンを睨みながら苦言を呈する。
「ラッシャキン族長。ここは公の場ですので、陛下、せめて猊下とお呼びするべきです」
その言葉にラッシャキンは「おっと」と小さく呟いてから、
「失礼いたしました陛下。以後気を付けますのでご容赦ください」
頭を下げながらそう言った。
「いいじゃないですか。司教も勝手に名乗ってるわけですし、王も仮の立場です。
気楽な方が僕も助かり……」
「いいえ、陛下。お立場に相応しいふるまいをなさっていただかなくては、今後従う氏族が増えた際に、示しがつきません」
ヴェルは僕にも厳しかった。
今のラッシャキンの発言が、自らの優位を周囲に示すものとヴェルは受け取ったのだろう。
たしかに正論だとは思うが、僕としてはさっさと退位して、評議会を頂点にした共和制になってほしいと思っている。
ラッシャキンにしたって、いつもの感覚で口にしたんじゃないかと思うし。
「分かりました。僕も気を付けます」
とりあえずその場を収めるにも、ここは僕はヴェルに従う。
「ということですので、留守はガルスガに預けます。
デニスと協力して、周囲の整備を進めてください」
「かしこまりました」
僕がそう言うとガルスガは一礼して答えた。
「では、最低限の補給の後に出発します。急かして申し訳ないですが30分後に集合してください」
その言葉で一同は解散した。
30分後、予定通り僕たち5人はセヴスクムカウダの集落に向かい、大して苦労することなく監視のスコーロウを片付けた。
クェルシャッシャの戦いぶりを見た限り、確かに一般的なドロウの戦士よりも優れるが、ガルスガよりも劣る。
今の僕なら奇跡を使わなくても勝てるだろう。
つまり彼が族長であるということは、アナトランダ氏族内で政治的に優れているか、人望が厚いかのどちらかだ。
これが今回の最大の収穫でもあった。
集落を監視していた二人の戦士と合流して、彼らに帰還を命じる。
その二人にも風渡りの奇跡を授けたいところだが、今日はもう使えない。
申し訳ないが徒歩で戻ってもらう。2週間ほどで帰り着けるだろう。
僕たちもそのまま帰途に就き、日がすっかり暮れたころ、セーブポイントに戻った。
翌日になり、朝から定例の軍議を行う。
豆茶の香りが広がる天幕の中で、ガルスガの説明から軍議が始まった。
「次に到達が早いのはネルヴィアテスで、旧ドュルーワルカ集落まで6日の距離におります。
その次がトルカンディア。同様に10日の距離となります。
ここからは当初の予定通りに進めればよいかと」
予定通りに進めるのは良いのだけど、僕には一つ気になっていることがある。
「その後、ファルナザールには動きはない?」
「はい。監視のスコーロウが出兵を促してるようですが、今の所動きはないようです」
僕の問いにガルスガが答えた。
「陛下、よろしいですか?」
バドリデラが発言を求めてきたので、僕は彼女に頷いて発言を促す。
「ファルナザールの動向をお気になさるのは理解できます。
ですが、ネルヴィアテスに対処するのを優先すべきかと。
陛下がファルナザールまで行かれますと、往復に最低2日必要となります。そうなればネルヴィアテスに対処する時間的余裕が殆どありません」
「確かにその通りなんだけどさ。
もし、ファルナザールが味方になってくれようと考えているのであれば、先に行った方がいいと思うんだ。
一応これは用意してあるんだけど……」
そう言ってから僕は朝から用意した文章を、みんなに見せる。
評議会参加を促すための通達文だ。
ざっくりと内容を説明すると、僕たちによって蠍神が討たれたこと、集落を監視しているスコーロウはもういないこと。
ドロウの氏族長による評議会への参加の要請。
王の配下に加わることは、評議会参加への条件ではないことが書かれている。
最初に送った矢文とはかなり温度差のある文面だ。
「前の通達と比べると別人が書いたようだな」
内容を見たラッシャキンが正直な感想を漏らす。
クェルシャッシャが続けて意見を述べた。
「恐れながら陛下。これでは多くの氏族は従わないでしょう。
ドロウは強きに従います。力の掟はどの氏族にもありましょう。陛下に膝を折ることを求めるべきです」
「いいんですよ、これはあくまでも通告ですし、集落に族長はいないでしょうから。
族長は出征している部隊の指揮を執っていると考えるのが妥当ですよね?」
僕がそう聞き返すと、クェルシャッシャは少し答えにくそうにしながらも、返答した。
「……正直に申し上げます。
アナトランダが蠍神の要請に従った場合、私は集落に残り、指揮を別のものに任せたと思います」
「なるほど。そう言うケースもあるということですね。
クェルシャッシャ、あなたの意見は貴重です。進言に感謝します」
僕がそう答えると、クェルシャッシャは頭を深く下げた。
彼自らが言ったように、ドロウで武の力が重んじられるのは間違いない。
他の氏族の族長の前で、彼は恥を忍んで口にしてくれたのだ。
「でしたら集落を訪れる際には、挨拶はした方がいいでしょうね。
訪問の方法をすこし変えることにします。
話がそれてしまいましたが、ここには僕以下、皆さんに署名を頂こうと思います。
どこの馬の骨かわからない王の署名だけだと効果がないですから。皆さんの署名があれば、箔がつくでしょう?
その人数が多いに越したことはないと思うんです。
それにファルナザールが僕に味方する気であれば、どこかで監視のスコーロウと衝突する。
スコーロウの数は多くないですが、それでも死傷者は出るでしょう。
避けられる犠牲は出したくありません」
「お気持ちは理解いたしました。ですが現段階では確証はありません。
万が一にでも、ファルナザールが陛下に味方しない場合には、彼らとの戦闘も避けられません。
慎重に進めるべきかと」
ドミンツェバェもまた慎重な意見だ。
評議会の一員である彼らの意見は尊重すべきだと思う。5人の族長のうち3人が反対または慎重な意見だ。
自分でも矛盾しているとは思うが、いまは物事を早く大きく動かさねばならないときだ。
僕はそれをするために王を名乗っている。
必要なのは決断だ。
「皆さんの意見は確かに伺いました。それが正しいのだとも思います。
皆さんの意見を軽んじる訳ではありませんが、独断で決めさせていただきます。
本日この後、ファルナザールの集落に向かいます。
僕と、コマリ、ヴェル、ガルスガ、バドリデラ、ドミンツェバエの6名で向かいます。
移動距離が長く、現地での対応が読み切れませんので、戻りは翌日以降になる可能性が高いです。
1時間で準備をお願いします」
僕がそう言うと、皆が了承の意を示した。
各族長が司令部から出て準備のために戻っていく。
この場にいないヴェルとコマリに伝えるために、僕も天幕に戻った。
天幕に戻り、今日はコマリとヴェルも同行してほしいと伝えると、そこにいたGさんが難色を示した。
「今日はコマリの力を借りたいと思っておったんじゃが、何とかならんか?」
前にも聞いた覚えのある、Gさんにしては歯切れの悪さを感じた。
何かあるのだろうとは思うし、それがGさんにとって、恐らくは僕にとっても重要なことだろうとも思う。
だが、何が起こるか予想しきれない以上、コマリの魔法があった方がいいと思っていた。
「えっと、今日は不確定要素が多くて、現地での対応を考えるとコマリも連れていきたいのですが……」
何となくだが、流れがよくない気がした。
族長たちも反対意見が多かったし、Gさんがコマリの力を必要としている。
うまくいくときって、何と言えば良いか……自然と流れに乗って進むような感覚があるのだが、今回はそれがない。
僕の中でこのまま進めても良いのだろうか、そんな疑念にも似た感情が顔をのぞかせる。
もちろんGさんを信用しているが、何も知らないのでは僕の中で優先順位の判断ができない。
思い切って聞いてみることにした。
「サプライズを用意してくれているのはうれしいですが、状況を考えると僕としても内容を把握できていた方がいいと思うんです。
申し訳ないけど、そろそろ何をしているのかを教えてくれませんか?」
僕の問いかけにGさんは目を閉じ考え込む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「もっともじゃな。
まずは今まで黙っておったことを謝罪しておく。
わしの余力のみで完遂できると考えておった。おぬしに要らぬ心配をかけずとも、な。
じゃが、今のわしには自らの魔法で移動することも叶わん。
昨日の夜パーシバルから連絡が来たのじゃよ。
注文の品が出来た、とな」
「ちょっと待ってください、パーシバルはザックと海岸地帯にいるんじゃないんですか?」
「先日出かけた際に、パーシバルをストームポートまで運んだ。
材料を確保できたから、仕事にかかりたいと連絡を受けたのでな」
Gさんが単独で出かけたことがあった。あの時か。
その後も報告を受けていたので完成が近いことをGさんは知っていた。『局面を変える武器』と言っていたのも繋がる。
そして今の話が何を意味するのか、僕には理解できていた。
「つまり……魂の器となる剣が出来たのですね?」
「無論、確認せんことにはOKが出せるかは分からんが、少なくとも今おぬしがつこうておる杖よりは武器として役にも立つじゃろう」
「そう……ですね」
確かにサプライズだった。
パーシバルがオリハルコンの原石を入手してストームポートで製作に入っていた。そして、それがもう完成している。
僕の負担を軽くするため、できることをできる範囲で進めていてくれた。
頭が下がる思いだ。
おかげで僕は蠍を排除することに集中できた。
だが、僕は驚きと喜びと好奇心とこれから行うべきこととが頭の中で渦巻いて、自分の頭を整理するのに少し時間が必要だった。
ファルナザールはドロウの未来と、命にかかわる問題。
魂の器は僕たちパーティにとって、とても重要なこと。
単純に比べれば人の命やドロウの未来が重たい。そんなことは考えるまでもない。
だけど、出来上がった剣は現段階では不完全だが、大きな力になり得る。
それは結果的に僕たちの助けになる可能性もあった。
そして何よりも僕はレイアの望みを叶えたい。
そんなに簡単に後でもいいでしょうと言えるほど、僕は大人じゃなかった。
一仕切り考えて、結論には至らない。
だから結論を出した。
「どちらも大切です。コマリ、今日はGさんの手伝いをお願いするよ。
ファルナザールは僕たちで対応する。
これまでの情報から考えるに、きっと問題は無いさ」
もちろん、魔法の支援や火力がなくなることは不安材料だ。
だけど、僕は順序を付けたくない。
だからどちらも同時に対応する。
僕の強欲は今に始まったことじゃない。押し通してみせる。
これが一番僕らしい答えだとも思った。




